日本音楽の一種目。平安中期までに成立し,鎌倉初期にかけて流行した歌謡。今様とは,一般的に現代風というほどの意味で,歌曲を指して特に今様歌という場合もある。この語が文献上に初めて現れるのは《紫式部日記》の寛弘5年(1008)8月の条で,同時代の《枕草子》にも見えることから,一条天皇(在位986-1011)時代にはすでに行われていたことが確認できる。さらに《吉野吉水院楽書(よしのきつすいいんがくしよ)》には〈今様ノ殊ニハヤルコトハ後朱雀院ノ御トキヨリナリ〉とあり,藤原資房の《春記》にも1040年(長久1)〈今様歌之戯有リ〉と記録され,この時期に貴族社会で流行し始めたとみられる。後白河法皇にいたっては,臣下のみならず,各地の遊女,傀儡子(くぐつ)(傀儡)に就いてまで今様を習い集め,その集大成をめざして《梁塵秘抄(りようじんひしよう)》を編むとともに,後世への伝承を意識した《梁塵秘抄口伝集》を著した。
今様の定義は時代や場合によってかなりの異同があり,《梁塵秘抄口伝集》は広義,狭義2種類の使い方をしている。すなわち,宮廷歌謡である神楽歌,催馬楽(さいばら),風俗(ふぞく)と並列して記されている場合は,〈雑芸(ぞうげい)〉とも総称される広義の今様を指し,それをさらに分類して雑芸の一種類として〈ただの今様〉あるいは〈常の今様〉とも称されるのは狭義の今様である。一般に《梁塵秘抄》は広義の今様歌謡集と認められ,現存する部分だけをみても,その形式から次のように分類できる。四句形式のものは,七五調を標準とする狭義の今様,仏教歌謡である和讃の影響を受けた法文(ほうもん)歌,これら二つの影響が認められる四句神歌(しくのかみうた)。二句形式のものは,和歌の朗詠と密接な関係にある短歌形式の長歌(ながうた),神楽歌の流れをくむとみられる二句神歌。さらに不整形の古柳(こやなぎ)である。《梁塵秘抄口伝集》には,加えて娑羅林,片下歌,早歌,足柄,初積,大曲,黒鳥子,旧河,伊地古,旧古柳,権現,御幣,物様,田歌などの歌の名称が登場するが,その実体はいろいろと不明な点が多い。
初期の名手藤原敦家は今様を傀儡女(くぐつめ)から学んだといわれ,大江匡房の《傀儡子記》や《梁塵秘抄口伝集》からも,今様の担い手として遊女,傀儡女が活躍したことがうかがわれる。《平家物語》には歌舞を専業とする遊女,白拍子(しらびようし)の記述も見える。曲調は《枕草子》に〈長くてくせづきたる〉,《春記》に〈満座頤ヲ解ク〉などとあり,従来の宮廷歌謡とは異質のものとして受けとめられていたようである。また,場に応じた即興性や歌詞の歌い替えなどが喜ばれたという記録は多い。演奏形式は無伴奏の場合と,扇や鼓などで拍子をとる場合とがあり,琵琶や横笛などの楽器を伴うこともあったとされる。貴族社会に取り入れられた今様は,殿上の遊宴である淵酔などでよく歌われるようになり,郢曲(えいきよく)伝承の藤家と源家に伝えられた。藤家は敦家の曾孫の代に楊梅,二条の二流派に分かれ,源家は後白河法皇と交流のあった源資賢の子孫が綾小路(あやのこうじ)流を興したため,それぞれ独自の伝承が行われたと考えられるが,現在は綾小路家の系統の《綾小路俊量卿記》(《五節間郢曲事》)や《朗詠九十首抄》に付された譜によって《霊山深山(りようぜんみやま)》《蓬萊山》など数曲が伝えられるにすぎない。《梁塵秘抄》の今様歌謡は集大成されると同時に衰微の道をたどったと思われる。
今様の歌詞を,雅楽の唱歌(しようが)の節(楽器の部分を代りに歌う),特に《越殿楽(えてんらく)》の節をつけて歌うことが平安時代中期からおこり,仏教行事の〈延年〉などで行われた。このような〈越殿楽今様〉の中で箏を伴ったものが〈筑紫箏(つくしごと)〉に発展して箏曲の基礎となった。また一弦琴に取り入れられたり,筑前地方の民謡〈筑前今様〉が《黒田節》として歌われたり,さらに明治時代の学校唱歌や賛美歌にも旋律が取り入れられるなど,近世歌謡への影響が大きい。
執筆者:工藤 真由美
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日本の中古および近世歌謡の種目名。普通名詞「今様」(当世風)を使って漠然と呼称していた「今様歌」を略して分類用語となった。この語の初出は『紫式部日記』の寛弘(かんこう)5年(1008)8月の項にある殿上人(てんじょうびと)たちの遊びの描写であることから、このころすでに相当に流行していて、起源としては10世紀後半にまで優にさかのぼれるとされている。諸文献の記述から推察して、初めは遊女(あそびめ)、遊芸人、傀儡(くぐつ)、巫女(みこ)が歌う卑俗な歌詞内容と、風変わりな旋律・リズムをもつという従来の歌曲にない魅力のために流行するようになったと思われる。