デジタル大辞泉 「遺言」の意味・読み・例文・類語
い‐ごん〔ヰ‐〕【遺言】
2 ⇒いげん(遺言)
[類語]遺言状・書き置き・遺言書・遺書
死後、財産を誰にどういった割り振りで相続させるかや、相続人以外への遺贈といった内容が一般的。法定相続よりも優先される。民法は、急病で証人が聞き取る場合などを除き、証書作成での遺言を義務付けている。2018年成立の改正民法で、自筆証書遺言に関し、財産の一覧を示す目録をパソコンなどで作成し添付できるようになった。20年には自筆証書遺言の紛失・改ざんを防ぐため、法務局で保管する制度が始まった。
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出典 共同通信社 共同通信ニュース用語解説共同通信ニュース用語解説について 情報
( 1 )古くから現在に至るまで、呉音よみのユイゴンが使われているが、中世の辞書「運歩色葉集」「いろは字」などには呉音と漢音を組み合わせたユイゲンの形が見える。
( 2 )近世の文献ではユイゴンが主だが、ユイゲンも使われており、時に漢音よみのイゲンも見られる。明治時代にもこの三種併用の状態は続くが、一般にはユイゴンが用いられた。
( 3 )現在、法律用語として慣用されるイゴンという言い方は、最も一般的なユイゴンをもとにして、「遺書」「遺産」など、「遺」の読み方として最も普通な、漢音のイを組み合わせた形で、法律上の厳密な意味を担わせる語として明治末年ごろから使われ始めた。
〈いごん〉ともいう。自己の死亡とともに効力を発生させる目的で行う単独の意思表示のこと。
元来,人間は,その死後の身分上および財産上のことを考えて,生前に,なんらかの措置を講じておきたいと念ずるのが常である。また子孫や近親が,その意思を尊重して,その意思の実現を図ることは,徳義上要請されているともいえるだろう。われわれは,そこに,遺言制度の基礎を見いだすことができる。
ところで,遺言制度の源流は,これを古代ローマに求めることができる。紀元前5世紀のころのものと推定される古代ローマの〈十二表法〉中には,すでに遺言に関する諸規定が散見され,少なくとも紀元前200年ころには,遺言することが普通一般人の慣行となっていたといわれているからである。しかし,ローマのほかは,ギリシアにもインドにも遺言の古い歴史は見当たらず,ゲルマン民族も,C.タキトゥスの《ゲルマニア》が書かれた時代はまだ遺言を知らなかったらしい。ドイツ,フランス等に遺言制度が導入されたのは,12世紀末から13世紀にかけてのことであり,遺言の慣行が一般庶民にまで浸透しはじめたのは,フランスでは14世紀,ドイツでは15世紀になってからである。中世における遺言制度の成立の背景には,キリスト教の普及とそれに伴う死生観の変化があり,遺言書の普及には教会が大きな役割を果たした。古来の共同体と結びついた財産とは異なる個人財産の観念が形成され,個人の霊の救いのために教会に遺産を寄進することが遺言書の主要な内容であった。
日本における遺言法の歴史は,養老令にまでさかのぼる。養老令にみられる生前における死後のための処分を意味した〈存日処分〉は,その源流であるといわれている。しかし,それが普及するに至ったのは,江戸時代になってからのことであり,当時,庶民の間では,頓死など不慮の死のため遺言をなしえない場合を除くほかは,遺言相続が原則的に行われていた。しかし,当時も,武士の間では,主たる財産は封禄であり,その相続は君主の意思に依存していたから,遺言相続は庶民の間のごとくには普及しなかった。
旧民法(1890公布)は,フランス民法にならい,遺言をもって遺贈をなす方法と認め,贈与とともに財産取得編の中にその規定を設けていた。しかし,相続人の指定や身分制度を内容とする遺言については規定を欠いていた。明治民法(1898公布)は,その欠点を補うべく,相続編の第6章に〈遺言〉なる1章を設け,広く各種の遺言に通ずる規定を掲げることにした(1060~1129条)。明治民法の規定方法は,そのまま現行民法(960~1027条)に継承されている。
遺言ないし遺言制度をどのようなものとして理解し,それにいかなる法的性質を付与するかは,相続の根拠や相続の形態,遺言が相続制度の中において占める地位等によって必ずしも一様ではないが,日本の現行相続法上の遺言制度としては,一応,遺言者が,その死亡とともに効力を生ぜしめる目的をもって,一定の方式に従ってなす,相手方のない単独の意思表示(単独行為)であるということができる。したがって,それは,単独のしかも相手方のない意思表示である点において,同じく表意者の死亡とともに効力を生ずる意思表示であっても,双方の合意によって成立する死因贈与契約とは,その本質を異にする。それゆえ,Aを受遺者として,Aに特定の財産を遺贈する旨の遺言においても,また,Bを認知するという遺言においても,そのA,Bは,遺言の目的であって,相手方ではない。さらにまた,遺言は,一定の方式を要する要式行為である点において,同じく終意処分であっても,要式を必要としない死因贈与契約とは,その法的性質を異にする。
現行民法は,遺言は,この法律に定める方式に従わなければ,これをすることができない(民法960条)旨を規定し,方式を定めている。それゆえ,各遺言者は,その方式によって遺言しなければ,その遺言は,遺言としての法的効力を生じない。民法の定める遺言には,次の種別があり,それぞれにその方式が定められている。まず普通方式として,自筆証書遺言,公正証書遺言,秘密証書遺言がある。次に特別方式として,危急時遺言と隔地者遺言があり,前者は死亡危急者遺言と船舶遭難者遺言の別があり,後者は,伝染病隔離者遺言と在船者遺言の別がある。
