翻訳|roof
「や」は家を指す語で、これに「かきね」「はね」「きね」などに見られる接尾語「ね」が付いたものと思われる。家全体を指していたのが、家の上部の「屋根」だけを指すようになったのは、古代の建物が、屋根自体直接地面に接する造りであったのに、その後、柱や壁ができて軒先が地面を離れるものとなったことによる。
建築空間とその上空の空間とを仕切る目的で作られる建物の部分。通常,雨,直射日光,騒音,視線など建物の外部からの影響を遮ることが屋根の重要な機能であるが,内部の熱を外へ出さないという機能を要求される場合もある。また,屋根によって空間を守るとともに,外壁面などの建物の他の部分をも守る役割を果たすこともある。このような物理的な機能とともに,外観的にも,屋根の印象は建物全体の印象に連なり,その形態はデザイン上きわめて重要となる。
日本のように,降雨量の多い気候条件では,雨を防ぐための屋根と地面からの湿気を防ぐ高床が建築を構成する二大要素となっている(壁は,風通しを確保するため,あまり作られない)。その意味では,外敵から身を守る目的で壁を重視しているヨーロッパや乾燥地帯に比べて,日本の建築における屋根の重要性は高いといえる。
日本の木造建築における基本的な屋根形式は,切妻と寄棟およびこの両者を合成した入母屋の三つであるが,軽微な建物では一方向に傾きをもつ片流れがよく使われるし,寄棟の特殊型である方形(ほうぎよう)も場合によって使われ,また,近年になって,鉄筋コンクリート建物が普及するのに伴って,水平な陸(ろく)屋根も数多く使われるようになった(図1)。
以上の6形式が基本的な屋根形式であるが,そのほかに,これらの形式を組み合わせたり,変形させた特殊な屋根形式もある(図2)。鋸屋根は,片流れを繰り返して組み合わせたもので,屋根と屋根の間の垂直壁の部分に開口部を設けることにより,大規模な建物の換気や採光を図ることができるため,工場などで用いられる。二つの片流れ屋根の水下(みずしも)を二つ合わせて,間に谷どいを設けたバタフライ屋根,片流れ屋根の水上に招き庇を設けたものなどの変形がよく使われる。また,切妻屋根の二つの屋根面の水こう配を変えて,急傾斜の屋根面と緩こう配の屋根面を直角に交わるようにした矩折(かねおり)屋根も,最近の住宅建築で見られる屋根形式である。さらに,切妻屋根や寄棟屋根の水こう配を屋根の途中から変えたマンサードmansard roofは雪国などで用いられる。ボールトやドームは石材で屋根を作るときに,アーチの原理を利用することから発達した屋根形式であり,アラブやヨーロッパのような石造建築の伝統をもつ国では普及しているが,日本ではあまり見られない。シェル構造の屋根は,膜のもつ力学的性質を利用して,薄くて強い屋根を作ろうとするものであり,屋根面自体が自分を支える強度をもっているから,小屋組みが不要になるため,体育館や講堂などの大梁間の屋根に使われている。
同じ屋根形式であっても,こう配の大小,破風の大きさ,軒の出の寸法,軒先回りの納め方によって,屋根の印象は大きく異なる。一般に,こう配が大きい屋根は重厚な印象を与え,緩こう配屋根では,軽快な感じとなる。軒下の空間は内部空間と外部空間をつなぐ役割をもっているから,軒の出の深い建物のほうが建物に近づく人間を建物の中に誘導する印象を与える。社寺建築などで軒の出が大きいのは,この効果をねらっていると考えられるし,切妻の家の妻側に入口を設けた例(妻入りという)は,一般に軒のある側から入る場合(平入りという)に比べて人が近づきがたい印象を与える。玄関部分だけに特別に深い玄関庇を設けるのは,出入りのときに雨にぬれないためもあるが,上述のようなデザイン的要因も同時に考えられている。
