《説文》によれば,湖とは大陂(ひ)なり,という。すなわち大きな池を意味する。日本語のみずうみの語源には〈水海(みずうみ)〉あるいは〈淡水海(まみずうみ)〉などの説があるが,世界には淡水湖だけでなく塩水湖もある。湖の自然的な記述は〈湖沼〉の項に詳説されるので,本項では日本,中国,ヨーロッパの湖をめぐる伝説・習俗について述べる。
淡水の湖は,古くは〈淡海(あふみ)〉と呼ばれた。琵琶湖は〈鳰(にほ)鳥のあふみのうみ〉などとうたわれ,そこから国名の近江(おうみ)が生まれたという。また琵琶湖に対してより遠い浜名湖を〈遠淡海(とほつあふみ)〉とよび,遠江(とおとうみ)の国名はこれに由来するという。
湖の成因については,巨人の足跡に水がたまってできたという,巨人伝説による説明が多くなされてきた。古くは《播磨国風土記》託賀(たか)郡の地名起源譚に,昔大人(おおひと)があって〈その踰(ふ)みし迹処(あとどころ),数々(あまた),沼と成れり〉とある。だいだらぼっちの足跡が湖や池になったという伝説は多い。上野国(群馬県)の赤沼も,ダイダラボッチが赤城山に腰かけてふんばった足形の水たまりだと伝えられている。またこの赤沼の主は伊賀保の沼の主に嫁いだという伝承もあって,二所の水の神の交渉というモティーフを示している。秋田県では,八竜湖(八郎潟)を雄潟,角館(かくのだて)山中の沼を雌潟といい,この二つの湖は地底で通じていて,この雌雄が出会う春分のころには湖の氷に亀裂が入ると伝えており,これをミワタリと称している。これと同様なものに,冬期に長野県の諏訪湖の氷に大音響とともに亀裂が入る〈御神渡(おみわたり)〉という現象があり,1397年(応永4)を最古とする観測記録が残されている。地元では,これを諏訪上社の男神が下社の女神のもとに通う道と伝え,諏訪の七不思議の一つともされている。
このほか,湖には竜が住むとか機織の音が聞こえるという伝説(機織淵)もある。また,さまざまな怪異も伝えられ,琵琶湖には蓑火(みのび)という怪火現象が伝承されている。これは,5月に長雨が続いたりすると,暗夜に湖上を往来する船上で,船乗りの蓑が蛍火のように火を放つというもので,琵琶湖で死んだ人の怨霊の火であるとも伝えられている。
執筆者:村下 重夫
中国で〈湖は都なり〉と説明されることがあるのは,都に人と物資が集まるように,四方の水流が集まり注ぎこむためである。現在の洞庭湖,鄱陽(はよう)湖,太湖などの江南の湖は,古代においても有名であった。雲夢沢(うんぼうたく)とよばれたのは,現在の洞庭湖を含んでより大きく湖南・湖北両省にひろがっていた大湖沼であろうと考えられる(雲夢)。鄱陽湖は彭蠡(ほうれい)とか彭沢とか宮亭湖とかよばれ,太湖は震沢とか具区(ぐく)とか五湖とかよばれた。そのうち,洞庭湖と太湖とは地下の洞穴によってたがいに通じあっていると考えられた。また廬山の東にひろがる宮亭湖の廟神は,きわめて霊威のある神として商旅の信仰をあつめ,神に対する祈願がききとどけられると,おなじ水路上に反対方向の二条の風が吹き,往来する帆船は風待ちをすることなく航行できたという。だが神の機嫌をそこなうと,船が顚覆するなどのたたりがあり,そのため,湖中に人身犠牲がささげられることさえあった。後漢時代に中国に渡来した西域僧である安世高の伝記には,かつて安世高とともに仏道修行にはげんでいたものが大蛇に姿をかえたのが廟神の正体であるといい,安世高に絹1000匹と宝物のかずかずを喜捨して悪形から抜けだすことをもとめて以後,霊威はなくなったと伝える。しかし,六朝時代においても,宮亭湖廟神に関する伝説はとぼしくない。
また,水没した町に関する伝説は広範囲の地域にわたって存在する。ある町が陥没して湖となるが,1人の老婆だけがあらかじめその異変のおこることを知らされており,前兆があらわれると老婆は逃げだして1人だけ生命がたすかる。ただし,もしふり返って湖を見た場合にはただちに石に化してしまう,というのがその伝説に共通した筋書で,漢の淮南国に属した歴陽(れきよう)に関する伝説がとりわけ有名であった。歴陽の町は麻湖にかわったのである。
