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えき

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

駅(鉄道)
えき

列車を停止させて、旅客の乗降、貨物の積み下ろし、列車の行き違い等を行うために設けられた場所。英語ではstation、フランス語ではgare、ドイツ語ではBahnhofという。停車場ともいわれる。広義には鉄道の作業に必要な施設である操車場、信号場を含めている。[大澤伸男]

駅の分類

駅には種々の分類法がある。
〔1〕取扱い種別による分類 (1)旅客と手小荷物のみを取り扱う旅客駅、(2)貨物だけを取り扱う貨物駅、(3)旅客と貨物を取り扱う一般駅。1983年(昭和58)国鉄(現、JR)には(1)が4790、(2)が85、(3)が383あった(JR移行後、取扱い種別の分類による統計は行われていない)。
〔2〕形式による分類 (1)駅の事務を取り扱う主要な施設の入った建物である駅本屋(えきほんや)が、線路またはホームと同じ平面上にある地平駅、(2)駅の両側の交通を自由にするために、道路を線路と立体交差させるか、線路やホームの上に通路を架けて駅本屋をその上に置く橋上駅、(3)地下駅、(4)高架鉄道の下に駅の両側をつなぐ通路または道路を設け、駅本屋はそれに接する高架下駅。大きな駅では、これらを組み合わせた形になっているものが多い。在来線では当初は地平駅が多かったが、1970年代以降、鉄道高架化や都市再開発の進展に伴い、駅両側の分離を避けるために橋上駅と高架下駅が増えてきた。新幹線の駅もほとんどが高架下駅である。
〔3〕線路上の位置による分類 (1)線路の終端にある終端駅、(2)線路が分岐する所にある分岐駅、(3)線路が交差する所にある交差駅、(4)線路と線路が接近する地点にある接触駅、(5)線路の中間にある中間駅、の5種類に分けられる。
〔4〕本線路配線の形式による分類 (1)線路が行止りになっている頭端式(行止り式。青森駅、高松駅など)、(2)線路が構内を貫通する通過式(京都駅、岡山駅など)、(3)急勾配(こうばい)区間の山間の駅で、構内の勾配を緩くするための折返し式(スイッチバック式)がある。[大澤伸男]

