翻訳|romance
「ロマン」と「ロマンス」は、フランス語に由来するか英語に由来するかという違いで、指す内容はもともと同じであった。しかし、両者はその後、別々の意味に発展を遂げ、現在では一般に、「ロマンス」の方は、アメリカの「ハーレクイン‐ロマンス」シリーズに代表される、夢のような恋物語として、あるいは、「二人のロマンス」というような、甘い恋愛といった意味合いで使われ、一方「ロマン」の方は、「大正浪漫」「男のロマン」といったことばに代表されるように、夢や憧れといった意味合いで使われる。
人情の機微を描く架空の物語,または若い男女の,多くは幸せな結末を予想させる恋愛を扱う歌。元来は中世ヨーロッパでラテン語で書かれるものに対してラテン語から出て俗語になったロマンス語で書かれたものを指し,12世紀に当時の宮廷の口語であったフランス語に1行8音節の韻文で訳された歴史物語《テーバイ物語》《トロイア物語》《ブリュ物語》などに始まった。《アレクサンドル物語》のように1行12音節で書かれたものもあるが,1行10音節で4音節と6音節に区切れる語り物や,6音節と4音節に区切れる抒情詩とは区別されるジャンルで,歴史と考えられていた古代の伝説から多く恋愛や冒険を扱う虚構の物語に発展していった。12,13世紀にゴーティエ・ダラス,J.ルナール,クレティアン・ド・トロアなど多くの優れた作家が出てロマンスを書く一方,アレゴリー文学の《薔薇物語》,動物の世界に託した風刺的《狐物語》,宿命的恋愛を語る《トリスタンとイズー(イゾルデ)物語》などが創られた。
ロマンスは13世紀末から散文で書かれるようになりトリスタンや聖杯伝説,とくにそのなかでもランスロットの遍歴談が散文小説としてもてはやされ《ガリアのアマディス物語》《雅びのギロン》などから,だんだん挿話が複雑にからみ合う荒唐無稽な冒険談になっていき,ルネサンスにはラブレーの《ガルガンチュアとパンタグリュエル》,セルバンテスの《ドン・キホーテ》などの傑作は生むが,正規の文学作品は詩と考えられるようになり,ロマンスは恋愛を軸とした大衆向きのものか,二義的な筆の遊びとされた。19世紀になって小説novel,romanが文学作品の主流となっていったとき心理小説の最初の傑作として17世紀のラファイエット夫人,18世紀のリチャードソンが注目されたが,ロマンスには恋愛を甘く書いて大衆に媚びる語感も拭いさられていないので,英語ではノベル,フィクションなどが使われるようになった。
→小説
執筆者:松原 秀一
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(井上健 東京大学大学院総合文化研究科教授 / 2007年)
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…能に触発されたイェーツの《鷹の井戸》(1916初演)が逆に横道万里雄によって新作能《鷹姫》(1967)として翻案されたのも,興味ある文化交流の一例である。アイルランド演劇【高橋 康也】
【小説】
〈小説〉とは散文の形式をとる架空・虚構の物語であるが,英語で〈ノベルnovel〉という時には,量的に1冊の本となる程度の長さを持つ長編小説であり,質的には〈ロマンスromance〉と対照的に現実性の強い物語を意味する。短編小説はこれと区別して〈ストーリーstory〉または〈テールtale〉と呼ばれるが,イギリスにおいて短編小説で真に世界的水準に達し得る作品が生まれたのは19世紀末になってからであった。…
…斉一性を欠くことになるが,文学ジャンルの名称や区分は地方性をまぬかれがたい節があるからやむをえない。とにかく物語の方が上位の概念であり,したがって物語=物語文学とするこれまでの方式は事態を不当に単純化しすぎていることになる(あえて西欧語に移せば物語はnarrativeとかrécitに,物語文学はromanceとかromanに近いというべきか)。 この物語文学については,次のような特質を指摘できよう。…
…14世紀から15世紀にかけてスペインに生まれ,現在も受け継がれている民間伝承の物語詩,あるいはその詩形式。吟遊詩人によって伝播した中世の武勲詩(叙事詩)は,14世紀末から15世紀になるとジャンルとしての生命力を失い,しだいに忘れ去られることになるが,これらの武勲詩の中で民衆の心を強くとらえていた部分だけが全体の筋から遊離して人々の記憶に刻みつけられ,それが繰り返されたり,変形されたりして新たな様式の詩,ロマンセが生まれてきた。…
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[シェークスピア]
中世から近代へ移行するルネサンス・ヨーロッパの,転換期ゆえの活力,喜び,不安は,シェークスピアのなかに完ぺきな表現を見いだした。彼は,歴史劇では権力の荒々しい意志を,喜劇では愚かしくも愛すべき人間の生命欲を,悲劇では実存の深淵の戦慄を,そして最晩年のロマンス劇では人生との和解を,彼の〈世界劇場〉の舞台に展開してみせた。その作劇術は,古典主義や写実主義の束縛を超えて,奔放かつ多義的である。…
…この考え方だと短編小説,観念小説,怪奇小説,ファンタジーやSF,ヌーボー・ロマンやポストモダニズムなどと呼ばれる最近の前衛的小説などが入らなくなるが,これらの小説も標準的小説の多くの特徴を取りいれており,また伝統的小説に反逆して書かれた前衛的小説にしても,この標準的小説概念を前提として含んでいるといえる。 この標準的な小説に対立するものとして,一方にロマンス,他方にアレゴリーないし寓意物語がある。ロマンスはもともと中世フランスの騎士道物語の名で,現代ヨーロッパ諸語で小説を〈ロマンroman〉と呼ぶもととなっているが,ここでのロマンスはそうした特定の歴史的形態を離れて,広く冒険,不思議,理想化された人物など,空想を自由にはばたかせた物語をいう。…
※「ロマンス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
マイナンバーカードを健康保険証として利用できるようにしたもの。マイナポータルなどで利用登録が必要。令和3年(2021)10月から本格運用開始。マイナンバー保険証。マイナンバーカード健康保険証。...