屋根には,さまざまな物理的機能も要求される。その中でもっとも重要な機能は,少なくとも日本では雨に対する防水機能であろう。屋根の防水機能は,雨の降り方,屋根の水こう配(雨水の排除のためにつけるこう配),屋根葺き材の防水性,屋根下地の処理方法などに関係している。雨の降り方は,単なる年間降雨量だけではなく,一時にどの程度激しい降り方をするかや,降雨時の風の強さなどが防水機能の大小を決める条件となる。同じ日本の中でも,降雨条件の厳しい地方では,より大きな水こう配を必要とする。古代に大陸から伝承された瓦屋根が,近世になるにつれて強いこう配をとるようになってきたのも,日本と中国大陸の降雨条件の差が長い間に反映されてきたと考えることができる。一般にこう配をもつこう配屋根では,屋根葺き材に下向きの隙間があっても,水は上から下向きに流れる限り雨漏りはしない。しかし,風の強いときなどには内外の圧力差により水が逆流するから,屋根葺き材には,ある程度の重ねをとるか,あるいは,雨返しと呼ばれる形態的なくふうが必要となる。万一漏れた雨水も,下地が耐水性が強く,吸水性のある材料であれば,室内にまで漏れないですむ。複雑な形状をもつ屋根では,部分的にこう配が異なるが,もっともこう配の緩い部分が防水上の弱点となりやすい。とくに,二つの屋根面が交わって谷を作る部分では,一般部分以上に屋根葺き材の重ねを大きくとったり,下地を防水性の高いものとするなどの注意が必要となる。陸屋根では,1/100程度の緩いこう配が使われるが,この場合のアスファルト防水,シート防水などの防水層には隙間ができないようにしなければならない。そのためには,下地材が鉄筋コンクリートのように強固なものであることが要求され,変位の大きい木造や鉄骨造などの場合には特段のくふうがない限り不向きである。
屋根には防水性のほかに,強い日射を遮ったり,室内の暖気を逃さないための断熱性が要求される。一般には,屋根の下に天井を設け天井裏の空気層によって断熱性を確保するが,茅葺きの場合には,屋根葺き材そのものが断熱的なものとなっており,天井がなくても夏涼しく冬暖かい家が実現できる。天井裏の空気層を密封すれば十分な断熱効果があるが,屋根の裏面で空気が冷やされるため結露が生じやすくなる。これを防ぐためには,天井を断熱的にし,屋根裏は適度に換気を行うほうがよい。入母屋や切妻の破風,または軒裏は換気孔を設けやすい部分である。
茅葺きや藁葺きの屋根は断熱性が優れているが防火上は問題がある。とくに,家が建て込んでいる都市の領域では,近くの火災による飛火類焼の可能性が高いので,屋根材は不燃性のものでなければならない。瓦屋根は,それ自体は,不燃性材料であるが,瓦の隙間から火の粉を呼び込み下地材が燃える可能性がある。この点では,昔のように葺き土を下地材としている瓦葺きのほうが防火性が高く,近年の,いわゆる桟瓦葺きで,下地が可燃性のものは望ましくない。
葺き土を使った瓦葺きの問題点は屋根の重量が重くなり,そのため小屋組みやそれを支持する柱,梁も太くしなければならず,結果的に費用が高くなることである。とくに,一般には高いところに重いものがあると耐震設計上弱点となりやすいといわれる。しかし,構造材が十分に堅固な場合には,上部の重量で枘(ほぞ)の抜けを防ぐので屋根重量が大きいほうがむしろ耐震的に安全であるともいわれている。
屋根に対しては,地震とともに,台風などの風に対する対策が要求される。とくに,金属版葺きのように軽量屋根の場合には,屋根葺き材がめくれ上がる被害とともに屋根全体が吹き飛ばされることを心配しなければならない。屋根面でもっとも風の力がかかるのは,妻に近い隅の部分である。切妻の瓦屋根で妻に沿って降り棟を設けてあるのは,瓦が端部から順々にはがされていくのを止めるためのくふうである。
雪国では,屋根の上の積雪が問題となる。雪の重量で建物に被害を与えないための対策としては,屋根こう配を強くして雪が滑り落ちるようにすることが考えられる。雪を滑らせると屋根を壊したり傷つけたりする場合は,屋根面に雪止めを設けて,雪下ろしを行う。雪質が比較的乾いていて軽い地域では,むしろこう配を緩くして,風で雪を飛ばしてしまうほうがよい場合もある。最近では,熱で雪を融かして内樋で排水する融雪方式の屋根もくふうされている。
執筆者:塚越 功
