古くは菹(にらき)であり、香の物は室町時代ころから用いられ瓜の味噌漬けをさすことが多い。
塩、糠(ぬか)、酒粕(さけかす)、しょうゆ、酢、みそなどの副材料を用いて、野菜、果実などの植物性食品、あるいは魚貝、肉、卵などの動物性食品を発酵させるか、味をなじませたものである。微生物による発酵を利用するものと、しないものがある。漬物の多くには塩が用いられる。粕漬け、みそ漬け、酢漬けなどは、いったん塩で下漬けしてから本漬けにすることが多い。
漬物は世界各地にあるが、地域により、材料や気候風土の差異から特有のものが生まれている。日本は、野菜など植物性のものが主で、しかも、塩漬け発酵の漬物が主体となっているといってもよい。これは、日本の漬物が米飯によくあうのと、冬季の保存性などの点から普及したものであろう。なお、古代のすし(なれずし)である鰒鮓(あわびずし)、鮎(あゆ)鮓、猪(い)鮓、鹿(しか)鮓、あるいは魚醤(うおびしお)(塩辛)なども、魚肉、獣肉の漬物と考えてよい。
[河野友美・大滝 緑]
漬物は、もともと食品の塩漬け保存から出てきたものと思われる。塩があれば、漬物をつくることは容易である。漬物は、乾燥品とともに人類が知った最古の食品加工法であったといえよう。奈良時代には、ナス、ウリ、カブ、モモなどの野菜や果実を塩や酢、粕などで漬けて寺院の僧侶(そうりょ)の食用としていた。平安時代になると、漬物は宮中の重要な副食として扱われるようになった。『延喜式(えんぎしき)』(927完成)には、春にはワラビ、フキ、ニラ、ウリなどを塩漬けにし、秋にはナス、ショウガ、ダイズ、モモ、カキ、ナシなどを、塩、酒粕、ひしお、酒、みそに漬けていたとある。当時はこれらを漬物とか漬菜とよんでいた。須々保利(すずほり)、(にらぎ)(菹)などといわれていたのも漬物の古名である。は楡(にれ)の樹皮を乾かして粉にしたものをいっしょに漬け込んだのでこの名がつけられた。
鎌倉時代には、酢漬け茗荷(みょうが)、胡瓜(きゅうり)甘漬けなどが精進料理に取り入れられ、漬物は室町時代に禅宗寺院で一段と発展した。生干(なまぼ)し大根を、糠や麹(こうじ)を加えて塩漬けにする、いわゆる沢庵(たくあん)漬けもこのころ始まった。漬物は初めは塩漬けや糠、樹皮などを加える程度であったが、みそ、酒、みりん、しょうゆなどの醸造品の発生により、みそ漬け、粕漬け、しょうゆ漬けなどの製造も行われるようになった。
漬物を「香の物」と称するようになったのは、室町時代からである。各種の香を聞き分ける聞香(もんこう)で、嗅覚(きゅうかく)の疲れをいやすためにダイコンなどの塩漬けの香を聞いたことからこの別称が始まったという。また、種々の物を食べるとき、生ダイコン(季節外にはその漬物)を間に食べて、その香で口中の臭気を消したことによるともいう。ナスやウリなどの漬物は、足利(あしかが)将軍義政(よしまさ)が好んだもので、これは香の物とはいわず類香といった。『新猿楽記(しんさるがくき)』(平安後期)に、「香疾(かはやき)大根」の名がみえるが、おそらくダイコンの漬物のことをさしたものであろう。香の物は、本来みそ漬けに限るという説もある。みそを女房詞(にょうぼうことば)で「香(こう)」といったところから、この呼称が出たという。「香々」というのも同じくこの時代の女房詞であった。今日、漬物といえば野菜が主であるが、これは仏教伝来以来、肉や魚などを敬遠する傾向が強くなってからのことである。それより以前は、海や山からとれる肉、魚、野菜など、なんでも漬物にして貯蔵していた。
江戸時代になると野菜の種類も多くなり、漬け方も単に野菜の貯蔵のみを目的とする域から脱して、風味を主とするようになり、当座漬け、一夜(いちや)漬けなどの方法も生まれた。香の物を「しんこ」とよぶようになったのは、古(ふる)漬けに対し当座漬けを好むようになり、新しい香の物、すなわち新香(しんこう)といったところからきたものである。
[河野友美・大滝 緑]
