もともとは科学小説を意味するサイエンス・フィクションscience fictionの略語であったが,いつか未来的なものや宇宙的なもの,または奇異なものの総称として使われるようになり,映画,音楽,美術,建築,哲学,社会学といった現代文化全域に広がったイメージ群の総体を指すようになった用語。それは大きく分けて次の三つに分類される。(1)主として少年少女向けの娯楽としての冒険活劇やメルヘン風の小説,映画,テレビドラマ,漫画,演劇,音楽,玩具など。この方面では宇宙船やロボット,コスチュームなどの道具立てが重要な役割を果たしている。(2)主として科学技術の予測,計画,普及,およびそれにともなう社会科学的な考察,ユートピア論,文明史など。この方面では情報と技術がさまざまの重要な役割を果たしている。(3)主として理論科学的な真理探究や哲学的な思考に重点をおくもので,いわゆる文学活動に近いが,新しい世界認識や小説手法による文学の改革運動にもなっている。この方面では理論,認識,思考が重要な役割を果たしている。以上三つのSFはそれぞれまったく異なった方向へ発展しており,メディアにおいても(1),(2)に関しては小説以外のものに中心が移行しつつある。このため,(3)に関しては英語圏でスペキュレーティブ・フィクションspeculative fictionという語をあてることも少なくなく,日本においてもとくに小説に対しては〈SF小説〉というように,二重にフィクションの語を使った表現をすることも多い。(1)~(3)を結びつけるものはあくまで小説であるが,(1)は主としてアメリカで,(2)はロシア・ソ連,東欧,アメリカなどで,(3)はイギリスで発達した。現代でも,国によってSFの概念はかなり異なっており,日本の国内においても世代や職業,教養,趣味のあり方によって大きなギャップがあるといってよいだろう。
世界最古の物語《ギルガメシュ叙事詩》以来,今日的にみればSFと呼べるような作品はつねに書かれてきたが,現代SFの諸要素がある種の小説に集結するのは,19世紀になって科学技術による進歩の概念が生まれてからである。M.シェリーの《フランケンシュタイン》(1818)は,当時流行していたゴシック・ロマンスとして書かれた作品で,今でいえば恐怖小説にあたるものだが,明らかに現代文明への予兆をとらえており,人造人間の製造と,それによって変化する人間観がテーマとなっている。いわば前述の(1)~(3)のすべての要素をもった最初の傑作SFと呼んでよいものである。こののち,ポー,ホーソーンがゴシック・ロマンスをさらに深みのあるものにし,アメリカ文学の基盤を築いたが,同時にアメリカにおける恐怖小説の伝統を生み,ラブクラフト,メリットA.Merrittなどに受け継がれてSFの基礎にもなる。この系譜はブラッドベリ,ライバーF.Leiberなど現代のアメリカSFにまで一つの流れを形成しており,恐怖小説誌《ウィアード・テールズ》(1923-54)はアメリカの大衆小説としてのSFを生む重要な土壌ともなった。しかし,真にSFに強力な方向性を与えたのは,フランスのベルヌとイギリスのH.G.ウェルズである。ベルヌは《月世界旅行》(1865)や《海底二万リーグ》(1870)において,科学技術による未来の夢と未知の世界への冒険をおおらかに展開し,自国以上にアメリカで大きな人気を得た。のちにアメリカの原子力潜水艦にノーチラスの名が与えられ,月へ向かった宇宙船にコロンビアの名が選ばれたが,これらはいずれもベルヌの小説に登場するものであり,ベルヌもまた未来の夢の舞台にアメリカを選ぶことが多かった。アメリカSFの父と呼ばれるガーンズバックH.Gernsbackは最初のSF専門誌《アメージング・ストーリーズ》を1926年に創刊し,ベルヌの夢と冒険をさらに発展させ,《ラルフ124C41+》(1911)においてさまざまな技術的発明を予言するとともに,スミスE.E.Smith,ウィリアムソンJ.Williamsonなどの人気作家を育てた。そして,少し早くから冒険小説を書いていたE.R.バローズやE.ハミルトンとともに〈スペース・オペラspace opera〉と呼ばれる宇宙冒険小説の全盛時代を迎えることになる。これは最初に示したSFの(1)の面として今日まで発展し続け,《スター・ウォーズ》や《スーパーマン》のような映画やテレビドラマの人気番組として普及した。一方,ウェルズはT.モア以来のユートピア小説の伝統を受け,戦争や労働問題と近代科学の間にある危険を感じながら,良識と技能の有効な利用によって理想世界を追求しようとした。《タイム・マシン》(1895)は時間旅行によって未来を見てきた男の物語だが,労働から完全に解放されて平和を得た人々の不幸をえがいており,《解放された世界》(1914)では核兵器の危険とともに,その抑止力をも提示した。事実この作品は原爆の開発に関して精神的な支えとなったといわれており,一方では世界国家,社会主義,自然保護,福祉社会,科学による病気や天災の克服といった理想が,のちの時代の大きな指針となった。
