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金沢[市] かなざわ

百科事典マイペディアの解説

金沢[市]【かなざわ】

石川県中部の市。1889年市制。県庁所在地。犀(さい)川,浅野川流域を占め,北西部に金沢平野が開け,北部に河北潟がある。中心市街は1471年一向宗の道場(尾山御坊)創設に起源し,江戸期加賀前田藩百万石の城下として繁栄。
→関連項目石川[県]内灘[町]金沢藩松任[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

かなざわ【金沢[市]】

石川県の県庁所在地。1889年市制。人口45万3975(1995)。県の中央やや南寄りに位置し,金沢平野の北部を占める。市域南東側は白山山系とその北端部である砺波丘陵があり,南東端に奈良岳(1644m)がそびえている。全体的に南東から北西に向かって大きく傾斜した地形で,この傾斜面を犀(さい)川,浅野川,金腐(かなくさり)川,森下(もりもと)川が流下する。犀川,浅野川にはさまれた小立野(こだつの)台地沖積平野に接する付近に市街地の中心がある。

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世界大百科事典内の金沢[市]の言及

【得蔵保】より

…得蔵荘ともいい,〈とくくら〉ともよむ。加賀国石川郡北部(現,金沢市北西端)の臨海荘園で,犀川河口西岸に近い金沢市専光寺町の戸畔(とくろ)が遺称地と考えられる。1088年(寛治2)醍醐寺少別当賢円が加賀郡大野郷(中世の石川郡大野荘)の一部を再開発し,すでに国衙領として収公されていた寺領加賀国高羽荘,治田(はりた)荘の領有権回復工作を断念する代償として,翌89年に加賀守藤原家道から醍醐寺に充てられ,賢円が保司となった。…

※「金沢[市]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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