漬物は主として塩漬け発酵が行われるが、これは、組織から余分の水分を出して腐敗を防ぐとともに、組織の中に含まれている酵素を利用し、さらに微生物の繁殖を食塩濃度で押さえ、乳酸菌など、有用な菌が繁殖するようにするためである。野菜類はその中に各種の酵素をもっており、また、糖類やタンパク質なども含まれている。したがって、短期間の浅漬けの場合では、こういった酵素が働いてうま味が出る。長期に漬けた場合は、微生物の出す酵素が材料に作用する。このような酵素類や微生物の働きは温度と関係し、温度が高いほど働きは促進される。しかし一方では、味が粗くなるし、また腐敗菌などの増殖、あるいは変色などもおこりやすい。したがって、一般に漬物は気温が低いときは食塩濃度を低くし、気温の高いときは食塩濃度を高くする。また、短期間に漬け終わるものは食塩濃度を低くし、長期に保存するものほど食塩濃度を高くする傾向がある。なお、粕漬け、みそ漬けの場合でも、初めに塩漬けするのは脱水が主目的である。漬物は食塩を使用して脱水することと保存することで、ビタミンCやカリウムなど、水に溶けやすいビタミンやミネラルの損失はかなり大きい。また、反面、乳酸菌の増殖によりビタミンB2は増加する傾向にある。さらに、糠みそ漬けのようなものの場合には、糠に含まれているビタミンB1などが漬物に浸透し、これらが増加する傾向がある。
漬物では、漬けている間に変色する場合があり、これを止めるのに、ナスなどアントシアン系の色素を含むものでは、鉄塩類あるいはミョウバン、釘(くぎ)などを使用することが多い。また、漬物の緑色を保つために食品添加物で処理したりすることもある。このほか、きれいな紅色を出すためにアントシアンを含む赤シソの葉を利用することもある。ただし、この場合は酸性の強いものでないと赤く発色しない。漬物は漬かるとともに酸の量は多くなる。これが使用した食塩の塩味をまるくするとともに、保存性をよくする効果がある。この酸は主として乳酸が多く、そのほか、酢酸などもいくぶん含まれているようである。
また、材料を日光で干してから使用する場合があるが、これは、甘味を増加させる目的のためである。たとえば、ダイコン、ハクサイ、キャベツなどには、いくらかの辛味成分がある。これは、日光に干すことで甘味成分に変化する。沢庵にするダイコンを十分に干すのは甘味を出すためで、一方、干さずに塩漬け後いきなり漬ける沢庵では甘味を添加する必要がある。
[河野友美・大滝 緑]
漬物には重石(おもし)を使用するが、これは食塩による水分の浸出をよくするとともに、出てきた液汁が漬物材料に十分にかぶり、空気に触れないようにして、酵素や有用な微生物の働きをよくする効果がある。しかしいったん水が十分に出たら、ある程度重石を軽くしないと、漬物材料の水分がですぎ、筋(すじ)ばかりの堅い漬物になりやすい。したがって、重石の調節は漬物の重要な鍵(かぎ)であるともいわれる。なお、漬物材料に液汁が十分にかぶっていないときには、酸素を好むカビなどの微生物が生えやすく、このカビ類のなかには、植物の繊維、とくにセルロースを溶かす酵素セルラーゼを含むものがある。もしこのようなものが繁殖すると、漬物はどろどろになり、腐敗の状態となる。重石は腐敗防止のためにも重要な働きをしている。通常、重石は自然の石が使用されてきたが、最近は、プラスチック製で食品衛生上安全な基準のものが出回っている。なお、重石にコンクリートブロックを使用すると、漬物中の酸によって酸に溶けやすい石灰を主とするセメントが溶け、有害な不純物も入るおそれがあるので使わないほうがよい。大きな石がないときは、食品用プラスチック容器に、きれいな小石を詰めても代用できる。
[河野友美・大滝 緑]
漬物の種類としては貯蔵期間別、副材料別、国別などに分類することができる。
