デジタル大辞泉 「翁」の意味・読み・例文・類語
おう〔ヲウ〕【翁】
2
㋐接尾語のように用いて男の老人の敬称とする。「芭蕉
㋑単独で代名詞のように用いる。「
[類語]おじいさん・じいさん・じじい・老夫・老爺・
おきな【▽翁】
2 老人の自称。
「―の申さむことは聞き給ひてむや」〈竹取〉
3 能などに用いる老人の面。おきなめん。
[補説]曲名別項。→翁
[類語]おじいさん・じいさん・じじい・老夫・老爺・
「養老戸令」では「六十六為レ耆」とある。オはオホに同じく「年上」の意から「老(おゆ)」の意。オキナとオミナ(音便形オウナ)との対にみられるように、キとミとの対で男・女を表わす。
日本の各種の古典芸能に演じられる儀式的祝言曲。中世の猿楽能をはじめ,田楽能,近世の人形浄瑠璃,歌舞伎,邦楽曲や,民俗芸能中の神楽,田遊び,延年,田楽などでも演じられる。
芸能本来の目的の一つに人の延命を願うことがあるが,その表現として老翁・老媼を登場させることが古くからあったらしく,平安時代の田植行事などにみられる。しかし翁面をつけた者が舞や語りを演じる芸能は,猿楽の中に最も早くみられ,〈翁猿楽〉とか〈式三番〉と称せられた。翁猿楽の成立は,1126年(大治1)の著と伝える《法華五部九巻書》序品第一に父叟(ちちのじよう)は仏を,翁は文殊を,三番は弥勒をかたどるということなど仏教的解説があり,平安時代後期には成立していたともされるが,この書の著作年次には疑問が多い。確実な文献は1283年(弘安6)の春日若宮の臨時祭礼記で,舞楽・田楽・細男(せいのお)などとともに,猿楽は児(ちご)・翁面・三番猿楽・冠者・父允(ちちのじよう)を一組とする翁猿楽を演じている。このころには猿楽のほうでは翁舞の一つの形式が成立していたらしい。現存最古とされる翁舞の面も鎌倉時代のもので,完成された様式をもつ。この翁の芸能が,どのような系譜に根ざしているか不明な部分が多いが,平安中期以降に大社寺の修正会(しゆしようえ)・修二会(しゆにえ)などに守護神をまつる後戸(うしろど)で演じられた呪師(しゆし)猿楽の芸能として発展したものらしく,奈良興福寺修二会では鎮守神たる春日大宮の前で演じる翁猿楽を〈呪師走り〉と称している。また延暦寺の修正会でも,鎮守日吉神社で翁舞が演じられるなどその例は多い。中世期の猿楽座は,この宗教色の濃い翁猿楽をその本芸として,各地の社寺の祭礼に参勤し,楽頭職(がくとうしき)を得ていたが,のちにはその余興芸ともいえる猿楽能が人気を得て発達し,今日の能楽の基礎ともなった。
翁舞の芸態にも時代による変化があり,弘安年間以前は父叟・翁・三番の3人の翁が出る演出であったらしいが(《法華五部九巻書》),弘安年中の奈良では場清めの性格をもつ児舞を最初に,白色尉の翁舞,そのもどき的性格をもつ黒色尉の三番叟舞,続いて延命冠者と父尉が出るという様式となり,南北朝期ころまでこの形式が継承されたが,翁舞全体が儀式化されると,しだいに冠者と父尉の部分は一般には省略され,特殊演出となった。室町中期には露払いが千歳(せんざい)と呼ばれるようになり,今日の演出が完成するが,地方の神事などに翁舞を演じた群小猿楽座では古い様式も伝承された。
