エドワード[4世](読み)エドワード

百科事典マイペディア「エドワード[4世]」の解説

エドワード[4世]【エドワード】

ヨーク朝初代のイングランド王(在位1461年―1483年)。ばら戦争中の1461年,ランカスター家のヘンリー6世を追放して即位。1470年ヨーク派に分裂が生じたためオランダに亡命したが,翌年復位。財政を整え,商工業の育成に努めた。
→関連項目ヨーク朝ランカスター朝

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世界大百科事典 第2版「エドワード[4世]」の解説

エドワード[4世]【Edward IV】

1442‐83
ヨーク朝初代のイングランド王。在位1461‐83年。ばら戦争において1460年暮れ,父第3代ヨーク公リチャードの戦死後その遺志をつぎ,翌年3月国王ヘンリー6世およびランカスター派が退去したロンドンに入り,諸侯民衆の支持をうけて即位。治世初期には当時の最有力家系ネビル家のウォリック伯の強い影響下にあったが,結婚問題を機会に自立し,71年には離反したウォリック伯およびランカスター派を壊滅させて王権を確立。

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世界大百科事典内のエドワード[4世]の言及

【ばら戦争】より

…これ以後,封建家臣団を擁して戦闘の機会をうかがっていた貴族がしだいにランカスター,ヨークの両派に系列化されて,断続的に戦闘が繰り広げられた。60年ウェークフィールドの戦でリチャードは戦死し,いったんはランカスター派の勝利にみえたが,リチャードの志を継いだ長男のエドワードは翌年タウトンでランカスター派を破り,ヨーク朝のエドワード4世として即位,ヘンリー6世は国外に逃れた。ところがエドワード4世の擁立に功績のあったウォリック伯が反乱を起こし,70年再びヘンリー6世を王位につけた。…

【リチャード[3世]】より

…ヨーク公リチャードの三男。1460年父が戦死したのち兄を助け,61年兄エドワード4世の即位後グロスター公に叙される。70年ヨーク朝の最大の支柱で国王擁立者であったウォリック伯が離反し,ランカスター朝のヘンリー6世が王位に復した。…

※「エドワード[4世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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