略称EA。環境に影響を与える計画や事業その他の行為に際し、環境の現況を評価し(環境評価)、ついで各種の代替案を考えて、それぞれの案の環境への影響を評価して(環境影響評価)、最良の案を選択し、さらにその実施段階で、予測・評価どおりになっているかどうかを監視し、そうでない場合には見直し、是正するという各段階からなる手続の総体をいう。各種事業などに際し、もっぱら経済的利益にのみ着目してきたことが深刻な公害や自然破壊を発生させたとの反省にたって、環境上の利益を意思決定過程に取り込もうとするものである。これは理想的な姿であるが、現実に制度化されているのは、対象事業や予測・評価項目が限られ、代替案の検討や事後監視を欠くなど不十分なものが少なくない。環境影響評価の結果を政策決定過程に取り込む方法としても、単に政策判断の材料を提供するだけの手続法と、許認可の判断基準となる規制法の二つがある。この制度を法律化した最初のものはアメリカの国家環境政策法(1969)であるが、その後、各国がこれに続き、日本はOECD(経済協力開発機構)内で最後の国となった。
[阿部泰隆]
日本では1972年(昭和47)の閣議了解「各種公共事業に係る環境保全対策について」や、工場立地法、公有水面埋立法、港湾法、瀬戸内海環境保全特別措置法で、公害事前調査ともいうべき初歩的な環境アセスメント制度が定められ、関西国際空港や苫小牧(とまこまい)東部などの工業基地開発に際して公害予測調査が行われた。環境庁(現環境省)は中央公害対策審議会(現中央環境審議会)の答申に基づき、環境影響評価法案を提案してきたが、事業官庁と財界などの反対のため長らく国会提出に至らず、ようやく1981年に提出された法案も、結局1983年に廃案になった。反対理由は、環境影響評価の技術手法が確立していないことと、この制度が訴訟を増加させ、公共事業の遅延を惹起(じゃっき)するという点にあった。そのかわりに、政府は1984年8月に環境影響評価を行政措置で行うことを決定し(いわゆる閣議アセス)、建設省(現国土交通省)は1985年4月、一定規模の道路やダムをつくる際は事前に環境影響評価を行うよう通達を発した。しかし、この要綱アセスメントは対象事業が少ない、住民参加が不備、訴訟で争う方法がないなど多くの問題があり、法制化が必要であった。
他方、地方自治体は、国の立法を待ちきれずに環境影響評価を制度化し始め、はやくより川崎市、北海道、東京都、神奈川県などかなりの地方公共団体が条例なり要綱(行政内部的な定め)を制定していた。判例では、環境影響評価をしていない屎尿(しにょう)処理場やごみ処理場の建設差止めの仮処分が認められた例がある。
その後、1993年(平成5)11月に制定された環境基本法に、環境影響評価の推進に係る条文が盛り込まれ、1994年12月の環境基本計画において「環境影響評価制度の今後の在り方については、……法制化も含め所要の見直しを行う」との政府方針が示された。この方針に沿って、内外の制度実施状況、技術手法などについて調査研究が行われ、中央環境審議会に諮問した。同審議会は1997年2月首相に法制化を求める答申を出し、環境影響評価法(環境アセスメント法)はようやく同年6月に成立し、1999年6月に施行された。以下、この法律の内容を環境影響評価の手順に沿って解説する。
[阿部泰隆]
まず、本法の対象となる事業は、国が関与する事業(直接国が行う事業のほか、国が出資する特別法人による事業や、国が当該事業に免許・認可などを与えるものや補助金を交付するものなど)のなかで、規模が大きく環境に著しい影響を及ぼすおそれがある13の事業(道路、河川、鉄道、飛行場、発電所、廃棄物最終処分場、公有水面の埋立及び干拓、土地区画整理事業、新住宅市街地開発事業、工業団地造成事業、新都市基盤整備事業、流通業務団地造成事業等)に限られる。
これは規模により必ず環境アセスメントを実施する第一種事業と、第一種にくらべて規模は小さいものの、環境への影響が大きいようならやはりアセスメントを実施するよう個別に判定される第二種事業に分かれる。この判定に際しては、当該事業地域の都道府県知事の意見を聴くことになっている(環境影響評価法4条)。アセスメントが必要であるかどうかを判断するこうした手続をスクリーニングという。
