デジタル大辞泉 「夜明け前」の意味・読み・例文・類語
よあけ‐まえ〔‐まへ〕【夜明け前】
[補説]作品名別項。→夜明け前
[類語]夜明け・明け方・明け・曙・未明・朝まだき・暁・黎明・朝明け・残夜・かわたれ時・白白明け・朝ぼらけ・有明・
島崎藤村の長編小説。1929~35年(昭和4~10)にかけて年4回の割で『中央公論』に連載。第一部は32年、第二部は35年、ともに新潮社刊。中仙道馬籠(なかせんどうまごめ)宿で本陣、庄屋(しょうや)、問屋(といや)を兼ねた青山半蔵(モデルは藤村の父正樹)の数奇な生涯を軸として、幕末維新の動乱期を描き、抑圧からの解放を求める「若い生命」の苦しみを浮かび上がらせた歴史小説。平田派の国学に心酔し、封建制度の圧迫を脱して生命の自由な発展を願う半蔵は、「この世に王と民しかなかつたやうな上(かみ)つ世(よ)」への復古を夢みて王政復古の実現に狂喜したが、維新後の改革の基調は西洋一辺倒の文明開化だった。木曽(きそ)山林問題にみられる圧政や神道軽視の風潮に失望した彼は、西洋の侵食を憂うる自製の和歌を明治天皇の行列に献じて罪に問われ、しだいに狂気に陥り、ついに菩提(ぼだい)寺に放火、座敷牢(ろう)に押し込められて悶死(もんし)する。藤村文学の到達点として、藤村が一貫して追求してきた宿命的な家系とその原点に位置する父の問題を通じて、わが国の近代化や文化の連続性の問題を考察し、個人の運命を包み込む「大きな自然(おのずから)」の存在を感じさせる大作である。
なお、村山知義(ともよし)が脚色した戯曲『夜明け前』は第一部が1934年11月、第2部が36年3月、それぞれ久保栄(さかえ)演出で新協劇団が築地(つきじ)小劇場で初演。全幕を通じて伊藤熹朔(きさく)装置の本陣宅の一杯舞台で時代の流れを表現し、新劇史を飾る作品となった。
[十川信介]
『『夜明け前』全四冊(岩波文庫・新潮文庫)』
島崎藤村の長編小説。1929年から35年にかけて年4回のわりで《中央公論》に連載。第1部は32年,第2部は35年,ともに新潮社刊。作者の父正樹をモデルとする青山半蔵の数奇な生涯を軸として,1853年(嘉永6)の黒船騒ぎから明治政府が絶対主義的性格を強める86年(明治19)にいたる,近代日本の胎動期の苦しみを描いた歴史小説。中仙道馬籠宿の本陣の嫡男として生まれた半蔵は,平田派の国学に傾倒して王政復古を願い,封建制の抑圧を脱して〈若い生命〉を伸ばしたいと念じていた。明治維新によってその希望は実現するかに見えたが,実際にやって来たのは〈復古〉ではなく,西洋一辺倒の文明開化と旧幕時代に変わらない暴政だった。失望した彼は明治天皇の行列に直訴して罪に問われ,しだいに狂気にとらわれて青山家の菩提寺に放火,座敷牢で悶死する。わが国の〈夜明け前〉の薄暗さを描き,時の流れの巨大さを感じさせる藤村文学の到達点である。
執筆者:十川 信介
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島崎藤村の長編小説。2部よりなる。1929年(昭和4)より35年まで「中央公論」に連載。藤村晩年の傑作であり,また歴史小説としても近代文学史上に残る作品である。木曾馬籠宿(まごめしゅく)の本陣・問屋・庄屋を兼ねる17代目の当主青山半蔵の経験した明治維新前後の動乱の時代が綴られる。中山道の要所として,地方でありながら中央の時勢が伝わってくる地点であり,また民衆にじかに接する立場を設定することで,独自の視点から維新の歴史を描いた。半蔵のモデルは藤村の父正樹であるが,父の理想と挫折の半生に作者自身の思想を重ねあわせ,さらにさまざまな歴史的資料を駆使して重厚な作品世界を作り上げることに成功している。
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…この時期の作に《国姓爺新説》《中国湖南省》《五稜郭血書》《吉野の盗賊》がある。34年に結成された新協劇団の旗揚げ公演《夜明け前》(島崎藤村原作)演出でリアリズム演劇を確立し,その社会主義リアリズム理論は名作《火山灰地》に具現し,評論集《新劇の書》(1939)を生んだが,40年新劇事件で検挙され公的活動を遠ざかった。戦後は評伝《小山内薫》,戯曲《林檎園日記》《日本の気象》《博徒ざむらい》,小説《のぼり窯》がある。…
※「夜明け前」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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