コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

グリーン グリーン Green, Frederick Lawrence

41件 の用語解説(グリーンの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グリーン
グリーン
Green, Frederick Lawrence

[生]1902
[没]1953
アイルランドの小説家。代表作は若い独立運動の闘士を主人公とする『邪魔者は消えろ』 Odd Man Out (1945) 。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Green, George

[生]1793.7.14. スナイントン
[没]1841.3.31. スナイントン
イギリスの数学者。前身はパン屋で,数学を独学で勉強し,40歳でケンブリッジ大学に入った。 1837年に卒業するとき,数学の成績は最高であった。 39年にケンブリッジの2つのカレッジの評議員に選ばれた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Green, Henry

[生]1905.10.29. グロスターシャーテュークスベリー
[没]1973.12.13. ロンドン
イギリスの小説家。本名 Henry Vincent Yorke。小説技巧に関心が強く,象徴的手法による細かい心理描写を特色とする。『生きる』 Living (1929) ,『愛する』 Loving (45) ,『結論する』 Concluding (48) などの小説がある。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Green, John Richard

[生]1837.12.12. オックスフォード
[没]1883.3.7. マントン
イギリスの歴史家。オックスフォード大学に学び,1860年聖職についたが,69年病身のため聖職を退き,ロンドン,ランベスカンタベリー大主教邸図書室司書をつとめながら歴史研究に従事。『イギリス国民小史』A Short History of the English People (1874) で名声を博した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Green, Julien Hartridge

[生]1900.9.6. パリ
[没]1998.8.13. パリ
フランスの作家。両親はアメリカ南部出身の海外移住者。 1919年渡米,バージニア大学卒業後,フランスに定住した (国籍はアメリカ) 。 22年頃からイギリスの作家についての評論を雑誌に発表して文壇にデビュー,以後多くの小説,評論,戯曲,日記を刊行した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Green, Marshall

[生]1916.1.27. マサチューセッツホリオーク
[没]1998.6.6. ワシントンD.C.
アメリカの外交官。エール大学卒業。外交官として各国在勤ののち 1959~60年国務次官補代理。 65~69年インドネシア駐在大使。 69年1月ベトナム和平会談 (パリ会談) 代表。 69~73年国務次官補 (東アジア太平洋地域担当) 。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Green, Paul Eliot

[生]1894.3.17. ノースカロライナ,リリングトン
[没]1981.5.4. ノースカロライナ,チャペルヒル
アメリカの劇作家。黒人や貧しい白人の生活を描いた作品が多い。『アブラハムの胸に』 In Abraham's Bosom (1927) でピュリッツァー賞受賞。代表作『コネリー家』 The House of Connelly (31) ,表現主義的反戦劇『ジョニー・ジョンソン』 Johnny Johnson (36) 。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Green, Thomas Hill

[生]1836.4.7. ヨークシャー,バーキン
[没]1882.3.26. オックスフォード
イギリスの哲学者。オックスフォード大学ベイリオル・カレッジで学んだ。 1860年同大学フェロー,78年同大学道徳哲学教授。当時支配的であった H.スペンサーの経験論的自然主義,J. S.ミルの感覚論に反対し,ドイツ観念論,ことにカントヘーゲルの影響を受け,新カント学派新ヘーゲル学派の立場から,いわゆる自我実現論 self-realization theoryを提唱した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Green, Valentine

[生]1739
[没]1813
イギリスの版画家。初めライン・エングレービング (彫刻銅版) を修得し,1765年ロンドンに出てからメゾチントの技法を用い,J.レイノルズや B.ウェストなどの絵に基づく版画を多数制作。イギリスのメゾチントの最高の版画家の一人。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Green, William

[生]1873.3.3. オハイオ,コショクトン
[没]1952.11.21. オハイオ,コショクトン
アメリカの労働運動指導者。 16歳で炭鉱労働者となり,のち統一炭鉱労働者組合 UMWAで活躍して頭角を現した。 1913年アメリカ労働総同盟 AFLの執行部の一員となり,24年 AFL会長に就任。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Greene, Daniel Crosby