これら法律の対象外の事業でも、レクリエーション施設、下水処理施設、土石の採取、大規模・高層建築など、湿地や高山など影響を受けやすい地域で行われる事業などでは、スクリーニングを行うべき場合がある。あるいは、それは地方公共団体の条例で対応すべきものともいえる。
アセスメントの調査・評価項目は、かつては典型7公害(大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭)と自然環境項目(地形、地質、動植物、自然景観)についてなされるのが通常であった。しかし、アメニティ(快適さ)、生物多様性、日照、廃棄物、里山(原生自然域と都市域の中間にあって、身近な雑木林や田んぼ、溜池(ためいけ)、緑地、草地といった、日本人の原風景的な二次的自然地)、干潟など、さらに多様な項目を評価することが必要となり、法律も、環境影響評価方法書のなかで調査、評価項目、評価手法を明らかにし、知事、市町村長、住民の意見を聴取して項目・手法を選定することにしている(スコーピング。同法5条~11条)。これにより、地域や事業の特性に応じた柔軟な方法が採用できることになる。
環境省は評価項目や手法等に関する概括的なものを「基本的事項」として公表し、さらに、これに基づいて、それぞれの事業の種類ごとに、その事業を管轄する主務省庁がさらに具体的な指針を公表している。
[阿部泰隆]
事業者は実際の調査・予測・評価を行って、その内容を「環境影響評価準備書」(準備書)としてまとめる(同法14条~20条)。
事業者はその旨を公告すると同時に、準備書を1か月間の縦覧(広く大衆に知らせること)に供する。さらには準備書について説明会を行う。準備書の内容について環境保全の見地から意見のある者はだれでも、縦覧期間後2週間以内はそれについて意見書を提出することができる。また事業者はこの準備書を関係自治体に送付し、関係地域の市町村長の意見を聴いたうえで都道府県知事が120日以内(困難な実地調査等の必要があるときは150日以内)に意見書を提出する。
この準備書においては、環境基準等をクリアしているかどうかの数値はもちろん、実行可能な範囲内でもっとも環境への影響を回避・軽減する途(みち)がとられているかどうかが評価されることになる。
そのため、環境保全のための複数の案を比較検討した経過内容や、どうしても影響を軽減できないならば必要に応じた代償措置をとることが盛り込まれる必要がある。しかし、日本の環境影響評価法はこうした代替案の検討を明示的には要求していないという欠陥がある。
こうして、事業者はこれらの意見を勘案して、「環境影響評価書」(評価書)を作成し(同法21条~24条)、許認可を行う主務官庁にこの評価書を送付する。
そうすると、環境大臣が必要に応じてこれに対する環境保全上の意見書を当該主務官庁に提出し(45日以内)、これを踏まえて、主務官庁では90日以内に事業者に意見書を交付する。
これらの意見を勘案して、事業者は評価書を再検討し(必要に応じ追加調査等も行う)手直ししたうえで、最終的な評価書を作成して公告・縦覧(1か月)に供する(同法25条~27条)。
アセスメント制度の実効性を確保する観点から、たとえ国が行う開発事業であっても、この評価書の公告までは工事に着手することはできない。公告がなされてはじめて実施可能となる(同法31条)。
一方、許認可の必要な事業については、個々の根拠法律に環境配慮規定がなくても、当該事業を許可・認可するかどうかの判断のさいに、この評価書の内容を受けて、環境の保全について適切な配慮がなされているかどうかが審査される(いわゆる横断条項)。必要に応じて条件も付される(同法33条~35条)。
さらに、評価書の公告の後でも、対象地域やその周辺の環境に変化があるなど特別の事情があって必要となれば、環境アセスメント手続は再度実施されることもある(同法32条)。
[阿部泰隆]
地方自治体が行うアセスメントは国の対象事業に該当しないものに限定される。ただし、国のアセスメント手続のなかで地方公共団体としての意見をまとめるために審査会や公聴会を開くことを条例で定めることは可能である(同法60条、61条)。この点に関しては、国よりも積極的にアセスメント条例を制定していた地方公共団体には、国法の制定によりその施策を後退させなければならないので、とまどいもある。
