デジタル大辞泉
「南」の意味・読み・例文・類語
みなみ【南】
1 太陽の出る方に向かって右の方角。みんなみ。「南に向いた部屋」⇔北。
2 南風。はえ。《季 夏》「耳もとに波のわきたつ―かな/万太郎」
[類語]東・西・北
みなみ【南】[浜松市の旧区名]
浜松市の旧区名。令和6年(2024)に北区の一部・中区・東区・西区と統合され中央区となった。
みなみ【南】[大阪の繁華街]
《多く「ミナミ」と書く》大阪市の商業中心地の一。南船場・島之内・道頓堀・難波新地・千日前などを含む地域。もと区名で、平成元年(1989)東区と合併して中央区となった。→北
みなみ【南】[福岡市の区]
福岡市の区名。住宅地。昭和57年(1982)一部を中央区に編入。
みなみ【南】[熊本市の区]
熊本市の区名。白川と緑川による三角州が形成された低地帯。
みなみ【南】[新潟市の区]
新潟市の区名。旧白根市・旧味方村・旧月潟村域を占める。
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みなみ【南】
- [ 1 ] 〘 名詞 〙
- ① 方角の名。日の出る方に向かって右の方向。十二支では午(うま)の方角に当たる。北に対する。みんなみ。
- [初出の実例]「君がこのまちのみなみにとみにおそき春にはいまぞたずねまいれる」(出典:蜻蛉日記(974頃)上)
- ② 「みなみかぜ(南風)①」の略。《 季語・夏 》
- [初出の実例]「南(みなみ)吹き 雪消はふりて 射水川 流る水沫の 寄るへ無み」(出典:万葉集(8C後)一八・四一〇六)
- [ 2 ]
- [ 一 ] 大阪の南新地のこと。道頓堀の北側の島之内(現在、宗右衛門町)・新屋敷、南側の坂町・難波新地を称し、島之内を限定してさす場合もある。
- [ 二 ] ( ミナミ ) 大阪市中央区・浪速区にまたがる盛り場。千日前・道頓堀・心斎橋筋・戎橋筋・難波新地一帯の総称。百貨店・劇場・映画館・飲食店などが多い。
- [ 三 ] 江戸城の南にある品川の遊里を、北の新吉原に対していう。
- [ 四 ] 札幌市の行政区の一つ。昭和四七年(一九七二)発足。定山渓温泉などがある。
- [ 五 ] さいたま市の行政区の一つ。旧浦和市の南部にあたる住宅地域。平成一五年(二〇〇三)成立。
- [ 六 ] 横浜市の行政区の一つ。中区の南隣にある。昭和一九年(一九四四)中区から分離して成立。同四四年港南区を分区。
- [ 七 ] 名古屋市の行政区の一つ。市の南部にある。明治四一年(一九〇八)発足。
- [ 八 ] 京都市の行政区の一つ。市の南西部を占める。昭和三〇年(一九五五)下京区から分離新設。
- [ 九 ] 広島市の行政区の一つ。市の南東部にある。昭和五五年(一九八〇)成立。
- [ 十 ] 福岡市の行政区の一つ。市の南部にある。昭和四七年(一九七二)発足。
みんなみ【南】
- [ 1 ] 〘 名詞 〙 ( 「みなみ(南)」に撥音「ん」のはいってできたもの ) 南の方角。
- [初出の実例]「南(ミンナミ)の遣戸(やりど)の傍に、几帳の手のさし出でたるに障りて」(出典:春曙抄本枕(10C終)四六)
- [ 2 ] ( 江戸の南方にあったところから ) 品川の遊里をいう。
- [初出の実例]「三秋にわたる物みんなみの月」(出典:雑俳・川傍柳(1780‐83)五)
なん【南】
- 〘 名詞 〙
- ① みなみ。南方。
- ② 「なんりょう(南鐐)③」の略。
- [初出の実例]「南(なン)のくめんをやっとして北へ行き」(出典:雑俳・柳多留‐五七(1811))
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普及版 字通
「南」の読み・字形・画数・意味
南
常用漢字 9画
[字音] ナン
[字訓] みなみ
[説文解字]
[甲骨文]
[金文]
[字形] 象形
