東海(読み)トウカイ

デジタル大辞泉 「東海」の意味・読み・例文・類語

とう‐かい【東海】

東の方の海。

東海地方
東海道」の略。
日本の異称。
愛知県、知多半島西岸の市。名古屋の南に接し、臨海埋め立て地に重化学工業を中心とする工業地帯を形成。人口10.8万(2010)。
茨城県北東部、那珂なか郡の村。日本原子力研究開発機構の本部・原子力発電所がある。
中国で、東シナ海
[類語](西海南海北海/(日本大和やまと日の本八洲国やしまくに大八洲おおやしま秋津島敷島葦原あしはらの中つ国豊葦原とよあしはら瑞穂みずほの国和国わこく日東扶桑ふそう神州本邦本朝ジャパンジパング

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精選版 日本国語大辞典 「東海」の意味・読み・例文・類語

とう‐かい【東海】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙 東の方の海。東方の海。
    1. [初出の実例]「東海之肥遁、恨北山之隠淪」(出典:経国集(827)一・和石上卿小山賦〈賀陽豊年〉)
    2. 「東海(トウカイ)の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」(出典:一握の砂(1910)〈石川啄木〉我を愛する歌)
    3. [その他の文献]〔孟子‐離婁上〕
  2. [ 2 ]
    1. [ 一 ] ( 東方の海上にある国の意から ) 日本国の異称。東海姫氏国。
      1. [初出の実例]「彼東海(トウカイ)の人因果をしらず、仏法をきかず、生を殺して食とし、生を殺して衣とす」(出典:米沢本沙石集(1283)五末)
    2. [ 二 ]とうかいどう(東海道)」の略。
      1. [初出の実例]「此人々は九重の都をたって、千里の東海におもむき給ふ」(出典:平家物語(13C前)五)
    3. [ 三 ] 茨城県北東部の地名。日本三大虚空蔵の一つ、村松虚空蔵や、昭和三一年(一九五六)開設の日本原子力研究所など多くの原子力施設があることで知られる。東海村。
    4. [ 四 ] 愛知県西部の地名。知多半島基部の西側にあり、伊勢湾に面する。重化学工業が立地し、名古屋南部臨海工業地域の一部を形成している。昭和四四年(一九六九)市制。
    5. [ 五 ] 中国で、東シナ海をいう。トンハイ。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「東海」の意味・わかりやすい解説

東海(村)
とうかい

茨城県北東部、那珂郡(なかぐん)にある村。1955年(昭和30)村松、石神(いしがみ)の2村が合併して成立した。那珂台地と久慈(くじ)川沿岸低地および村松海岸砂丘よりなる。JR常磐(じょうばん)線、国道6号、245号、常磐自動車道が通じる。中世の佐竹氏の支配を経て、近世、水戸藩領となり、磐城相馬(いわきそうま)街道(国道6号)の宿場があった。サツマイモハクサイ、スギ苗、ナシ、ブドウなどの栽培がおもだが、1957年7月の日本原子力研究所東海研究所設置以来、原子力関係など非鉄金属工業が増加した。同年8月27日、日本原子力研究所の第1号炉が日本で最初の運転を始め(臨界)、世界中に村名を知られるに至った。さらに、1966年日本原子力発電(株)の東海発電所が営業運転を開始、1967年動力炉・核燃料開発事業団(略称動燃、1998年核燃料サイクル開発機構に改組)の東海事業所が発足するなど、砂丘を開いて原子力、放射線研究施設ができた。これらの施設建設に伴い、民間のエネルギー関連企業や研究施設も立地するようになり、わが国の原子力研究の中心地となった。しかし、1999年(平成11)9月、村内の核燃料加工施設で臨界被曝(ひばく)事故が発生し、付近の住民が一時避難するなどの事態となり、原子力関連施設の安全が確保されていないことが明らかとなった。2005年10月、日本原子力研究所と核燃料サイクル開発機構の統合により、独立行政法人日本原子力研究開発機構が発足し、その本部が置かれている。

 文化財では、伊勢(いせ)神宮の分霊を祀(まつ)った村松大神宮、数え年13歳児の厄払いで知られる虚空蔵堂(こくうぞうどう)がある。砂丘は水戸八景の一つ、「村松晴嵐(むらまつのせいらん)」の景勝地。古墳群や貝塚遺跡も多い。面積38.00平方キロメートル、人口3万7891(2020)。

[櫻井明俊]