[生]1843.2.11. マサチューセッツ,ロックスベリ
[没]1913.9.15.
アメリカの組合派教会宣教師。ダートマス大学出身。明治2 (1869) 年 11月,ボストンアメリカン・ボード最初の日本派遣宣教師として来日,1913年まで神戸で伝道にあたった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Greene, Graham

[生]1904.10.2. バーカムステッド
[没]1991.4.3. スイスブベー
イギリスの小説家。オックスフォード大学卒業後,カトリックに改宗,ジャーナリズムに入り映画批評を手がける。初期の小説『内なる私』 The Man Within (1929) などは心理分析を用いたアクション小説だが,彼は自作を「本格的小説」と「エンターテインメント」に分けてそれぞれの特色を生かそうとした。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Greene, Nathanael

[生]1742.8.7. アメリカ,ロードアイランド,ポトウォマット
[没]1786.6.19. アメリカ,ジョージア,マルベリーグローブ
アメリカ独立戦争期の軍人,将軍。 1770年ロードアイランドのコベントリーに定住し,独立戦争勃発とともに G.ワシントンを助けて 75~76年ボストン攻囲戦に参加,76年ニューヨーク市付近の戦闘を指揮。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

グリーン
グリーン
Greene, Robert

[生]1558頃.ノーフォークノリッジ
[没]1592.9.3. ロンドン
イギリスの劇作家,物語作家,詩人,パンフレット作家。「大学出の才人」の一人。放縦の果て悲惨な死をとげた。文筆で生計を立てた最初の職業作家で雑多な作品を書いた。 J.リリーや P.シドニーをまねて『パンドスト』 Pandosto (1588) など多くの伝奇物語をものし,マーローにならって『アルフォンサス』 Alphonsus (88頃作,99刊) を書き,ロマンス仕立ての傑作喜劇『ベーコン修道士とバンゲー修道士の栄光の物語』 The Honorable Historie of Friar Bacon and Friar Bungay (91頃作,94刊) などによってエリザベス朝の民衆演劇を確立したが,より有名なのは,当時のロンドンの暗黒面を描いた写実的なパンフレットや自伝的な一連の散文で,そのなかの一つ『一文の知恵』A Groathworth of Wit (92) には,劇壇の新進としてのシェークスピアに関する誹謗的言及が見出される。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

グリーン(Graham Greene)

[1904~1991]英国の小説家。カトリックの立場から、現代人の不安と虚無とを描く。作「権力と栄光」「情事の終わり」など。

グリーン(green)

緑色。
草地。緑地。芝生。(観葉)植物。

㋐ゴルフ場で、ホール(穴)の周囲の、芝を短く刈って整備した区域。
㋑ゴルフコース。「グリーンに出る」
他の語の上に付いて複合語をつくる。
㋐環境保全の。自然保護の。また、自然保護運動の、の意を表す。「グリーンエネルギー」「グリーン家電」
㋑若々しい、の意を表す。「グリーンエージ」

グリーン(Julien Green)

[1900~1998]フランスの小説家。精神と肉体の相克、信仰と罪などの問題をカトリックの立場から追究した。小説「幻を追う人」「閉された庭」「アシジの聖フランチェスコ」など。

グリーン(Thomas Hill Green)

[1836~1882]英国の哲学者。新ヘーゲル主義の立場から自我実現説を説いた。主著「倫理学序説」。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

グリーン

英国の数学者。家業の製粉業のかたわら数学を独学。1828年電磁気学への数学解析の応用に関する論文を発表,ポテンシャルの語を使用,グリーンの定理グリーン関数を導入したが,1846年ケルビンが再刊行するまで価値を認められなかった。

