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エドワード[懺悔王] エドワード

百科事典マイペディアの解説

エドワード[懺悔王]【エドワード】

ウェセックス王家最後のイングランド王(在位1042年―1066年)。フランスのノルマンディーで育ち,デーン朝が絶えたので帰国して即位。敬神の念はあったが,政治的に無能,国内は混乱し,死後ノルマン・コンクエストを招いた。
→関連項目ヘースティングズの戦

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世界大百科事典 第2版の解説

エドワード[懺悔王]【Edward the Confessor】

1003?‐66
ウェセックス王家最後のイングランド王。在位1042‐66年。エセルレッド2世の子。デーン王朝のクヌット2世に追われて幼時にノルマンディーに亡命して成人。1042年デーン王朝の断絶とともに帰国,即位した。ウェストミンスター・アベーを建立するなど敬虔で〈懺悔王〉の異名もあったが,政治的能力を欠き治世中しばしば混乱が生じた。嗣子がいなかったので死後王位の争いがおこり,ノルマンディー公ウィリアムの侵入を招いた。

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世界大百科事典内のエドワード[懺悔王]の言及

【ウェストミンスター】より

…テムズ川の北岸に位置し,西のケンジントン・チェルシー,東のシティとともに,現在のロンドンの中心を形づくっている。元来は沼沢地であったが,11世紀ここにエドワード懺悔王が〈ウェストミンスター(西の修道院)〉を建てたのが,地名の起源。これがウェストミンスター・アベーとして発展し,また同じエドワード懺悔王によって宮殿も建てられ,のちに議会がそのセント・スティーブン礼拝堂St.Stephen’s Chapelで開かれるようになった。…

【ウェストミンスター・アベー】より

…7世紀にペテロをまつった教会を起源とし,ベネディクト会に属した。11世紀中葉,エドワード懺悔王がノルマン様式の教会を建立。13世紀半ば,ヘンリー3世によりランス大聖堂にならうフランス・ゴシック様式で改築(1269献堂)がなされ,それが現在の建物の基礎となった。…

※「エドワード[懺悔王]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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