各種の古典芸能に演じられる翁舞の基本をなすもので,本来能楽(猿楽)座の本芸であるため,演能の最初に必ず一座の大夫か長(おさ)が演じた。現在は正月,祝賀など特別なおりにしか演じないが,この曲の出演者は別火精進して身を清め,当日の鏡の間には祭壇を設けて面箱を中心に翁飾りをするなどの伝統が残る。演じ方は囃子が笛・小鼓3人・大鼓(おおつづみ)の5人で地謡が付くが,演者は流派によって異なり,古い形式を持つ金春・金剛・喜多の3流では翁がシテ方,千歳と三番叟が狂言方から出る。また観世・宝生の2流では翁・千歳がシテ方の役で,狂言方からは三番叟(三番三)のほかに面箱持が出る。演技は〈とうとうたらり……〉の祝禱歌にはじまり,直面(ひためん)の千歳の舞,その間に翁は面をつけて引き続いて舞う。終われば面を脱いで退場する。これを〈翁帰り〉と称する。
後半が大鼓が入っての勇壮な三番叟の舞で,はじめ直面のままみずから場清めとして〈揉ノ段(もみのだん)〉を舞ってから面をつけ,鈴を受け取って〈鈴ノ段〉を舞う。三番叟の舞はテンポの速い足拍子を強く踏む活発なもので,烏飛び,種卸(たねおろし),種蒔,面返(おもがえ)りなどの動作がある。なお現在一般に演じられる演出は初日之式または四日目之式と呼ばれるものであるが,ほかに二日目之式,三日目之式,法会之式,神楽之式,父尉延命冠者之式,十二月往来(じゆうにつきおうらい)之式などがあり,流儀と演出によって多少違いがある。
人形浄瑠璃の前身である中世末期の夷舁(えびすかき)とか手傀儡(てくぐつ)と呼ばれる人形劇は,その演目に能楽曲を用いる場合が多く,人形で翁舞を演じた。近世初期以降に人形劇が浄瑠璃と結びついて以後も,演目の最初に翁舞(式三番叟)を演じる伝統は残され,現在でも地方の人形芝居には多く残る。演技は人形でありながら面をつけ,翁・千歳は古風な一人遣い,三番叟のみ二人遣いとするところが多いが,伊豆地方では三人遣いとされる。現在の文楽では〈寿式三番叟〉を上演する。
顔見世や柿(こけら)落しで演じる式楽としての〈翁渡し〉のほかに三番叟と称してさまざまな祝儀舞踊曲がある。能楽の翁舞を基調としつつ,翁より三番叟が曲の中心となり,一般には〈三番叟物〉の名称で呼ばれる。初世中村勘三郎から伝えられた《乱曲三番叟(らんぎよくさんばそう)》が,のちに《舌出三番叟》として伝わるほか,江戸時代を通じてさまざまなバリエーションが生まれた。また河東節,山田流箏曲,地唄などにも能楽の翁が採り入れられ儀式曲として用いられる。
中世期の翁猿楽には,現在能楽曲として洗練させた演出様式のほかに,さまざまな翁の演出があったと思われる。翁が諸国の宝物を数えあげる宝数えの翁は,高知県室戸市吉良川(きらがわ)の御田八幡や,兵庫県加東市の旧社町上鴨川住吉神社,三河・信濃・遠江の花祭・雪祭・田遊びなどに残るが,上鴨川ではほかにも父尉・延命冠者・万歳楽など珍しい翁舞が残る。また三信遠地方の翁は,舞より語りが主で〈松影(まつかげ)〉〈治部(じぶ)〉〈しょうじっけれ〉などと呼ばれる翁が登場して土地の者と問答をする。舞を主体とする翁は,東北地方の山伏神楽や番楽(ばんがく)の翁で,鳥兜をつけた翁や三番叟が活発な振りで舞う。これらはいずれも翁猿楽から早くに分化した翁の演出と考えられる。また職業芸能集団としての猿楽集団は,各地に無数に存在し,諸国の社寺で翁を本芸とする猿楽能を演じていたから,その伝承が現在なおあちこちに残されるほか,芸能は残らなくても,翁の面のみが伝えられるところは多い。
執筆者:山路 興造
