怪異な,奇妙な,こっけいな,といった意味の英語,フランス語。元来は古典古代の装飾文様の一種で,唐草模様の中に人間や動物や植物や空想上の生物を奇想風にあしらったものをさす。15世紀末にローマで発掘された地下遺跡(グロッタ)で見つかったところから,イタリア語で〈グロッテスキgrotteschi〉と名づけられたのにはじまり,この発見に刺激されて流行をみたルネサンスやバロックの装飾術から,やがては造形芸術のみならず広く文学や思想表現一般に通じる概念として用いられるようになった。
グロテスクは恐ろしさとおかしさの二つの要素から成り立っている。したがって,おおまかには恐怖をそそるグロテスクと遊戯的なグロテスクとの2種に分けることができるが,諧謔(かいぎやく)を欠いた恐怖のみのグロテスクがほとんどないのと同様に,恐ろしさの影のない完全に遊戯的なグロテスクも存在しない。言い換えれば,これは恐ろしさとおかしさといった一見結びつきようのない二つの要素をおもな構成要素とするパラドックスの表現であり,因襲的な規範(パターン)を拒絶したり,そこから逸脱することによって生じた自由さを何よりの特徴とする。この自由さの下に既成のイメージが解体され,部分が誇張されたり変形されたりしたのち奇怪な再構成を受ける結果,グロテスクには戯画化がつきものとなる。それは想像力の戯れというよりも,むしろ戯画化を必要とする主題に応じたものであって,グロテスクと感じられた現実のリアルな描写にもひとしく,批評的な機能を持たないではいないのである。
このような特性により,グロテスクはとりわけ,これまでの秩序が崩れ,意味や価値が大混乱をきたした時代の転換期に好んで用いられてきた。たとえば中世的秩序の崩壊をみた15,16世紀におけるH.ボスやブリューゲルやグリューネワルトの絵画,あるいはラブレーの《ガルガンチュアとパンタグリュエル》におけるグロテスクな言葉の使用法が典型である。17世紀に三十年戦争のむごたらしさを描いたJ.カロの銅版画もその一つである。フランス革命後の近代資本主義社会への移行期には,絵画ではゴヤ,ドーミエ,ドラクロアが,文学ではE.T.A.ホフマン,ポー,バルザック,ボードレール,ゴーゴリらが風刺性の強いグロテスクを多用した。19世紀の世紀末のルドンやアンソールやムンクといった画家における審美的な適用,ドストエフスキーの小説やストリンドベリの劇作にみられる心理造形への応用,さらに20世紀に入って第1次大戦後の表現主義絵画や映画,またダリをはじめとするシュルレアリスム絵画に独自の展開をみせた。グロテスクが大きな役割を果たしているものとしては,ほかにカフカの小説,ピランデルロやイヨネスコ,ベケットらの不条理劇,第2次大戦後の文学からはG.グラスの《ブリキの太鼓》などを代表例としてあげることができる。
→醜
執筆者:池内 紀
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一般的には、怪奇な、気味悪い、ぎょうぎょうしく風変わりな、などの意味をもつ形容詞であるが、美術用語としては、西洋の装飾モチーフの一つで、異様な人物、動植物、鳥や虫、楽器や文房具、仮面などの形象を曲線でつないだ文様をさす。その呼称は、古代ローマの庭園にしばしばつくられた人工の洞窟(どうくつ)(グロッタ)に由来する。グロテスクは、ルネサンス期のイタリアで、室内装飾、家具、織物や陶器の装飾モチーフとして流行し、16世紀以降、ヨーロッパ全域に広まった。ラファエッロによる、バチカン宮ロッジア(建物の内部につくられたアーケード)の壁面はグロテスクの典型とされ、多くの模倣作を生んだ。
17世紀ごろから、グロテスクは、文様についてのみでなく、文芸上の一つの概念や性格を表す語としても使われるようになった。シュレーゲル、ジャン・パウル、ユゴーなどのロマン主義者は、グロテスクを、古典的な形式美に対立する新しい美的概念として重視した。コメディア・デラルテのような民衆劇の誇張された演技、ボッシュやカロの絵画がもつ無気味さなどが、この観点から再評価された。今日では、グロテスクは、不可解な内的世界を顕在化するものとして、文学、芸術の重要な一面となっている。
[友部 直]
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…アラベスクはさらに西欧中世の写本装飾に影響を与える一方で,ペルシア,インドを通じて中国,日本にまで及び,牡丹唐草文など種々の花模様へと変容してゆく。一方,ルネサンス時代にローマで古代遺跡が発掘されるに及び,ヘレニズム期,古代ローマ時代のグロテスク文様もまた,アラベスクの概念に含められた。古代遺跡の多くは,たとえばネロのドムス・アウレア(黄金の家)の場合のように地下に埋もれて洞窟(グロッタ)の観を呈していたので,その壁面装飾の文様をグロテスクと呼んだのである。…
…他方,湧水のある洞窟は中世キリスト教世界ではマリア信仰と結びついていたため,グロッタには古代的な記憶と同時にマリア信仰も重ね合わされ,複雑な性格を帯びる。さらにグロテスクと呼ぶ装飾絵画の一分野が結びつき,建物内部の浴室のような小房をグロッタに見たてる風潮も現れ,これらを通じてさまざまな象徴的表現手法や,貝殻浮彫のような装飾細部が造り出された。グロッタ趣味は,古典的建築や庭園の技法のなりたちを知る手がかりであると同時に,ヨーロッパ人の自然観形成の一契機としても重要なものである。…
※「グロテスク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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