ウィリアムズ(John Williams、映画音楽作曲家)(読み)うぃりあむず(英語表記)John Williams

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウィリアムズ(John Williams、映画音楽作曲家)
うぃりあむず
John Williams
(1932― )

アメリカの映画音楽作曲家、指揮者、ピアニスト。ニューヨーク生まれ。スティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスなどハリウッドきっての大物監督とコンビを組み、親しみやすい旋律と演奏効果の高い管弦楽法でクラシック音楽全般にも多大なる影響を及ぼす。ジャズ・ミュージシャンの息子で、8歳よりピアノを習う。16歳のときロサンゼルスに移住し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で作曲を専攻、マリオ・カステルヌオーボ・テデスコに作曲の個人指導を受ける。1951年から3年間兵役に服した後、コンサート・ピアニストになるべくジュリアード音楽院に進学、ロジーナ・レビンRosina Lhevinne(1880―1976)にピアノを師事。在学中にジャズ・バンドを結成するなど、ジャズへの興味も深めていった。同音楽院卒業後は生計を立てるためにコンサート・ピアニストへの道を断念、ジャズ・ピアニスト、アレンジャーとして活動を開始。コロンビア映画音楽部長モリス・ストロフMorris Stoloff(1898―1990)に認められてスタジオ・オーケストラのピアニストの職を得た後、オーケストラの編曲者として次第に頭角を現していった。

 1960年代はもっぱらジャズ・イディオムをベースにしたテレビ音楽の作曲家として活躍、「宇宙家族ロビンソン」(1965~1967)、「タイム・マシン」(1966~1967)などを担当した。いくつかのコメディ映画を手がけた後、『華麗なる週末』(1969)で初のアカデミー作曲賞候補となり、『屋根の上のバイオリン弾き』(1971)でアカデミー最優秀編曲賞を受賞。ウィリアムズのテレビ作品を制作したプロデューサー、アーウィン・アレンIrwin Allen(1916―1991)の要請で『ポセイドン・アドベンチャー』(1972)、『タワーリング・インフェルノ』(1974)を担当、ハリウッド第一級の作曲家としての評価を得る。一方、ウィリアムズのファンだったスピルバーグの希望で『続・激突! カージャック』(1973)の音楽を作曲、続くコンビ第二作『ジョーズ』(1975)で初のアカデミー最優秀作曲賞を受賞した。スピルバーグの仲介でルーカスと出会ったことから『スター・ウォーズ』(1977)への参加が決まったが、後期ロマン派風のオーケストラでライトモチーフを印象深く響かせながら、劇内容を音楽的に跡づけるオペラ的な手法が一大センセーションを巻き起こし、二度目のアカデミー最優秀作曲賞受賞や400万枚にものぼるサントラ盤セールスといった栄誉をウィリアムズにもたらした。久しく忘れ去られていたフル・オーケストラの伝統的な映画音楽を再認識させた『スター・ウォーズ』は、多くの若手映画音楽作曲家にも衝撃を与え、多くの追随者を生み出した。1970年代後半以降、ハリウッドでフル・オーケストラの使用が日常化したのは、『スター・ウォーズ』の音楽の影響力の大きさを物語る一例である。

 『スター・ウォーズ』以後、全米各地のオーケストラから客演指揮依頼が相次いだが、ボストン・ポップス・オーケストラ音楽監督アーサー・フィードラーの死を受け、1980年に同楽団の第19代音楽監督に就任。1993年の勇退後も桂冠指揮者として同楽団の指揮台に上がっている。1984年のロサンゼルス・オリンピックにおいて「オリンピック・ファンファーレ」を発表、名実ともにアメリカを代表する作曲家であることを深く印象づけた。

 一般にウィリアムズの音楽の特徴とみなされているのは、『スター・ウォーズ』や「オリンピック・ファンファーレ」に典型的な、5度音程を多用した軍楽隊調のファンファーレである。しかしスピルバーグ監督とのコンビ作を子細に見れば、カントリー&ウェスタン調の素朴な味わいを見せた『続・激突! カージャック』、無調音楽に迫る前衛性と管楽アンサンブルの斬新な使用法が効果を上げた『未知との遭遇』(1977)、室内楽風の細やかな書法でメルヘン的な世界を描いた『E.T.』(1982、アカデミー最優秀作曲賞)など、ドラマの内容に合わせ、多様な音楽スタイルを駆使していることがわかる。イツァーク・パールマンをバイオリン独奏に招いた『シンドラーのリスト』(1993、アカデミー最優秀作曲賞)でウィリアムズの内省的な側面が大きな注目を浴びたのは、ながらく彼に「ファンファーレ専門の作曲家」のイメージが植えつけられていた反動である。また1980年代後半からは、得意とするファンファーレのスタイル自体も大きな変化を見せ、『7月4日に生まれて』(1989)、『JFK』(1991)、『プライベート・ライアン』(1998)などでアーロン・コープランド風のアメリカニズムを濃厚に打ち出しながら、次第に愛国主義的音楽の様相を帯びてきた。これはウィリアムズの作風そのものが変化したというより、むしろハリウッドの映画制作全般に大きな影響を及ぼすアメリカの政治的風潮に、ウィリアムズが敏感にならざるを得なかったからである。演奏会指揮者としては自作とともに、コープランド、ジョージ・ガーシュイン、レナード・バーンスタインの作品を好んで指揮し、ウィリアムズ自身の映画音楽が20世紀のアメリカ音楽史全体に深い影響を受けていることを示している。

 映画音楽作品とは別に、「交響曲第1番」(1966)、「バイオリン協奏曲」(1974)、「フルート協奏曲」(1980)、「チューバ協奏曲」(1985)、「チェロ協奏曲」(1994)などの演奏会用作品を作曲。ウィリアムズの演奏会用音楽には十二音技法(1オクターブに含まれる12の半音階をすべて均等に使う作曲技法)などの前衛的な音楽語法が用いられることが多く、ボストン交響楽団やロンドン交響楽団をはじめとする欧米のオーケストラや、ヨーヨー・マ、ギル・シャハム Gil Shaham (1971― 、バイオリン)などの器楽演奏者によって盛んに演奏、紹介が行われている。1987年(昭和62)にはボストン・ポップス・エスプラネード・オーケストラを率いて初来日、1990年(平成2)と1993年にはボストン・ポップス・オーケストラと来日を果たしている。

[前島秀国]

『神尾保行著『ジョン・ウィリアムズ――スター・ウォーズを鳴らした巨匠』(2000・音楽之友社)』

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