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能の曲目。能の曲のなかで成立がもっとも古く、かつ神聖視されている曲で、祝いの場で演じられる。能では別曲扱いをされ、構成など能の他の曲と違っており、神楽(かぐら)の構成と似たところがある。父尉(ちちのじょう)、延命冠者(えんめいかじゃ)、翁、三番叟(さんばそう)を含めて翁ということもあるが、一般には翁の曲だけをいう。現在の能の『翁』は、最初に翁を演ずる者と地謡(じうたい)とが掛け合いで「とうとうたらり……」という謡に「ところ千代までおはしませ、われらも千秋さむらおう、鶴(つる)と亀(かめ)との祝にて幸ひ心にまかせたり」という今様四句神歌を交えて謡い、続いて千歳(せんざい)の舞になる。千歳が舞っている間に、翁は仮面をつけ、千歳の舞が終わると、翁役の者が立ち上がり、神歌を謡い、めでたい舞を舞う。舞が終わると翁は面をとり退場するが、それを翁帰り(おきながえり)という。続いて『三番叟』の「揉(もみ)の段」「鈴の段」の舞が始まる。観世(かんぜ)、宝生(ほうしょう)流では千歳をシテ方が勤め、面箱(めんばこ)持ちを狂言方が勤めるが、金春(こんぱる)、金剛(こんごう)、喜多(きた)流では狂言方が千歳を勤め、面箱持ちを兼ねる。この千歳舞を含めた一連の舞を『翁』とよんでいる。千歳の名称は室町時代からで、それ以前は露払いとよび、古くは稚児(ちご)が演じていたようである。翁は大治(だいじ)元年(1126)の『法華(ほっけ)五部九巻書』にすでに出ており、その成立は古い。『法華五部九巻書』では父叟、翁、三番と記されており、父叟を釈迦(しゃか)、翁を文珠菩薩(もんじゅぼさつ)、三番を弥勒(みろく)にあてており、仏教的解釈がなされている。延命冠者は、鎌倉中期の記録に初めて出てくるが、父尉の子ということになっている。父尉、延命冠者は今日特別な場合のみに行われる。世阿弥(ぜあみ)の『風姿花伝(ふうしかでん)』には翁を稲積(いなづみ)の翁、三番叟を世継(よつぎ)翁(よなつみの翁とも)といったとあり、五穀豊饒(ほうじょう)の神という考えがみえる。後世、翁はいろいろな神にあてられた。翁の発生については、古代の農耕行事に発したという説、大嘗会(だいじょうえ)の稲実(いなのみ)の翁に発したという説、仏教の呪師(じゅし)に発したという説、神楽に発したという説などいろいろある。民俗芸能には各種の翁がある。能の『翁』の原形を思わせるもの、崩れをなすものなどである。三河(愛知県)の花祭の翁は自分の履歴を滑稽(こっけい)に語り、内容が三番叟に近い。翁は祝言曲なので、後世、河東節(かとうぶし)、地歌、長唄(ながうた)、人形劇などにも取り入れられ、めでたいときに舞われた。
翁面は日本の仮面のなかで特色ある存在であり、色を白色に塗り、顎(あご)が切顎(きりあご)になっており、目をへの字型にくりぬき、笑いをたたえ、肉づきのよい、健康な福相をたたえた面である。三番叟面も翁と同型だが、黒色で、翁に比べると品格がない。父尉面も翁と同型だが、肉色が多く、目はつり上っており、強さを感ずる。延命冠者面は笑いを浮かべた少年の顔で、切顎でない。切顎の理由は寿詞を述べるためといわれている。切顎形式は舞楽面の採桑老(さいそうろう)にあるが、これは笑ってはおらず老衰の表情である。また、能の尉面(じょうめん)は頭部に植毛があり、中間表情をとっている面がほとんどで笑ってはいない。神の面が笑いの表情をとっているというのは特徴的である。
なお、一般用語としては、老女を示す嫗(おうな)に対して男性の老人を示す語で、老人を親しみ呼ぶ語、老人が自己をへりくだっていう語、また老人の敬称としても用いられる。
[後藤 淑]
『能勢朝次著『能楽源流考』(初版・1938/再版・1979・岩波書店)』▽『本田安次著『翁そのほか』(1958・明善堂)』▽『後藤淑著『能楽の起源』(1975・木耳社)』▽『後藤淑著『続能楽の起源』(1981・木耳社)』