(1)自筆証書遺言 民法は,この方式で遺言をするには,遺言者が,その全文,日付および氏名を自書し,これに印を押さなければならない旨を規定している(民法968条1項)。だから,この方式による遺言をしようとする遺言者は,まず,全文(本文のみならず日付・氏名も含む)を自分で書くことが必要である。他人に代書もしくは口述筆記させたり,タイプライターで打ったり,テープ吹込みによってすることはできない。たとえこれらによっても,その遺言は無効である。用字・用語は,略字,略語,速記文字でもまた外国語でもさしつかえなく,用紙・筆記用具も自由である。日付は,絶対に必要であり,日付のないものはもちろん,単に日付印が押してあるにすぎないものも無効である。氏名は,必ずしも戸籍簿上のそれであることは必要でなく,ペンネーム,雅号,芸名でもさしつかえない。印も,必ずしも実印であることを要せず,認印・拇印でもさしつかえないものと解されている。要は,だれが,いつしたためた遺言であるかが正確に認識されうるものであれば足りる。したがって,最近の学説・判例は,その点が確認できさえすれば効力を認むべく要件緩和の方向を打ち出している。だから,最高裁判所もまた,自筆証書遺言は,数葉にわたるときでも一通の遺言書として作成されているときは,その日付・署名・捺印は一葉にされておれば有効と解し(1961年判決),また,遺言者が外国人であるときなどは,遺言者の署名があれば,捺印がなくても有効と解している(1974年判決)。しかし,いわゆる〈吉日遺言〉(年月の記載のみで日付を吉日と記載しているもの)を有効と解するまでには立ち至っていない(1979年判決)。自筆証書遺言は,文字の書ける者ならだれでも自分だけで作成でき,公証人,証人,立会人も必要でなく,費用もかからず,作成の事実・内容を秘密にしておける利点があるので,最も広く利用されているが,法律知識の乏しい者の場合には,方式不備で無効とされるおそれもあり,また,公証人など公の責任ある個人もしくは機関によって保管されるわけではないから,紛失,滅失,偽造,未発見のおそれもあり,遺言者の死後,その真実性が争われることが多いという欠点がある。
自筆証書中の加除その他の変更は,遺言者が,その場所を指示し,これを変更した旨を付記して,とくにこれに署名し,かつ,その変更の場所に印を押さなければ,その効力を生じない(968条2項)。その場所に変更した旨を付記したうえ署名も要求されている点において,通常文書の加除・訂正の場合よりも,要件が加重されている。遺言者の真意の確保と改竄(かいざん)の防止を期さんがためであるが,最近では,学説・判例は,これらの要件をも緩和する傾向にある。それゆえ,最高裁判所も,自筆証書遺言における証書の記載自体からみて明らかな誤記の訂正については,民法968条2項所定の方式違背があっても,その違背は,遺言の効力に影響を及ぼさないとの態度を打ち出している(1981年判決)。ちなみに,この加除・訂正の要件に関する968条2項の規定は,後述の秘密証書遺言のそれにも準用されている(970条2項)。
(2)公正証書遺言 公正証書によって遺言する場合には,証人2人以上の立会いがあること,遺言者が遺言の趣旨を公証人に口述し,公証人が,その遺言者が口述した内容を筆記し,これを遺言者および証人に読み聞かせ,遺言者および証人が,筆記の正確なことを承認した後,各自これに署名し,印を押すことを要することのみならず,公証人は,その証書は,右の諸要件を具備したものである旨を付記して,これに署名し,印を押さなければならない(969条)。このようにして作成された遺言公正証書の原本は,公証人役場に20年間保存され(公証人法施行規則27条1項2号),その正本は,遺言者の請求に基づいて交付される(公証人法47条1項)。それゆえ,公正証書遺言は,無筆でもこれをすることができ,原本は,公証人役場に保存されるから偽造,変造,焼失などのおそれがなく,死後その効力が争われる可能性も少なく,きわめて確実であるという利点がある。しかし,一方では,手続がめんどうで,費用もかかり,内容を秘密にしておくことができない不都合がある。しかし,最近では,この利点を重視してか,この方式による遺言が着実に増加傾向をみせている。そしてまた,最近では,この公正証書遺言についても要件緩和の傾向がみられ,最高裁判所も,遺言者が署名することができない場合についての拡大解釈を試み(1962年判決),盲人にも証人適格を認めるまでになっている(1980年判決)。
(3)秘密証書遺言 この方式の遺言をするには,遺言者が,その証書に署名・捺印し,その証書を封じ,証書に用いた印章をもって封印し,さらに遺言者が,公証人1人および証人2人以上の前に封書を提出して,自己の遺言書である旨ならびにその筆者の氏名および住所を申述することを要するのみならず,右公証人は,その証書を提出した日付および遺言者の申述を封紙に記載した後,遺言者および証人とともにこれに署名し,印を押さなければならない(970条1項)。しかし,遺言者が言語を発することのできない者であるときには,遺言者は,公証人および証人の前で,その証書は自己の遺言書である旨ならびにその筆者の氏名および住所を封紙に自書して申述に代えることができ,その場合には,公証人は,その旨を封紙に記載しなければならない(972条1項)ので上記の規定は,その中身たる遺言内容を明記した遺言書自体の作成方式を定めたものではない。それゆえ中身は,必ずしも全文自書された自筆証書遺言の要件をそなえたものでなくてもさしつかえない。しかし,上記の秘密証書遺言の方式が備わっていない場合でも,その中身が,自筆証書遺言としての要件をそなえたものであるときは,その中身は,自筆証書遺言としては有効として取り扱われる(いわゆる〈無効行為の転換〉)(971条)。秘密証書遺言は,無筆の人が遺言しようとする場合に役だち,遺言書の存在は明確にしておきながら,内容を秘密にしておけるという利点がある。しかし,一方では,証書の成立・効力については争いを生ずるおそれがあるのみならず,公証人役場に保存されるわけではないから,紛失・滅失などの危険があるという欠点があり,あまり利用されていない。
(4)危急時遺言 これは臨終にある遺言者がなす遺言で,疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者のなす〈死亡危急者遺言(976条)〉と,船舶遭難のために,船舶中にあって死亡の危急に迫った者のなす〈船舶遭難者遺言(979条)〉とがある。これらの危急時遺言は,証人の1人または利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に請求して,その確認をえなければ,それは遺言としての法的効力を生じない(976条2項,979条2項)。ここに〈確認〉とは,それが遺言者の真意に出たものであるかどうかの判定であり,家庭裁判所の審判として行われる(家事審判法9条1項甲類33号)。しかし,確認をえたことは,その遺言が有効であることを意味するものではなく(1925年の大審院判決),また,その執行に際しては,さらにのちに述べる家庭裁判所の〈検認〉を受けることを必要とする。これらのことは注意を要する点である。