日本建築では切妻造,寄棟造,入母屋造,方形造が多く用いられてきた。しかし,入母屋造のなかでも平(ひら)(棟方向)の屋根面に段があり,切妻造の四方に庇をつけたような錣葺き(しころぶき),方形造の一種で6面や8面からなる六注造,八注造のように,各種の形式を組み合わせた複合形式や,種々の変形がある。神社建築でも屋根の形式からみると,権現造は入母屋造の本殿と拝殿を幣殿でつないだもので,この場合,幣殿の屋根は両下(りようさげ)造(切妻造の妻がないような形式)という。春日造は切妻造妻入の正面に庇をつけたもの,流造は切妻造の正面だけが前方に長く延びたものである。また流造や入母屋造に,据破風や軒唐破風をつけた複雑なものもある。民家では,地方によって屋根の形が異なり,呼び方も違う。平面L字形で寄棟造や入母屋造の茅葺きとした曲屋(まがりや)(岩手,茨城,千葉)あるいは中門造(秋田,山形,福島,新潟),こう配が強く棟の高い切妻造茅葺きとした合掌造(富山の五箇山,岐阜の庄川地方),寄棟造茅葺きの妻側の軒を切り上げたかぶと造(山形,福島,東京西部,山梨),平面正方形に近くこう配の緩い切妻造板葺きの本棟造(長野),寄棟造茅葺きの棟がコの字形となるくど造(佐賀)がある。なお神社の権現造や,民家で多くの飾り破風などをつけて複雑な形となった屋根を八ッ棟造と呼ぶこともある。また屋根の棟には実用と装飾を兼ねて,棟の両端に鴟尾(しび),鯱(しやち),鬼面などを,棟の上に千木(ちぎ),堅魚木(かつおぎ)(勝男木),鳥おどりや宝珠などを置く。
日本建築の屋根を葺き材で分けると,本瓦葺き,桟瓦葺き,檜皮葺き(ひわだぶき),杉皮葺き,茅葺き,こけら(杮)・栃・長板などの板葺き,銅瓦葺き,銅板葺き,鉄板葺き,スレート葺きなどとなる。
本瓦葺きは,飛鳥時代に中国,朝鮮から伝来した寺院建築によってもたらされたもので,以来,宮殿,城郭建築,民家などに広く用いられてきた。雨水の流れる平瓦とその接ぎ目の蓋をする丸瓦からなる。平瓦は木口をみせて重ねて葺き,丸瓦は後ろの重なる部分に玉縁がついていて,葺上りは木口をみせない。丸瓦に玉縁をつけず全体を先細りにし,木口をみせて重ね葺きするものを行基葺き(ぎようきぶき)という。行基葺きはおもに平安時代から鎌倉時代にかけて行われた。本瓦葺きは火災に強く耐久力があるが,きわめて重いのが欠点である。江戸時代中期になって,平瓦と丸瓦を一つにした軽量,簡便な桟瓦が発明され,とくに民家に普及した。そのころから江戸では,防火のために町家を桟瓦葺きとすることを幕府が督促している。本瓦,桟瓦とも焼成温度が低いと硬度が低く,吸水率が高くなって割れや凍害をおこしやすい。
檜皮葺きはヒノキの立木から採取した樹皮を約1.5cm間隔に重ね,竹釘で打ち止めるもので,おもに神社や宮殿,高級住宅建築に用いられてきた。茅葺き,杉皮葺き,板葺きなどとともに日本古来の葺き方と考えられるが,その中ではもっとも高級であり,葺上りは優美で上品な趣をもつ。近年は檜皮が不足し,技能者の数も少なく施工量は制約されている。
こけら(杮)葺きは檜皮葺きと同じく社寺や高級住宅建築に用いられてきたもので,サワラやスギの薄い手割り板を約3cm間隔に重ねて竹釘で打ち止める。檜皮に次いで優雅な葺上りとなる。栃葺きはこけら葺きより厚い板を粗く葺いたもので,地方の社寺に見られる。長板葺きは長板を縦に葺いたもので,薄い板を屋根面のたるみに合わせて曲げて葺く場合と,厚い板を2段,3段に葺く場合とがある。石置板葺きは長さ90cm前後の板を縦に並べて桟でおさえ,石を置いて止めるもので,こう配の緩い切妻屋根に用いられる。中部地方以東の民家に多いが,《洛中洛外図屛風》を見ると,中世末には京の町家もすべて石置板葺きであったことがわかる。
茅葺きは竪穴住居に用いられたのをはじめ,古式な神社形式である神明造(伊勢神宮など)や大社造(出雲大社など)に見られ,古来の葺き方であるとともに,各地の民家で現在も種々の形が見られる。屋根こう配が強く,葺く厚さは90cmに達するものもある。秋から冬にかけて刈り取った山茅を用いるのがふつうで,大量に必要とするため近年は材料の確保がむずかしい。長持ちさせるためには差し茅による普段の手入れが肝要である。