旅客駅

旅客駅の設備としては、駅前広場、駅本屋、旅客ホーム、およびそれらをつなぐ跨線橋(こせんきょう)や地下道などがあげられる。駅の設備には、遠距離と近距離、通勤通学と一般など、取り扱う旅客の特徴に応じた合理性が必要である。また、駅は歴史的にも、地域の多くの人々が行き来してきた場所であり、駅本屋などの設備が、公共的な施設として地域を象徴するものとなる可能性がある。その建設・改築にあたっては、地域の歴史・景観などに対する配慮が必要である。[大澤伸男]
駅前広場
鉄道の駅と、駅と連絡する交通機関や道路を有機的に結合し、また、バスや自動車が駐停車する広場である。もともと駅前広場は、駅への連絡口であると同時に、都市の玄関としての性格を備えていた。バスや自動車などの路面交通の発達に伴い、それらとの結接点となり都市交通の集中する広場としての役割を強くもつようになったが、私鉄のターミナル駅や住宅地を周囲にもつ大都市周辺の駅では、鉄道利用客、バス路線、自動車、バイク、自転車などが著しく増加して、広さが十分でなくなった所が多い。したがって駅前広場の整備と規制にあたっては、鉄道相互やバス、タクシー、自家用車など各種交通機関との連絡の便利さとともに、人と車の流れを立体的に分離するなどの、安全性、合理性への配慮も要求される。また、駅に近接したショッピング・センター、スーパーマーケットやデパートとの連絡も、将来計画も含めて十分考慮しておく必要がある。[大澤伸男]
駅本屋
旅客駅の駅本屋には、乗降客を混乱することなくさばく機能とともに、鉄道利用に付帯するサービスをはじめ各種の駅業務を行う機能が必要である。ことに主要な駅では乗降客の数も増え、駅利用者の目的や欲求も多様化しているので、駅本屋の機能はますます重要になってきている。旅客の誘導にしても、通勤通学客と一般客、長距離旅客とローカル旅客、団体客などのそれぞれがスムーズに流れるようにしなければならない。
 駅本屋の設備として、出札所、改札所、待合室、コンコース、旅客用通路、階段、エレベーター、エスカレーター、事務室、車寄せ、トイレ、および旅客をこれらの設備へ適切に誘導案内するための設備、照明設備などがあげられる。おもな駅ではこのほかに、旅行センター、売店、飲食店、洗面所、手荷物一時預り所やコインロッカーなどを設けて旅客の便宜を図っている。[大澤伸男]
旅客ホーム
列車の発着する線路に沿って設けられ、旅客の乗り降り、手小荷物の積み下ろしが行われる。旅客の利用の安全に支障を及ぼすおそれのないよう、適切な長さと幅であること、ホーム上の柱や壁などとホーム縁端との距離を確保することなどが定められている。
 線路の配置との関係でおおよそ次の五つの形式に分けられる。(1)単式ホーム、(2)相対式ホーム、(3)島式ホーム、(4)頭端式ホーム、(5)切欠(きりかき)式ホームである。単式ホームは単線区間に設けられるホームで、相対式は単線、複線を問わず線路を挟んで設けられるもの。島式ホームは線路に挟まれているホームで、旅客の流れが時間帯によって一方向に偏る駅に有効である。頭端式は櫛形(くしがた)ホームともよばれ、貨物駅や私鉄のターミナル駅に多い。切欠式ホームは階段を横からみたような形で、3本以上の列車を一つのホームに着けることができる。車両編成の短い地方の乗換駅に便利である。
 旅客駅の目ざす方向として、高齢者、障害者などが容易に鉄道を利用できるような各種設備の改良新設がある。駅前広場からホームまでの誘導用ブロック、エレベーターなどの設置、改札口の通路の拡幅、階段のスロープ化などである。エレベーターは、新幹線の駅では新築当初から、在来線では駅の改良時に設置されている。法令上は、2000年(平成12)11月より、交通バリアフリー法(正称は「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」)が施行され、バリアフリー対策が公共交通機関全般に法的に義務づけられるようになった。なお、この法律の趣旨は、2006年12月に施行されたバリアフリー新法(正称は「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」)に受け継がれた。[大澤伸男]

貨物駅

貨物駅の機能は次のとおりであり、貨物の取扱量などを考慮した設備を設ける必要がある。
〔1〕貨物の積み換え機能。貨車からトラック、トラックから貨車への積み換えを行うもっとも基本的な機能である。
〔2〕保管の機能。積み下ろしする貨物には、列車の発着時間とトラックでの搬入搬出時間のずれから、一時的に保管する倉庫や広場が必要である。
〔3〕貨車、トラックの滞留機能。荷下ろし後の貨車や空になったコンテナを置く側線や広場、トラックの夜間駐車場など。
〔4〕貨物の仕分け機能。同一方向への貨物を一車の貨車・コンテナにまとめたり、複数の貨車からの同一方面行きの貨物を仕分ける、貨物の輸送に必要な機能である。
 このほか、荷主の施設に線路を引き込む専用線による輸送もある。石油、石灰石、セメント、化学薬品などの大口輸送品目がおもな対象である。
 貨物輸送を大別すると、車扱い貨物とコンテナ貨物に分けられる。車扱い貨物は、荷主が貨車を借りきって輸送する貨物で、大単位の大量輸送に適している。コンテナ貨物は、コンテナを借りきって戸口から戸口まで輸送する方式で、鉄道とトラックを結んだ一貫輸送である。また、かつて小口混載と称していた、小口の貨物を運輸業者が集め、同一方面行きの貨物を貨車またはコンテナ単位にまとめて託送する方式については、現在では、おもに宅配便を取り扱う業者が小口の貨物をコンテナに積み合わせ、コンテナ貨物として取り扱っている。[大澤伸男]
貨物駅の集約と整備
1965年(昭和40)ごろには国内の貨物輸送(輸送トンキロ)の約30%を占めていた国鉄のシェアは、その後、漸減を続けて1980年には8.5%まで落ちた。
 その対策として国鉄では、既設の貨物駅を集約するとともに、輸送途中で行先別に貨物列車を編成し直す従来のシステムにかわる新しいタイプの貨物駅の整備を進めた。そのおもなものは、
(1)拠点間直行コンテナ専用列車(フレートライナー)用のターミナル駅、
(2)石油、セメント、飼料、自動車などの大量定型の貨物を対象にした物資別の専用発着駅、
(3)フレートライナー、物資別貨物、一般貨物を扱う複合拠点ターミナル駅、である。
 1987年4月には、国鉄の分割・民営化によりJR貨物が発足し、貨物輸送事業を引き継いだ。JR貨物では、主要な貨物駅の改良や、途中駅の待避線延伸工事などを実施することにより鉄道貨物輸送力の増強を行った。
 また、コンテナ取扱駅の改良に伴い、着発線荷役方式(E&S方式)の駅を増やしている。着発線荷役方式とは、コンテナ荷役可能な着発線に列車を停車させてコンテナの積み下ろしを行い、貨車の入換えを行わずに列車を出発させるもので、これによりコンテナ列車の速達性をさらに向上させることができる。着発線荷役方式の駅数は着実に増え、2011年(平成23)の時点で、岐阜貨物ターミナル駅、郡山貨物ターミナル駅、北九州貨物ターミナル駅等の27駅となっている。[大澤伸男]

