日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
垂仁(すいにん)天皇のときに皇大神宮(こうたいじんぐう)(内宮(ないくう))が宇治に、その後雄略(ゆうりゃく)天皇のときに豊受(とようけ)大神宮(外宮(げくう))が山田に奉置されてから、宇治と山田はともに皇室の神宮信仰の中心となった。鎌倉時代に始まり江戸中期に最盛期を迎えた庶民の神宮参詣(さんけい)の風習が普及すると、その鳥居前町としても発展した。
志摩半島の基部にあって、北は伊勢湾に面し、東から南へ朝熊ヶ岳(あさまがたけ)、島路(しまじ)山、神(かみ)岳を含む標高500メートル前後の山地が展開する。市街地は宮川と五十鈴川(いすずがわ)の間の山麓(さんろく)デルタに発達する。気候は温暖で、地形的にも外敵から守りやすく、神宮の鎮座する地にふさわしい自然環境である。JR参宮線、近畿日本鉄道山田線、同鳥羽(とば)線、伊勢自動車道(伊勢西、伊勢インターチェンジ)、国道23号、42号、167号のほか、伊勢志摩スカイラインの観光道路が通ずる。市の全域が近世まで神領で、中世も守護不入の地であった。宇治では年寄(としより)、山田では三方年寄とよぶ自治制度が発達し、明治に度会(わたらい)県が成立するまで続いた。おもな産業は周辺地域を商圏とする商業と観光業で、伊勢志摩国立公園の玄関口にあたるが、宿泊客は志摩方面に向かい、伊勢市に泊まる観光客は少ない。伊勢神宮のほかに、夫婦(めおと)岩で有名な二見浦、伊勢・安土桃山文化村などの観光地がある。国宝に金剛證寺(こんごうしょうじ)の朝熊山経ヶ峯経塚出土品などがあり、国史跡に神宮祠官(しかん)の学問所旧豊宮崎(とよみやざき)文庫(外宮)、旧林崎文庫(内宮)がある。面積208.35平方キロメートル、人口12万7817(2015)。[伊藤達雄]
『『伊勢市史』(1968・伊勢市)』
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