グリーン

英国の歴史家。オックスフォード大学に学んだ聖職者。1868年病身のため聖職を退き,ロンドンのカンタベリー大主教邸(ランベス宮)図書室司書として歴史研究に従事。主著《イギリス国民小史》(1874年)で名声を獲得。

グリーン

フランスの作家。両親は米国人で敬虔(けいけん)なピューリタン。その母の死後カトリックに改宗。小説《地上の旅行者》(1924年)がジッドに認められ,《モン・シネール》(1926年),《閉ざされた庭》《真夜中》《運命》《遠き地》《モイラ》,戯曲《南部》などのほか,《日記》がある。

グリーン

米国の劇作家。ノース・カロライナ大学教授を務めた。南部の黒人問題を扱った悲劇《アブラハムの胸に》(1926年)のほか,野外劇《失われた植民地》や,民謡をとり入れた交響劇《栄光をともに》などもある。

グリーン

英国の哲学者,オックスフォード大学教授。新理想主義哲学の指導者で,ドイツ思潮の代表者受容者。伝統的な経験論,実証主義に反対して,カントの人格倫理,ヘーゲルの弁証法に学び,〈自我実現説〉を立てて人格的自由主義の哲学を提唱した。
→関連項目政治学ボーザンケト

グリーン

米国の労働運動指導者。炭坑夫出身。1913年AFL中央執行委員,1924年ゴンパーズ死後AFL会長となり,1949年AFLを率いて国際自由労連に参加。典型的な反ソ・反共主義者で労使協調に重点を置いた。

グリーン

英国の小説家。ジャーナリズムにも関係。長編《内なる私》(1929年),《ブライトン・ロック》(1938年)の後,《権力と栄光》(1940年),《事件の核心》(1948年)《情事の終り》(1951年)でカトリック作家として名声を確立。
→関連項目ラング

グリーン

ロシア(ソ連)の作家。本名グリネフスキーGrinevskii。幻想性とエグゾティシズムの色濃い特異な作風で知られる。代表作に《真紅の帆》(1923年),《波の上を駆ける女》(1928年)など。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

グリーン Greene, Daniel Crosby

1843-1913 アメリカの宣教師。
1843年2月11日生まれ。明治2年アメリカン-ボードから日本に最初に派遣され,7年摂津第一公会(現神戸教会)を創立。横浜にうつり,13年J.C.ヘボンらと日本語訳「新約聖書」を完成させた。のち同志社英学校教授,日本アジア協会会長。大正2年9月15日神奈川県葉山で死去。70歳。マサチューセッツ州出身。アンドーバー神学校卒。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

色名がわかる辞典の解説

グリーン【green】

色名の一つ。JISの色彩規格では「あざやかな」としている。一般に、黄色の中間の色のこと。ブルーレッドとともに光の三原色の一つ。日本語では和名の「緑」と訳されるが、JISの色彩規格で緑は「明るい緑」で、グリーンよりも少し薄い色をさしている。ただし、草木の葉の色をイメージしているのはどちらも同じ。ゴルフ場の芝生をグリーンという。また派生した色が数多いのも共通している。

出典|講談社
(C)Kodansha 2011.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

グリーン【Aleksandr Stepanovich Grin】

1880‐1932
ロシアソビエトの作家。グリーンは筆名で,本名はグリネフスキーGrinevskii。父は政治犯としてシベリアに流刑になったポーランド人である。幼いころから欧米の冒険小説を耽読した彼は冒険に憧れ,10代の半ばから放浪の旅に出て,船乗り,漁師,金鉱探し,志願兵などの職を転々とし,軍隊ではエス・エル党の感化を受けてその活動家となり,3度投獄された。ソビエト文学にはまれな幻想的でロマンティックな作風が,作者自身の特異な経歴とあいまって一世を風靡した。

