ウラン,プルトニウム,トリウムなどの重い原子核で起こる核反応の一種で,これらの原子核がほぼ同じ大きさの二つの原子核に分裂する現象。原子核分裂ともいう。中性子,陽子,α粒子,光子などで原子核を励起すると分裂しやすいが,自然に分裂する場合もある。これを自発核分裂と呼ぶ。核分裂を起こす性質をもった物質を核分裂性物質,核分裂の結果生ずる原子核を核分裂破片,二つの核分裂破片の質量差がかなり大きい核分裂を非対称核分裂という。遅い中性子によって起こるウランの核分裂では,核分裂破片の質量比がほぼ95:140の場合がいちばん多い。
1938年O.ハーンは,F.シュトラスマンとともに,天然に存在するもっとも重い元素であるウラン(原子番号92)に中性子を照射し,その結果生ずる微量な反応生成物を注意深く化学分析して,ウランのほぼ半分の質量をもつバリウム(原子番号56)の存在をつきとめた。かつてのハーンの共同研究者L.マイトナーは,この実験結果を伝え聞くや,O.R.フリッシュとともに,この現象を,原子番号92のウランが原子番号56のバリウムと原子番号36のクリプトンに割れる核分裂として説明した。一方,J.F.ジョリオ・キュリーは,ウランの核分裂によって非常に速いバリウムが直接飛び出してくることを巧妙な実験で示した。これは核分裂の際に大きなエネルギーが放出されることを意味する。事実,核分裂破片の運動エネルギーは大きな放出エネルギーの大部分を占めているのである。ウランの原子核1個が分裂したときに放出されるエネルギーは約200MeVであるが,これは,例えば炭素原子1個が酸素分子1個と化学反応(すなわち炭素が燃焼)するときに放出されるエネルギー4eVの5000万倍である。ちなみにウラン1kgがすべて核分裂したときに発生するエネルギーは,良質の石炭約3000tが燃焼したときのエネルギーに匹敵する。核エネルギー,いわゆる原子力が重要なエネルギー源であることのもっとも大きな理由がここにある。しかし実際に動力としての利用が可能になったのは,核分裂の際に1個以上の中性子が放出されるためである。E.フェルミは1個のウラン核の分裂で平均2.5個の中性子が放出されることを確かめ,それらの中性子がまわりのウランを核分裂させれば連鎖的に反応が持続しうることを指摘した。そしてフェルミの指導のもとにシカゴ大学につくられた最初の原子炉で,42年12月核分裂の連鎖反応が初めて成功し,原子力利用の第1歩が踏み出された。その利用は現在,原子炉,原子爆弾,放射性同位元素の生産など多岐にわたっている。
→原子力
原子核は,ボーアの液滴模型が示すように,液滴に似た性質をもっていて,基底状態にある原子核から1個の核子(陽子と中性子の総称)を分離するのに必要な平均エネルギー,すなわち核子1個当りの結合エネルギー(比結合エネルギー)は,非常に軽い原子核を除き核の大きさによらずほぼ一定である。しかし鉄のあたりより重い原子核では,だんだん重くなって陽子数が増えるにつれ,陽子間のクーロン斥力のために比結合エネルギーは減少し,言い換えれば1個の核子がもつ平均エネルギーは増加する。そこで,一般に重い原子核が分裂して中ぐらいの二つの(基底状態の)原子核になれば,分裂前後の結合エネルギーの差を余分なエネルギーとして放出する。しかし実際に核分裂が容易に起こりエネルギー源として利用できるものはきわめて少数に限られる。それは次の理由による。すなわち,原子核が分裂するときには,まずレモン形に変形しはじめ,その変形があるところまで進むと,中央がどんどんくびれて二つに分かれると考えられる。しかし液滴模型によれば,基底状態付近の原子核は,液滴のようになるべく球形を保とうとする傾向があり,この傾向に打ち勝って原子核がある程度以上変形し簡単に二つに壊れるようにするためには,ある大きさE以上のエネルギーを外から供給しなければならないためである(量子力学的なトンネル効果のために,外からエネルギーを与えなくても自発核分裂するが,ウランでもこれによって半減するのに1016年もかかる)。Eが大きくてもわずかの核分裂を起こすことはできるが,実用的な規模で行えるのはEが小さい特別な場合である。エネルギーを与える実用的な方法は中性子を吸収させることで,これによって能率よく核分裂が起こるのは,トリウム232 232Th,ウラン233 233U,ウラン235 235U,ウラン238 238U,プルトニウム239 239Puである。このうち,233U,235U,239Puは熱中性子(気体分子の熱運動エネルギー0.03eV程度のエネルギーをもつ遅い中性子)による分裂の確率はとくに大きく,238Uと232Thは速い中性子のみ有効である。
原子核が中性子を吸収して分裂し,その際放出される中性子によって次々と別の原子核が連鎖的に分裂を起こすことを(核分裂)連鎖反応chain reactionという。ここでは熱中性子による235Uの核分裂連鎖反応を説明する。核分裂の際に放出される2~3個の中性子は平均約2MeVのエネルギーをもつ。これらの速い中性子を熱中性子に変えて次の235Uに核分裂を起こさせ,連鎖反応を持続させるためには,水などの減速材を用いて効率よく減速させるとともに,途中で他の原子核,とくに238U(天然ウランの99.3%を占める)による放射性捕獲で失われたり,外部へ漏れたりして,数が減り過ぎないようにしなければならない。これらの条件に沿って原子炉は設計されている。連鎖反応の進行速度を制御するには,熱中性子の放射性捕獲の確率が非常に大きいカドミウムなどの棒が使われる。
→原子核 →原子炉
執筆者:寺沢 徳雄
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ウラン、トリウム、プルトニウムのような重い原子核が、二つ以上の原子核に分裂することをいう。大部分は2個の原子核に分裂するが、3個に分裂する例も報告されている。核分裂は1938年にドイツのO・ハーンらにより発見され、分裂のときに放出される莫大(ばくだい)なエネルギーを利用して、のちに原子力が開発された。