執筆者:吉川 忠夫
ゲルマン人が湖を神聖視したことはタキトゥスの《ゲルマニア》40章にみえる。ヨーロッパで湖をめぐる伝説や民俗の多くは,その神秘性,神聖さと深く結びついている。湖はどうしてできたのか。巨人の杯から水がこぼれたためとか,聖母マリアや悪魔のせいだという伝説がある。略奪,殺人をこととする兵士らをおぼれさせるため聖母マリアの命により出現したという,ドイツのメクレンブルクのルチーナ湖Luciner-Seeは一つの典型的な例で,同じように隣人間の争い,人間の高慢,冒瀆を罰するために湖ができたとする伝説も多い。湖が無気味で危険な存在として恐怖の対象となるのは,その底知れぬ深さやときに人をのむ魔性に由来しよう。これと関連して,湖には恐るべきものがすむという俗信も生まれる。多くの湖には竜がすみ,これがひとたび怒ると湖水はあふれ湖畔の村をひとのみにするという。チロルのある湖では熊の体をした怪物が夜ごと湖から出てきては人間をつかまえ,その生血を吸うという。スイスのワーレン湖Walenseeには竜ばかりか蛇のような魚や馬がすむ。このため魚釣りや湖畔のキャンプは危険だという。裁きを待つ亡者や追放された幽霊が湖中にいるという信仰もある。またアーサー王伝説にみえるように,美しい妖精や魔女はしばしば湖畔にすむとされる。
湖は恐れられると同時に神聖視され,供犠の行われることも多い。上述のタキトゥスの記した例も,大地の女神ネルトゥスに対する祭儀とその際の奴隷の犠牲を伝えているものと思われる。祭儀と供犠により,湖あるいはそこにすむ主をなだめるのである。年々人身御供を要求した湖としてチロルのチライナー湖Zirainersee,シュレジエンのシュラウアー湖Schlawer Seeその他多くの湖が知られている。ラウジッツでは湖は毎年男の子を湖中に引っぱりこむという。このほか,ドイツの湖ではチーズやパンを投げこむ習俗がみられたり,リウマチや皮膚病,発熱などの治療に神聖な湖が役立つとされる例もある。俗信ではさまざまの予言が湖に結びついていて,戦争や不幸が近づくと湖水が血のように赤く変ずるなどといい伝える。未婚の娘には聖アンデレの祝日の晩(11月30日)水に映る未来の夫が見えるという。
→湖沼
執筆者:谷口 幸男
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…その間ずっと公生活と並行して作家活動に励み,50編以上の短編小説と多数の詩を書く。《インメン湖》(1850,邦訳名《湖》)をはじめとする初期の短編では,主として回想形式を用いて,過ぎ去った幸福の情景が抒情的に描写され無常感を感じさせるが,70年代以降になると,悲劇的な人間の運命が力強い筆致で扱われる。《水に沈む》(1876)等の年代記物は地方貴族の非人間性に起因する庶民の悲劇を多く描き,《後見人カルステン》(1878)等の家庭物は父子関係等家族間の愛憎が悲劇を生む必然的経過を追っている。…
…修道院の構内にもしばしば養魚池がみられる。水田耕作を中心とする日本では池(および水神)は農村生活に根本的な関係をもち,したがって種々の崇拝儀式や伝説などがこれに結びついているが,西洋では人工の池よりは神秘性をもつ自然の湖や泉が崇拝の対象とされる。湖は繁殖力の象徴として祈禱,供物,犠牲などをささげられ,古代にはその崇拝は母なる大地,繁殖と冥府の女神の崇拝と結合していた。…
…湖沼とは,海と直接にはつながらず,陸地に囲まれた盆地内に水をたたえた半閉鎖的な静水塊を指す。静水塊とは,河川など水の流動がきわめて大きな水塊に対する言葉である。…
※「湖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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