銅瓦葺きは木製の下地を作り,厚い銅板を本瓦葺き形式に葺くもので,近世になって霊廟や社寺建築に用いられた。火災に強く耐久力があり,緑青をふいた姿には趣があるが,高価につく。一部の城郭に見られる鉛瓦葺きや石瓦葺きは有事の際に銃弾に転用したり,防御力を高めるためのものである。スレート葺きは幕末以降洋風建築に用いられたもので,天然のスレートを薄く切ってうろこ状に葺く。洋風建築では亜鉛板を葺いたものもある。
→瓦
一般に屋根は,古くはこう配が緩く軽快な感じのものであったが,時代が下るとこう配が強くなり,そのぶん棟が高くなって鈍重な感じのものとなった。これは,初めは垂木の上に直接瓦や檜皮,板を葺いていたものが,平安時代初めころから化粧の垂木とは別に屋根を葺くための野地を作るようになり,化粧垂木との間に空間(これを野小屋という)ができたことによる。これは雨の処理のためには屋根こう配を強くするほうがよいが,化粧垂木のこう配はむやみに強くするわけにいかないからである。屋根はその建物が所在する地方の気候風土や生活様式の影響を受けることが多い。中央の大社寺や権力者は別として,地方の社寺や民家ではその地方でまかなえる葺き材を用い,気候風土に適した形を作り出している。養蚕に天井裏を利用するのに,妻からの採光を考慮したかぶと造や合掌造,石置板葺きの本棟造,棟が高くなるのをきらってコの字形としたくど造など地方独特の民家は,そのことをよく物語っている。なお,一部の農村では大量の材料と多くの労力を必要とする茅葺き屋根の葺替え作業などの際に,地域の各組内で労力を提供し合って共同で行う習慣が残っており,これを〈ゆい〉という。
執筆者:浜島 正士
ギリシア神殿の屋根には大理石板を加工した瓦が用いられていたといわれる。ローマ時代には銅板,鉛板,亜鉛板で葺いた屋根,素焼きの瓦も使用されていた。近代に至るまで,これらの屋根葺き材が屋根を覆うことになる。しかしながら銅や鉛の屋根はきわめて高価であり,修道院や大聖堂など,記念的な建物に用いられる以外は,近世に至るまで一般の世俗建築には利用されなかった。
こう配屋根を形成する小屋組みは,近代に至るまで,そのほとんどは木造であった。石造のドームをいただく建物であっても,外側に木造のドーム屋根を二重に架ける例が多いし,石造のボールトをもつ中世の教会堂も,その上に木造の切妻屋根を架けている。一般の石造や煉瓦造の世俗建築も,屋根部分は木造で構築するのが一般的であった。鉄骨の屋根が出現するのは19世紀になってからであり,コンクリート造の屋根も,古代ローマのパンテオンのドームが無筋の天然コンクリート造であるというような少数の例外を除けば,やはり19世紀以降の手法である。
屋根の形態は降雨量,小屋組みの材料,屋根葺き材などによって決まるが,造形意欲によって特別な形式が発展する例も多い。一般にアルプス以北では屋根は急傾斜であり,屋根が建築造形に占める比重も大きい。また,草葺き屋根やスレート屋根は,雨水が浸透しやすいので,傾斜を急にしなければならない。西洋建築のうちで,屋根が印象に残るのがフランスやドイツ以北の建物であり,スレート葺きや草葺きの屋根であるのは,それらの建物が物理的にも大きな屋根面積をもつからだといえよう。西洋における屋根の形態は切妻と寄棟が基本で,そのほかに屋根が腰折れになったマンサード屋根も多く用いられる。これは屋根裏を広く利用できるところから多用された。それ以外の屋根の形式は,正方形の建物や塔に用いられるものが多い。こうした屋根形式を発展させる一方で,西洋建築には屋根を視覚的に隠してしまう形式も多い。傾斜の緩い屋根は,壁面を軒より高くパラペットとして立ち上げてしまうことによって見えなくなる。それによって壁面は長方形のファサードとして整然と構成される。古典主義建築はつねにこのような手法によって屋根を隠そうとしつづけてきた。それを可能とした理由の一つは,小屋組みは木造であっても壁体は石材や煉瓦である西洋建築が,深い軒によって壁面を保護する必要が少なかったためであろう。西洋建築の屋根は,軒の出が少なく,反りをもつ例がきわめて少ないという点で,日本の屋根と対照をなす。
