生物の個体または組織の一部を分離してほかの場所に移し、新しい有機的な環境下において生存または育成を図ることをいう。この場合、移植体または移植片を提供する個体を供与者(ドナー)、移植体または移植片を受ける個体を受容者(レシピエント)といい、移植の条件によって、自家移植または同体移植(同一の個体の一部分をほかへ移すこと)、同種間移植(同種のほかの個体へ移すこと)、異種間移植(異種の個体へ移すこと)などに区別される。一般に前記の順序で移植はむずかしくなる。また、移植体または移植片を受容者の同じ部位に移植するもの(正位移植)と、別の部位に移植するもの(変位移植)とがある。
なお、微生物または生物の組織片や細胞塊などを培養基(培地)上に置くこと(外植)や、別の培養基に移すことも移植といい、生物学や医学の研究の手段や材料として利用される。
[八杉貞雄]
動物学においては、ある器官(臓器)の機能を知るために、その器官を他個体に移植してその影響を調べることがよく行われる。とくにホルモンなどの液性因子を産生する器官ではこの方法が有効である。また、多細胞動物における初期発生中の胚(はい)の一部を、異なる環境下に移し、その発生運命や胚形成の分化能力などを調べる目的で実験が行われている。なお、ある細胞から核を抜き取り、他の細胞(普通は無核にした細胞を用いる)に移す核移植が、核と細胞質との相互関係を調べるために行われる。核移植の技術は、クローン動物の作成などにも多用される。
現在の医療では移植が重要な治療法の一つになっている。古くから皮膚や角膜などの移植が行われてきたが、20世紀後半から心臓、肝臓、肺など生存に必須(ひっす)の臓器の移植も行われるようになった。これらの場合、最大の問題は免疫による拒絶反応を克服することであるが、シクロスポリン(サイクロスポリン)、FK506などの優れた免疫抑制剤の開発によって移植の成績は格段によくなった。現在ではむしろ移植に伴う倫理の問題が社会的にも議論され、とくに生体移植(生体供与者からの移植)がどこまで許されるか、死亡した者からの移植の場合に脳死をどのように判定するかなどの問題がある。日本では1997年(平成9)に「臓器の移植に関する法律(臓器移植法)」が制定され、それに基づいて、生前にドナーになることを表明していた者からの臓器移植が行われている。
[八杉貞雄]
植物を別の場所に移し植えて新しい環境下で成長を持続させることをいう。分類学上、近縁の群あるいは株の一部を本来の生育条件と異なる場所に移植して、移植体が遺伝的にどのような影響を受けるか、また群や株の相互関係の変化や適応など、生態を調べるうえで重要な方法である。
実用的には、苗床で育てた苗を田畑に植え付ける方法が行われ、その典型的な例がイネの田植である。作物の移植は単に植物の場所を移動させるだけでなく、圃場(ほじょう)にまだ前作物があるときに別の場所で集約的に苗を育てておき、前作物の収穫前後か直後に移植して田畑を有効に利用することや、自然状況ではまだ生育できない春早いうちは保護環境下で育苗し、生育可能な環境(温度と日長)になったら本畑に移植して生育期間を長くとる役割や、開花結実を早め作物の生育を安定させる役割も重要である。そのほか、雑草防除のうえからも重要である。このような作物栽培を移植栽培という。とくに野菜や草花の移植では、植えいたみを避け、根つきをよくするために畑土を柔らかく耕しておくことが重要で、移植したあとに水をやり、根づくまで蒸散防止のため日覆いをすることもある。
園芸では、移植してから収穫まで同じ場所で育てる場合を定植(ていしょく)といい、定植までの間に苗床間で移植する場合を仮植(かしょく)という。鉢で栽培する場合には、移植を鉢替え、鉢上げなどとよび、樹木については床替えという。
農業上の移植は一般に手作業で行うため多くの労力を必要とする。1970年代以降は作付けの規模が大きい場合、作業の能率向上や作物の均一性などを目的として動力式の移植機(トランスプランター)による移植が行われるようになった。たとえば、イネの移植には田植機が広く利用され、サツマイモ、キャベツ、レタス、タマネギ、トマト(加工用)などの苗の移植にも、各種の移植機が開発されている。
[星川清親]
植物をある場所から他の場所へ植え替える作業をいう。移植後さらに植替えが必要なものを仮植とよび,そのまま収穫まで置くものを定植とよぶ。草花類では断根によって根の張りが密になるため育苗中植替えを行うが,この場合はこの植替えを移植とよび,一時的に植えておくことを仮植とよぶ。移植には単に位置を替えるだけのものもあるが,多くは作物の栽培上特別な意味をもつ場合に行われる。移植栽培が一般的な作物にはハクサイなど各種の野菜や水稲,イグサ,サツマイモ,タバコ,イチゴなどがある。水稲,イグサの移植を田植,サツマイモの移植を苗挿しとよぶ。草花の鉢物の移植は鉢上げ,鉢替えとよぶ。
農耕における移植栽培の歴史は古く,シコクビエ,イネの湿潤作物から始まったといわれる。中国では後漢の桓帝のころに華北で行われていたという文献がある。したがって日本では弥生時代から移植が伝わっていた可能性があるが,本格的に普及したのは平安時代以降であるといわれる。
