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ジョーンズ ジョーンズ Jones, Sir Harold Spencer

40件 の用語解説(ジョーンズの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Sir Harold Spencer

[生]1890.3.29. ロンドン
[没]1960.11.3. ロンドン
イギリス天文学者ケンブリッジ大学卒業後,グリニッジ天文台南アフリカの王立天文台勤務。グリニッジ天文台第 10代台長 (1933) 。天文学上の基本定数のより正確な決定に尽力。 1931年の小惑星エロスの大接近時の観測に基づき,太陽視差を計算し (41) ,その結果から太陽までの距離をおよそ1億 4900万 kmと発表 (42) ,その功により 43年ナイトの称号を授けられた。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Johns, Jasper

[生]1930.5.15. ジョージアオーガスタ
アメリカの画家。サウスカロライナ大学で学び,第2次世界大戦後には駐留軍兵士として日本にも滞在した。 1952年からニューヨークに住む。ティファニーなどのディスプレーで生計を立てながら,その間に星条旗,標的,数字などを描いた絵画を 58年に発表して注目を浴びる。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Anson

[生]1798.1.20. マサチューセッツ,グレートバンリントン
[没]1858.1.9. テキサスヒューストン
メキシコから分離したテキサス共和国 (1837~45) 最後の大統領 (在任 44~45) 。 1833年テキサスのブラゾリアに移りテキサスの開拓者社会の指導者となる。テキサスをメキシコから独立させる運動の主唱者の一人。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Bobby

[生]1902.3.17. ジョージア,アトランタ
[没]1971.12.18. ジョージア,アトランタ
アメリカのアマチュアゴルファー,弁護士。本名 Robert Tyre Jones,Jr.。「球聖」といわれ,1923~30年,英米のアマチュア,オープン四つの選手権で 13回優勝。特に 1930年には四つのタイトルを独占するゴルフ史上初の「グランドスラム」を達成し,今日のアメリカゴルフ界興隆に大きな役割を果たした。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Daniel

[生]1881.9.12. ロンドン
[没]1967.12.4. ロンドン
ウェールズ系イギリスの音声学者。 1903年ケンブリッジ大学卒業。 07年ロンドン大学の音声学の講師。 21~49年同教授。定年後,名誉教授。 50~67年国際音声学協会会長をつとめた。『英語の発音』 The Pronunciation of English (1909) ,『英語発音辞典』 An English Pronouncing Dictionary (17) ,『英語音声学概説』 An Outline of English Phonetics (18) などで英語の発音を記述,解説し,日本の英語学,音声学,英語教育にも大きな影響を与えた。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Eli Stanley

[生]1884.1.3.
[没]1973
アメリカのメソジスト派宣教師。アーズベリー大学で学んだのち,1907年宣教師としてインドに渡り伝道した。アシュラムと呼ばれる独特の修養道場をインドに設立し,それをアメリカに紹介した。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Henry Arthur

[生]1851.9.20. バッキンガムシャー,グランドバラ
[没]1929.1.7. ロンドン
イギリスの劇作家。メロドラマ『銀の王』 The Silver King (1882) によって好評を得,その後,より深刻な方向に転じ,『マイケルと彼の堕ちた天使』 Michael and His Lost Angel (96) などの問題劇を書いて,ピネロと並び称された。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Hilary Pollard

[生]1863.11.14. バージニアハノーバー
[没]1939.1.1. ワシントンD.C.
アメリカの海軍軍人アメリカ=スペイン戦争に参加,1917年海軍少将。第1次世界大戦大西洋巡洋艦隊を指揮。 22~23年アメリカ艦隊司令長官。 23年海軍長官。 27年ジュネーブ海軍軍縮会議にアメリカ代表として出席。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Inigo

[生]1573.7.19. ロンドン
[没]1652.6.21. ロンドン
イギリスの建築家,舞台美術家。修業時代についてはほとんど知られていないが,1603年頃イタリアに行って絵画および舞台美術を学び,帰国後宮廷のために衣装のデザインにたずさわり,また仮面劇を演出し,額縁舞台,遠近法による背景,場面の変化を表わす回転スクリーン回り舞台などの使用を紹介するなど,イギリス演劇界に大きな功績を残した。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Jacob

[生]1768.3. デラウェアスミルナ
[没]1850.8.3. フィラデルフィア
アメリカの海軍軍人。アメリカ=イギリス戦争 (1812) でスループ船『ワスプ』の艦長として,イギリス軍艦『フロリック』を撃破して (12.10.18.) ,国民的英雄となった。 1821~23年アメリカ地中海艦隊司令官。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, James