まず、貯蔵期間による分類では、即席漬け、当座漬け、保存漬けに分けることができる。即席漬けは早漬けともいい、1~2日のうちにできるものをさす。半日くらいで漬け上がるものを一夜漬けといい、材料の生に近い感覚と味を楽しむことができる。即席漬けでは、風味を増すためにショウガ、ミョウガ、シソ葉、トウガラシなどを加えることもある。当座漬けは2~3日から1~2週間でできるものをいう。保存漬けは2~3か月から半年以上も漬けるものをいう。保存期間が長いものや、ゆっくり発酵させるものほど塩分濃度を高める。
調味料のような副材料を使う漬物には、次のようなものがある。もっとも一般的なものが塩漬けで、ダイコンの浅漬け、ハクサイの塩漬け、梅干し、京都のすぐき漬け、広島の広島菜漬け、長野の野沢菜(のざわな)漬けなどがある。糠漬けでは沢庵漬け、糠みそ漬け、イワシやサバのへしこなどがある。粕漬けは奈良漬け、守口(もりぐち)漬け、わさび漬け、酢漬けはらっきょう漬け、はりはり漬け、ピクルス、麹漬けはべったら漬け、三五八(さごはち)漬け、みそ漬けはゴボウのみそ漬けや魚や肉のみそ漬け、しょうゆ漬けは福神(ふくじん)漬け、松浦漬け、つぼ漬け、からし漬けはなす漬けやきゅうり漬けなどがあげられる。
[河野友美・大滝 緑]
日本以外にも漬物をつくる国々があり、有名なものがいくつかある。ドイツではキャベツを塩漬け発酵したザウアークラウトがある。これは酸味の強い漬物で、ピクルスと並んで欧米の代表的な漬物である。ジャガイモ料理に付け合わせたり、ソーセージなど肉製品に混ぜて煮たり炒(いた)めたりして用いられる。インドのチャツネはよく熟した果実(おもにマンゴー)に酢、トウガラシ、ショウガなどの香辛料を加えてジャム状に仕上げたもので、インド料理の薬味として欠くことのできないものである。中国では日本と同様に昔から各種の漬物が発達し、たいせつな貯蔵食の一つとなっている。中国の漬物はニンニク、トウガラシ、ショウガ、粒サンショウなどの香辛料を巧みに用い、ハクサイ、キュウリ、ダイコン、キャベツなど各種の野菜が漬けられている。もっとも代表的なものに、日本でも親しまれているザーサイがある。朝鮮半島には、有名なキムチがある。キムチも冬の保存食の一つで、野菜だけでなく、肉類、魚貝類を材料として用いるものが多い。動物性の材料は味をよくするだけでなく、漬物の栄養価も高める。トウガラシ、ニンニク、ショウガなど香辛料を使うことが多い。
[河野友美・大滝 緑]
『小川敏男著『漬物製造学』(1989・光琳)』▽『河野友美編『新・食品事典8 漬け物』(1991・真珠書院)』▽『前田安彦著『漬物学――その化学と製造技術』(2002・幸書房)』▽『農山漁村文化協会編・刊『図解 漬け物お国めぐり 春夏編』『図解 漬け物お国めぐり 秋冬編』(2002)』▽『農山漁村文化協会編・刊『聞き書・ふるさとの家庭料理8 漬けもの』(2003)』▽『宮尾茂雄監訳『中国漬物大事典』(2005・幸書房)』▽『家の光協会編・刊『漬け物百科――旬を楽しむわが家の味』(2005)』▽『柳原敏雄著『漬けもの風土記 東日本篇』『漬けもの風土記 西日本編』(中公文庫ビジュアル版)』
野菜,果実,魚貝,鳥獣肉などを,塩,みそ,しょうゆ,酢,酒かす,こうじ,米ぬかなどでつくった漬床(つけどこ),あるいは調味液に漬けこんだ食品。乾物とともに最も基本的な食品加工法を用いたもので,材料の風味の良化とともに,多収穫時の防腐貯蔵,凶作時などに対する備蓄を要因として発達してきた。すしも本来は魚や鳥獣肉の漬物であり,塩辛も漬物の一種であるといえる。
