日本大百科全書(ニッポニカ)「流れ」の解説
流れ
ながれ
flow
液体と気体は固有の形をもたず自由に変形するので、その運動の仕方も固体とは非常に異なっている。そのため、日常的にも液体や気体の運動は「流れ」とよばれる。そして、液体と気体を一括して流体という。
流れについてわれわれ人間に興味があるのは、(1)流体はどのような運動をするか、(2)流れの中に置かれた物体は流れからどんな力を受けるか、(3)流れの中で物体はどんな運動をするか、などである。たとえば、川の水はどう流れるか、建物の周りの風速分布はどうか、などは(1)の例である。帆船に働く風の力、飛行機の翼に働く揚力、暴風によって建物の受ける破壊力などは(2)の例である。空中をひらひら落ちる木の葉、水中を泳ぐ魚、空を飛ぶ鳥、などの運動は(3)の例である。(1)(2)(3)の問題は独立なものではなく、(2)を知るには(1)が、また(3)に答えるには(1)と(2)の知識が必要である。
流体は変形しながら運動するので、その運動、つまり流れはきわめて複雑である。しかし、簡単な流れを調べておくと、複雑な流れについてもそのようすをある程度理解し予測することができる。
[今井 功]
管の中の流れ
流れのなかでもっとも簡単なものは管を通る流れである(
ρvS=一定
の関係が管の各断面について成り立つ。これを連続の条件という。液体については密度は一定であるから、この条件はvS=一定となる。すなわち流速vは断面積Sに反比例して変化する。これは常識的にわかりやすい事実である。
管の中で流速が変化すると、それに応じて流体の圧力pも変化する。その関係は、縮まない流体の場合
の公式で表される。これをベルヌーイの定理という。すなわち、圧力の高いところでは流速が小さく、圧力の低いところでは流速は大きい。これは、高圧のところから低圧のところへ流体が加速されると考えれば納得できることであって、エネルギー保存の法則に相当するものである。管が水平から傾いている場合には重力の影響が付け加わって、ベルヌーイの定理は
となる。zはある基準面から測った高さで、gは重力の加速度である。
[今井 功]
物体の周りの流れ
静止流体中を物体が運動すると、それによって流体も運動する。すなわち流れが生ずる。もっとも簡単なのは物体が等速運動をする場合である。見方を変えると、これは静止物体に一様な流れが当たる場合に相当する。それゆえ、飛行機や船が空気や水から受ける力を研究するために、風洞や水槽で空気や水の一様な流れをつくり、その中に模型を置いて、模型の周りの流れを調べるという方法が使われる。
簡単な物体の代表的なものとして、円柱に一様流が当たる場合を調べると、次の事実がわかる(右ともに対称である。(b)流速をすこし増すと、前後対称性は破れ、下流側では上流側より流線間隔がやや広がってくる。(c)さらに流速を増すと、円柱表面に沿う流線は途中ではがれて円柱の背後に渦の目玉が現れる。(d)流速を増すにつれて、渦の目玉は長く伸び、左右に振動を始める。(e)ある流速に達すると、渦の一つは円柱背後から離れて吹き流される。それとともに相手側の渦は成長を始めて、ついに吹き流される。この現象が次々とおこるために、円柱の背後に美しい渦の列ができる。これがすなわちカルマン渦(うず)である。(f)さらに流速を増すと渦の放出は頻繁になり、渦は混ざりあって円柱背後の流れは時間的にも空間的にもきわめて複雑・不規則に変化する。さらに流速を増してもこの状態は変わらない。このように、円柱という簡単な形の物体についても、その周りの流れは流速によって複雑に変化する。しかし、この複雑な変化も、レイノルズ数という無次元の数を導入することによって統一的につかむことができる。流体の密度をρ、流体の粘性率をμ、一様流の速度をU、円柱の直径をLとすると、R=ρUL/μは無次元で、レイノルズ数とよばれる。一定の円柱(Lは一定)、一定の流体(ρとμは一定)についての実験ではRはUに比例するので、Rはいわば無次元の速度である。 の(a)(b)(c)(d)(e)(f)につけたRの値は、それぞれの現象についてのRの概略値を示す。図の現象は円柱の大小に関係せず、また水、油、空気など使用する流体の種類によらず共通してみられる現象なのである。