執筆者:鈴木 博之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
建物の上方を覆って外界から居住空間を区画するもの。狭義には上面仕上げ材(屋根葺(ふ)き材)とその下地部分をさし、広義にはそれを支える小屋組みを含むが、ここでは狭義の屋根について説明する。
屋根は単に雨露を防ぐだけでなく、壁、床とともに建築空間を囲うものであるから、熱、音、視線などを遮り、かつ落下物などによる破壊に対しても安全でなければならない。また壁とともに外部に露出しているから、建築意匠を決定する重要な要素でもある。とくに日本のように多雨の地域では、おのずから勾配(こうばい)をもつ屋根をつくらざるをえず、さらに壁面や開口を雨水から保護するために軒の出が深くなり、したがって屋根はきわめて目だつ存在となる。すなわち、ヨーロッパ系の「壁の建築」に対し、日本の建物が「屋根の建築」と称されるゆえんで、屋根の勾配を急にし、しかも軒の出を深くしても軒先が低くならないように、野(の)屋根と化粧軒を組み合わせる特殊な構法も独自に開発された。
一般の建物では屋根は躯体(くたい)に支えられるもので、構造的には死荷重の扱いを受け、意匠的には壁と画然と区別されるのが普通である。しかしドームやボールト屋根をもつもの、またはシャーレン構造のような建物では壁体と屋根が一連のものとしてつくられ、両者の境界も明瞭(めいりょう)でない。このような場合には、屋根はかえって壁体を相互に緊結するものとして構造上も重要な役割を担うことになる。
[山田幸一]
屋根は陸(ろく)屋根と勾配屋根とに大別される。陸屋根は水平な屋根(水垂(みずた)れ勾配、すなわち1/100~5/100程度のきわめて緩い傾斜はつけられる)で、もともと降水量の少ない所で用いられたもので、中近東などの砂漠地帯では木の枝を水平に架し、その上に土をのせただけの簡単な陸屋根がごく普通にみられる。しかし防水材料の進歩によって、日本のような多雨地帯でも採用できるようになった。ただし勾配屋根に比し雨漏れの危険の多いことは否めず、とくに木造建築に適用する場合は注意を要する。陸屋根は日本では俗に屋上とよばれ、その上を歩行できるようにしたものを歩行床、そうでないものを非歩行床といい、それぞれ仕上げ材料が異なるが、いずれにせよ水平面であることに変わりなく、とくに歩行床では周囲にパラペットparapet(屋上や吹抜け廊下にみられる手すり壁)や手すりが設けられ、外観ではさらに目だたなくなるから、建築意匠上はそれほど問題とならない。
勾配屋根の形状は、その土地の降水量、建物の構造、意匠または機能などの要請に基づいて決定され、さらにそのうえに葺き(仕上げ)材料の相違が加わって千変万化する。よく知られているものに、片流れ、招き、切妻(きりづま)、半切妻、寄棟(よせむね)、入母屋(いりもや)、方(宝)形、腰折(こしおれ)、マンサード、円錐(えんすい)、ドーム、ボールト、鋸(のこぎり)形があるが、必要に応じて差掛け、越(こし)屋根などの設けられることもある。勾配は多雨地帯で急に、寡雨地帯で緩になるのが自然であるが、積雪地帯では屋根面に雪を蓄えておく必要(雪の層は断熱に有効。また不時に滑り落ちる危険を避けなければならない)から緩にすることが多い。また葺き材料に透水性の小さいもの(例、金属板など)を用いれば緩に、大きいもの(例、藁(わら)など)を用いれば急になるのも当然である。日本で一般的な形状は切妻、寄棟、入母屋で、建物の性格によって使い分けられる。たとえば奈良時代までの最高級建物(宮殿における大極殿(だいごくでん)、寺院における金堂など)では寄棟、その後の高級建物では入母屋が、通常の建物では切妻が多い。しかし方形平面の建物では方形が、円形平面では円錐が都合のよいことはいうまでもない。また腰折、マンサードは屋根裏を居室などにあてることができ、洋風建築によくみられる形状である。ドーム、ボールトはアーチ構法から導き出される屋根形であるが、組積式建築の伝統をもたない日本ではなじみは薄い。鋸屋根は垂直面を北面させ、終日光線方向のかわらぬようにするのに便利で、工場建築に用いられるが、反面、長い陸谷(ろくだに)をつくるので漏水の危険が多い。
