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ジェームズ[1世] ジェームズ

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百科事典マイペディアの解説

ジェームズ[1世]【ジェームズ】

イングランド王(在位1603年―1625年)。スコットランド王としてはジェームズ6世(在位1567年―1625年)。メアリースチュアートの子。エリザベス1世の死後英国王位を継ぎ,スチュアート朝の祖となる。
→関連項目イギリス商館エリザベス[1世]グレート・ブリテン[島]チャールズ[1世]バッキンガム公ユニオン・ジャックロー

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世界大百科事典 第2版の解説

ジェームズ[1世]【James I】

1566‐1625
イギリス国王イングランドスチュアート朝初代国王。在位1603‐25年。スコットランド王としてはジェームズ6世(在位1567‐1625)。メアリー・スチュアートとダーンリー卿の間に生まれ,母の退位によって1歳でスコットランド王として即位,貴族の派閥争いと外国の干渉のなかで厳しい成長期を送った。生来学問を好み,王権神授説を唱えた《自由な君主国の真の法》(1598)などの著述をものした。1603年イングランドのエリザベス1世の死後,血縁によりその王位を継いだ。

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世界大百科事典内のジェームズ[1世]の言及

【アイルランド】より

…アイルランド族長とカトリックの反抗はこの後しばしば繰り返されたが,抵抗の拠点アルスター地方のヒュー・オニール(オニール家)も1603年に鎮圧された。アルスター地方に英国国教会,長老派教会などのプロテスタントを多く入植させたのはジェームズ1世で,これにより,アルスター地方はプロテスタントの支配する地域となった。現在の北アイルランド問題の起源はここにある。…

【エリザベス時代】より

…厳密にはエリザベス女王(1世)の在位期(1558‐1603)を指すが,文学史の区分としては通常,そのあとのジェームズ1世(1603‐25)およびチャールズ1世(1625‐49)の治世を含めたイギリス・ルネサンスの最盛期をいう。この時代は中世の封建制から中央集権的な近代国家体制への過渡期に当たり,宮廷は権力とともに文化の中心となりつつあったが,半面,資本主義の勃興による都市ブルジョアジーの台頭は,ロンドンの市民生活を活気あるものにしていた。…

【スチュアート朝】より

…スコットランドでは,イングランド,フランスなどの外国勢力と結んだ貴族間の抗争が激烈を極めたため,王権の基盤は弱く,スチュアート朝の諸王には殺害されたり戦場で倒れたものが続出し,多くは未成年で即位した。1542年ジェームズ5世が死ぬと,娘のメアリー・スチュアートは生後1週間で即位し,のちフランスに送られてその皇太子妃となった。夫のフランソワ2世の病死により帰国したメアリーは,新旧両教派の貴族の抗争にまきこまれ,みずからの不品行もあって退位し,67年息子のジェームズ6世が即位した。…

【ピューリタン革命】より

… エリザベスの死後スコットランドから来て即位したスチュアート朝の君主のもとで,国王と議会の対立が深まり,革命の前提条件が整えられた。すなわちジェームズ1世は,王権神授説を信奉して国民の批判を圧殺する姿勢をとり,また〈主教なくして国王なし〉と称して国教会への信従を強制し,ピューリタン聖職者を国教会から追放した。そのうえスペイン,フランスのカトリック勢力に従属的な外交を展開したため,国民の誇りは傷つけられ,カトリックに対する警戒心が強くなった。…

【法の支配】より

… 法の支配は,しばしば,英米法の基本原理の一つであるとされる。そして,17世紀初頭にイギリス国王と議会との間に抗争が生じた時期に,王権神授説を振りかざすジェームズ1世がコモン・ロー裁判所と教会裁判所の間の裁判権の争いについてみずから判決を下そうとしたのに対し,E.クックが,13世紀に公刊されたH.deブラクトンの有名な著作から,〈国王は何人の下にもあるべきではない。しかし,神と法の下にはあるべきである〉との一句を引いて対抗したというエピソードが,しばしば引用される。…

【魔女裁判】より

…《魔女の槌》ののち,活版印刷術の発明による出版革命もあずかって16,17世紀には多数の魔女論や悪魔学(デモノロジー)の著作が書かれた。その代表作としてJ.ボーダン《魔術師の悪魔狂》(1580),N.レミー《悪魔礼拝》(1595),スコットランド王ジェームズ6世(後のイングランド王ジェームズ1世)《悪魔学》(1597),H.ボゲ《魔女論》(1602)などを挙げることができる。裁判官はこれらの教説にてらして被疑者を尋問した。…

【メアリー・スチュアート】より

…イングランド女王エリザベス1世の生涯のライバルであった。父王ジェームズ5世が死去したため生後1週間で即位。1548年,6歳でフランス皇太子と婚約してフランスに渡り,以後その宮廷で教育をうけ,美貌で魅力に富む女性に成長した。…

※「ジェームズ[1世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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