移植の効果には次のようなことがあげられる。(1)生育が進んだ苗を移植することによって雑草との競争に勝ち,また発芽直後に受けやすい気象被害・病虫害を回避することができる。(2)作物の栽培には各個体がそろった生育をしていることが必要だが,直播(ちよくはん)栽培では生育がふぞろいになりやすい。移植の際,生育の劣悪な個体や病害虫の被害を受けた個体を除くことによって生育を斉一にすることができる。(3)栄養繁殖植物では個体数増加のため,あらかじめ苗床において株分け(イグサ,イチゴ),挿木(ブドウ,ツツジ),挿苗(サツマイモ),接木(果樹)を行い移植することができる。(4)土地利用率を高めるため狭い苗床で育苗し,その間,本田・本畑では他の作物を栽培する。本田・本畑の環境条件が低温・乾燥などで不適当な場合,温室内や他の場所へ育てた苗を移植することによって,作物の収穫時期を早め,商品価値を高めたり,台風を回避したりすることができる(野菜の促成栽培)。(5)あらかじめ抵抗性台木に接木した苗を移植することによって病害を回避することができる(ナス,トマト)。また,低温処理した苗を移植することによって,開花を促進し収穫を早めることができる(イチゴ)。
水稲の移植の型(栽植様式)をみると,明治以前は乱雑植えであったが,明治中期に手押しの条間除草機(田打車)が普及するとともに,植えづな,田植定規を利用した正条植え・並木植えが一般的になった。移植前には耕耘・均平(代搔き)を十分に行い,土壌を柔軟にする。移植後は植傷みを防ぐため深水にする。畑作物・野菜の移植は,あらかじめ作った畝の上に単条または複条に移植する。畝は排水を良好にすること,土壌温度を上げること,管理作業を容易にすることなどに効果がある。最近は,畝にビニルフィルムをマルチしてから移植するマルチ栽培が普及してきた。マルチ栽培は畝の保温,土壌水分の維持に効果があるのでサツマイモ,タバコ,ナス,キュウリなどの促成栽培にとり入れられている。草花類の移植は,植傷みを防ぐため,あらかじめ枝の間引き,切戻し(短く切り込むこと),摘葉を行う。移植後は蒸散防止と遮光のため日覆いをする。葉面にワックスなど蒸散抑制剤を散布することもある。直根性の草花(マメ科など)は移植に適さないので,あらかじめ鉢で育てたものを土ごと移植するとよい。樹木・果樹の移植は,落葉樹では秋の落葉後,常緑樹では春の出芽前か梅雨あけが適期である。移植前に剪定(せんてい),切戻し,根回しをしておくと植傷みが少ない。植え穴はなるべく大きく掘り,穴底に堆厩肥(たいきゆうひ)などを入れて根の張りをよくする。永年経過したかなり大きな樹の移植は一度にするのでなく,1~2年がかりで根を切りつめ,支根の発生を促進してから移植する。
田植の忙しさと重労働からの解放をめざした田植機の発明は明治時代から試みられてきた。当初は手植えの場合と同じ苗を機械によって一定本数ずつ植え付ける形式の田植機の発明に重点がおかれたが成功しなかった。昭和40年代の後半になると室内育苗の苗箱で育てた苗を土ごとブロックに切りとって植え付ける形式の田植機が発明され,急速に普及した。日本の水田のほとんどが田植機によって移植されている。野菜,畑作物の移植機には,人手で苗を苗ばさみ装置(ホルダー)にさし込む半自動式と,ペーパーポット苗を自動的に移植する自動式とがある。ペーパーポット移植機はすでにテンサイで実用化され,キャベツ,レタスでも実用化が試みられている。移植と同時にビニルマルチを行っていくマルチ用移植機も加工用トマトで実用化されている。
執筆者:西尾 敏彦
一般には,ある個体の一部分すなわち細胞,組織あるいは器官などを同一個体の他の部分または別の個体に植えることをいう。移植体の宿主が同じ個体の場合を自家移植,別の個体の場合を他家移植と呼ぶ。今日では,細胞核を卵や他の細胞に植え込む場合にも移植という言葉が適用される。実用的な移植の例としては,臨床医学分野における角膜移植,皮膚移植,臓器移植がよく知られ,また農業や園芸の分野で古くから行われている接木は植物における移植にほかならない。植物の場合や動物でも自家移植の場合には問題とはならないが,脊椎動物では免疫機構が備わっているので,非自己に対して抗体が作られて拒絶反応が起こる。したがって,医学の分野では,他人(他個体)からの移植を受けるさいに,拒絶反応をいかに抑えるかがつねに重要な問題となる。実際には,体質のよほど似かよった個体相互間でしか臓器移植は行えないし,皮膚の移植はほとんど自家移植に限られている。
生物学,ことに古典的な実験発生学の領域では,動物の胚の各部の胚域の発生運命や形成可能性を調べたり,誘導現象や決定のしくみを明らかにする目的で,胚域の移植が広く行われた。また今日でも,核移植の方法は遺伝情報の発現機構や核と細胞質との相互作用を研究するのに広く用いられている。さらに,胸腺を欠くために免疫機構を備えていないヌードマウスやヌードラットが開発されたことによって,実験医学や生物学の分野では移植の方法でさまざまな研究が可能となっている。
執筆者:江口 吾朗
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…《日本書紀》に白ツバキが書かれ,《万葉集》ではヤマブキやアジサイの八重咲きを示唆する歌がある。ナラノヤエザクラは聖武天皇が発見,移植したと伝えられるが,これが後世広がったのは接木(つぎき)の技術による。藤原定家は《明月記》で,それにふれている。…
…植物体の一部分(枝,芽,根)を他の個体に接着させ,両者を癒合させる技術。接木植物の台となる部分を台木といい,台木に接着させる部分を接穂または穂木という。接木によって,母植物と同一の形質をもつ個体を比較的容易に多数増殖できる。また,接木植物は種子から育てた植物(実生)に比べて開花や結実が早くなる。果樹や花木は遺伝的に雑ぱくであり,種子をまいても元の植物とは異なった果実や花をつける場合が多いので,栄養繁殖,とくに接木繁殖することが多い。…
※「移植」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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