環境影響評価法は日本では画期的ではあるが、なお問題も少なくない。まず、事業者がアセスメントを行うので、「影響は軽微」という結論を導きやすい。また、アセスメントを行う時期が特定の事業段階であって、もはや代替案を採用するには遅すぎる場合が生ずる。より早い計画段階でのアセスメント(計画アセスメント)が必要であり、また国や地域全体の環境を保全するには個々の事業アセスメントだけでなく、国のすべての計画や長期プラン全体にアセスメントの網をかけていくという、長い展望をもった戦略的アセスメントを制度化することが望まれる。
住民や専門家・関係自治体の意見を広く聴く機会が何度も用意されるが、それでも実際には住民の意見反映の機会は足りないという意見もある。
附則7条では、施行後10年を経過した時点で再検討することになっており、2010年(平成22)、戦略的アセスメントを盛り込んだ改正法案が作成され、国会の審議に付されたが、通常国会では議決に至らず、継続審査となった。
しかし、これに先行して、生物多様性基本法(平成20年法律第58号)は計画段階の戦略的アセスメントを導入した。すなわち、生物の多様性は微妙な均衡を保つことによって成り立っており、一度損なわれると再生が困難であるとして、生物の多様性に影響を及ぼすおそれのある事業を行う事業者等が、その計画段階で「生物の多様性に及ぼす影響の調査、予測又は評価を行い、その結果に基づき、その事業に係る生物の多様性の保全について適正に配慮する」よう、国は「事業の特性を踏まえつつ、必要な措置を講ずるものとする」としている(同法25条)。
[阿部泰隆]
『島津康男著『市民からの環境アセスメント』(1997・日本放送出版協会)』▽『環境庁環境アセスメント研究会編『日本の環境アセスメント』平成10年度版(1998・ぎょうせい)』▽『環境法政策学会編『新しい環境アセスメント法』(1998・商事法務研究会)』
環境影響評価,環境事前調査ともいう。人間が健康な生活を営むに必要な環境に影響を与える計画や行為(たとえば海岸埋立工事,都市開発計画)を考えるに際し,各種の代替案を考え,それらが環境に及ぼす影響を予測・評価して比較検討すること。環境影響評価の前提として,地域の地質,水文,植生その他の生態的特性を調査し評価することを環境評価environmental assessment(略称EA)と呼ぶこともある。環境の破壊は人間の生活に支障をきたすが,事後的な回復・救済は困難である。そこで,その未然防止のため,環境に影響を与える活動については,計画段階から繰り返し適正な評価手続を義務づけて,評価結果に基づいて環境への悪影響を避ける必要がある。この制度は,まずアメリカで制度化された。
アメリカでは,1969年に〈国家環境政策法National Environmental Policy Act〉(NEPA)が制定され,人間環境の質に著しい影響を与える主要な連邦政府の活動につき,代替案の検討を含む環境影響評価書environmental impact statement(EIS)の作成と公表,それに対して住民が意見を提出するなどの住民参加手続を政府に義務づけ,これについての違反行為に対し住民からの差止訴訟を認めている。なおNEPAの対象となる政府活動は開発行為に限られず,私鉄運賃の認可,核施設輸出プログラム,補助金の交付等も該当する。また州においても,NEPAに似た州法を制定して環境アセスメントを制度化しているところが多い。NEPAの影響を受けて,カナダ,オーストラリア,フランスと制度化されていき,EU(ヨーロッパ連合)も指令をつくり,域内各国に法制度化を義務づけ,日本を除く先進国,中国,韓国等アジア諸国も法制度化した。EU各国の対象は政府活動そのものでなく事業活動である点でNEPAとは異なる。
NEPAは,国際環境法にも影響を与えた。国連海洋法条約,南極環境保護議定書,環境と発展に関するリオ宣言,WCED(国連の環境と開発に関する世界委員会)法宣言,ECE(国連ヨーロッパ経済委員会)環境影響評価条約等に環境アセスメントの規定が盛り込まれた。
政府は,四日市喘息の公害訴訟の判決の影響を受け,1972年に各種公共事業に係る公害事前調査の要綱を閣議了解し運用を始めた。76年から環境影響評価法案を用意し,81年に国会に提出したが廃案となったので,82年に環境影響評価実施要綱を閣議決定し,運用を行ってきた。これは,代替案の検討,評価内容,住民参加手続等の点で不十分であった。地方自治体でも,川崎市,北海道等6団体が条例を制定し,宮城県,名古屋市等が次々と要綱を策定し,97年現在46団体が要綱を策定している。このうち,多くはアセスメント審議会や審査委員会,知事・市長の審査,住民への説明会,住民意見書の提出手続を設け,また,アセスメントの事前準備手続を設けているものもある。
