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藤岡[市] ふじおか

百科事典マイペディアの解説

藤岡[市]【ふじおか】

群馬県南部の市。1954年市制。東半は神流(かんな)川と鮎川の間の洪積台地,西半は山地。中心市街は桃山時代に芦田氏が築いた芦田城の城下町,近世は中山道の脇往還,信濃別路の宿場町市場町として発達。八高線,関越自動車道が通じ,上信越自動車道が分岐する。古くから養蚕業が盛んで,瓦を特産するが,1960年代以降工業団地が造成されて,輸送用機器,電機などの工業も行われる。本郷埴輪(はにわ)窯跡(史跡)や七輿山(ななこしやま)古墳(史跡)など多くの古墳のほか,三波石峡(名勝),八塩温泉がある。2006年1月多野郡鬼石町を編入。180.29km2。6万7975人(2010)。
→関連項目平井城

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世界大百科事典 第2版の解説

ふじおか【藤岡[市]】

群馬県南部の市。1954年市制。人口6万2676(1995)。神流(かんな)川と鮎川にはさまれた洪積台地に発達する。開発の歴史は古く,七輿(ななこし)山古墳(史),白石稲荷山古墳(稲荷山古墳)など1200基に近い古墳が散在する。室町時代には上杉氏が鮎川の西岸に平井城を築いたが,1559年(永禄2)廃城藤岡有田氏が居城,のち芦田氏が入り近世初期まで続いた。その後,藤岡は中山道の脇街道の宿場町,1・6の日を市日とする市場町として栄え,生糸,絹,土器その他が取引された。

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世界大百科事典内の藤岡[市]の言及

【絹市】より

…上州から武州にかけての山地地域では,織物生産がさかんになると,これまで各種の商品を取引していた市が,織物を主要な商品とするように変わっていった。元禄ころは諸種の商品が取引されていた上州藤岡の市も,近世後期には関東生絹の代表的集荷市となった。1742年(寛保2)に設立された甲州上野原の市は,商品ごとに分かれた11の座で構成されていたが,設立後間もなく,絹・紬を主要な商品とするようになった。…

※「藤岡[市]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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