コミンテルン(英語表記)Comintern

翻訳|Comintern

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

コミンテルン
Comintern

共産主義インターナショナル Communist Internationalの略称。第3インターナショナル,第3インターとも呼ばれる。 1919年3月にモスクワに創設され 43年5月まで存続した各国共産主義政党の国際統一組織。第1インターナショナル (1864~76) ,第2インターナショナル (→社会主義インターナショナル,89~1914) の崩壊後,V. I.レーニンらは,第1次世界大戦中から,新しい第3インターナショナルの創設を目指して活動を続け,30ヵ国の共産主義諸政党あるいは革命的組織の代表五十余名をモスクワに集めて,19年3月2~6日,コミンテルン第1回大会を開いた。コミンテルンは,第2インターナショナルに比べ,はるかに強固な国際的団結と規律をもち,ソ連という社会主義国家を支柱とするにいたった。また民主的中央集権の組織原則をとり,コミンテルン執行委員会の指導のもとに活動することが定められた。 20年の第2回大会では,農業・農民問題および民族・植民地問題に関するテーゼが採択され,21年の第3回大会は統一戦線戦術への第一歩を踏出し,22年の第4回大会はこの戦術をほぼ確定した。 24年の第5回大会は左傾化し,各共産党のボルシェビキ化を強調し,28年の第6回大会はコミンテルン綱領を決定,さらに左傾化を強めた。 35年の第7回大会は,反ファシズム統一戦線の戦術を確立し,第2次世界大戦のもとで,反枢軸の統一戦線をつくり上げるのに重要な役割を演じた。 43年5月 15日,国内および国際情勢が複雑化し,各国共産党が著しく独立性を強めたため,コミンテルンは解散した。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

コミンテルン

1919年に創立された共産主義政党の国際組織で、43年に解散。

(2008-11-11 朝日新聞 朝刊 2総合)

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百科事典マイペディアの解説

コミンテルン

1919年結成の共産主義インターナショナルCommunist Internationalの略称。第三インターナショナルとも。第二インターナショナルで最左翼を占めたレーニンらロシア共産党(ロシア社会民主労働党)を中心とし,各国共産党を支部とする国際組織。第二インターナショナルと異なり植民地地域でも積極的に行動したが,活動の中心はヨーロッパだった。中央集権体制をとり,1921年まではレーニン,それ以後はスターリンが直接各国共産党を指導した。1923年まではドイツを中心としたヨーロッパ諸国の革命運動を推進,他方1919年―1927年には中国の革命運動を支援したが結局は失敗した。以後社会民主勢力とファシズム勢力を同列において攻撃する極左戦術をとったが,ドイツでナチスとの対決に敗れて打撃を受けた。1934年以後人民戦線戦術で巻返しを図ったが,これも不成功。こうして世界革命を起こすという当初の目的を達成しないままに1930年代からはソ連外交の道具に転化し,1943年ソ連の外交政策転換により解散。
→関連項目アムステルダム・インターナショナルインターナショナル(政治)ウィットフォーゲル片山潜共産党暁民共産党事件クーシネン抗日戦争ゴットワルトコルシュコロンタイ佐野学32年テーゼジノビエフ社会ファシズム上海会議1月テーゼスターリン主義ソビエト連邦ソビエト連邦共産党ゾルゲ事件第1次世界大戦第二半インターナショナル第四インターナショナルタン・マラカツィンマーワルト運動ディミトロフ転向文学天皇制トリアッティ27年テーゼ野坂参三パドモアブハーリンプロフィンテルンポーランド統一労働者党ボロジンマリアテギマルクス=レーニン主義マルトフ三田村四郎ラーコシラデックレーニンローイ

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世界大百科事典 第2版の解説

コミンテルン【Comintern】

戦間期から第2次世界大戦半ばにかけ国際共産主義運動に君臨した指導・統制センターであった〈共産主義インターナショナルCommunist International〉(ロシア語ではKommunisticheskii Internatsional)の略称。
【歴史】

[創設]
 労働運動,労働者政党の国際的組織化をめざす試みはすでに1840年代のヨーロッパにみられたが,その後労働運動の発展と社会主義政党の成長とともに,第一インターナショナル(1864‐76),第二インターナショナル(1889‐1914)が誕生した(インターナショナル)。