以上は,行政手続としての環境アセスメントであるが,他方,民法上の義務としての環境アセスメント義務も訴訟上現れている。
四日市喘息事件(1972),牛深市し尿処理場建設差止事件(1975)等の環境アセスメント義務を欠くことを理由に差止めを認めた判決が数件ある一方,小牧市,松原市等のゴミ焼却場建設差止め,琵琶湖訴訟等ではアセスメントの法律上の義務のないことを理由に違法性を否定したものもある。行政処分の取消訴訟では,日光太郎杉事件(1973)が代替案の検討につき環境配慮の不十分性を認め事業認定を違法とした(二審で確定)。住民訴訟でもアセスメント義務を認めるものと否定するものとがある。
このような状勢の中で,先進国中アセスメント法を持たない国は日本だけとなったので,日本政府は,97年に環境影響評価法案を国会に提案し,同法が可決制定された。その内容は次のとおりである。
この法律は,NEPAと異なり,評価を主体は事業者であり,対象は政府活動一般でなく,公共事業で政府の監督に基づく道路,ダム,鉄道,発電所等規模が大きい12種の事業である。必ず評価義務を負う第一種事業と,評価を行うかどうかを個別に判定する第二種事業に分けられる。後者の判定は,事業の許認可行政庁が知事の意見を聞いて行う。事業者は,まず事前準備手続きとして,評価項目,調査手法について評価方法書を作成,知事・市町村長・住民等の意見を聞き評価方法書を定める。これにより,住民は従来より1-2年早く事業計画を知ることができるようになった。次いで事業者は,環境影響の調査,予測,評価,環境対策の検討をし,環境影響評価準備書を作成し公告,縦覧の上,知事・市町村長・住民等の意見を聞く。これを踏まえて事業者は,環境影響評価書を作成し許認可権者等に送付する。必要に応じ環境庁長官の意見が提出され,許認可庁も事業者に意見を提出する。意見書を考慮して事業者が作成した補正書について許認可庁が環境配慮の適正の有無を加味して審査し,許認可等またはその拒否処分等を行う。
環境アセスメントは,後世代から信託された環境を良好に管理するための手法の一つである。管理者である政府は,国の基本計画や構想,上位行政計画等についても政策環境アセスメントをする必要があるが,今回の法律では対象とされず今後の課題に残された。他方自治体の一部ではこれを取り入れるところも川崎市等でみられるが,大部分は取り入れていない。開発事業等では,環境アセスメントでは遅すぎる場合が多い。それ以前に土地利用適性調査に基づく地域生態環境管理計画を立て,これに照らして計画や事業の環境アセスメントをすることが必要である。このような調査を行っているところとして,静岡県,愛知県,横浜市,岡山市その他の自治体がある。
これらは,冒頭に述べた広い意味での環境評価といえ,今後各自治体に広がると思われる。
→環境基準 →公害 →自然保護
執筆者:山村 恒年
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(杉本裕明 朝日新聞記者 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 ASCII.jpデジタル用語辞典ASCII.jpデジタル用語辞典について 情報
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
… このため,公害問題は他の経済問題と違って予防がたいせつであり,もしも被害が発生した場合には,差止めというきびしい制裁措置が認められている。しかしながら,現実には環境保全よりも経済の優先の傾向があるため,予防措置としての環境影響事前評価制度(環境アセスメント)が不十分ながら実行されるのは,1970年代のことであり,裁判においても差止めはなかなか認容されていない。
【公害の加害者】
[資本主義と市場の失敗]
現代社会の公害の加害者の多くは企業であり,また公共事業では政府・自治体である。…
※「環境アセスメント」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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