(5)隔地者遺言 これは,さきの危急時遺言のようには,臨終という差し迫った事情はないが,遺言者が,一般の社会から隔絶した場所にあるため,普通方式によることが困難と思われる場合の遺言である。伝染病のため行政処分によって交通を遮断された場所に在る者のなす〈伝染病隔離者遺言〉(民法977条)と,船舶中に在る者のなす〈在船者遺言〉(978条)とがあり,その具体的な要件が規定されている。しかし,特殊な遺言形態のため,実際に利用されることはきわめて少ない。
(1)遺言能力 遺言は,遺言者自身が単独でなすべき行為であり,代理や同意には親しまない。しかも,生存中の遺言者に不利益をもたらすものでもないので,民法は,遺言能力については,通常の行為能力に関する規定の適用を排除している(961,962条)。それゆえ,満15歳に達すれば,禁治産者,準禁治産者でも,意思能力がある限り,単独で有効な遺言をすることができる(963条)。
(2)遺言事項 つぎに,遺言で定めうる事項すなわち遺言の内容は,公序良俗に反してはならない。しかし,公序良俗に反するものでなければ,どのような遺言でもすることができるものと単純に解することはできない。それゆえ,民法は,遺言事項を法定している。これには,遺言によってのみなしうる事項と,生前行為でもなしうる事項とがある。前者に属するものは,後見人の指定(839条1項),相続分の指定およびその委託(902条1項),遺産分割の禁止(908条),遺言執行者の指定およびその委託(1006条1項),遺贈減殺方法の指定(1034条但書)などであり,後者に属するものは,子の認知(781条2項),推定相続人の廃除およびその取消し(893,894条2項),財産の処分すなわち遺贈(964条)および寄付行為(41条2項)などである。ちなみに,遺言は,法律関係の変動という法律効果をともなうものでなければならないから,単なる遺志・遺訓,親族内の今後の交際,家事の整理,葬儀方法などに関する事項は,法律上の遺言としては,その効力を生じない。
(3)証人,立会人 自筆証書遺言以外の遺言書の作成に際しては,証人の立会いが要求されている(969条1号,970条1項3号,976条1項,977,978条,979条1項)。ここに証人とは,遺言が遺言者の真意に出たことを証明する人である。民法は,各遺言の証人を遺言作成の場に立ち会わせているから,それは同時に立会人でもあるわけである。しかし,元来,立会人とは,遺言作成の場に居合わせて,その作成された事実を証明する者を指称する。民法の定める遺言作成に際しての固有の立会人は,伝染病隔離者遺言の際の警察官,在船者遺言の際の船長または事務員のみである(977,978条)。また,民法は,禁治産者遺言につき,2人の医師の立会いを要求している(973条1項)が,この医師は,遺言者が遺言をするときにおいて心神喪失の状況になかった旨を立証する役目を担っていると解されている。なお,民法は,証人・立会人共通の欠格事由として,未成年者,禁治産者,準禁治産者,推定相続人,受遺者等々を規定している(974条)。
(4)共同遺言の禁止 民法は,2人以上の者が同一の証書で,遺言することを禁止している(975条)。それは,遺言は,遺言者の最終の真意に基づき,自主独立的に,しかも明確になされることを要するからである。
(1)遺言の解釈 遺言においては,遺言者の最終意思が高度ないし絶対的に尊重されなければならない。それゆえ,その解釈にあたっては,できるだけ遺言者の真意が探究されなければならない。そのためには,遺言の文言のみにこだわることなく遺言作成当時の諸事情などを考慮して,しかも,できるだけ有効ならしめる方向で解釈されることが望ましいものと解されている。
(2)遺言の効力発生の時期 遺言は,遺言者の死亡のときから,その効力を生ずる(985条1項)。また,民法は,遺言にも条件を付しうることを当然の前提として,停止条件(〈条件〉の項参照)のつけられた遺言事項の効力発生時期につき,その条件が遺言者の死亡後に成就したときは,遺言は,その条件が成就したときから,効力が生ずる旨を規定している(985条2項)。
(3)遺言の取消し つぎに,民法は〈遺言の取消し〉なる表題のもとに,1022~1027条に特別規定を設けている。しかし,ここにいう取消しは,民法総則上のいわゆる取消しのごとく,行為の成立過程における瑕疵(かし)に基づいて,いったん発生した効果を初めにさかのぼって消滅させるものではなく,遺言が効力を生ずることを,その効力発生前に阻止する行為である。だから,理論上は,撤回にほかならない。遺言撤回の自由を認めつつも,撤回が,遺言者によってなされる場合には,遺言の方式によってなされるべき旨を規定する(1022条)と同時に,つぎの四つの場合に,撤回を擬制している。すなわち,(a)前後二つの遺言の内容が抵触する場合(1023条1項),(b)遺言者みずからが,さきの遺言に抵触する生前処分その他の法律行為をした場合(1023条2項),(c)遺言者が故意に遺言書を破棄した場合(1024条前段),(d)遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄した場合(1024条後段)が,それである。そして,いったん撤回された遺言は,撤回遺言によると撤回擬制によるとを問わず,詐欺・強迫による場合のほかは,たとえ,その撤回行為が後に取り消されまたは効力を生じなくなるに至ったときでも,その効力は復活しない(1025条)。この場合に,前の遺言を回復しようと思えば,あらためて前の遺言と同一内容の遺言をしなければならない。民法は,遺言者は,その遺言の取消権すなわち,撤回権を放棄することができない旨を規定している(1026条)。これは,遺言者の最終意思を確保せんがためである。