原子核に中性子、陽子、γ(ガンマ)線などを当てると、原子核は励起し、分裂がおこりやすくなる。ウラン235が中性子を吸収してウラン236の励起状態となり、約10-7秒(1000万分の1秒)後に核分裂し、二つの核分裂破片と2、3個の中性子を発生する。発生した中性子を利用して核分裂を持続(臨界状態)させることができ、原子炉はこのような核分裂の連鎖反応を利用してエネルギーを取り出す装置である。また、この技術を兵器に応用して原子爆弾が開発された。一つの核分裂につき約200メガ電子ボルトのエネルギーが放出されるが、その83%は核分裂破片の運動エネルギーであり、残りは即発γ線、中性子、核分裂破片からのγ線やβ(ベータ)線、あるいはニュートリノのエネルギーである。核分裂破片の大部分は放射能をもつので、別名「死の灰」とよばれている。
核分裂により80種以上の核種を生じるが、その質量数は72~160にわたっている。ウランやプルトニウムの熱中性子による核分裂では、核分裂破片の質量数が約90と140のところにピークを示す非対称分裂であり、中性子のエネルギーを高くすると対称分裂の割合が多くなり、14メガ電子ボルトの中性子では、熱中性子の場合に比べ約100倍多くなる。核分裂破片の放射能の半減期は、1秒以下のものから百万年以上という長いものまであり、原子炉の安全性に重要な影響を与える。原子炉で冷却材喪失事故が起き、冷却能力が失われると、炉心は放射能の崩壊熱で溶融温度にも達する(炉心溶融)。
[桜井 淳]
一つの原子核が複数の原子核に分裂する現象をいう.重い原子核でみられる.核分裂には自発核分裂と誘導核分裂の2種類がある.自発核分裂は放射性崩壊の一形態として一定の半減期で起こる.質量数の大きな核種 235U,238U,239Pu,254Cf,256Fm などでみられる.このなかの 235U,238U,239Pu はα崩壊するが自発核分裂の割合は誘導核分裂に比べて非常に少なく,254Cf と 256Fm は自発核分裂がおもな崩壊形式である.誘導核分裂は,中性子あるいは陽子,α線などの荷電粒子の照射によって起こる.原子炉内で起こっているのは 235U の中性子捕獲による誘導核分裂である.235U がもっとも起こしやすい核分裂は,質量数約95と140の原子核に分かれる分裂である.1932年にO. Hahn(ハーン)らによって発見されたが,核分裂の際に放出されるエネルギーが150~200 MeV と莫大なところから,ただちにこのエネルギーを利用する原子爆弾や原子力発電の研究開発が進められた.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(渥美好司 朝日新聞記者 / 2008年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…この染色体数の半減を伴う分裂は生殖細胞または胞子ができる最後の2回の分裂でみられ,とくに減数分裂と呼ばれている。 細胞分裂は核分裂karyokinesis(またはmitosis)と細胞質分裂cytokinesisの二つの過程からなっている。細胞分裂に先立ち細胞は遺伝子であるDNAの複製を行い,遺伝情報を倍加した状態になる。…
…38年O.ハーンとF.シュトラスマンは,原子番号92のウランに中性子を衝突させて得られる反応生成物の中に,原子番号56のバリウムがあることを発見した。これはウランの原子核がほぼ真二つに壊れる核分裂という新現象を示すもので,核エネルギー,いわゆる原子力利用の重要な鍵となった。同じころH.A.ベーテらは,太陽や他の恒星のエネルギーの根源が核反応であることを明らかにした(恒星)。…
…
[原子核物理学の発達]
この分野の研究は,その後続々と発見された新しい粒子と,その間の相互作用を扱う素粒子物理学と原子核そのものを研究対象とする原子核物理学とに分かれ,後者では,原子核のさまざまな性質を核力から出発して説明しようとする基礎論と,比較的簡単な模型(原子核模型)によって観測されている事実を系統的に記述しようとする現象論とが並行して発達した。原子核模型としては,まず,原子核の核子密度や核子当りの結合エネルギーが質量数にあまり依存しないという飽和性から,原子核を液滴で近似する液滴模型が提唱され,この模型は原子核のおおまかな性質を説明するのに成功すると同時に,核分裂過程,原子核の集団運動,さらには最近の重い原子核どうしの衝突などを記述する模型の出発点となっている。一方,陽子数または中性子数が魔法数と呼ばれる特別の数となる原子核は安定であることや原子核のスピンを説明するために,原子で成功した殻模型がM.G.メイヤー,H.D.イェンゼンによって導入された。…
…38年7月,ナチスの迫害からのがれるためドイツを脱出し,オランダ,デンマークを経てスウェーデンに亡命した。ドイツで実験を継続していたハーンから,ウランに中性子を照射したときの生成物中に放射性のバリウムが検出(1938)されたとの知らせを受けると,甥のフリッシュOtto Robert Frisch(1904‐79)とともにバリウム生成を解明するために,N.ボーアによって提唱されていた原子核の液滴モデルを使用して39年核分裂の概念を提出した。第2次世界大戦中は,原爆開発研究への参加要請を拒否してノーベル研究所で働き,47年に退職した。…
※「核分裂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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