『『東海村誌』(1958・東海村)』



東海(市)
とうかい

愛知県知多半島西岸にある工業都市。1969年(昭和44)上野(うえの)、横須賀(よこすか)の2町が合併して市制施行。名古屋鉄道常滑(とこなめ)線、河和(こうわ)線が通じる。また、国道155号、247号、302号、伊勢湾岸(いせわんがん)自動車道、知多半島道路が通じる。大府、東海の各インターチェンジ(伊勢湾自動車道)があり、大府東海インターチェンジ(知多半島道路)が近い。地形は東側が丘陵、西側は海岸線に沿って沖積低地が広がる。横須賀の海岸は遠浅で馬走瀬(まはせ)ヶ浦とよばれ、漁業、とくにノリ養殖が盛んであった。1960年に伊勢湾台風の復興事業と並行して埋立てが始まり、重化学工業群が立地し、名古屋南部臨海工業地帯を形成している。横須賀には尾張(おわり)2代藩主徳川光友(みつとも)のつくった横須賀御殿もあり、当時、海の湯治場として栄えた。上野地区は尾張藩校明倫堂督学であった細井平洲(へいしゅう)の生地で、平洲ゆかりの遺品を展示する平洲記念館がある。東側の丘陵上ではミカン・野菜栽培が行われ、海岸の砂丘地帯ではタマネギ、トマトなどが生産される。そのほか、フキや洋ラン栽培も盛んである。面積43.43平方キロメートル(境界一部未定)、人口11万3787(2020)。

[伊藤郷平]

『『東海市史』全10冊(1971~1993・東海市)』



東海(大韓民国の都市)
とうかい / トンヘ

韓国(大韓民国)、江原道、東海岸の都市。面積180.07平方キロメートル、人口9万6280(2000)。1980年に北坪邑(ほくへいゆう)と墨湖(ぼくこ)邑が合併(邑は町の意)、東海市となる。国内最初の大規模セメント工場である雙龍(そうりゅう)洋灰東海工場がある。松亭洞には各種金属・化学工業が発達している。1979年開港の東海港は石炭とセメントの積出し港としてよく知られ、近海はイカ、サンマイワシの漁獲が多い。

[邢 基 柱]

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改訂新版 世界大百科事典 「東海」の意味・わかりやすい解説

東海[市] (とうかい)

愛知県西部の臨海工業都市。1969年横須賀町と上野町が合体,市制。人口10万7690(2010)。知多半島の北西端に位置し,北は名古屋市に接する。旧横須賀町の伊勢湾に面する海岸は古くから漁業の盛んな地であったが,1666年(寛文6)尾張藩2代藩主徳川光友が潮湯治のため横須賀御殿を建設したのを契機に町屋が形成された。1715年(正徳5)御殿は取り壊されたが,85年(天明5)には知多郡74ヵ村を統轄する横須賀代官所が置かれ,郡北西部の行政中心として発展した。1959年の伊勢湾台風の災害復興と並行して浅海面の埋立てが始まり,東海製鉄(現,新日本製鉄)名古屋製鉄所をはじめとした重化学コンビナートの用地となり,名古屋南部臨海工業地域として発展した。漁業はほとんど消滅,農業も年々縮小,兼業化しているが,海岸の砂丘地域や丘陵地で野菜栽培が行われ,特産品としてフキがある。洋ラン栽培にも力を入れ〈鉄とランのまち〉で活性化が進められている。江戸時代中期の儒者細井平洲の出生地としても知られる。名鉄常滑線・河和線,伊勢湾岸自動車道,国道247号線が通じる。
執筆者:


東海[村] (とうかい)

茨城県東部,那珂郡の村。人口3万7438(2010)。久慈川河口南岸にあり,太平洋に面する。村域の大部分は常陸台地上にあり,海岸沿いに砂丘が発達する。かつては純農村であったが,1956年日本原子力研究所の東海研究所建設が始まり,動力炉・核燃料開発事業団東海事業所(両者は統合により,現在独立行政法人の日本原子力研究開発機構東海研究開発センターとなっている),日本原子力発電東海発電所などが次々に設置され,原子力施設を中心にした地域整備が進められた。これに関連して民間の原子力産業事業所も進出し,日本を代表する原子力研究センターとなっている。南部の真崎浦は幕末から始まって1938年に完成した干拓地。村松には十三詣の行事で知られる真言宗豊山派の虚空蔵堂がある。JR常磐線,国道6号線が通じる。
執筆者:


東海 (とうかい)
Tonghae

韓国,江原道東海岸の都市。人口9万5485(1995)。〈東海〉は日本海をさす朝鮮での呼称でもある。韓国最大の炭鉱地帯,太白山脈中の太白山地域を背景に,石炭,セメント,鉄材などの諸工業が発達し,1980年に市に昇格した。南に隣接する三陟(さんちよく)とともに江原道随一の工業地帯となっており,自然資源の豊富な太白山地開発の拠点である。市域は大きく北坪と墨湖の2地区に分かれ,前者は太白山脈以西と三陟,三和など沿岸工業地帯や太白山地をつなぐ要地であり,墨湖は日本海漁業や海外貿易の基地である墨湖港を中心としている。嶺東高速道の開通(1976)により首都ソウルとの距離が3時間余りに短縮され,五十川峡谷や北坪海水浴場などが観光地となっている。
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百科事典マイペディア 「東海」の意味・わかりやすい解説