釣鐘形式の楽器の象形。古く苗(びよう)族が用いていた楽器で、懸してその鼓面を上から鼓つ。器には底がなく、頸部の四方に鐶耳があり、そこに紐を通して上にけると、南の字形となる。殷の武丁期に貞卜のことを掌った貞人に(なん)という人名があり、その字は南を鼓つ形に作る。〔説文〕六下に「艸木、南方に至りて、枝任(しじん)あるなり」とし、任をしなやかの意に用いるが、苗族が用いた銅鼓は古くは南任(なんじん)とよばれ、いまもかれらはその器をNanyenとよぶ。「南任」がその器名である。〔詩、小雅、鼓鍾〕に「を以てし南を以てす」とあって、単に南ともよばれた。〔韓詩(せつ)君章句〕に「南夷の樂を南と曰ふ」とみえる。また〔礼記、明堂位〕に「任は南蠻の樂なり」とするが、南任がその正名である。この特徴的な楽器によって、南方を南といい、苗族を南人とよんだ。卜辞に「三南・三羌」のように、西方の羌人(きようじん)と合わせて、祭祀の犠牲に供せられることがあった。犬首の神盤古を祖神とする南人は、羊頭の異種族羌族とともに犠牲とされたが、牧羊族の羌人のように捕獲は容易でなく、卜辞にみえる異族犠牲は、ほとんど羌人であった。南方は一種の聖域と考えられ、〔詩、周南、樛木〕には「南に樛木(きうぼく)り (かつるい)之れに(まと)ふ」のように、南は、一種の神聖感を導く発想として用いられる。
[訓義]
1. みなみ、南方、南人。
2. 鐘に似た楽器、南任、南夷の舞楽。
3. 〔詩〕の二南、周南と召南。その地は江漢の域を含み、当時南方文化と接触する地域であった。
[古辞書の訓]
〔名義抄〕南 ミナミ/指南 シルベ
[部首]
南は〔説文〕六下に市(ふつ)・孛(はい)系統の字として市部に属するが、南は懸した楽器の象で、市・孛とは関係がない。孛は(つぼみ)のふくらむ形である。
[声系]
〔説文〕に南声として水部の字一字を収めるが、モンゴルのオルドス方面の水名。また(なん)の或(ある)体を楠に作る。南nmは古くは(侵)tsimの韻。〔詩、小雅、鼓鍾〕では欽・琴・(音)・僭と韻し、〔詩、風、燕燕〕では・心と韻している。
[熟語]
南無▶・南夷▶・南院▶・南雲▶・南裔▶・南栄▶・南園▶・南苑▶・南轅▶・南音▶・南下▶・南柯▶・南華▶・南▶・南衙▶・南▶・南郭▶・南岳▶・南学▶・南▶・南冠▶・南▶・南徼▶・南▶・南金▶・南薫▶・南渓▶・南軒▶・南荒▶・南山▶・南▶・南枝▶・南至▶・南詞▶・南狩▶・南巡▶・南廂▶・南人▶・南垂▶・南征▶・南▶・南船▶・南饌▶・南▶・南端▶・南天▶・南渡▶・南土▶・南蛮▶・南藩▶・南風▶・南▶・南辺▶・南畝▶・南圃▶・南邦▶・南北▶・南奔▶・南冥▶・南溟▶・南面▶・南門▶・南籥▶・南游▶・南離▶・南▶
[下接語]
江南・朔南・山南・司南・指南・湘南・城南・斗南・図南・日南・嶺南
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南 (みなみ)
観測点から見た地平面の方向を方位といい,東西南北の4基点をもとに,北から北北東,北東,……,東,……南南東,南,南南西……など16方位で呼ぶのが一般的である。北半球の中緯度地方で太陽の見かけの運動を観測すると,東から昇り,南の空を通過し,西へ沈む。したがって,古代人は〈南〉を太陽の通る方向と認識していたようで,英語のsouth(ドイツ語Süd)の原義はsunsideである。古来,中国や日本では十二支(干支(かんし))で方位を呼び,南は午に当たる。
南と日本人
伝統的日本人は南という方位にたいして何を感じたか,また南ということばから何を思い描いたか。まず,天武朝(672-686),持統朝(686-697)ごろ最も盛行を極めた陰陽五行思想の摂取・応用が基礎となって,爾後律令宮廷儀礼から民間生活習俗に至るまでの広い範囲にわたり,古代中国哲学の空間論および時間論の枠組みが大きな影響をもっていた。すなわち,南の方位とは,五行でいえば火(陽の気で,熱と光とをもつ)を,五色でいえば赤を,五時でいえば夏を,十干(じつかん)でいえば丙丁(草木が伸長し充実した状態)を,十二支でいえば午(万物が繁盛の極を過ぎて衰微のきざしを見せはじめたさま)を,九星でいえば九紫(高貴,頭脳,名誉,麗,表,争などを意味する)を,易卦(えきか)でいえば離(火,日,天,中女の相をあらわす)を,それぞれ意義し,それぞれが陰陽五行論哲学の理論的システムのなかで矛盾なしに作用すると考えられたのである。