グリーン【Daniel Crosby Greene】

1843‐1913
アメリカの宣教師。マサチューセッツ州生れ。シカゴ神学校,アンドーバー神学校に学び,アメリカ外国伝道委員会(アメリカン・ボード)の日本最初の宣教師として1869年来日。神戸で伝道し,74年神戸公会を設立,同年より横浜で新約聖書の翻訳に従事,81年より同志社で神学を教え,その赤煉瓦建築を設計した。90年より東京で伝道,社会事業に携わり,日本宣教師同盟の活動を推進し,アジア協会,平和協会の会長などを歴任した。

グリーン【Graham Greene】

1904‐91
イギリスの小説家。オックスフォード大学時代は一時共産主義に共鳴したが,まもなく幻滅し,1926年カトリックに改宗した。初めはジャーナリストの道に進んだが,密輸団を逃げ出した男を主人公にして,一種スリラー仕立てながら,近代心理小説の手法も十分に活用して倫理的宗教的問題を提示した小説《内なる私》(1929)で認められた。この後《ここは戦場だ》(1934),《英国が私をつくった》(1935)のような本格的な小説や,もっとスリラー性の濃い,グリーン自身が〈娯楽物〉と名づける《スタンブール特急》(1932),《拳銃売ります》(1936),《密使》(1939),《恐怖省》(1943)などを次々と発表し,一種痛烈な文明批判を見せた。

グリーン【Henry Green】

1905‐73
イギリスの小説家。実業家ヘンリービンセントヨークHenry Vincent Yorkeの筆名。オックスフォード大学を出て家業を継ぎながらひそかに文筆に従事。バーミンガムの労働者の生活を描いた《生きること》(1929),ロンドンの中産階級の恋愛を描いた《溺愛》(1952)などのほか《パーティ行》(1939),《愛すること》(1945)などがある。題材の範囲は広く,V.ウルフ流れを汲む心理小説的なものに風俗喜劇的な要素をもちこみ,凝った文章で〈生(せい)の状態〉そのものを伝える。

グリーン【Julien Green】

1900‐98
フランスの作家。両親ともアメリカ南部の出身で,生粋のアメリカ人であるが,パリに生まれ,厳格な新教徒である母の教育,アイルランド系の人種的要素,フランス的教育,鋭い感受性と夢想性が複雑な資質をつくりあげた。14歳で母を失い,宗教的不安のなかでカトリックに改宗,第1次大戦後,バージニア大学に学び,帰国後文筆活動に入る。《アドリエンヌ・ムジュラ》(1927),《レビアタン》(1929)などの小説で,孤独な人間の不安,苦悶,狂気を描いて文壇に地歩を固め,ついで,《幻を追う人》(1934),《真夜中》(1936)などで幻想的かつ神秘的な作風を確立する。

グリーン【John Richard Green】

1837‐83
イギリスの歴史家。1860年オックスフォード大学卒業後,国教会の聖職についたが,病弱のため辞任し,69年以降ランベス宮(カンタベリー大主教のロンドン邸)の図書室司書となり,歴史の研究・叙述に専念した。主著《イギリス国民小史》(1874)は小史と称しながら1000ページを超す大著で,代表的なイギリス通史として,日本でも愛読された。ほかに《イングランドの形成》(1882),《イングランドの征服》(1883)などの著書がある。

グリーン【Robert Greene】

1558‐92
ルネサンス期のイギリスの作家。ケンブリッジ大学を出てイタリアスペインを旅行したのち文筆生活に入ったが,無頼放蕩の生活を続け,そのもようと間欠的に彼を襲う改悛の衝動とを自伝風に書き綴った小説やパンフレットを数多く残した。初期に属するいく編かのボッカッチョ風の奇想をこらした散文物語は,ほとんどが教訓的内容をもち,J.リリー《ユーフュイーズ》の文体を模している。それ以外にも《パンドストー》(1588)や《メナフォン》(1589)など抒情的な小曲をちりばめた牧歌的ロマンスを書き,また窃盗・詐欺百般の手口を克明に描いた風刺譚や対話編のシリーズをものして人気を博した。