外国の駅

ヨーロッパでは15世紀ごろから、主要都市間を定期的に結ぶ駅馬車stagecoachが運行され、旅客、郵便、少量の荷物などを運搬していた。この制度はアメリカ大陸でも行われたが、19世紀のなかば鉄道が各国に開通するようになって廃止された。しかし、駅馬車時代の宿駅stageの施設や旅館が鉄道の駅舎と近代的なホテルにかわっても、それらを覆う大きな上家(うわや)の形態は、駅馬車をつなぐ上家の名残(なごり)とも考えられる。事実、ヨーロッパの線路の多い駅では、鉄骨の大きなドームが線路とホーム全体を覆っているのが普通である。とくにターミナル駅は、線路の末端が何本も櫛形に並ぶ頭端式の駅で、堂々とした駅舎と相まって巨大なドームが威容を誇っている。パリの北駅およびリヨン駅、フランクフルト中央駅、ロンドンのウォータールー駅、シカゴのユニオン駅、ワシントンのユニオン駅などのターミナル駅をはじめ、おもな都市の主要駅はほとんど同じような構えである。また、駅舎そのものの建築様式も、19世紀末から20世紀の初めには、石造りやれんがの重厚さを競うようになった。ロンドンのビクトリア駅、セント・パンクラス駅、パリのサン・ラザール駅、アムステルダム中央駅、ミラノ中央駅などがそれである。
 1930年代の後半になると、駅舎の建築も近代的になった。フィレンツェ駅、ローマのテルミニ駅などは代表的なものである。
 第二次世界大戦で被害を受けたり、交通事情の変化や都市再開発の一環として改築された駅も多い。ケルン中央駅、ミュンヘン中央駅、オランダのロッテルダム駅、ティルブルフ駅、ユトレヒト駅、スイスのベルン駅、ロンドンのユーストン駅、ロンドン・ブリッジ駅、ワルシャワ中央駅などである。なお、ヨーロッパの地方都市の小駅には、それぞれの風景によくあった建物が多くみられる。
 アメリカでは自動車が早くから発達し、とくに第一次世界大戦後は航空輸送や遠距離高速バスとの競合によって鉄道の輸送量は減少の一途をたどった。駅本屋も1930年代前半以降に新築されたものはほとんどなく、往年の大駅舎も記念建築物として保存される特殊なもの以外は、レストランや公共施設に転用されたり、取り壊される運命にある。
 また、鉄道網の発達とともに、市街地では道路交通との分離が必要となり、高架構造や地下構造の建設が進んだ。駅舎も高架下や地下、半地下式の、客扱い機能のよい立体形式が多くなる。ハンブルクの中央駅、マドリードのチャマルチン駅などが代表的である。[松澤正二]