東海【とうかい】

韓国,江原道東海岸の鉱工業都市。韓国最大の炭鉱地帯,太白山脈中の太白山地域を背後に擁し,石炭,セメント,鉄材などの諸工業が発達。南に隣接する三陟(さんちょく)とともに江原道随一の工業地帯を形成する。市内の墨湖港は漁業や海外貿易の拠点。かつては交通の便に恵まれなかったが,嶺東高速道路の開通(1976年)でソウルとの距離が3時間あまりも短縮された。近郊には五十川渓谷,北坪海水浴場などの観光地もある。9万3000人(2005)。
→関連項目江原道

東海[村]【とうかい】

茨城県東部,那珂(なか)郡の村。常磐線が通じる。純農村であったが,1957年日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)が完成,日本原子力発電東海発電所なども設置されて日本の原子力センターとなり,多くの工場,研究所も立地,急速に発展した。村松虚空蔵堂がある。東日本大震災で,村内において被害が発生。37.98km2。3万7438人(2010)。

東海[市]【とうかい】

愛知県知多半島の北部,名古屋港に面する市。1969年,上野,横須賀の2町が合体して市制改称。名古屋市の南に接する。1960年から埋立が進み,中部圏最大の製鉄および重化学工業が進出して,名古屋南部臨海工業地域の一環をなし,約9000億円(2001)の製造品出荷額を上げている。知多丘陵部は住宅地化が著しい。名鉄河和(こうわ)線・常滑(とこなめ)線が通じる。43.43km2。10万7690人(2010)。

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普及版 字通 「東海」の読み・字形・画数・意味

【東海】とうかい

東方の大海。〔子、正論〕語に曰く、淺は與(とも)に深きを測るに足らず。愚は與に知を謀るに足らず。坎井(かんせい)の(あ)(蛙)は與に東の樂しみを語るに足らずとは、此れの謂(いひ)なり。

字通「東」の項目を見る

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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクション 「東海」の解説

とうかい【東海】

茨城の日本酒。酒名は、朝日が昇る東の海を意味し、その昇天の勢いにあやかり命名。大吟醸酒、吟醸酒、純米酒、普通酒などがある。蔵元の「武藤酒類醸造」は文政2年(1819)創業。所在地は笠間市笠間。

とうかい【東海】

長崎の麦焼酎。原料は麦、麦麹。アルコール度数25%、35%。蔵元の「永田酒造場」は昭和8年(1933)創業。所在地は南島原市西有家町須川

出典 講談社[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクションについて 情報

世界大百科事典(旧版)内の東海の言及

【東】より

…さらに《続日本紀》慶雲1年(704)7月の条にみえる,この月に帰朝した遣唐使の粟田朝臣真人に関する旅行体験談には,〈海東〉とか〈大倭国〉とか〈君子国〉とかの語がちりばめられている。 平安時代に入ってから用いられた〈扶桑(ふそう)〉とか〈夫木(ふぼく)〉とかの日本国の別称も,もともと,中国古代神話において,東海のかなた太陽の出る所にあると信じられた大きな神木をさし,またその地をさしていた。中世から近世にかけて,日本の知識人は自国の異称に〈東海〉〈東洋〉〈東瀛(とうえい)〉〈東鯷(とうてい)〉などの語をそのまま用いたが,これらの異称は,いずれも東シナ海の東方に存在する島国という意味である。…

【黄海】より

…中国では三大沿海の一つと称される。山東半島と遼東半島をつなぐ線より西は渤海といい,南は長江(揚子江)の河口と済州島を結ぶ線で東海と区切られる。黄河や海河,淮河(わいが)などの排出する泥砂により海面が黄色くみえ,この名がある。…

【朝鮮】より


【自然】

[地形の特徴]
 朝鮮は地形上,東・西朝鮮湾頭をつないだ北部と南部の二つに大きく区分できる。北部は平北~蓋馬(かいま)地塊であり,日本海(朝鮮では東海という)に沿って北東から南西方向に走る咸鏡山脈を頂点に北西方向に緩傾斜の斜面が広く分布している。この地塊は鴨緑江・豆満(とまん)江対岸の長白山脈と一体のもので,本質的には半島部ではなく大陸に属する。…

【東シナ海】より

…北は長江(揚子江)河口と済州島を結ぶ線,南は広東北部の南澳島(なんおうとう)と台湾南端を結ぶ線で画される。中国では,東海と呼ばれ,黄海,南海(南シナ海)と並んで三大辺縁海の一つとされる。面積は約75万km2。…

※「東海」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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