矛盾なしにと述べたが,その一例を挙げると,遠く南海の孤島にあると信じられた補陀落(ふだらく)(日本では和歌山県熊野地方がこの観音浄土に至る入口に擬せられた)への渡海(補陀落渡海)が〈子(ね)月〉(旧11月)と定められ,また渡海の船を送り出す補陀洛山寺の位置からすると那智滝の滝壺が〈子方〉(北,水気,坎宮(かんきゆう),一白をあらわす方位)に正しく位置するのは,このように周到綿密に計算されて形成された〈子午軸〉をたどるかぎり〈午(うま)方〉(南,火気,生命繁茂)なる観音浄土への到達は必ず可能なはずと信じられたためである。陰陽五行思想は,かくのごとく,日本人の伝統的感性の深層部分に浸透していたのである。
このほかに,日本人が何か特別な南方観を持ったとすれば,それはきわめて新しい時代の産物である。そのことは,近世を代表する百科全書派的学者の著述のなかにみえる語源説を検討してみればわかる。
新井白石《東雅》(1719成稿)は,つぎのように説く。〈ミナミとはミノミにて,海の見えし方といふなるべし〉〈上古の時この葦原中国,其北方は越の山重り隔りて,南方は海見えたりしかば,其方をさし名づけて,ミナミとはいひしなり〉と。谷川士清(ことすが)《倭訓栞(わくんのしおり)》(1776成稿)は〈みなみ,南をいふ。日本紀に明字もよめり,皆見ゆの義,日の南する時ハ万物皆明かなるをいへり,みんなみともよめり〉と説く。上古,東方へ勢力を伸長していく大和国家からみて〈南方は海見えたりしかば〉ミナミといったとする新井白石説も,太陽が南へまわったときは〈皆見ゆの義〉でミナミといったとする谷川士清説も,格別に常識からはずれた理屈づけを行っているのではない。これらはある意味で陰陽五行説に根ざしているとさえ解しうるような語源説をなすといってよいだろう。
ところが明治近代になってから,在野の知識人のあいだに〈南進論〉が唱えられるようになったが,これこそはまったく異質のミナミ観の提起であった。志賀重昂(しげたか),田口卯吉,菅沼貞風,竹越与三郎らが,政府の北進理論に反対し,西欧列強による南洋地域の植民地化に注意を向けさせ,ひろく国民を〈海の思想〉に目ざめさせようとして論陣を張った。この〈南進論〉は明治末期から大正期に入ると一転して実利的な経済主義の側面を強調するようになり,とくに第1次世界大戦後のベルサイユ講和条約によって旧ドイツ領南洋群島が日本の委任統治領に帰してより以後は,台湾とならんで南洋の諸島が日本政府の〈南進政策〉の〈拠点〉と考えられ,これが昭和期の〈圏思想〉につながる伏線の役割を果たすことになる。しかも,そのような国策レベルだけでなしに,南洋へ渡って行く移民や南洋にあこがれを抱くようになった庶民のあいだに,いつ知れず〈南洋観〉〈南進論〉のような一種の思想がつくりだされるようになっていった。これについては,戦前戦後の日本人にとって,〈南進論〉〈南洋観〉が劣等観を吹き飛ばす役割を果たし,一方また,原日本のイメージを呼び起こす役割をもになった,という矢野暢の指摘がある。
執筆者:斎藤 正二
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南[区]【みなみ】
新潟市南部を占める区。2007年4月,新潟市が政令指定都市となり,秋葉区,北区,江南区,中央区,西蒲区,西区,東区とともに区設置。東部を信濃川,中央を支流の中ノ口川が流れる。国道8号線,460号線,上越新幹線が通じる。6月に行われる凧(たこ)合戦は有名で,しろね大凧と歴史の館がある。100.91km2。4万6949人(2010)。
南[区]【みなみ】
浜松市南東部を占める区。2007年4月,浜松市が政令指定都市となり,北区,天竜区,中区,西区,浜北区,東区とともに区設置。東部を天竜川が流れ,南部を遠州灘に面し,国道1号線,150号線,東海道新幹線が通じる。海岸部には中田島砂丘がある。46.84km2。10万2381人(2010)。