(1)遺言の執行と検認 遺言の執行とは,遺言内容の具体的実現を図ることである。そのためには,遺言書の保管者は,まず,相続の開始を知ったあと遅滞なく,これを家庭裁判所に提出して,その検認を求めなければならない(1004条1項)。ここに〈検認〉とは,遺言者の真意を確保するために,公正証書遺言以外の遺言につき,遺言書の形式その他の状態を調査確認し,後日における遺言書の偽造・変造を防ぎ,その保存を確実にすることを目的とする一種の検証手続であり(1004条1,2項),家庭裁判所の甲類審判事項の一つとされている(家事審判法9条1項甲類34号)。それは,同じく甲類審判事項の一つである死亡危急者遺言や船舶遭難者遺言に要求されている〈確認〉(民法976,979条,家事審判法9条1項甲類33号)とは,本質を異にする。それゆえ,確認をえた遺言についても検認を受けることを要する。しかし,検認も確認も遺言の方式の適否や有効・無効を決定するものではない。注意を要する点である。ちなみに,封印のある遺言書は,家庭裁判所において,相続人またはその代理人の立会いをもってしなければ,これを開封することができず(民法1004条3項),遺言書を提出することを怠り,その検認を経ないで遺言を執行し,または家庭裁判所外で,その開封をした者は5万円以下の過料に処せられる(1005条)。
(2)遺言執行者の選任・解任 つぎに,遺言執行者は,遺言者みずからの指定または指定の委託によって選任される(1006条1項)。遺言執行者の指定の委託を受けた者は,遅滞なく,その指定をして,これを相続人に通知しなければならず,その指定の委託を受けた者が,その委託を辞退しようとするときは,遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない(1006条2,3項)。また,遺言執行者は,家庭裁判所によっても選任されることがある。しかし,それは,遺言執行者が遺言で指定されていない場合,または遺言執行者がなくなった場合で,利害関係人からの請求があるときに限られている(1010条)。いずれの場合でも,無能力者および破産者は,遺言執行者となることができない(1009条)。残る問題は,相続人もまた遺言の執行者たりうるかである。別段の規定はないが,相続人の廃除を内容とする遺言については,相続人が執行者となることは許されないと解すべきであろう。しかし,その他の事項を内容とする遺言については,相続人を絶対的に除外することはできないものと解されている。
(3)遺言執行者の職務権限 遺言執行者は,実質的には,遺言者の代理人として,その意思を具現すべき者であるが,死者の代理ということはありえないので,民法は,それを相続人の代理人とみなし(1015条),遺言執行の効果を相続人に帰属せしめている。遺言執行者が就職を承諾したときは,まず,相続財産の目録を調整して,これを相続人に交付しなければならない。そして,この目録に従って,受任者的地位に立って,相続財産の管理その他,遺言の執行に必要ないっさいの行為をなす権利を有し義務を負う(1012条)。遺言執行者が数人ある場合において,遺言者が遺言で別段の定めをなしていないときは,保存行為を除くほかは,その任務の執行は,過半数で決して行うものとされている(1017条)。遺言執行者が,上記により相続財産の管理や遺言の執行をする場合には,相続人自身は,みずから相続財産を処分したり,その他,遺言の執行を妨げるべき行為をすることはできない(1013条)。
なお,遺言執行者に対する報酬は,遺言者が,その遺言で定めることが望ましいが,それが定められていないときは,相続財産の状況その他諸般の事情を考慮して,家庭裁判所が定めることができる(民法1018条,家事審判法9条1項甲類36号)。また,遺言の執行に要する費用は,相続人の遺留分を侵害しない限度で,相続財産から支弁するものと定められている(民法1021条)。
(4)遺言執行者の解任・辞任 最後に,遺言執行者の任務は,執行の完了,執行者の死亡または欠格事由(無能力または破産)の発生によってはもちろん,解任および辞任によっても終了する。民法の定める解任事由は,遺言執行者の任務懈怠,その他正当な事由があることであり,そのような事由がある場合には,利害関係人は,その解任を家庭裁判所に請求することができるが,遺言執行者も,正当な事由があるときは家庭裁判所の許可をえて,その任務を辞退できる(1019条)。
最後に,比較法資料として,フランスと西ドイツの遺言制度に言及しておこう。
フランスでは,遺言に関する規定は民法第3編第2章に設けられている。それによれば,遺言は,遺言者がもはや生存しないときのために,その財産の全部または一部を処分する行為であり,遺言者は,それをいつでも撤回することができるものとされている(895条)。だから,フランスにおける遺言は,無償名義の要式行為であり,取消可能性ある一方的法律行為であるといわれている。しかし,遺言は,第三者のためであれ,交互および相互の処分としてであれ,2人または数人が同一の証書において行うことができない(共同遺言の禁止,968条)。そして,遺言の方式には,普通方式(自筆,公証,秘密。970~980条)と,特別方式(軍人,伝染病隔離地,離島,在船者。981~1001条)とがある。ちなみに,遺言によってなしうることは,基本的には,遺贈(包括,包括名義,特定。1002~1024条)であるが,それに限らず,婚外子の認知(335条),後見人の指定(398条),遺言執行者の選任(1025条)などの非財産的なものにも及んでいる。