ウェルズの未来観はSFの(2)の面として今日まで数々の理想と警告を発し続けることになるが,イギリスではステープルドンO.Stapledonが遠大な未来史を展開し,C.S.ルイス,チェスタートン,オーウェル,A.ハクスリーなどもさまざまなユートピア小説を書いた。それはA.C.クラーク,オールディスB.W.Aldissらの現代のイギリスSFに受け継がれていく。ウェルズはベルヌと同じようにアメリカSFに大きな影響を与えており,ガーンズバック自身も熱心な支持者であったが,ウェルズ的な理想主義や文明観が強く投影されるのはキャンベルJ.W.Campbellが《アスタウンディング》誌を編集するようになった1938年以後である。キャンベルはこの雑誌からスペース・オペラを排除し,アシモフ,ハインライン,スタージョンT.Sturgeon,バン・ボートA.E.van Vogt,デル・リーL.del Reyなどの新しい作家を登場させ,SFの思考実験的な要素を全面的に打ち出した。こののち,アメリカSFの黄金時代と呼ばれるエポックを迎えることになる。しかし,今日的にみればこの時代のSFもウェルズの理想とベルヌの楽天性をつごうよく利用しただけの,アメリカ的プラグマティズムと事大主義ばかりが強調されたものでしかなかった。しかもSFのそうした面は今日まで受け継がれており,幾つかの大国が手を結べば(小さな民族の意志など無関係に)世界平和が実現するとか,ロボットに知性を与えながら人間に奉仕するものという前提を設けるなど,いわば思考実験としてはいとも御都合主義的なものでしかなかった。折しも60年代に入って環境汚染やベトナムでのアメリカの敗戦,月への人間の到着など幾つかの大きな事件が世界観の変更を求め,テクノロジー社会の行きづまりを人々が感じ始めたとき,〈新しい波(ニュー・ウェーブ)〉と呼ばれる改革運動が生まれた。イギリスではムアコックM.Moorcockが編集する《ニュー・ワールズ》が唯一のSF雑誌だったが,バラード,オールディスなど新しい作家たちの出現とともに,積極的にアメリカSFの批判を始め,これをアメリカではメリルJ.Merrilが支持し,ディレーニS.R.Delany,エリソンH.Ellison,ル・グイン,ウィルヘルムK.Wilhelm,ディッシュT.M.Dischといった新しい作家群が同様の主張のもとに登場したため,大きな論争をまき起こした。〈新しい波〉とともに登場した作家群にも,科学技術や社会状況に目を向けた作品は少なくないが,より大きな変化は人間の内面を重視し,理論科学的な世界観を追求するようになったことである。アメリカでは純文学の方面でもW.バローズ,ピンチョン,ボネガット,バース,バーセルミといった優れた作家たちが登場していたが,これらの作家もSFの影響を強く受けており,〈新しい波〉後のSF作家たちや,長く独自の創作を続けてきたP.K.ディック,ベスターA.Besterらとともにアメリカ文学の最前線の一部をSFが形成しているといっても過言ではないだろう。こうしてSFの(3)の面も確立したわけだが,もともとイギリスでは純文学とSFが明快にジャンルとして分化していたわけでもなく,ゴシック・ロマンスの巨匠ピークM.Peakeや〈怒れる若者たち〉として活躍したC.ウィルソン,シリトーAlan SillitoeなどのSF作品とともにバラードらの作品が広く評価されている。
ソビエト連邦では革命の前後にユートピア小説の名作ザミャーチンの《われら》(1924)やロケットの生みの親の一人といわれるチオルコフスキーの《月世界到着》(1920)など,さまざまなSFが書かれたが,《われら》は国内での刊行は認められず,ようやくイギリスで刊行されたものであり,ソ連では社会や科学技術の進歩に貢献する作品が歓迎された。そうした社会主義リアリズムSFともいうべきソ連SFの代表的な作家がI.A.エフレーモフで,結果的には彼の作品は黄金時代と呼ばれたころのアメリカSFと共通する面が多い。また大衆小説作家としてのベリャーエフの人気にはアメリカでのスペース・オペラの人気に共通するものがあり,ソ連時代のSFを代表するストルガツキー兄弟,ゴルG.S.Gor,ワルシャフスキーI.I.Varshavskiiといった作家たちの作品にはエフレーモフ的なものに対する批判の姿勢もうかがうことができるし,人間の内面性を扱うことで結果的に自由の問題をとり上げているものも多い。東欧圏ではロボットの名を生み出した《RUR--ロッサム万能ロボット会社》(1921)の作者チャペック(チェコスロバキア)は《山椒魚(さんしよううお)戦争》(1936)など多くの優れたSF作品で世界的な影響を残しており,現代ポーランドの作家レムは《ソラリス》《星からの帰還》(ともに1961),《枯草熱》(1977)など,理論科学的な自然認識をもとにした人間哲学と理想社会の追求によって世界的な評価を得ている。他の地域では日本の安部公房やドイツのフランケH.Franke,フランスのキュルバルP.Curval,ジュリM.Jeuryといった作家たちも独自の文学的伝統のもとで優れた作品を書いている。アルゼンチンのボルヘス,キューバのカルペンティエル,イタリアのカルビーノ,ブッツァーティといった作家は安部公房と同じくSF作家として登場したわけではないが,内容的に今日のSF作品と似た作品が多く,世界的にSFとして読まれている。またフランスではシュルレアリスムやヌーボー・ロマンの運動によってSFに近い作品が数多く書かれており,それらとは別にロニー・エネJ.H.Rosny-aîné,メサックR.Messacといった古いSF作家の作品がSFの発展とともに見直されている。日本では1957年,柴野拓美らによるSF同人誌《宇宙塵》が発刊され,60年に本格的SF誌《SFマガジン》が生まれてから,主としてアメリカSFの強い影響下に育ってきたが,初代編集長福島正実の死後は冒険小説へ強く傾斜するようになっている。星新一,小松左京,筒井康隆,半村良らの作家が前線を開いてきた。
→SF映画 →幻想文学
執筆者:山野 浩一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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