漬物の種類や材料は多種多様であるが,原理的に共通しているのは,材料の細胞機能の生活力を食塩などの浸透圧によって脱水して失わせ,漬液に含まれる食塩,糖,有機酸などの成分を細胞中に浸入させることである。つまり,細胞液と漬液の置換を行わせることで,これによって漬液の味が組織内に浸透し,貯蔵性と風味が付与される。食塩の濃度が5%以下の場合は乳酸菌などによる発酵作用が盛んで,数日で風味が出るが長く保存できない。12%以上になると乳酸菌などの繁殖が抑制されて発酵は起こらない。15%以上になると,ほとんどの腐敗菌が防止され長期間の貯蔵が可能になる。栄養面を見ると,野菜を材料とする漬物はアルカリ性食品であるため酸性食品の中和に役だち,繊維が多いため便通を促すとともに,乳酸菌の働きによる整腸作用があり,かつ,特有の香味が味覚を刺激して食欲増進剤的役割を果たす。漬込み期間の短いものは生野菜に含まれるビタミンCが生かされており,ぬかみそ漬では漬床のぬかからもたらされるビタミンBの含量が高い。
材料別にみると,野菜が最も多く,魚貝類がこれに次ぐ。漬床または漬液によって,塩漬,みそ漬,しょうゆ漬,酢漬,かす漬,こうじ漬,からし漬,ぬか漬などに分けられる。また,漬込み期間の長短によって当座(とうざ)漬と保存漬とに大別される。当座漬は浅漬,早漬などとも呼ばれ,材料に風味を添えるための調理的なもので,漬込み時間が数時間から一晩程度のごく短いものは即席漬,一夜漬ともいう。保存漬は貯蔵を目的とする漬物本来のもので,とくに長く貯蔵されたものは古漬,ひね漬とも呼ぶ。外国の漬物では朝鮮のキムチ,中国のザーサイ,インドのチャツネ,欧米のピクルス,ザウアークラウトなどが知られている。
記録上は天平年間(729-749)の木簡に見えるウリ,アオナなどの塩漬が古く,以後平安期まで塩漬のほかに醬(ひしお)漬,未醬漬,糟(かす)漬,酢漬,酢糟漬,甘漬,葅(にらぎ),須須保利(すずほり),荏裹(えづつみ)などの種類が見られる。醬漬,未醬漬は醬,未醬の実体が必ずしも明らかではないが,だいたいしょうゆ漬,みそ漬に近いものだったと思われる。酒かす,酢を用いたのが糟漬,酢漬であり,酢と酒かすを合わせた漬床を用いたのが酢糟漬であろう。甘漬の内容ははっきりしないが,江戸時代にはこうじや甘酒で漬けたものをこの名で呼んだ例がある。葅の名は養老令にも見えており,ときには漬物の総称としても用いられているが,《延喜式》によると,塩とともにニレの樹皮の粉末を用いて漬けたもので,アオナ,カブ,ニラ,セリ,タデ,タケノコなどを漬けている。《万葉集》巻十六に乞食者(ほかいびと)がカニにかわってその痛みを述べたという長歌があり,ふつうカニがニレの粉と塩を塗られて干物にされることを詠んだものと解釈されているが,これはカニを材料にした葅で,現在の佐賀の〈がん漬〉のようなものだったかもしれない。須須保利は塩とダイズ,あるいは米を使ってカブ,アオナなどを漬けたもの,荏裹はウリ,トウガン,ナス,カブ,ショウガなどをエゴマの葉で包み,塩,醬,未醬などに漬けたもので,今のシソ巻のようなものだったと思われる。
南北朝ごろからは山城鞍馬の木芽(きのめ)漬と同じく醍醐の烏頭布(うどめ)漬が珍重されたようである。《雍州府志》(1684)によると,木芽漬はアケビ,スイカズラ,マタタビなどの新芽を細かく切って塩漬にしたもの,烏頭布漬はいろいろな植物の新芽をとりまぜて塩漬にしたものであった。室町期には,香(こう)の物,奈良漬といったことばが現れてくる。前者は,みその異名を〈香(こう)〉というところから,本来はみそ漬をいったことばだとされるが,漬物の総称として使われるようになり,香香(こうこう),新香(しんこう),おこうこ,おしんこなどとも呼ばれるようになった。後者は,名酒の産地であった奈良のかす漬を他地方のかす漬と区別して呼んだ名と思われるが,これもまもなく野菜のかす漬の別称のようになった。江戸時代になると,元禄(1688-1704)ごろから米ぬかと塩を合わせた漬床を用いるぬかみそ漬が見られるようになり,後期には一般家庭にくまなく普及するようになった。1836年(天保7)刊の《四季漬物塩嘉言(しきつけものしおかげん)》は近世までの唯一の漬物専門書と思われるもので,沢庵(たくあん)漬以下64種の漬け方が書かれている。著者が江戸の漬物問屋の主人だけあって,その記述は具体的であり,現在でもそのまま利用できるものが少なくない。