)。(a)流速の遅い場合、流れのようすは前後・左飛行機の翼の断面形や胴体の形は流線形とよばれている。このような物体に一様な流れが当たる場合を調べると、
のように、流れの全般的なようすは流速によってほとんど変化しない。しかし、流速分布を調べると、Rの値によって非常に異なることがわかる。たとえば、直線AA'上の流速の分布は、R<1ではほとんど直線的に変化するのに対して、R>1000では物体の表面近くで急に0まで下がる。そのようすを拡大して示したのが である。その流れのようすは、 (1)に示すような2枚の平板の間に流体を挟み、一方の板を他方の板に平行に動かすときの流れに似ている。その流れはまた、 (2)のように2枚の板の間に丸棒を挟んで一方の板を動かすときの棒の運動とも似ている。つまり、 (1)の流体の平行なずれ運動は、実は流体の各部分がころのように自転運動をしながら並進運動をしているのである。自転運動をしている流体部分がすなわち渦である。 (b)の物体表面を覆う流速の急変する薄い層は境界層とよばれるが、これはつまり渦の層にほかならない。一般に、物体に流れが当たるとき、Rの大きい場合、流れの場は、(1)物体の上流側から側方に広がる滑らかな流線模様を示す領域、(2)物体表面を覆う境界層、(3)物体背後の複雑な渦運動をする領域、の三つに分かれる。(1)は主流、(3)は伴流とよばれる。とくに、境界層が途中ではがれず、したがって伴流がきわめて狭いような物体が流線形である。流線形でない物体は鈍い物体とよばれる。
はがれた境界層は渦の層として行動し、巻き上がって孤立した渦巻をつくり、あるいは分裂して大小さまざまの渦の群をつくる。これが、乱流、これに対して滑らかな流線をもつ流れを層流という。
(e)のカルマン渦や (f)の複雑な渦領域の発生する原因である。複雑な不規則な流れを[今井 功]
流れを特徴づける物理量
一見複雑にみえる流れも、その各部分を観察すると、前述の管の中の流れと物体の周りの流れの知識をもとにして考察することができる。たとえば、滑らかな流線がみられる部分では、流線を壁とする管、すなわち流管の中の流れと考えられるから、流管の細い部分、つまり流線間隔の狭い場所では流速が大きく、したがってベルヌーイの定理により圧力が低いことがわかる。また流れのようすは、空気、水、油、水銀のように、流体の密度や粘性によって異なるのはもちろん、流速や物体の大きさによっても千変万化するように予想されるが、実はレイノルズ数R=ρUL/μ(Lは物体の代表的な長さ)だけで決まることは重要である。水や空気の粘性は小さいので、日常経験する流れではRはきわめて大きい。したがって、
(f)の伴流のような不規則な渦運動をする領域がかならず現れるのである。すなわち、乱流現象は大きいレイノルズ数Rの流れではとくに重要な意味をもつのである。しかし、Rの小さい流れでは、 の(a)、(b)で示されるように、境界層は現れず、流線は至る所滑らかであるから乱流はおこらない。これは粘性の影響が大きい場合に相当する。たとえば、空気中や水中を運動する微生物にとっては、空気や水は極度に粘い液体のように感じられるだろう。普通の速度では気体と液体の流れについて違いはない。しかし気体では、流速が場所によって変化すると、ベルヌーイの定理によって圧力も変化するので密度も変化する。それゆえ、密度変化をしない液体とは異なった運動をする。そのような相違が現れるのは、流速vが気体中を伝わる音波の速度の半分程度以上になる場合である。そのような気体の圧縮性が無視できない流れを高速気流という。低速の流れでは気体でも液体でも流れ方に相違はないのである。
[今井 功]
『A・H・シャピロ著、今井功訳『流れの科学』(1977・河出書房新社)』▽『木村竜治著『改訂版 流れの科学』(1985・東海大学出版会)』▽『有田正光著『流れの科学』(1998・東京電機大学出版局)』▽『古川明徳・瀬戸口俊明・林秀千人著『流れの力学』(1999・朝倉書店)』▽『矢川元基編『パソコンで見る流れの科学――数値流体力学入門』(2001・講談社)』▽『澤本正樹著『流れの力学――水理学から流体力学へ』(2005・共立出版)』