グリーン【Thomas Hill Green】

1836‐82
イギリス新理想主義学派の哲学者。オックスフォード大学に学び,同大学道徳哲学教授となって生涯を過ごした。プラトンをはじめギリシア哲学を研究するとともに,ドイツ観念論哲学に深く学び,主著《倫理学序説》(1883)などで自我実現を核心とする人格的自由主義の哲学を説いた。それは,当代の経験主義的自然主義,実証主義的現実主義の思潮を批判して,精神的価値の積極的実現を求める自我の完成を,個人の人格形成の目的とするとともに,これを促進するのが社会の義務と考える哲学であった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

グリーン【green】

緑。緑色。
緑地。草の生えた土地。
ゴルフ場で、パッティングのために、特に整備してある区域。
名詞について、「環境に配慮した」「環境に優しい」などの意を表す。

グリーン【Green】

〔Julien G.〕 (1900~1998) フランスの小説家・劇作家。アメリカ人を両親にパリに生まれる。精神と肉体の葛藤かつとうと、破滅的結末をカトリックの立場から描いた。小説「アドリエンヌ-ムジュラ」「幻を追う人」など。
〔Thomas Hill G.〕 (1836~1882) イギリスの哲学者。ドイツ観念論の影響を受け、自己実現の説を唱える。公共善を規準として功利主義を批判し、道徳的自由主義を主張。

グリーン【Graham Greene】

1904~1991) イギリスの小説家。宗教的主題をスリラー的手法で追求する独自の作風を確立した。代表作「権力と栄光」「情事の終わり」

グリーン【Aleksandr Stepanovich Grin】

1880~1932) ソ連の小説家。ソ連には珍しい幻想的な作風で、架空の土地を舞台にしたロマンティックな作品を数多く書いた。代表作「波の上を駆ける女」「真紅の帆」「輝く世界」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

図書館情報学用語辞典の解説

グリーン

1837-1918.米国マサチューセッツ州ウスター生まれ.ウスター公共図書館長で,レファレンスサービス概念の提唱者.1858年ハーバード大学卒業.1876年11月30日発行のLibrary Journalの記事,「図書館員と利用者の人的関係」において,図書館員は人的サービスを提供することによって利用者が適切な本を選び出すための手助けをすべきであると述べた.この論文がきっかけになって,19世紀末までに図書館でレファレンスサービス組織を作ることが普及した.アメリカ図書館協会創設メンバーのひとりで,1891年会長就任.

出典|図書館情報学用語辞典 第4版
©All Rights Reserved, Copyright Nihon Toshokan Joho Gakkai, 2013 編者:日本図書館情報学会用語辞典編集委員会 編
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のグリーンの言及

【ゴルフ】より

…国内では福島晃子のような大型選手も生まれ,日本ツアーをリードしている。
【ゴルフコース】
 各ホールの構造(図1)は,ティーグラウンド(ボールの打出し場所),フェアウェー(芝を刈り込んだ正しい順路),ラフ(雑草の生えた地域),ウォーターハザード(海,池,川などの障害物),バンカー(砂をしいたくぼ地の障害物),グリーン(直径10.79cmの穴をそなえ,ボールがころがりやすいように芝を刈り込んだ場所)からなり,これを1区画とし,原則的には18ホール(1ラウンド)を一単位としている。各ホールには距離に応じて基準となる打数(パーpar)が定められている。…

【アメリカン・ボード】より

…1810年にマサチューセッツとコネティカットの会衆派の牧師たちによって設立され,アジアの各地に宣教師を派遣した。日本には69年D.C.グリーンがボード最初の宣教師として訪れたが,ボードがとくに援助したのは同志社と神戸女学院の設立である。会衆派と福音改革派の合同で,現在はUnited Church Board for World Ministriesと呼ばれている。…