南[区]【みなみ】
熊本市南部を占める区。2012年4月,熊本市が政令指定都市となり,中央区,東区,西区,北区とともに区設置。合併前の下益城郡富合町,城南町の範囲を含み,緑川やその支流が東西に流れる。JR鹿児島本線や国道3号線・266号線・501号線が通じ,東部を九州自動車道がかすめる。九州新幹線開通に伴い,新幹線の車両基地が南部に設置された。110.01km2。12万2600人(2010)。
南[区]【みなみ】
岡山市南部を占める区。2009年4月,岡山市が政令指定都市となり,北区,中区,東区とともに区設置。旭川河口西側から児島湖周辺に位置し,児島半島北側の一部も含まれる。国道2号線,30号線,宇野線が通じるほか,児島湖に面して岡南(こうなん)飛行場がある。湖周辺は干拓地が大きく広がり,岡山港を擁する岡南地区は市内でも有数の工場集中地域。127.48km2。16万7714人(2010)。
南[区]【みなみ】
堺市南部を占める区。泉北高速鉄道が通じ,ニュータウン化が進んでいる。2006年4月,堺市が政令指定都市となり,堺区,中区,東区,西区,北区,美原区とともに設置。阪和自動車道が通じる。40.39km2。15万4779人(2010)。
南[区]【みなみ】
京都府京都市の一区。市街南部,桂川と賀茂川にはさまれた低湿地帯を占める。米,野菜などを産する近郊農村的色彩が強かったが,国道1号などが通じて工場が進出,都市化が著しい。北西端部に東海道本線,東部に近鉄京都線,市営地下鉄烏丸(からすま)線が通じる。東寺(世界遺産)がある。15.81km2。9万8744人(2010)。
→関連項目鳥羽
南[区]【みなみ】
相模原市東部の区。2010年4月,相模原市が政令指定都市となり,緑区,中央区とともに区設置。小田急小田原線と江ノ島線が分岐する大野は交通の要衝で,横浜線,相模線,国道16号線,129号線も通じる。南西端を相模川が流下し,区域を横浜水道道が横断する。米軍座間キャンプや米軍相模原住宅があり,在日米軍基地問題を抱える。38.11km2。27万4364人(2010)。
南[区]【みなみ】
北海道札幌市南西部の区。1972年区制。面積は札幌市の約6割を占めて広いが,区域の大半が山岳地帯で,南西部には無意根山(むいねやま)など1000m級の山が連なる。中央部を豊平(とよひら)川が流れ,流域の平坦地に市街地が発達。1972年の冬季オリンピックや地下鉄南北線開通を機に真駒内(まこまない)周辺は大住宅団地となる。石山常盤地区には札幌芸術の森が,また西部には豊平峡や定山渓(じょうざんけい)温泉,札幌国際スキー場などがある。657.48km2。14万6341人(2010)。
南[区]【みなみ】
広島県広島市南部の区。1980年区制。猿猴(えんこう)川と京橋川に挟まれた三角州の全域と,山陽本線以南の広島駅前・大州・青崎・向洋地区と似島(にのしま)・金輪(かなわ)島などで構成。1992年特定重要港湾に昇格した広島港の主要部を占め,広島ポートルネッサンス21計画により,宇品・出島地区は国際港湾都市への整備が進んだ。宇品地区にはマツダ宇品工場などが立地。広島女子大学,比治山(ひじやま)公園がある。26.30km2。13万8190人(2010)。
南[区]【みなみ】
神奈川県横浜市南部の区。1943年区制。北東部は西区と中区に接する市街地で,昭和初期に通じた京浜急行本線の沿線を中心に発展,市営地下鉄,首都高速道路などが通じる。丘陵部は近年住宅地化が著しく,1969年区南部を港南区として分離。弘明(ぐみょう)寺は高野山真言宗の名寺。12.65km2。19万6153人(2010)。
南[区]【みなみ】
埼玉県さいたま市の南部を占める区。2003年区制。旧浦和市の南部に位置し,京浜東北線,高崎線,宇都宮線,埼京線,武蔵野線,東京外環自動車道が通じる。都心への利便性も良く,市内最多人口を有する。別所沼公園,浦和競馬場,文化センターがある。13.82km2。17万4988人(2010)。