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…能楽において,《翁》の三番叟(さんばそう)と風流(ふりゆう),能のアイ(間狂言),独立した劇としての狂言(間狂言と区別していうときは本狂言と称する)の演技を担当する演者のこと。シテ方,ワキ方,囃子方に対しての呼称。…
…能役者と狂言役者が演ずるが,能でも狂言でもない別の種目で,構成・詩章・謡(うたい)・囃子・舞・面・装束など,すべての点で能・狂言とは異なる古風な様式をもつ。式三番という名称は,〈例式の三番の演目〉の意味で,《父尉(ちちのじよう)》《翁》《三番猿楽(さんばさるがく)》の3演目を指す。いずれも老体の神が祝言・祝舞(しゆうぶ)を行うもので,3者の間に直接の関係はないが,能や狂言と違ってこの中から演目を選ぶというのではなく,三番一組にして演ずるものである。…
…1429年(永享1),室町御所笠懸の馬場で行われた能は,観世元雅と音阿弥(おんあみ)の座対宝生座と十二五郎座の立合能であった。多武峰(とうのみね)猿楽では参勤の大和猿楽各座が新作の演目を競い,また四座立合(相舞)の《翁》が演じられた。現在行われている《翁》の異式《弓矢ノ立合》《船ノ立合》は,シテ方3流の大夫,またはそれに準ずる役者が相舞するもので,地謡(じうたい)は3流の連吟で行われる。…
… 能の先行芸能である散楽(さんがく),呪師猿楽(しゆしさるがく),田楽(でんがく)の装束が華美を競い,金銀で加飾された豪奢(ごうしや)なものであった事例が,平安末期から鎌倉初期にかけての記録に見えるが,観阿弥・世阿弥時代の能がその影響を受けた形跡はない。今日,能の演目中もっとも儀式性が高く,蜀江文錦(しよつこうもんにしき)に代表される《翁》の装束でさえ《申楽談儀(さるがくだんぎ)》には〈翁の装束,真実の晴の形(なり)は,定て別に口伝有べし。さのみてばてばしくはなかりし也。…
…比叡山をはじめ,法勝寺,多武峰(とうのみね)妙楽寺,日光輪王寺,出雲鰐淵寺など各地方の中心的天台寺院の常行堂の後戸(うしろど)にまつられた。その祭祀は,たとえば輪王寺の《常行堂故実双紙》によると,修正会と結合した常行三昧のなかで,この神を勧請して延年が行われ,七星をかたどる翁面を出し,古猿楽の姿を伝える種々の芸能が演ぜられた。平泉毛越寺常行堂には今もこうした延年が伝えられ,摩多羅神とおぼしい翁が登場して祝詞を唱える。…
…《式三番》における役の名,またその役専用の面の名。《式三番》は古い猿楽の伝統を伝える演目で,翁(おきな)・三番叟(さんばそう)・父尉(ちちのじよう)の三老翁による祝福の歌舞三番をさすが,その父尉に従って登場する若者がこの延命冠者である。上記のうち父尉だけは室町時代から特殊な催し以外演じなくなったので,この役もめったに見られない。…
…その背後には夙(しゆく)の神の意も寓されていたと思われる(宿(しゆく))。金春(こんぱる)禅竹の《明宿(めいしゆく)集》は,猿楽者集団が神聖視する翁および翁面につき,その由来を説く伝書であるが,その根底に宿神信仰がある。すなわち,猿楽の翁は宿神の具象と観じたのである。…
※「翁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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