やがて貴族階級の間でも今様合(あわせ)(歌合競技)などのなかで楽しまれるようになった。当時の今様の歌詞を集大成したものとして後白河(ごしらかわ)法皇(在位1158~92)による『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』およびその『口伝集』がある。不規則な詩型から徐々に七五調四句という新しい形式を中心とするようになる。なかでも「春の弥生(やよい)のあけぼのに」の詞(ことば)による『越天楽(えてんらく)今様』は、雅楽曲『越天楽』(平調(ひょうじょう))の旋律にのせて優雅に歌われる。越天楽の痕跡(こんせき)は寺院芸能としての延年(えんねん)や、語り物としての平曲に残され、さらにその延長線上に箏歌(ことうた)(箏曲(そうきょく))の勃興(ぼっこう)や民謡の伝播(でんぱ)(たとえば筑前(ちくぜん)今様から『黒田節』へ)がみられるので、日本の音楽史、歌謡史のなかで今様のもつ意義は大きい。
[山口 修]
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広義には平安中・後期に流行した当世風の歌謡をいう。狭義には特定の曲態や曲調をもつものをさし,「只の今様」「常の今様」と称された。「枕草子」などには風俗(ふぞく)歌・神楽(かぐら)歌とともに今様歌としてみえ,従来の固定化した風俗歌・神楽歌・催馬楽(さいばら)に対し,自由な表現と「今めかしさ」をもった新興歌謡として貴族の間にしだいに浸透した。院政期に盛行し,なかでも後白河上皇は青年時代から愛好し,1174年(承安4)には15夜にわたって今様合(あわせ)を行い,また「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」を撰した。ほかに藤原敦家・源資賢(すけかた)らの今様の名手が現れ,それぞれの家で郢曲(えいきょく)の一つとして伝承されていった。鎌倉時代以降はしだいに衰退した。
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…日本では9世紀ごろ藤原醜人(しこひと)が中国から習って宮中で演じた(《散楽策問》)という。【吉川 良和】
[日本]
人形を回したり今様をうたったりして漂泊した一種の芸能民。操り人形をさしてもいう。…
…これらは貴族の音楽であるが,民衆の音楽としては田楽(でんがく),猿楽(さるがく),雑芸(ぞうげい)などが行われた。雑芸の歌謡の中には,貴族の間の流行歌謡ともなった今様(いまよう)も含まれる。しかし,田楽,猿楽が真に流行しその芸質を高めるのは次の第4期においてである。…
…歌謡。平安中期から末期に流行した今様(いまよう)の分類の一つ。今様には,ほかに神歌(かみうた),只の今様,古柳(こやなぎ),旧古柳(ふるこやなぎ),片下(かたおろし),早歌(はやうた),田歌(たうた),娑羅林(しやらりん)などがあった。…
…《綾小路俊量卿記(あやのこうじとしかずきようのき)》(永正11年(1514)奥書)に,〈水猿曲(みずのえんきよく) 或号水白拍子(みずのしらびようし)〉の題で曲譜が所収される。他本にはない唯一の曲で,今様(いまよう)から早歌(そうが)への過渡的声曲と思われる。上記の書は,1383年(永徳3)と1430年(永享2)の五節(ごせち)の式例を記すものだが,《梁塵秘抄口伝集》巻十四の仁安1年(1166)11月の六条天皇即位の記事の個所に,〈乱舞して水白拍子唱てかへりぬ〉とあることから,すでに院政期にも歌われていたことがわかる。…
…1169年(嘉応1)3月中旬ころまでに巻一から巻九までが成り,その後年月を経て1179‐80年(治承3‐4)以降成立。巻一は神楽,催馬楽(さいばら),風俗(ふぞく)の起りや沿革などを述べ,それ以外の歌として〈今様〉を記しその起源を述べる部分で切れ,以下を欠く。《梁塵秘抄》巻一と同じく見本的なものか。…
…平安末期になると,和讃はさらに発達する。その背後には,法会の音楽化の進展があったとみられるが,法会以外の場にまで広く普及していたとみられ,当時の流行歌謡〈今様(いまよう)〉にも取り入れられた。《梁塵秘抄》には,和讃から出たと思われる今様がいくつか収載されており,それが和讃へ逆輸入されて,和讃に今様調が現れはじめる。…
※「今様」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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