南[区]【みなみ】
福岡県福岡市南部の区。1972年区制。北西は中央区に接する住宅・文教地区。南西部は片縄山などの山間地で,東側を那珂川,西側を樋井川が北流し,老司(ろうじ)大池など池が多い。1960年代後半から老司・弥永・大橋などに住宅団地が造成される。九州大学芸術工学部や国立病院機構九州がんセンターがある。30.98km2。24万7096人(2010)。
南[区]【みなみ】
愛知県名古屋市南部の区。西部は港区に接し低湿地が広く,貯木場や製鉄・化学・金属・機械工場があり,名古屋港臨海工業地域の一部をなす。東海道本線以東部は商店,住宅,工場の混在地区。東海道本線,名鉄名古屋本線,同常滑(とこなめ)線,名古屋都市高速が通じる。東部に笠寺観音がある。18.46km2。14万1310人(2010)。
南【みなみ】
大阪市中央部の旧区。1989年東区と合区,中央区となる。
→関連項目天王寺
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南
みなみ
方角の一つ。日の出る方向(東)に向かって右手の方向で、北とは反対である。方位として十二支を分配するときは午(うま)となり、北の子(ね)と結び天頂を通過する線は子午線(しごせん)とよばれる。四季では南は夏に配せられ、月では8月が南にあたる。語源的には皆見(みなみ)、すなわち「皆の見る方向」であることは家屋の構造などからもうなずかれることである。英語の南southの語源は、太陽の見える側sunsideからきているとされている。南はそれだけで南風、南に行くこと、地名(例、大阪の盛り場ミナミなど)としても用いられる。
[根本順吉]
「聖人は南面して天下に聴く」(『易経』「繋辞上篇(けいじじょうへん)」)のことばで知られるように、中国では君主は南向きで臣下に対面したので、「南面」の語は君主の位につくことや、君主として天下を治めることをいった。古代中国の伝説上の王黄帝が発明したという指南車(周公の発明とも)が、つねに南をさし教えていたというのも、太陽が照り輝く南の方角と密接な関係があったとみてよいだろう。また、日本の寝殿造で、南に面した部屋を「みなみおもて(南面)」といって、正客を入れるところとするのも同様の考え方からであろう。これらを庶民的な生活感覚でとらえたのが「南竹藪(たけやぶ)、殿隣(とのどなり)」の諺(ことわざ)で、日当り、風通しの悪い住居をいう。
[宇田敏彦]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
みなみ【南】
高知の日本酒。酒名は、蔵元の名にちなむ。大吟醸酒、吟醸酒、純米酒、本醸造酒。平成22、25年度全国新酒鑑評会で金賞受賞。原料米は松山三井、山田錦、吟の夢、五百万石などを使い分ける。仕込み水は安田川の伏流水。蔵元の「南酒造場」は明治2年(1869)創業。所在地は安芸郡安田町安田。
出典 講談社[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションについて 情報
南
高知県、有限会社南酒造場の製造する日本酒。全国新酒鑑評会で金賞の受賞歴がある。
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世界大百科事典(旧版)内の南の言及
【シャックルトン】より
…イギリスの南極探検家。アイルランドのキルキーに医師の子として生まれる。…
【北】より
…観測点から見た地平面の方向を方位といい,東西南北の4基点をもとに北,北北東,北東,東北東,東……など16方位で呼ぶのが一般的である。北は,観測者が太陽の昇る方向(東)に向いたとき左手に当たる方向で,英語のnorthもインド・ヨーロッパ語系のner(on the leftの意)に由来している。…
※「南」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」