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世界大百科事典内のコミンテルンの言及

【共産党】より

…なお,共産党が前衛党(前衛)であるということの意味は,それが労働者階級の先進分子を結集した労働者階級の政治的指導集団であるということであって,M.ウェーバー的意味での大衆政党(党規律の厳格な大量の党員を有する組織政党)の観念と矛盾するわけではない(たとえば,大衆的前衛党という用例)。 共産党の起源をマルクス,エンゲルスが組織した1847年の共産主義者同盟,そして第一インターナショナル(インターナショナル)に求める見方もあるが,より直接的には,第1次大戦の勃発による第二インターナショナルの分裂・崩壊,レーニンらの指導による1917年11月のロシア革命の成功を経て,19年3月に第三インターナショナル(正式には共産主義インターナショナル,略称コミンテルン)という世界単一共産党が創設されたことが,かつて世界に存在した100を超える各国共産党などの政党の真の起源となった。そのことは,コミンテルン支部として組織された各国共産党のイデオロギー,戦略・戦術,行動様式,組織原則などが,その初期においてはコミンテルン創設者レーニンらの,ついでソ連共産党内部でスターリンの覇権が確立されていき,それと並行してコミンテルンのソ連共産党への従属が進行していくにつれて,スターリン主義の,ないしはスターリンが定式化した〈レーニン主義〉の圧倒的に深い影響下にあったことを意味している。…

【人民戦線】より

…第1次,第2次世界大戦間期の1930年代,ファシズムの台頭に抗して組織された運動に与えられた名称。その代表的な表れは,人民戦線政府を成立させたフランスとスペインに見られるが,こうした動きは後で触れるコミンテルン第7回大会(1935年7~8月)における国際共産主義運動の方向転換と密接に関連しており,国際的な広がりをもつものであった。
[フランス]
 1933年1月のドイツにおけるヒトラーの政権掌握は,国際的にファシズムの脅威を増大させたが,フランスでは世界恐慌のあおりをうけた経済不安の高まりの中で,〈アクシヨン・フランセーズ〉や〈クロア・ド・フー〉などの極右ないしファッショ的志向の団体が活動を強化していた。…

【中華民国】より

…くわえて21年7月には,ロシア革命の道を歩もうとする中国共産党が誕生した。このときコミンテルンは東方に革命をもとめ,また孫文の方でも中国の革命に対する国際的援助をもとめていたので,双方の利害は一致し,ここに国共合作が日程にのぼることとなった。プロレタリアートの前衛党である共産党とブルジョア政党との合作協力は,半植民地・半封建社会における抑圧者=帝国主義と封建主義,とりわけそれらの政治的代理人である軍閥に対する統一戦線として可能となったものである。…

【ドイツ共産党】より

…党員は半減したが,党の統一は強化された。この間共産党は19年3月のコミンテルン設立に参加,その一員となり,ドイツ革命に期待するボリシェビキ指導者の指示をも受けることになった。 20年12月,独立社会民主党のコミンテルン加盟に伴い,同党は共産党に合流,統一共産党が成立し,党員数36万の大衆政党となった。…

【日本共産党】より


[党創立]
 第1次世界大戦後の社会運動の高揚とロシア革命の影響が波及するなかで,社会主義も新たな台頭をみせ,1920年12月に日本社会主義同盟が結成された。このころ,ロシア革命の成果を吸収した堺利彦山川均らによるマルクス=レーニン主義の普及とコミンテルンからの働きかけがあいまって,21年4月には堺,山川らが中心となって日本共産党準備委員会を組織し,〈日本共産党宣言〉と〈日本共産党規約〉を採択した。22年1月から2月にかけてコミンテルン主催の極東民族大会に,アメリカから入露した片山潜らとともに日本から徳田球一,高瀬清,吉田一らが参加したことが契機となり,同年7月15日,正式の創立大会がもたれ,堺利彦が委員長となった。…

【労働運動】より

…なお同インターの影響のもとに各国の労働組合中央組織を結集する国際労働組合連盟(アムステルダム・インターナショナル)が組織された。ロシア革命の成功後,レーニンは社会民主主義の系譜とは別個の,共産主義インターナショナル(第三インターナショナル,コミンテルン)を結成した(1919)。これは各国の共産党を支部とし,モスクワの本部に指導権を集中する中央集権的な組織であり,その後の国際的革命運動によかれあしかれ絶大な影響を及ぼした。…

【ロシア革命】より

… 内戦・干渉戦は国際帝国主義との闘争で,ロシア革命は世界革命の第一歩と考えられたので,革命的共産主義者を糾合して新しいインターナショナルをつくることが構想された。1919年3月2~6日,共産主義インターナショナル(コミンテルン)第1回大会が包囲下のモスクワで開かれた。ここから世界へ散った代表たちは,各国社会主義運動の左翼を結集して,20年7月23日に第2回大会を開いた。…

※「コミンテルン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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