日本の駅


初期の日本の駅
イギリスから47年遅れて1872年(明治5)に、日本にも最初の鉄道が開通した。技術をイギリスから導入したので、駅もお雇い外国人の指導によって建設された。新橋、横浜の両ターミナル駅は同じような構造で、アメリカ人建築技師ブリジェンスR. P. Bridgens(1819―1891)の設計である。木骨石張り2階建て瓦葺(かわらぶ)きで軒に高欄を巡らした2棟を、木造平屋建てで連結した洋風建築で、細長い上家付きのプラットホームが設けられていた。
 1874年には大阪―神戸間が開業した。大阪駅はれんが造りの洋風建築で、壁の四隅に飾り石を配し、瓦葺き切妻(きりづま)屋根の破風(はふ)には特徴のある装飾が施されていた。線路を京都方面に延長する計画から駅舎は線路に平行に建てられ、プラットホームへの通路は木造の跨線橋を設けてあった。引き続き建設された京都駅も、れんが造りの同じような様式であった。創業時の駅舎で現在まで残っているのは、1882年に仮営業を開始した北陸線(当時は敦賀(つるが)線、敦賀―長浜間)の始発駅長浜である。当時としては珍しい石灰コンクリート造り2階建ての瓦葺きで、大阪駅のように壁に隅石の飾りがある。開業当初のおもかげを残す最古の駅舎として、鉄道記念物に指定され、当初の位置のまま保存、1983年(昭和58)より、旧長浜駅舎鉄道資料館として一般公開されている。[松澤正二]
鉄道発展期の駅
19世紀末には各地に民営鉄道がおこり、官鉄をしのぐ発展をみせた。1906年(明治39)国策上主要民鉄17社を国有化したが、そのころには駅数1500を数えるほどになっていた。旅客数も増加してサービスの向上も必要になり、20世紀に入ると老朽化した駅舎の増改築が盛んになった。1912年に開業し、一時期中央線の電車の終点であった東京の旧万世橋(まんせいばし)駅は、れんが造りで隅石に白い御影石(みかげいし)を用いたルネサンス風の建物であった。関東大震災で焼失したが、1936年(昭和11)旧駅舎の一部を利用して鉄道博物館と同居形式(駅ビル)で建て替えられた。1943年に駅は廃止されたが、鉄道博物館はその後交通博物館と改称され、2006年(平成18)5月に閉館するまで、駅舎の基礎は博物館として残った。また、1914年(大正3)に建築された東京駅は、辰野金吾(たつのきんご)の設計になる鉄骨れんが造りで、世界に通用する駅として計画されたと伝えられる堂々たる建物であった。第二次世界大戦の戦災で焼け落ちて、戦後復旧はしたものの、高くそびえていた両翼のドームは再現されず、当時のおもかげを現駅舎丸の内口中央部の貴賓通路入口に残すのみであった。しかし、2002年に復原計画が発表され、2003年には「東京駅丸ノ内本屋」が、国の重要文化財に指定された。復原工事は2007年着工、2012年竣工。
 市街地を走る鉄道は、欧米と同じく、道路交通との関係から高架化されるようになった。東京では1909年に山手(やまのて)線が完成すると、駅舎も高架利用の構造となった。有楽町駅はもっとも早期の高架下駅である。大正中期には中央線が高架で東京駅に結ばれた。昭和初年には阪神地区で東海道本線の高架化が進み、三ノ宮駅(1981年駅ビルに建替え)、神戸駅などが完成されて高架下駅構造の標準となった。在来の地平式駅が駅の表と裏を分離していたのと異なり、高架下駅では高架下を自由通路(コンコース)として駅の表と裏を結び、客扱いも一段と機能的になった。
