ルソー(Henri Rousseau)(読み)るそー(英語表記)Henri Rousseau

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ルソー(Henri Rousseau)
るそー
Henri Rousseau
(1844―1910)

フランスの画家で、いわゆる日曜画家、素朴派の代表的存在。しかし、主題の含む象徴性、神秘性、技法の確実さなどさまざまな点で、単なる素朴派を超え、19世紀末から20世紀初頭にかけての美術史のなかで重要な芸術家とみることができる。5月21日マイエンヌ県のラバルに生まれ、高校(リセ)中退後アンジェの法律事務所で働き、1863~68年軍務につく。68年の父の死とともにパリに出て、71年、最初の妻クレマンスの縁故でパリ市入市税関雇員となる。「税関吏ルソー」の通称はこのことに由来する。早くから絵画に興味をもったルソーは、84年には国立の諸美術館での模写の許可を受け、86年からはアンデパンダン展に出品する。アンデパンダンへの出品は、1899年、1900年の2年を除き、死に至るまで続いている。1888年クレマンス死去、93年には税関を退職し、貧しい年金生活を補うため、子供たちに音楽と絵を教える塾を開きつつ、絵画に専念する。翌94年のアンデパンダン出品の『戦争』(パリ、オルセー美術館)は、最初の主作品となり、97年の『眠るジプシー女』(ニューヨーク近代美術館)へと続く。1900年以前の絵の大半は失われたと推定されるが、この二作品は、技法の完璧(かんぺき)さ、主題の独自性において、すでにルソーの独創的な才能を示している。

 ルソーの描く主題は、パリジャンの日常生活、肖像、静物など多岐にわたったが、もっともルソー的な世界となる異国情緒性、神秘的象徴性に満ちた密林を主題とする作品は、1903年の『虎(とら)に襲われた斥候』(バーンズ財団)に始まり、07年の傑作『蛇使いの女』(オルセー)へと展開する。この時期、1899年に再婚したジョゼフィーヌを亡くし、依然として貧困であり、しかも悩み多い恋の連続、為替(かわせ)詐欺事件に巻き込まれての拘留、裁判といったことすらあったが、詩人アポリネールをはじめロベール・ドローネー、ピカソたちとも知り合い、のちに素朴派の名称で日曜画家たちを世に紹介することになる批評家ウィルヘルム・ウーデたちとも知り合う。ピカソが主宰した著名な「アンリ・ルソー夕べ」は、ピカソのアトリエ「洗濯船」で1908年に開かれている。『詩人に霊感を与えるミューズ』(1909・バーゼル美術館)は、アポリネールの好意ある注文によって制作された。ピカソたちの好意は、単にお人よしな老画家への善意からだけではなく、事物を単純化し、明確で構成的な構図をもつルソーの世界に、20世紀が必要とする素朴な強さと、キュビスムに通ずる明確さを認めたためと考えられる。10年9月2日、足の壊疽(えそ)のためパリに没。

 伝記的にも作品解釈においてもまだ謎(なぞ)の多い画家ではあるが、想像力、象徴性という点では世紀末象徴主義と、形態の単純化と幾何学的構成という点では20世紀の前衛とかかわる画家というべきだろう。

[中山公男]

『酒井忠康編『現代世界の美術14 ルソー』(1985・集英社)』『宮川淳解説『現代世界美術全集10 ルドン/ルソー』(1970・集英社)』『岡谷公二著『アンリ・ルソー 楽園の謎』(1983・新潮社)』


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