[生]1921.11.6. イリノイロビンソン
[没]1977.5.9. ニューヨーク,サウサンプトン
アメリカの小説家。日本軍の真珠湾攻撃前夜のハワイを舞台に,軍隊の内情を赤裸々に描いた大作『地上より永遠に』 From Here to Eternity (1951) によって,大きな反響を呼び,第2次世界大戦後の問題作家の一人になった。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, John Paul

[生]1747.7.6. カークカッドブライド,カークビーン
[没]1792.7.18. パリ
アメリカ独立革命期の海軍軍人。独立戦争中,アメリカ海軍のフリゲート艦長としてノバスコシアからバミューダにいたる大西洋,さらにイングランド海域での戦闘を指揮。 1775年『アルフレッド』号に乗組み巧みな戦闘指揮能力を示し,79年9月 23日イングランド東沖合いで『ボノム・リチャード』号を指揮して,イギリス艦『セラピス』号と戦いこれを拿捕して,アメリカ海戦史上初の大勝利をもたらした。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Joseph Stevens

[生]1809.9.28. ボストン
[没]1877.12.29. ボストン
アメリカの俳優,劇作家。ヤンキーの性格や気質を描いた作品が多く,代表作は『銀の匙』 The Silver Spoon (1852) 。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Leroi

[生]1934.10.7. ニュージャージーニューアーク
アメリカの黒人詩人,劇作家。ハワード大学卒業。詩集『20巻の自殺ノートへの序』 Preface to a Twenty Volume Suicide Note (1961) ,『ブラックマジック』 Black Magic (69) ,ジャズをアメリカ社会史のなかで跡づけた評論『ブルースピープル』 Blues People: Negro Music in White America (63) ,『根拠地』 Home (66) ,『ブラック価値大系』A Black Value System (70) ,戯曲『ダッチマン』 Dutchman (64) ,『奴隷』 The Slave (65,第2回国際芸術祭賞) などがあり,1960年代からは Imamu Amiri Barakaというアフリカ名を用い,ブラックパワーの闘士として人種問題に対する激しい戦闘的な姿勢が目立っている。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Margo

[生]1913.12.12. テキサス,リビングストン
[没]1955.7.25. ダラス
アメリカの演出家。ダラスのサウスウェスタン演劇学校で学んだのち,ヒューストンのコミュニティーシアターや大学演劇に関係。 1945年ダラスに円形劇場を造り,T.ウィリアムズの初期の戯曲など実験的な作品を上演。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Owen

[生]1809.2.15. ロンドン
[没]1874.4.19. ロンドン
イギリスのデザイナー,建築家。ロイヤル・アカデミーに学ぶ。 1851年ロンドン万国博覧会作品管理者,52年水晶宮の装飾監督に任命される。主著には『装飾の根本原理』 The Grammar of Ornament (1856) がある。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Richard

[生]1790. ロンドン近郊タンブリッジウェルズ
[没]1855.1.26. ヘイリベリ
イギリスの経済学者。ケンブリッジ大学で神学を修め,1816年に卒業。牧師をつとめるかたわら経済学を学ぶ。 1831年に主著『地代論』 An Essay on the Distribution of Wealth and on the Sources of Taxationを出版,33年キングズ・カレッジ政治経済学教授,35年 T.R.マルサスの後任で東インド・カレッジの政治経済学,歴史学の教授となる。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Robert Edmond

[生]1887.12.12. ニューハンプシャーミルトン
[没]1954.11.26. ニューハンプシャー,ミルトン
アメリカの舞台装置家。 1910年ハーバード大学卒業後,ニューヨークで舞台装置を手がける。ヨーロッパに渡り,M.ラインハルトらに学んで帰国後は,写実主義とは決別した象徴的な舞台づくりに貢献。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Sir William

[生]1746.9.28. ロンドン
[没]1794.4.27. カルカッタ
イギリスの法学者,インド学者。カルカッタ高等法院判事としてインドに滞在 (1783~94) した間にベンガル・アジア協会を創設した (84) 。諸言語によく通じ,サンスクリット語ラテン語ギリシア語の類似性を研究して,1786年インド=ヨーロッパ比較言語学上における母語の仮説を樹立した。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, James Earl

[生]1931.1.17. ミシシッピ,アーカバトラ
アメリカ合衆国の俳優。舞台俳優として注目を集め,1970年代以降はテレビ番組や映画にも数多く出演している。生まれる前に父親(俳優のロバートアールジョーンズ)が家を出たため,幼少期の大半はミシガン州祖父母のもとで過ごす。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Vaughan