つぎに,ドイツ(旧,西ドイツ)では,遺言に関するドイツ民法(BGB)の規定の一部分(方式作成に関する部分。2064条,2229~2267条,2272~2273条)は,1938年の〈遺言および相続契約の作成に関する法律〉により,BGBよりはずされていたが,1953年の〈民法の領域における法律の統一再建法〉によって,若干の新規定と共に再びBGBの中にとり入れられている。したがって,現在では,西ドイツの遺言については,BGBの規定が適用されている。それによれば,遺言は,相続契約とともに死後処分の一種であり,被相続人のなす,受領を要しない一方的意思表示から成る法律行為であって,被相続人の死後に効力を生ずるものと解されている。そして,その方式には,普通方式の遺言(自筆証書遺言--2231条2号,2247条--,判事または公証人の立会いのもとでなされる公の遺言--2232条以下--)と,特別方式の遺言(市町村長の面前においてなす遺言--2249条--,特別の事情で遮断された場合の遺言--2250条--,航海中の遺言--2251条--)とがある。遺言は,これらの方式によらなければ無効である。有効な遺言であっても,遺言者は自由に撤回しうるのであるから,遺言は,被相続人の最終の意思とみられる(2253条)。ちなみに,西ドイツにおいては,夫婦に限り一つの書面によってなす共同遺言が認められている(2265~2273条)。つぎに,遺言によってなしうることは,相続人ならびに予備相続人の指定(1937条,2096~2098条),先位相続人および後位相続人の指定(2100~2109条),遺贈(2147~2191条),負担(たとえば,相続人に墓の世話に関する義務を課することなど--1940条,2192~2196条),遺言執行者の指定(2197~2200条)などがおもなものであるが,さらに,後見人の指定・排除(1777,1782条)などの親族法上の行為をその内容とすることもできる。
執筆者:太田 武男
外国人や日本人がその本国以外の国で遺言をしたり,外国にある不動産につき遺言をするようなときには,どの国の法に従って遺言をすればよいのかという問題が生じる。遺言の成立要件や効力について諸国の法は一致していないからである。さらに,渉外的な遺言に適用される法(遺言準拠法)が何かについて定めている諸国の国際私法もまた世界的に統一されているわけではないので,問題の遺言がどの国で問題になるかにより,その遺言の成立や効力を判断する法が異なってくるのである。
日本で渉外的な遺言が問題となった場合には,法例27条および〈遺言の方式の準拠法に関する法律〉が指定する法によって,遺言の成立,効力および取消しの問題が判断される。
法例27条1項は遺言の成立および効力につき,その成立当時における遺言者の本国法が適用されると規定している。この場合の成立には方式の問題は含まれていない。そして,ここでいう成立は,遺言そのものの成立に関する遺言能力や意思表示の瑕疵等の問題をさし,遺言によってなされる遺贈,認知,あるいは信託といった遺言の実質的内容を含まない。これらの身分上・財産上の行為を遺言でなすことができるかという問題は,それぞれの行為の準拠法に依るのである。また遺言の効力は遺言そのものの効力の発生時期を意味する。
遺言の方式については,〈遺言の方式の準拠法に関する法律〉に依る。この法律は,ハーグ国際私法会議による1961年の〈遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約〉(1997年4月17日現在の締約国35ヵ国)を日本が批准するにあたり,1964年に,制定されたものであって,法例の特別法である。同法は,遺言を方式上できる限り有効なものとして成立させようとする遺言保護の立場から,遺言の方式が同法に列挙されている法のうちのどれかに依ってさえいれば方式上有効であるとしている。列挙されている法は,(1)行為地法,(2)遺言者の遺言成立当時または死亡当時の本国法,住所地法または常居所地法,そして,(3)不動産に関する遺言については以上のほかに不動産所在地法,である(2条)。
遺言の取消し つまり,すでに有効になされている遺言の撤回は,法例27条2項により,取消当時の遺言者の本国法に依る。ただし,その方式は前記の〈遺言の方式の準拠法に関する法律〉3条の定めに従う。同条は,遺言を取り消す遺言の方式については,同法2条に依ることを定めるほかに,従前の遺言を,2条の規定により,有効としている法律の一つに,その遺言を取り消す遺言の方式が適合しているときには,それは方式上有効である旨を定めている。したがって,この場合には,方式上無効となる確率はさらに低くなっている。
執筆者:鳥居 淳子
天皇が生前に死後の皇位継承,葬送やその他について指示したものは遺詔(ゆいしよう)・遺勅(ゆいちよく)という。古代では《万葉集》に大宰帥大伴旅人が病に際し,庶弟の稲公やおいの胡麿を呼びよせて〈遺言〉をしようとしたとあり,死を予期したときに遺言することが行われていたことが知られる。また死の直前ではなくとも,子孫や門下に伝えるべきことを書き遺(のこ)すこともあり,これは遺訓(ゆいくん)・遺誡(ゆいかい)とよばれた。代表的なものに《寛平御遺誡(かんぴようのごゆいかい)》《九条殿遺誡》などがある。
財産相続にかかわる遺言に関しては,令制の遺産相続法の条文である戸令応分条に,〈亡人存日処分〉すなわち生前の遺言または生前譲与を認める規定が養老令にある。この規定は養老令の前に制定された大宝令では認められていなかったが,養老令で実態に近づけて改正されたと考えられる。ただしこの場合は生前譲与のほうが一般的であったといわれている。
執筆者:幸田 憲 中世の財産相続には,処分相続と未処分相続の二つがあった。処分相続とは,被相続人が,処分状を作り,処分文言(もんごん)を記して,どこの所領をだれに処分するかという件に関する自己の意思を明確にしたとき,成立しうるものであった。これが中世の財産相続の基本型であったことは,現在,多くの処分状・譲状(ゆずりじよう)が残存している事実からも確かめられる。ところが,被相続人になんらかの故障があって,彼が上記のような手続をとることなく死亡した場合には〈未処分〉となる。この場合には,その後家(ごけ)か子どもたちが共同してその処分を代行するのが一般的であった。ただ,同じく未処分であっても,被相続人の遺言状(これには,処分文言の記載がない)があれば,これに基づいて遺産の配分を行い,また遺言状がなくても口頭の遺言があって,故人の生前における意思が明確なときは,これにしたがうのを慣例としていた。しかし,こうした遺言も,中世後期から江戸時代にかけて,財産の嫡子単独相続制が一般的になるにともない,しだいにその意義を失うことになる。
執筆者:鈴木 国弘 江戸時代には遺言状のことを書置(かきおき),譲状などと称した。藩によっては百姓の農地相続に関し,遺言相続を認めないところもあったが,一般的には,百姓・町人の相続は遺言による相続が原則であった。このため一家の主人は,必ず譲状をしたためて遺産処分の方法を定めておくべきものと考えられた。譲状には町役人・五人組が加判することが多く,被相続人の死後,一同立会いの下で開封された。江戸,京都,大津,伏見,金沢等の町では,相続をめぐる紛争を防ぐため,遺言状の作成とその町内または奉行所への寄託が,法によって義務づけられていた。武士の封禄は主君によって与えられるものであるから,遺言相続の余地はなく,武士は衣類,家具等の動産を遺言処分できるだけであった。