漬物屋がいつごろからあったかははっきりしないが,江戸前期にあったことは確かで,京坂では香の物屋と呼んだ。しかし,店はなくとも漬物売はより古く存在したと考えられる。前記の鞍馬の木芽漬,醍醐の烏頭布漬は《庭訓往来》に見られるのだが,そこには諸国の名産が列挙され,それらが市で盛んに取引されるとしているからである。漬物市では,江戸大伝馬町で夷講(えびすこう)前夜の10月19日,祭具などとともにダイコンの浅漬(べったら漬)を売ったのが有名で,後には漬物が中心となり,べったら市と呼ばれるようになった。
ところで,江戸時代には〈藪(やぶ)に香の物〉ということわざが広く行われていた。古くからの歌枕である尾張の阿波手(あわで)の森(現愛知県あま市,旧甚目寺(じもくじ)町)の中に大きなかめが埋まっており,ここを往来する商人たちは熱田の神への供物としてウリやナス,あるいは塩をそのかめに投ずる習いがあった。ウリ,ナスを商う者が供物をせずに通ろうとすると,荷が重くなって動けなくなったという。こうしてかめの中では野菜や塩の多少にかかわらず,つねに塩かげんのよい漬物ができ,これを2月の初午その他に熱田神宮の神膳に供えたというのである。こうして〈藪に香の物〉のことわざを生じ,この地を香の物の起源地とするようにもなった。現にこの地の萱津(かやつ)神社は漬物の神とされている。また《尾張名所図会》は〈藪に香の物〉は《十訓抄》などにも見える古いことばだとする。しかし《十訓抄》の〈やふにかうのもの〉は〈藪に功の者〉で,思いもよらぬ所に思いもかけぬ人物がいるものだという意味のもので,どうやら〈藪に香の物〉は誤読によって生まれたことわざであるらしい。
日本は〈漬物天国〉といわれるほど漬物の種類が多く,各地方それぞれに特色ある名産品がある。おもなものを地方ごとに挙げてみると,次のようになる。
(1)北海道 ニシン,するめ,コンブといった水産物を使ったものに特色がある。ニシンのこうじ漬やぬか漬とともに松前漬が有名で,松前漬はコンブ,するめ,かずのこなどをとり合わせて,みりんじょうゆで漬けたものである。函館地方の大沼カブを使った千枚漬などもある。
(2)東北 秋田のいぶり沢庵,なた漬,山形の青菜(せいさい)漬,小ナスのからし漬,仙台の長ナス漬,岩手の金婚漬,福島の三五八(さごはち)漬などが知られる。いぶり沢庵はいろりの上の天井につるして薫製のようになったダイコンをぬか漬にしたもので,独特の香りがある。なた漬はなたで切ったような粗切りのダイコンをこうじ漬にしたもので,〈がっこ〉とも呼ばれる。青菜漬は,青菜と呼ぶタカナの1種の塩漬,小ナスのからし漬は山形地方特産の小粒の民田(みんでん)ナスを材料とする。長ナス漬は仙台特産の長ナスを形のまま塩漬にしたもの,金婚漬は丸ごとのウリの種を抜き,その中へ細切りしたダイコン,ニンジンなどをコンブで巻いて詰め,みそ漬にしたもので印籠(いんろう)漬と呼ばれるものの一種である。三五八漬は会津地方に伝わるこうじ漬で,飯をこうじで糖化し塩を加えて漬床にする。塩,こうじ,米を3:5:8の割合で使ったための名で,季節の野菜を漬ける。ほかに魚を使ったものには,秋田のハタハタずしなどがある。
(3)関東 東京のべったら漬や福神漬,栃木のたまり漬,神奈川県小田原の梅干しなどが知られている。福神漬はキュウリ,ナス,ダイコン,ナタマメなどをしょうゆを主体として調味液で漬けたもので,発売元が上野不忍池(しのばずのいけ)の弁財天に近かったことから,七福神にちなんで命名したものとされる。