[山田幸一]
陸屋根では連続した不浸透性被膜で防水層をつくって水を遮断する。歩行床の場合は防水層の上に保護層を置くが、非歩行床の場合は置かず、いわゆる露出防水にすることもある。一般に露出防水は耐久性に劣るが、いったん故障をおこした場合の修理は保護層のあるものに比し容易である。被膜材料にはアスファルト、合成樹脂、金属膜、防水モルタルなどがある。いずれもコンクリートまたはモルタル面を覆うようにして使用するのが通例であるが、コンクリートなどに多少のひび割れなどが生じても、それに追随しうる柔軟性のあるものが望ましいとされている。アスファルト防水は、同材料を含浸させた紙(アスファルトルーフィング)を溶融したアスファルトを接着材として張り合わせるもので、現在でももっとも信を置きうる防水層とされているが、熱に弱いのが難で、通常は保護層と併用する。合成樹脂には塗布するものとシート状にしたものとがあり、軽量で高い防水性を得るとされ、露出型、非露出型ともに適用しうる。金属膜はアルミ粉末などを塗付して膜をつくるもので、他の露出型の防水の被覆に使用されることが多い。防水モルタルは防水剤を混入した密実なセメントモルタルを塗り付けるものであるが、これだけで完全な防水効果を得ることは困難で、通常は他の防水層と併用される。保護層は以上の被膜の上に軽量コンクリートを打設し、その上をタイル、モルタルなどで仕上げるのが普通であるが、被膜補修を容易にするため、取り外し可能なブロックなどを置く場合もある。
勾配屋根の葺き材料には、植物性のものとして草、茅(かや)、藁、杮(こけら)、檜皮(ひわだ)、板などがあり、鉱物性として粘土焼成瓦(かわら)、天然スレート(石板)、石綿スレート、セメント製瓦、金属板などがあり、その種類によって下地の構成も異なる。植物性の場合は、垂木(たるき)に直交する小舞(こまい)を水平に並べ、その上に葺き材料を重ねる。鉱物性の場合は、垂木に裏板を張り、その上に葺き材料を置く。いずれの場合も葺き材料が勾配に沿って滑り落ちないようなくふうが凝らされる。
草、茅、藁などはいまでも農家などに用いられており、古く粘土瓦などの一般化しなかった時代にはごく普通の葺き材料であった。杮は檜(ひのき)、槙(まき)など比較的に水に強いと考えられる木材を薄い短冊形につくり、竹釘(くぎ)を使って張り重ねるもの、檜皮は檜の樹皮を張り重ねるもので、社寺、宮殿などに使用されてきた。檜のかわりに杉の樹皮を用いる場合は杉皮葺きとよばれる。板葺きは、垂木に直接板を並べるが、風で板の飛ぶことのないようその上に石を置くことがある。これら植物性のものは保温性に優れ凍害を受けるおそれもないが、耐久性に乏しく、とくに耐火性にまったく欠けるので、現在では文化財建造物など特別な場合を除いて、市街地で用いることは建築基準法により禁止されている。なお植物性材料、とくに草や藁は相当厚く葺いても水を透過しやすいので、これらを用いた屋根はおのずから急勾配につくられる。
粘土瓦は材質的にいぶし瓦と釉薬(ゆうやく)瓦に大別され、形のうえから桟瓦、本瓦、S型、スパニッシュ型などに分類される。いずれも粘土を成形し窯焼きしたものであるが、釉薬をかけたもののほうが色彩を自由につけられ、吸水率も低くできる利点はある。しかし和風建築では一般にいぶし瓦が好まれ、銀灰色の甍(いらか)の波は古い日本の町並みを飾る風物詩となっており、千数百年の使用実績を通じて日本人にもっとも親しまれ、かつ信を置かれている。葺き方は各粘土瓦とも裏板の上にいったん薄い杮板を敷き、さらにその上に葺き土を置いて瓦をのせるのが基準である。しかし重量を軽減するため杮板、葺き土を用いず、そのかわりに防水紙(アスファルトフェルト)を敷いた裏板の上に桟を打ち、これに瓦を引っ掛けるものもある。この種の桟瓦を引っ掛け桟瓦という。葺き土、桟打ちのいずれの場合も、必要に応じ銅釘(くぎ)、銅線で瓦を固定することがある。