執筆者:林 由紀子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
死後、法律効果を発生させることを目的として、本人の独立の意思に基づき、法律に定められた方式に従って行われる意思表示をさす。一般には「ゆいごん」ともよばれる。遺言は本人の死亡によって法律効果が発生するが、遺言によりその死後にも自己の財産を自由に処分できることになる。これは遺言自由の原則とよばれる。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
古代ローマでは、紀元前5世紀ごろの『十二表法』にすでに遺言法がみられ、前200年ごろには遺言は一般の慣行になっていたといわれる。古代ローマの遺言は元来、相続人指定のためのもので、家の財産を家にとどめ、1人の相続人に受け継がせるための手段であった。これが近代になると、財産の終意処分(死者の最終の意思による処分)に重点を置く遺贈(いぞう)遺言になってくる。古代のインドやギリシアには遺言に関する古い歴史はなく、ゲルマニア時代のゲルマン民族もまだ遺言を知らなかった。ドイツやフランスで遺言が一般庶民により行われるようになったのは、ほぼ12世紀以後のこととされている。こうした遺言の慣行はやがてイギリスにも伝えられ、J・S・ミルらの「遺言自由の原則」の主張によって、18世紀までにはスコットランドを除くイギリス全域で、遺言の自由が認められるようになった。しかし1938年の相続財産法の制定によって、家族の相続権保護の立場から、この自由にも大幅な制約が加えられるようになった。イギリスでは遺言の習慣がやや廃れたものの、今日の世界においてもっとも多く遺言が行われている国といえよう。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
すでに養老令(ようろうりょう)(718)に「存日処分」として、遺言処分が認められていたが、中世においては、生前に処分状を作成し財産分けをするのが普通で、遺言処分は例外になった。封建時代には、武士階級と庶民とでは事情が異なっていた。すなわち、武士はその主たる財産を主君から封禄(ほうろく)として受けている関係で、これを自由に処分することはできなかったので、遺言は、まったく私的な財産についてわずかに行われたにすぎなかった。これに対して、庶民の間では遺言相続がむしろ原則となり、その内容も財産の分配のみにとどまらず、相続人の指定、後見人の指定にまで及んだ。これらは書置(かきおき)、譲状(ゆずりじょう)などとよばれ、普通は自筆・捺印(なついん)のうえ五人組などが加判(かはん)し、町内に寄託された。このように庶民の間で広く行われた遺言の慣行も、明治時代に入ると急速に衰え、諸外国と比べて遺言の行われることが比較的少なかった。現行民法では、遺言に関する事項は「相続編」の3分の1以上を占め(民法960条~1027条)、その内容において改正の影響がもっとも少ない部分である。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
遺言は、死者の最終意思を尊重することを根本に置く制度であるから、できるだけその効力を認めるため、いちおうの意思能力を備えると思われる満15歳を標準として、それに達した者は自分で遺言することができる(遺言能力がある)とされている(民法961条)。また、後見開始の審判を受けた成年被後見人も、事理を弁識する能力を一時回復したときは、2人以上の医師の立会いがあれば遺言できる(同法973条)。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
遺言は本人の死亡後に効力を発生するものであるから、それがはたして本人の真意であるかどうかの証明がむずかしく、真偽を本人に確かめるすべもないので、遺言には厳格な方式が定められている(民法967条以下)。その方式に従わない遺言は法律的に効力がないとされる。大別して普通方式による遺言と、特殊の場合の特別方式による遺言とがある。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
(1)自筆証書遺言 遺言者が遺言書の全文、日付、氏名を自書して押印(おういん)する方式の遺言(民法968条1項)。他筆やタイプライター、盲人用点字機で書かれたものは原則として無効とされる。しかし、この自筆証書遺言では、財産目録も全文自書しなければならないため、財産が多数ある場合には遺言者にとって大きな負担となっていた。そこで、2018年(平成30)の相続法改正により、自筆証書遺言に、自書によらない財産目録を添付することができるようになった(同法968条2項前段)。すなわち、パソコンで財産目録を作成したり、預金通帳のコピーを添付することができる。ただし、財産目録のすべてのページ(毎葉)に署名押印をしなければならず(同後段)、これによって偽造が防止されることになる。なお、日付は年月だけでは不十分で、年月日まで必要であるが、何日であるかが確定できればよく、たとえば銀婚式の日などという書き方でもよい。
また、遺言書(財産目録も含む)の文中、加除その他の変更をしたい場合は、遺言者はその場所を指示し、変更した旨を付記して署名し、変更の場所に押印しなければ変更の効力がない(同法968条3項)。
自筆証書遺言は、もっとも簡易で、もっとも秘密が守られる方式である。しかしその反面、素人(しろうと)が1人でつくるので、方式どおりでなく無効になるおそれがある。また、文意があいまいで争いを生ずることもあり、偽造、変造、隠匿などの危険も大きい。そこで、自筆証書遺言の紛失や偽造、変造、隠匿などを防ぎ、自筆証書遺言をより利用しやすいものとするため、法務局で自筆証書による遺言書を保管する制度が創設された(法務局における遺言書の保管等に関する法律)。