(4)中部 日本海側では,新潟県のみそ漬,マタタビの塩漬,石川県のカブラずし,イワシのぬか漬,福井県の小ダイのササ漬などがある。カブラずしは薄く輪切りにしたカブに,薄切りにした塩ブリをはさんでこうじ漬にしたもので,ダイコンとニシンを使ってダイコンずしにすることもある。小ダイのササ漬は三枚におろした小ダイを酢漬にしたもので,若狭の名物である。長野県ではカブの1変種であるノザワナの塩漬やヤマゴボウのみそ漬が知られる。太平洋側では静岡県のワサビ漬,愛知県の守口漬,岐阜県には品(しな)漬がある。ワサビ漬はワサビの根や葉柄を刻んで酒かすと練り合わせたもので,酒かすもそのまま食べるところが一般のかす漬と異なっている。守口漬は細長い守口ダイコンを塩,酒かす,みりんかすを配合したかす床でなん回も漬けかえるもので,べっこう色を帯び香りがよい。品漬は赤カブにキュウリ,ナス,ハツタケその他の野菜やキノコをとり合わせた塩漬で,色の美しい飛驒高山の名物。
(5)近畿 京都の漬物は,千枚漬,酸茎(すぐき),しば漬,菜の花漬,壬生菜(みぶな)漬,日野菜漬とまことに多彩である。酸茎は,晩秋に収穫したカブの1種であるスグキナの根株を塩漬にし,独特のおもしをかけて寒気にさらすもので,乳酸発酵に由来する独特の酸味と香味が珍重される。しば漬はナス,ミョウガなどを薄く切り,シソの葉とともに薄塩で仕込むもので,適度の酸味がある。菜の花漬はナタネのつぼみを塩漬にしたもの,壬生菜漬はミズナの1種のミブナを,日野菜漬はカブの1種で小さなダイコン状の根をもつヒノナをぬか漬にしたもので,いずれも色彩が美しい。奈良漬はいうまでもなく奈良の名物であるが,灘,伏見といった銘醸地を擁する兵庫,京都でも盛んにつくられている。ほかに,和歌山の梅干し,印籠(いんろう)漬の一種である三重の養肝(ようかん)漬もよく知られている。
(6)中国,四国 山陰では津田カブという島根県の赤カブのぬか漬,鳥取砂丘でできるラッキョウの酢漬,山陽ではヒロシマナをこうじも使って塩漬にする広島菜漬,ダイコンを海水で漬けて干し上げる山口県宇部地方の寒漬などが有名である。四国には愛媛の緋カブラ漬がある。赤カブを塩漬にしたあと,ダイダイの果汁で漬けるもので,みごとな緋色に発色する。水産物ではサッパを調味酢で漬けたものが,岡山名産の〈ままかり〉である。
(7)九州 佐賀県の松浦(まつら)漬とがん漬,鹿児島県の薩摩漬と山川漬がよく知られている。松浦漬はかぶら骨と呼ぶクジラの軟骨のかす漬,がん漬は有明海産の小ガニを甲のままつきつぶし,塩,トウガラシを加えて貯蔵したもの,薩摩漬は桜島ダイコンを輪切りにしてかす漬にしたもの,山川漬は薩摩半島南端指宿市の旧山川町周辺の火山灰台地に産するダイコンを長期間干し,海水で洗って臼でつき砕き,塩もみをして大きなつぼに半年間も密封貯蔵してつくる。味,香り,歯ざわり,ともにすぐれた漬物である。これを細かく刻み,コンブ,キノコなどを加え,三杯酢などで漬けなおしたものはつぼ漬と呼ばれる。
執筆者:小川 敏男+鈴木 晋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 シナジーマーティング(株)日本文化いろは事典について 情報
…一般の細菌は食塩濃度が10%以上になると発育できなくなるが,好塩細菌などでは15%付近まで生育できるものが多い。 塩蔵品は大きく野菜塩蔵品(漬物)と魚介類塩蔵品に分けられる。漬物の生産量はおよそ100万tで野菜の生産量の約6%を占めている。…
…特徴として以下の点があげられる。(1)材料の種類が多く,ごく普通の青菜から珍しいものはつばめの巣(燕窩),熊の掌,駱駝(らくだ)のこぶ,象の鼻,鱶(ふか)の鰭(ひれ)(魚翅),田鶏(食用蛙),キノコ類などの山海の珍味,さらには鳥獣魚肉,甲殻類,貝類,野菜,果物類の生鮮,乾物,塩蔵,発酵品,漬物類にいたるまで多岐にわたる。これらの材料と各種香辛料・調味料30種以上を用いた料理法を組み合わせ,油を多用し強弱の火かげんを自在にあやつって,それぞれ風味のことなる1万点以上の料理がつくられた。…
※「漬物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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