 関東大震災などを経て、鉄筋や鉄筋鉄骨コンクリート造りが従来のれんがや石造りより耐震、耐火性に優れ耐久性もあることが立証された。大正末期からは駅の建築はコンクリート造りが主流になる。1929年(昭和4)の横浜駅(1980年駅ビルに建替え)、1932年の上野駅などがそれである。とくに上野駅はターミナル駅と中間駅の機能を兼ねる複雑な構成で、さらに1985年には東北新幹線の地下駅が完成した。同じころ建築された地方都市の駅には、戦災で破壊されたり、老朽化して改築されたものが多いが、2011年(平成23)の時点では、総武本線両国駅(1929)、高山本線高山駅(1934)などが、部分的に改修されているものの、当時の姿を残している。
 また、地方都市では、その都市の歴史、風土、性格などに調和する建築様式や材料を使う建築が行われてきた。山岳地方の中央本線大月駅や高山本線飛騨小坂(ひだおさか)駅などは山小屋風、中央本線高尾駅、仙山線山寺駅、紀勢本線那智(なち)駅など著名な寺社を近くにもつ駅は寺社建築の様式を取り入れ、東海道本線三島駅、土讃(どさん)線琴平駅などは付近の観光地や都市の性格にちなんだ特徴のある様式である。やや大型の駅でも、JR奈良駅の旧駅舎(現在は移動し、観光案内所となっている)は古都に、旧長野駅(新幹線の開通に伴い建替え、旧駅舎は取り壊された)は仏都にふさわしい寺院風建築であった。また、京都の旧二条駅(梅小路蒸気機関車館に移築保存。2016年4月より京都鉄道博物館で展示)、山陰本線の大社駅(1990年に廃止、駅舎は保存)などは神殿風で、他の駅とは趣(おもむき)を異にしていた。[松澤正二・編集部]
第二次世界大戦後の駅
第二次世界大戦による戦災の結果、国鉄、私鉄ともに主要都市の駅は大きな被害を受けた。輸送力増強のためには駅舎の復興が急務だったが、当時の国鉄の切迫した資金事情から、民間資本参加による民衆駅方式が出現した。1950年(昭和25)の東海道本線豊橋(とよはし)駅が第一号で、1971年までに50駅以上の駅ビルが完成した。東京駅八重洲(やえす)口、山手線池袋駅、関西本線天王寺駅、鹿児島本線博多駅などがそれで、駅本来の業務に必要な部分以外の地下や上部施設を、商店街、デパート、ホテルなどに利用する方式である。市街の中心にあって経済的価値の高い鉄道用地を経営に活用するため、1971年日本国有鉄道法施行令が改正され、国鉄が駅ビルを建設・運営する会社に出資することが可能になった。以後、1973年の平塚ステーションビル、1981年の三ノ宮ターミナルビルなどが次々に建設され、1981年度までに55会社59の駅ビルが国鉄の出資で建設された。
 その後、1983年4月大阪駅南側に完成した地上27階の大阪ターミナルビル(当時の愛称はアクティ大阪、2011年にサウスゲートビルディングに改称)など、さらに大規模な駅ビルが建設されるようになった。1997年(平成9)の京都駅ビル(地上16階)、2000年(平成12)の名古屋駅ビル(JRセントラルタワーズ。地上53階)、2003年の札幌駅ビル(JRタワー。地上38階)などは、最大級の規模である。
 なお、土地の取得難、線路上空の利用、駅両側の均等な開発などの理由から、新設だけではなく改築にも、橋上駅が増加している。東北新幹線・上越新幹線・北陸(長野)新幹線の大宮駅は大規模な橋上駅で、在来の東側の駅ビルと埼京線の地下駅を含む西側の新幹線高架駅とを結んで、線路上に新築された駅ビルを一体化させたものである。また、大阪駅でも、2011年、北側に地上29階の駅ビル(ノースゲートビルディング)が完成し、線路上に新設された橋上駅舎により、南側の駅ビルと結ばれた。今後もこのような広い鉄道駅構内の上空利用の駅舎は多くなるものと思われる。
 なお、日本国内の駅数は、JR7社で4922、その他の私鉄各社合計で5043となっている(平成20年度鉄道統計年報)。[松澤正二・編集部]

