妄想(精神病理学)(読み)もうそう(英語表記)delusion

翻訳|delusion

日本大百科全書(ニッポニカ) 「妄想(精神病理学)」の意味・わかりやすい解説

妄想(精神病理学)
もうそう
delusion

精神病理学用語としての妄想は、日常生活でしばしば使われる場合とは異なり、誤った観念というだけではなく、妄想者がそれについて理屈議論で訂正できない程度に、強い確信をもっているものをいう。しかも個人的信念とか、宗教的信仰とも異なり、妄想内容が妄想者の教養や文化一般に相照して甚だしく不調和であることが特徴的である。この点が迷信と妄想との違いでもある。

 妄想には、対人関係に関するもの、気分の高揚に伴う誇大的な内容のもの、沈鬱(ちんうつ)な気分に伴う卑小的かつ自責的な内容のもの、以上三つがある。次におもなものを列挙する。

[荻野恒一]

対人関係に関する妄想

〔1〕関係妄想 2、3人の人が身ぶりをしながら私を見ている、あれは自分に当てつけているのだ、など周囲の人々の動作や表情が、みんな自分に関係していると考える内容のものをいう。〔2〕注察妄想 バスの中で皆が自分を特別の目で見る、など周囲の人々が自分1人を特別に注目しているという意識内容である。〔3〕被害妄想迫害妄想 周りの人たちが私に悪意をもっている、私だけをのけ者にしようとする、など周囲の人々が自分を圧迫、迫害するという内容のものをいう。〔4〕訴訟妄想 他人が自分の法的権利を侵害したと信じ込み、これを法律的に解決しようとする者が述べる法律的に不合理な確信をいい、一般には被害者‐加害者妄想とよばれる。〔5〕嫉妬(しっと)妄想 夫は隣の未亡人と関係があるに違いない、など男女の関係において相手を第三者に取られる、相手が自分から離れる、という内容のもので、一種の被害妄想である。〔6〕影響妄想 自分はまったく主体性なく、ある特定の人あるいは漠然と周囲の人々によって考えさせられ、操られて行動している、など自分の言動がすべて他者の影響下にあると考える内容のものをいう。

[荻野恒一]

気分の高揚に伴う誇大的な内容のもの

〔1〕誇大妄想、〔2〕健康妄想、〔3〕血統妄想 ともに、自分の能力、健康、地位などについて、現状とかけ離れて過大に評価する内容のものである。〔4〕被愛妄想 愛情関係において、事実とかけ離れて、愛されていると確信する妄想である。

[荻野恒一]

沈鬱な気分に伴う卑小的かつ自責的な内容のもの

〔1〕卑小妄想、〔2〕貧困妄想、〔3〕心気妄想 ともにそれぞれ、自分の能力、健康、地位などについて、現実とはかけ離れて過小に評価する内容のものである。〔4〕罪責妄想 常識的にはささいな事柄の過ちが回想されて、地獄に落ちなければならない、刑務所に行かなければならない、など自己の罪業につき極端に病的に過大に考えられた内容のものである。〔5〕永劫(えいごう)妄想 自分はいまの苦しみを永劫に続けなければならない、自分には死ぬことさえ許されていない、という内容のもので、罪責妄想の極端な一型といえる。

 妄想という精神病理現象は、幻覚とともにもっとも主要な精神病理学研究の主題として今日まで多くの研究がなされてきている。妄想研究の立場を二大別すると、〔1〕妄想内容の異常性、その発生機制の非了解性を明らかにしていく立場、〔2〕妄想者の一見奇妙な了解不可能なことばのなかに秘められている、全人間的うめきと願いを深く了解していこうとする立場、に分けられる。前者が、妄想者の語る異常なことばについての緻密(ちみつ)な症状論的記述であるのに対して、後者は、そのことばのもつ人間学的意味合いを洞察する現象学的研究である。ちなみに、フランス語とドイツ語における妄想ということばの語源をたどると、19世紀までは、フランス語のデリールdélireは狂った精神、脈絡を欠いた思考、狂人のたわごと、といった意味をもっていたのに対して、ドイツ語のバーンWahnは個人的意見、私的願望といった意味合いをもっていた。

[荻野恒一]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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