[生]1952.12.31. ギズボーン
ニュージーランドの数学者。1979年,ジュネーブ大学で博士号を取得。1985年にカリフォルニア大学バークリー校の教授に就任。1990年に日本の京都で開催された国際数学者会議で,作用素環論と結び目理論に関する業績によりフィールズ賞を受賞した。

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ジョーンズ
ジョーンズ
Jones, Marion

[生]1975.10.12. カリフォルニアロサンゼルス
アメリカ合衆国のスポーツ選手。早くから陸上競技の才能を現し,12歳のときには国際大会に参戦した。高校時代は優秀なバスケットボール選手でもあり,1993年にはカリフォルニア州 1部リーグの年間最優秀選手に輝く。

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デジタル大辞泉の解説

ジョーンズ(Daniel Jones)

[1881~1967]英国の音声学者。ジョーンズ式音声表記法を作った。著「英語発音辞典」「英語音声学概論」など。

ジョーンズ(Hank Jones)

[1918~2010]米国のジャズピアニスト。本名、ヘンリー=ジョーンズ(Henry Jones)。1950年代のジャズ黄金期とされる時代から晩年まで長く活躍した。

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百科事典マイペディアの解説

ジョーンズ

米国の画家。サウス・カロライナ州生れ。1955年ころから星条旗,標的,数字,アルファベットなどの二次元的な事物を蝋絵具で緻密に描き始める。1958年に開かれた初個展では,これらはモティーフの〈卑俗さ〉により〈ネオ・ダダ〉と酷評されたが,三次元の事象を二次元に再現するものと考えられていた絵画に二次元の事物を描くことによって絵画の物質性をあらわにし,後の美術の展開への分岐点となった。
→関連項目ネオ・ダダ

ジョーンズ

英国の音声学者。ケンブリッジ大学数学科卒。ロンドン大学音声学教授,国際音声学協会主事さらに会長を務め,音声学の普及,音韻論の発達,発音教育に貢献した。主著は,英語の標準的発音を示した《英語発音辞典》(1917年),独自の音韻論《音素》(1950年)など。

ジョーンズ

英国の建築家。ロンドン生れ。絵画を学ぶためイタリアに遊学したが,建築に転じ,2度目の遊学後パラディオ古典主義を英国に導入した。作品にロンドンのホワイトホール宮殿の計画案,コベント・ガーデンセント・ポール大聖堂の修復(1666年焼失)などがある。

ジョーンズ

米国の小説家。第2次大戦に従軍,真珠湾攻撃前後のハワイを舞台にした小説《地上より永遠に》(1951年)で知られる。

ジョーンズ

米国のジャズ,ポピュラー作曲家,編曲家,レコードプロデューサートランペット奏者。10代にトランペットの演奏を習い,作曲・編曲を学ぶ。1952年から2年間L.ハンプトンの楽団に在籍し,1956年にはD.ガレスピーの楽団の音楽監督,編曲者,トランペット奏者に就任。

ジョーンズ

ニュージーランド出身の数学者。ギスボーン生れ。オークランド大学卒業後,ジュネーブ大学物理学大学院へ入学するが途中から数学大学院へ転科。ペンシルベニア大学準教授等を経て,カリファルニア大学バークレー校数学教室教授。
→関連項目結び目理論

ジョーンズ

アメリカの女優。子どものころから両親の巡業劇団で舞台に立つ。ハリウッドのプロデューサー,デビット・O・セルズニックに見出され,《聖処女》(1943年)でアカデミー主演女優賞。

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世界大百科事典 第2版の解説

ジョーンズ【Daniel Jones】

1881‐1967
イギリスの音声学者。ロンドン生れ。1921年から49年の間,ロンドン大学教授として,同大学における音声学の研究を確立した。同時にヨーロッパ大陸の学者ともよく交わり,国際音声学協会でも会長その他重職に就き,イギリス音声学の水準を高めた。またアメリカやインドにも渡り,広く講演を行っている。日本には特に,その《英語発音辞典》(1917,14版1977)を通じて大きな影響を与え,国際音声字母に即した〈ジョーンズ式発音記号〉は大正年間に紹介されると大いに普及して,それまでの〈ウェブスター式〉にとって代わり多くの英語辞書に用いられた。