(2)公正証書遺言 証人2人以上の立会いのもとに、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がそれを筆記し、これを遺言者と証人に読み聞かせ、遺言者と証人が筆記の正確なことを承認したのち、各自これに署名押印するという方式の遺言(同法969条)。公証人が関与するので文意が不明であったり方式どおりでないなどのおそれは少なく、紛失、隠匿、破棄のおそれもないという長所がある。その反面、公証人や証人に遺言の内容を知られるという短所がある。この方式は、口述さえできれば文字を書けない者もできるよう便宜が図られていたが、口述や読み聞かせができない言語・聴覚障害者は利用できなかった。しかし1999年(平成11)12月の民法改正で、口述のかわりに手話通訳や筆談でもできることになり、また、内容を読み聞かせなくても閲覧させればよいこととなった(同法969条の2)。
(3)秘密証書遺言 遺言者が遺言の書かれた証書(自筆または代筆)に自ら署名押印し、その証書を封じ、証書に用いた印章でこれを封印し、公証人1人、証人2人以上の前に提出して、自分の遺言である旨と、筆者の氏名、住所を申し述べて(言語が発せられない人は手話通訳により、または自書で)、公証人がそれを証明する方式の遺言(同法970条)。遺言書の文中の変更などは自筆証書遺言と同じ方法で行う。秘密証書遺言としての方式に欠ける場合であっても、自筆証書遺言の方式を備えているときは、自筆証書による遺言としての効力をもつ(同法971条)。この方式は、(2)の秘密が守れないという欠点を除いたものであるが、公証人の関与を要する点でめんどうである。
なお、未成年者のほか、遺言者の推定相続人、受遺者およびその配偶者ならびに直系血族は、これらの遺言の証人または立会人となることはできず、これらの者の立ち会った遺言は無効となる(同法974条)。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
(1)死亡危急者の遺言 瀕死(ひんし)の病人が遺言をしようとするとき、証人3人以上の立会いのもとにその1人に遺言の趣旨を口授して筆記させ、これを遺言者と他の証人に読み聞かせ、または閲覧させ、各証人が筆記の間違いのないことを承認したのち、これに署名押印する方式による遺言(民法976条)。なお、言語・聴覚障害者については特則がある。遺言の日から20日以内に家庭裁判所の確認を得なければ効力を生じない。(2)伝染病隔離者の遺言 伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所に在る者は、警察官1人と証人1人以上の立会いで遺言をすることができる(同法977条)。
このほか、(3)在船者の遺言(同法978条)、(4)船舶遭難者の遺言(同法979条)がある。以上の特別方式による遺言は、病気快復その他の理由で遺言者が普通方式によって遺言をすることができるようになったときから6か月間生存したときは効力を失う。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
遺言で定めることができる事項(遺言事項)は法律の定めるものに限定され、それ以外に、たとえば遺骸(いがい)はどこそこに埋葬せよなどというような事柄を記しても、道徳的訓戒としての意味は別として、法律上の拘束力はない。
法律で定められた事項としては、(1)財団法人設立のための寄付行為(一般法人法164条2項)、(2)遺贈(いぞう)(民法964条)、(3)認知(同法781条2項)、(4)後見人または後見監督人の指定(同法839条・848条)、(5)相続人の廃除またはその取消し(同法893条・894条)、(6)相続分の指定または指定の委託(同法902条)、(7)遺産分割の方法または指定の委託(同法908条)、などがある。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
遺言は、人の最終意思を尊重する趣旨に基づく制度で、遺言者の死亡したときに効力を生ずるものであり、その死亡前にはいかなる権利・義務も発生しない。したがって、遺言者はいつでも自由に遺言の全部または一部を撤回することができる(民法1022条)。前後二つの遺言の内容が食い違うときは、後の遺言で前の遺言は撤回されたとみなされる。遺言者が遺言の内容と矛盾する行為を生前に行った場合(たとえば、遺言書に甲に遺贈すると書いてある物を乙にやってしまったような場合)は、その部分の遺言は撤回されたとみなされる(同法1023条)。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
公正証書遺言を除きその他の遺言書の保管者は、遺言者が死亡したことを知ったときは、ただちに遺言書を家庭裁判所に提出して検認を受けなければならない。検認とは、遺言が存在していること、およびその内容を確認する手続をいい、以後の偽造や変造を防ぐために行われる。封印のある遺言書は、家庭裁判所において相続人またはその代理人の立会いのうえでなければ開封できない(民法1004条)。これらの手続を怠った場合は過料に処せられるが(同法1005条)、遺言そのものは無効となるわけではない。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
遺言者の死亡によって効力を生じた遺言の内容を実現するために必要な事務を処理する行為を遺言の執行といい、その行為をする者を遺言執行者という。執行に関する費用は遺留分(いりゅうぶん)を侵さない限り相続財産から賄われる(民法1021条)。遺言執行者は、遺言の指定または遺言で指定された第三者の指定によって定められる(指定遺言執行者。同法1006条)。指定がないときは、家庭裁判所が利害関係人の請求によって選任する(選任遺言執行者。同法1010条)。遺言執行者は、相続人の代理人とみなされ、その権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接に効力を生じることになる(同法1015条)。そして、遺言執行者は、遺言の内容を実現するために、遺言の執行に必要ないっさいの行為をする権利・義務を有する(同法1012条1項)。また、遺言執行者がある場合には、相続人は相続財産の処分など遺言の執行を妨げる行為をすることができず(同法1013条1項)、これに違反してなされた行為は無効となる(同法1013条2項本文)。ただし、その無効は、遺言に反してなされた行為であることを知らない第三者には、主張することができない(同法1013条2項但書)。