駅と地域社会


地域社会の玄関
蒸気機関車の実用化によって鉄道が世界中に普及し、陸上交通の王者に成長すると、旅客の乗降、貨物の積み下ろしの行われる駅は、地域社会の玄関として重要な意味をもつようになった。駅は比較的広い面積を必要とするので、既存の都市や集落の外縁部や市街からある程度離れた位置に設けられるのが通例であった。その意味で、駅の位置は建設時の市街の広がりと密接な関係をもっている。駅ができると、人や貨物の集散地点となるため、商店やさまざまの施設が立地し、しだいににぎやかな市街を形成して新しい中心地をつくるようになり、二つの中心地を結ぶ道路沿いの地域も市街地化した。たとえば、1874年(明治7)に開業した大阪駅は、当時「大坂三郷」とよばれた市街地の北の外れに位置し、西成郡曽根崎(そねざき)村字梅田の広々とした水田を埋め立ててつくられたし、名古屋駅(1886年開業)も市街地の西方に遠く外れて笹島(ささじま)とよばれた水田地区に設けられ、市街地と駅を結ぶ10~13間(18.2~23.6メートル)幅の広小路(ひろこうじ)が後年の繁華街に成長した。このような例は全国の都市、集落でみることができる現象であった。
 鉄道創業の時代には、人々の鉄道に対する理解が十分でなく、鉄道のルートを忌避したり、駅の位置を集落から遠ざけたという言い伝えが多い。しかし、確実な史料によって証明できる事例はきわめて少なく、研究によれば、むしろ積極的に鉄道を誘致し、駅設置の便宜を提供した事実が多数明らかにされている。
 駅の正面がどちらを向いているかによって、駅周辺の地域の発達には大差が生じた。かつての駅は一方にしか出入口のないものが多く、駅裏の発展はかえって阻害され、寂しい景観がみられた。鉄道線路や駅によって線路両側の交流が妨げられるからである。近年は広い横断コンコースや橋上駅の導入によって、このような例は少なくなった。[青木栄一]
駅の拡大と専門化・離心化
鉄道創業時につくられた駅は一般に「よろず屋」であった。当初の新橋駅や神戸駅のように、一つの駅が旅客も貨物も取り扱い、機関庫や客貨車庫、工場までも含んでいた。しかし、駅の扱う旅客、貨物が地域経済の発達とともに膨張すると、敷地の拡大が必要となり、やがて、旅客駅、貨物駅、貨車操車場、工場などの機能がそれぞれ分離独立して、専門化の道を歩むようになる。駅機能の専門化は大都市から始まり、比較的大きな地方都市に及んでいく。たとえば、最初の駅である新橋駅(1872年開業)は、1914年(大正3)、旅客専門の東京駅の開業とともに貨物専門となって汐留(しおどめ)駅と改称され、工場設備は大井工場に移された。一般駅の構内で行っていた貨物列車の組成も専門の貨車操車場に移されていった。京浜、名古屋、京阪神の大型駅では、1910年代から1930年代にかけて機能が専門化し、とくに広い面積を占める操車場は、より大きな操車能力を求めて、市街部から離れていく傾向が強かった。[青木栄一]
交通機関の接点
駅は鉄道と他の交通手段との接点である。したがって、二つの交通手段の「つなぎ」がスムーズに行われるような配慮が必要である。初期の駅はもっぱら徒歩の旅客の集散を主として考えればよかったので、この面の配慮は希薄であった。自動車交通の発達によって、駅は単に鉄道の施設であるだけでなく、都市、集落の地域計画のなかで総合的に考慮すべき存在となった。たとえば駅前広場は、現在の駅の機能にとって不可欠で、地域再開発の重要な要素である。自動車の駐車場、バスターミナル、あるいは自転車置場など、新しい時代の交通を反映する機能の追加要求が行われて、駅における「つなぎ」の機能はつねに見直しを迫られる宿命にある。近年はバリアフリーへの対応も大きな課題である。そのため、駅の設計にあたっては、将来を予測した「つなぎ」の機能を先取りする必要があるが、これはけっしてやさしい道ではない。
 駅のもつ他の交通機関との「つなぎ」の機能と同時に、駅に密着してさまざまの商業、娯楽機能が立地する。とくに日本の大都市では、交通量の大きい鉄道相互間の乗換駅を中心として、副都心とよばれる独特の繁華街をつくりだした。東京の新宿、渋谷、池袋、大阪の梅田、難波(なんば)などは、郊外と市街地を結ぶ鉄道の乗換駅を中心として発達したが、それは大正後期以降の郊外住宅地域の発達に伴うものであった。副都心に多くみられる私鉄のターミナルデパートは、この現象を鉄道経営戦略のなかに積極的に取り入れた日本独特のものといえる。[青木栄一・青木 亮]
『宮脇俊三・原田勝正編『全線全駅・鉄道の旅』全12巻(1981~1982・小学館) ▽『全国駅名便覧』(1982・全国鉄道趣味協会) ▽交建設計・駅研グループ著『駅のはなし』(1994・成山堂書店) ▽杉崎行恭著『日本の駅舎』(1995・JTB出版事業局) ▽杉崎行恭著『駅舎再発見――時代の姿をとどめる駅舎を訪ねて』(2000・JTB) ▽曽根悟監修『JR全線・全駅舎 東日本編(JR東日本・JR北海道)』『JR全線・全駅舎 西日本編(JR東海・JR西日本・JR四国・JR九州)』(2003、2004・学習研究社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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