【第三の男】より

…アントン・カラスのチターの演奏だけによる哀感あふれる音楽と,オーソン・ウェルズが演じたハリー・ライムという強烈な人物像によって世界中のファンを魅惑し,キャロル・リード監督の名を一躍高からしめたスリラー映画の名作。〈冷戦〉をテーマに作家のグレアム・グリーンが敗戦直後(1947)の米英仏ソ4ヵ国管理下のウィーンの闇市(ブラック・マーケット)を描いたオリジナルストーリーから,グリーン自身が脚色。後半の見せ場になる下水道の追跡シーンは,リード監督の証言によれば,ウェルズがカメラマンのロバート・クラスカーと話し合ってみずから演出したものという。…

【冒険小説】より

…彼らは挫折を経験し,正義とは何かという懐疑に襲われて悩み,ときには抹殺されることさえあるから,読者はただの熱狂や興奮ではなく人間対社会の非情な関係に対する関心や絶望も与えられる。ダシール・ハメット,グレアム・グリーンの作品などがその典型例である。未知なるものの探究・征服は,例えばかつてのアメリカ西部開拓物語やアフリカ探検物語の場合には,文明の名による未開人の教化であるとして素朴に是認されていたが,今日ではインディアンを悪者として安易に処理する西部劇は,だれからも信用されない。…

【河合栄治郎】より

…戦時中沈黙を強いられたまま病気で急死した。イギリス留学中T.H.グリーンを研究し,理想主義哲学の上に独自の社会思想を樹立した。すなわち,カント的認識論の上に人格成長を最高善とする道徳哲学を説き,人格成長の条件として政治的には自由民主主義,経済的には社会主義を主張した。…

【国家】より

…ヘーゲル的立場は,工業化の進展に伴う社会問題の拡大と帝国主義の成立に伴う国際緊張の増大に伴って,国家権力の積極的意義が評価されはじめるとともに,ドイツ以外の国でも注目されるようになった。たとえば,イギリスでもT.H.グリーン,F.H.ブラッドリー,B.ボーザンケトらが,ヘーゲルの影響の下に,国家の倫理性を強調しつつ,国家が社会問題に積極的に介入することを正当化したのである。ヘーゲル的立場は,のちに著しくゆがめられた形で,ナチズムやファシズムの国家観に現れたが,しかしそこでは少なくともヘーゲル哲学の合理性は完全に排除され,国家一元論は著しく非合理的かつ神話的な形をとることになったといえよう。…

【新自由主義】より

…このような条件の変化に応じて自由主義を再解釈する試みを新自由主義という場合がある。T.H.グリーンは資本主義の生む不平等の下に真の契約の自由はありえないとして,労働者の立場を強化するために国家の積極的な政策が不可欠であると説いた。ルソーやヘーゲルを援用する彼の新理想主義は,自由の実現のために国家の果たすべき積極的役割を示して,イギリス自由主義に新たな展開をもたらした。…

【新ヘーゲル学派】より

…しかし世紀末から再び生まれてきた〈精神〉を重視する立場が強くヘーゲルの影響を受けていたために〈新ヘーゲル学派〉と総称され,ファシズム期の終りまで影響を残した。イギリスのT.H.グリーン,F.H.ブラッドリーは,ヘーゲル以上に〈精神〉を超越的なものと解していたために,G.E.ムーアの経験主義の反発を招き,B.A.W.ラッセルの経験主義的原子論の成立を促す結果となった。イタリアのクローチェ,ジェンティーレは,ラブリオーラを経由して,人間の能動性の再評価を促して,マルクス主義に影響を与えた。…

※「グリーン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

グリーンの関連キーワードノーフォークジャケットノーフォーク島ノーリッジノーリッジ城ノーリッジ大聖堂R4 -RIDGE RACER TYPE 4-ノーフォーク室内音楽祭ノーフォーク・テリアノーリッチ・テリアノーフォーク[州]

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

グリーンの関連情報