ジョーンズ【Ernest Jones】

1879‐1958
イギリスの精神分析学者。ウェールズに生まれ,1900年ロンドン大学医学部卒。はじめ神経病医として開業したが成功せず,09年から12年までカナダトロント大学精神科に奉職。その後フェレンツィ教育分析を受け,ロンドンで精神分析者として開業。フロイト理論の解説と普及以外にさしたる理論的業績はないが,イギリス精神分析学会,国際精神分析学会の会長を長くつとめ,《国際精神分析誌》(英語版)を編集し,M.クラインをロンドンに招いて〈イギリス学派〉の創立を助け,多くのユダヤ人精神分析学者,とりわけフロイトのロンドンへの亡命に尽力するなど,社会的には大いに活躍した。

ジョーンズ【Eli Stanley Jones】

1884‐1973
アメリカの大衆伝道者。宣教師を輩出したアズベリー大学を卒業(1906),翌年インドへ宣教師として赴く。メソディスト教会の監督に選ばれたが(1928),これを辞して,世界各地に活発な伝道を始める。日本にも1949年以後2年ごとに来て各派協同の大伝道会を指導した。著書《インド途上のキリスト》(1925)は世界中で読まれて大衆伝道の動力となった。【小倉 義明】

ジョーンズ【Henry Arthur Jones】

1851‐1929
イギリスの劇作家。社会性のある問題を扱った戯曲によって,メロドラマが支配していた19世紀後半の劇壇に新風を吹きこんだ。しかし,今日から見ると,問題の追求には深みが欠け,むしろメロドラマ風の劇作術と自然主義的なせりふが作品を支えていたことがわかる。代表作は聖職者の姦通を扱った《マイケルと彼の失われた天使》(1896)や《デーン夫人の弁護》(1900)など。G.B.ショーは彼を高く評価した。【喜志 哲雄】

ジョーンズ【Inigo Jones】

1573‐1652
イギリスにはじめて古典主義の伝統を確立した建築家。ロンドン生れ。最初は劇作家ベン・ジョンソンと組んだ宮廷仮面劇の舞台装置や衣装の製作で名声を得る。そこでの遠近法を用いた背景づくりが,建築設計への志向を高めたとみられる。2度目のイタリア旅行(1613‐15)では,第1回の大陸旅行(1598‐1603)で入手したパラディオ《建築四書》(1570)を携えて,その作品や古代遺構を研究し,古典主義を修得。1615年,国王ジェームズ1世により建築総監に任命され,清教徒革命後に解任(1643),投獄(1644‐45)されるまで,宮廷を中心に主としてロンドンで建築活動を続けた。

ジョーンズ【Jasper Johns】

1930‐
アメリカの画家。サウス・カロライナ生まれる。1955年ころからアメリカ国旗,数字,アルファベット,標的,地図などを蜜蠟をまぜた絵具で稠密(ちゆうみつ)に描きはじめる。58年,抽象表現主義全盛期に開かれた最初の個展は,そのモティーフの卑俗さのために,ネオ・ダダと酷評された。しかし,ジョーンズが,旗などの“平たい”イメージを描いたのは,二次元の画面には二次元のイメージしか描かないという,きわめて意識的な,自己抑制的な戒律からだった。

ジョーンズ【LeRoi Jones】

1934‐
アメリカの黒人文学者。小説,詩,劇,文学評論,社会評論等幅広い分野で活躍し,R.ライト,R.エリソン,J.ボールドウィンに次いで現れた才人として注目されている。ニュージャージー州ニューアーク市の生れ。1950年代末ころからニューヨーク市のグリニチ・ビレッジの前衛的芸術家とともに詩作や劇作を試みはじめ,《ダッチマン》《トイレット》《奴隷》(いずれも1964初演)をたてつづけに発表,オフ・ブロードウェーの問題作家として脚光をあびた。

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大辞林 第三版の解説

ジョーンズ【Jasper Johns】

1930~ ) アメリカの画家。アメリカ国旗や標的といった、ありふれてはいるがきわどい意味内容をもつ記号を、蠟画ろうが法(エンカウスティック)で濃密に描いた作品で一時期を画す。

ジョーンズ【Jones】

〔Daniel J.〕 (1881~1967) イギリスの音声学者。ジョーンズ式音声表記法など実用音声学の発展に貢献。著「英語発音辞典」「英語音声学概論」など。
〔Quincy J.〕 (1933~ ) アメリカの音楽プロデューサー・編曲者。エチオピア救済のためにスーパー-スターたちが集まって制作した「ウィー-アー-ザ-ワールド」のプロデューサーとして知られる。
〔William J.〕 (1746~1794) イギリスの東洋学者・法律家。1786年にカルカッタの講演で、サンスクリット語とギリシャ語・ラテン語の親縁性を主張。以後急速に比較言語学の研究が進展しはじめた。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のジョーンズの言及