なお、遺言執行者がいても、相続人の債権者は、相続財産についてその権利を行使することができる(同法1013条3項)。
[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]
日本でも遺言をする人が増えてきているが、欧米では古くから遺言をする人の割合が日本に比べて格段に多い。そして、各国の遺言に関する法律内容は異なっている。たとえば、遺言の検認制度について、日本法によればこれは遺言書の状態を検証し、後に変造されることがないようにその保存を確実にする手続であるが、英国法によれば、法定の方式に従って遺言能力がある者が作成したものであるか否かを決定する手続とされている。このような違いのため、遺言の成立および効力をめぐって、いずれの国の法律を適用するかという国際私法の問題が生ずることが少なくない。
日本の国際私法典である「法の適用に関する通則法」(平成18年法律第78号)では、第37条に遺言の準拠法が規定されている。それによれば、遺言の成立および効力はその成立の時点における遺言者の本国法によるとされている。しかし、この規定の適用において注意しなければならないのは、ここでいう「遺言の成立および効力」とは、遺言能力、意思表示の瑕疵(かし)、遺言の効力発生要件や効力発生時期などの遺言作成者の意思を伝えることに関する事項だけであるという点である。遺言の内容として財産の処分をする旨の意思表示がある場合、そのとおりに実現されるか否かを決するのは、同法第36条により定まる相続の準拠法である。相続の準拠法上、遺留分が認められていれば、それを侵害するような遺言は認められない。遺言についても相続についても日本ではともに本国法によるとされているが、遺言の準拠法は遺言成立時の本国法であり、相続の準拠法は相続時つまり死亡時の本国法であるので、遺言をした後に国籍を変更して本国法が変われば、両者の準拠法は異なることになる。同じく、遺言において、認知をしたり、信託をしたりする場合には、その認知や信託の成立および効力はそれぞれ同法第29条により定まる認知の準拠法や第7条により定める信託の準拠法による。
「法の適用に関する通則法」第37条2項は、遺言の取消しは取消しの時点における遺言者の本国法によると規定している。ここでいう取消しとは、有効に成立した遺言の撤回である。
[道垣内正人 2022年4月19日]
遺言の方式の準拠法の決定については、「法の適用に関する通則法」の一部の規定のほか、「遺言の方式の準拠法に関する法律」(昭和39年法律第100号)が適用される。これは、ハーグ国際私法会議が作成し、1961年(昭和36)に署名された条約を批准してそれを国内法化したものである。遺言の外部形式、すなわち、遺言作成にあたって書面を作成する必要があるか、自筆でなければならないかといった問題に関して、いくつかの法律を並列的に定め、そのいずれかに適合する方式による遺言は、方式上有効と扱うことを定めている。規定されている準拠法は、行為地法(遺言を作成した地の法律)、遺言者が遺言成立時または死亡時に国籍、住所または常居所を有していた地の法律、不動産に関する遺言については、その不動産の所在地法、以上である。このように選択的に多くの法律を列挙しているのは、一定の関連性のある法律上の方式に従っていれば、それでよいことにしようという遺言保護の考え方に基づいて、できるだけ遺言者の意思が有効なものとして扱われるようにするという法政策があるからである。
なお、日本法が準拠法となる場合にも、外国的な要素を含む事案であれば、純粋な国内事件とは異なる法適用がなされることがある。たとえば、無国籍のスラブ人としてロシアで生まれ18歳のときに来日して以来40年間日本に居住し、遺言作成の1年9か月前に日本に帰化した遺言者が、署名はしたものの捺印(なついん)を欠く自筆遺言証書を残して死亡した事件において、遺言者は片言の日本語はできたものの、主としてロシア語・英語を用いて日本社会にはなじまない生活をしていたとの事実認定に基づき、そのような事情のもとでは、捺印を要する旨規定している民法第968条1項の解釈として、署名だけしかなくても有効としてよいとした判例がある(最高裁判所昭和49年12月24日判決、民集28巻4号83頁)。
[道垣内正人 2022年4月19日]
字通「遺」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
(吉岡寛 弁護士 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 (株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」とっさの日本語便利帳について 情報
…遺言によって財産を他人に無償で与えること。贈与が贈与者の生前行為であり,しかも受贈者との契約であるのに対し,遺贈は遺言者の一方的意思表示によって,遺言者の死後に効力を生ずる単独行為である点で両者は異なる。…
…自己の死亡とともに効力を発生させる目的で行う単独の意思表示のこと。
【遺言制度の歴史】
元来,人間は,その死後の身分上および財産上のことを考えて,生前に,なんらかの措置を講じておきたいと念ずるのが常である。また子孫や近親が,その意思を尊重して,その意思の実現を図ることは,徳義上要請されているともいえるだろう。…
…このことは,とくに農家相続について問題となっている。
[遺産分割の方法]
(1)遺言による分割の指定 第1には被相続人の意思で決まる。すなわち,遺言で各共同相続人の取得する財産を指定することもできるし,第三者に指定することを委託することもできる(908条)。…
※「遺言」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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