天然スレートは、粘板岩の薄板を一定の形に切断して、裏板、防水紙の上に葺くもので、明治期の赤れんが建築の屋根に愛用されており、通常は鱗(うろこ)状の仕上がりとなる。石綿スレートとよばれるものは石綿をセメントで固めた成形板で、波板と平板があるが、高級建築にはあまり用いられない。セメント瓦はセメントを粘土瓦状に成形したもので、使用法もほぼ同じであるが、やはり高級建築には用いられない。
金属板には亜鉛めっき鉄板、カラー鉄板、銅板などが用いられる。亜鉛めっき鉄板には波板と平板があるが、防錆(ぼうせい)塗料を頻繁に塗り替えなければならず、近年では仮設建築のようなものにしか用いられなくなり、カラー鉄板にとってかわられつつある。カラー鉄板は鉄板にあらかじめ塗料を焼き付けたもので、工事現場で塗料を塗るよりも防錆効果に信頼性があるとされている。銅板は金属板のなかでは最高級の材料で、耐久性に優れ、緑青(ろくしょう)の吹き出したものには独特の風情がある。カラー鉄板と銅板は平板を使用し、防水紙を敷いた裏板上に葺く。葺き方には平葺きと瓦棒葺きがある。平葺きは裏板のとおり平坦(へいたん)に葺き上げる方法、瓦棒葺きは勾配に沿って一定間隔に桟を打ち付け、その桟の上にも板をかぶせる方法で、もとより後者のほうが雨漏れのおそれは少ないとされている。いずれの場合も板の継ぎ目ははぜ継ぎとするため端を折り曲げなければならず、カラー鉄板ではこの部分の塗料がはがれ、発錆の原因となることがある。銅板ではこの心配もなく、その意味でも最高級の材料といえる。
[山田幸一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
古くは屋禰とも。雨露を防ぐための建物上部の覆い。基本形式に片流れ・切妻(きりづま)造・入母屋(いりもや)造・寄棟(よせむね)造・宝形(ほうぎょう)造があり,葺材によって茅(かや)(草)葺・板葺・檜皮(ひわだ)葺・瓦葺・銅葺などという。日本でははじめはもっぱら茅葺が,ついで板葺・檜皮葺が使われ,飛鳥時代に寺院建築とともに瓦葺がもたらされ,銅葺は近世になって用いられた。構造上は雨の始末に力が注がれ,屋根勾配を強くするために野屋根(のやね)の構造が考案され,時代が下るほど急勾配の棟の高いものとなった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 リフォーム ホームプロリフォーム用語集について 情報
…またそれらの材料の良否が,ただちに建築意匠に関連してくる。日本の気候の特徴である多雨多湿に対応するため,屋根は傾斜の強いものでなければならず,また壁に雨のかかることを避けると同時に,むし暑い夏に雨が降っても窓や出入口をあけておけるように,軒の出が深い。平面の形は,直線形の木材を骨組みに使うため,大部分が正方形,長方形であり,六角形,八角形のものはわずかで,円形平面は多宝塔上層に見られるにすぎない。…
…この炉の火は夜のひどい湿気を取り除く防湿効果ももっている。 雨量についての一般論は,多雨地域では傾斜屋根すなわち切妻や寄棟,あるいは入母屋の屋根が見られ,雨が多いほど急勾配となる。逆に勾配のない陸(ろく)屋根は雨量の少ない地域にのみ見られる。…
…また,漁業に従事したり,山間に立地する家は,農家と形式的に異なった特徴をもつものが多いところから,漁村住宅,山村住宅と区別して扱うこともある。 民家の外観的な特徴は,主として屋根の形式で分類される。まず屋根の形では,切妻(きりづま)造,寄棟(よせむね)造,入母屋(いりもや)造の種別がある。…
※「屋根」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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