多賀城(市)(読み)たがじょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「多賀城(市)」の意味・わかりやすい解説

多賀城(市)
たがじょう

宮城県中東部、仙台市と塩竈(しおがま)市の間にある市。1971年(昭和46)市制施行。市の名称は古代城柵(じょうさく)多賀城に由来する。北部に丘陵があるほかは平地が広がる。JRの東北本線と仙石(せんせき)線、国道45号が通じる。三陸沿岸道路の多賀城インターチェンジがある。東部の中期弥生(やよい)遺跡の枡形囲貝塚(ますがたかこいかいづか)からは稲籾圧痕(いねもみあっこん)のある土器が発掘されている。北西部の丘陵上に多賀城跡(国指定特別史跡)があり、奈良時代の陸奥(むつ)国府と鎮守府の建物の基礎を復原し史跡公園として整備されている。付近には多賀城廃寺跡(国指定特別史跡)や日本三古碑の一つ多賀城碑(国指定重要文化財)、多賀城の出土品をはじめ東北地方の資料を収集する東北歴史博物館がある。建武(けんむ)新政では一時的に奥州小幕府ともいうべき組織が国府跡につくられた。近世には仙台藩の家臣天童(てんどう)氏が八幡(やわた)に居住した。肥沃(ひよく)な土地での米作が主体であったが、最近は野菜・花卉(かき)栽培などの近郊農業が中心。1942年(昭和17)に建設された海軍工廠(こうしょう)跡地では各種の工業が盛ん。近年、仙台への通勤通学が増加し都市化が著しい。面積19.69平方キロメートル、人口6万2827(2020)。

[後藤雄二]

〔東日本大震災〕2011年(平成23)の東日本大震災では死者219人、住家全壊1746棟・半壊3730棟を数えた(消防庁災害対策本部「平成23年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)について(第159報)」平成31年3月8日)。2018年9月時点で、津波によりほぼ全戸が損壊した宮内地区の土地区画整理を完了し、津波防御のための多重防御施設の整備、緊急避難路整備など減災対策の充実強化といった復興事業に取り組んでいる。

[編集部 2019年10月18日]

『『多賀城市史』全7巻(1984~1997・多賀城市)』


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android