【音声学】より

…これに対し後舌母音では,[u]→[o]→[ɔ]→[ɑ]の順に舌が下がっていく。このためイギリスの音声学者D.ジョーンズは図8のような母音四角形を提示している。これによると前舌母音系列は[i]と[a]の間が[e]と[ɛ]で3等分され,後舌母音系列では[u]と[ɑ]の間が[o]と[ɔ]で3等分されている。…

【音素】より

…この音素の規定は1930年代から40年代にかけて言語学の主要課題であった。音素については,これを具体的音声から抽出された音声概念とするポーランドの言語学者ボードゥアン・ド・クルトネの素朴な見解から,一方では心理的実在としてある型をなすものとするE.サピアの説および同質の音声のグループと解するD.ジョーンズの見方に進み,ついに音素は虚構であるというアメリカの言語学者トウォデルW.F.Twaddell(1906‐ )の極論にいたった。これに対し,L.ブルームフィールドは音素を物理的実体としてとらえる立場を表明した。…

【イギリス美術】より

…ルネサンス様式と後期ゴシック(垂直様式)の混交した16世紀前半の〈チューダー様式〉の後,エリザベス1世の時代(1558‐1603)には,イタリア風のシンメトリーも取り入れた〈エリザベス様式〉が行われた。17世紀に入るとI.ジョーンズがイギリス建築に新紀元を開く。彼は40歳のとき,2度目のイタリア旅行でイタリア・ルネサンスの建築家A.パラディオの作品に感激し,イギリスにおけるパラディオ主義の最初の大建築家となった。…

【ジャコビアン様式】より

…同王はP.P.ルーベンス,ベルニーニ,ファン・デイクの名品収集やマントバのゴンツァーガ家の有名なコレクションの購入など,芸術を擁護したが,このとき夥しく導入されたイタリア・ルネサンス絵画,特にベネチア派の名画はイギリス美術の展開に大きく影響した。当時最大の建築家イニゴ・ジョーンズも2度のイタリア遊学によって古典古代の建築法とパラディオの建築作品に親しみ,明快典雅な作風を獲得し,帰国後王室建築総監督に就任してイギリス・ルネサンスの始祖となった。現在国立海事博物館となっているグリニジのクイーンズ・ハウスは彼が王妃アンのために建てたもので,イタリアのビラvilla形式にのっとった対称的形体をもつ。…

【パラディオ主義】より

…パラディオの理論や技法は一見単純で,作品もいくつかの典型的条件に対応する現実的な型としてとらえられ,しかもその開放的空間理念が魅力的であったために,ヨーロッパ各地に模倣・追随者を生み出した。なかでも,パラディオ没後ベネト地方の建築界に君臨したスカモッツィ,イギリス近世建築の祖イニゴ・ジョーンズらは有名。特殊な例として,1720‐60年ころにかけて,イギリスのバーリントン伯爵の企てた建築界全体のパラディオ化があり,この結果,有産階級がこぞってパラディオ風のカントリー・ハウスを建てた。…

【ブラック・ミュージック】より

…〈黒人音楽〉と訳されるが,1967年に黒人の詩人でジャズ批評家であるリロイ・ジョーンズLeRoi Jones(1934‐ )がこの語をタイトルとした本を出すまで,ほとんど使われたことのない言葉だった。ジョーンズはそれまでの〈ジャズ〉に代わる言葉として使ったが,1970年代以降,アフリカ音楽をも含めたさまざまな黒人音楽がクローズアップされるに及んで,この語はより広い意味で盛んに使われるようになった。…

【黒人文学】より

…彼の《アメリカの息子》(1940)その他の作品によってアメリカ黒人文学は一躍世界の注目をあびることになった。第2次大戦後,ユダヤ系アメリカ人の文学とならんで,R.エリソンJ.ボールドウィンL.ジョーンズらの活躍によりアメリカ文学そのものの様相が大きく変わるまでに力を発揮するようになった。さらに60年代半ばからの黒人運動の高まりにつれて,文学の方面でも黒人作家の活動がめざましくなる。…

【ブラック・ミュージック】より

…〈黒人音楽〉と訳されるが,1967年に黒人の詩人でジャズ批評家であるリロイ・ジョーンズLeRoi Jones(1934‐ )がこの語をタイトルとした本を出すまで,ほとんど使われたことのない言葉だった。ジョーンズはそれまでの〈ジャズ〉に代わる言葉として使ったが,1970年代以降,アフリカ音楽をも含めたさまざまな黒人音楽がクローズアップされるに及んで,この語はより広い意味で盛んに使われるようになった。…

※「ジョーンズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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