万歳(まんざい)(読み)まんざい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「万歳(まんざい)」の意味・わかりやすい解説

万歳(まんざい)
まんざい

正月の門付(かどづけ)祝福芸。千秋(せんず)万歳ともいう。三河万歳のほか、尾張(おわり)、秋田、会津、越前(えちぜん)、加賀、伊予豊後(ぶんご)(以上1980年代現存)、大和(やまと)、江戸、仙台、伊六(いろく)、沖縄のチョンダラー(以上非現存)などがある。各万歳とも演目扮装(ふんそう)、楽器、演技などに特徴的差がある。基本的には太夫(たゆう)と才蔵(さいぞう)の2人1組(才蔵は門付先による演目選択によって複数の場合もある)で、一般的に太夫は烏帽子(えぼし)に素袍(すおう)で扇を持ち、才蔵は門付には大黒頭巾(ずきん)に裁着袴(たっつけばかま)、座敷の場合は格式を尊び侍烏帽子などに素袍で鼓を持つ。2人の掛合(かけあい)で口調身ぶりも軽快に万歳独特の寿詞(ことほぎ)を唱え、のちに余興にくだけた万歳を演じる。第二次世界大戦以前まではよくみられたが、1970年(昭和45)ごろにはほとんどみられなくなった。かつては農山村民の正月の職能であったが、いまは民俗芸能として余命を保っている。

 万歳は一説には奈良時代の宮中正月節会(せちえ)の「万年阿良礼(まんねんあられ)」と囃(はや)した踏歌(とうか)を起源とするという。『万葉集』巻16の「乞食者詠歌(ほかいびとのうた)」は固有の寿詞(ことほぎ)の存在を示しているが、平安中末期には「ことぶきの乱りかわしき」(『源氏物語』「初音(はつね)」)とあるようにくだけた内容であり、平安猿楽(さるがく)でも「千秋万歳之酒祷(せんずまんざいのさかほかい)」(『新猿楽記』)と滑稽物真似(こっけいものまね)が演じられている。鎌倉時代には散所(さんじょ)の僧形神人(そうぎょうじにん)の職能であったが、宮中に参仕するまでになっていた(『明月記』)。これはなかば恒例化して江戸幕末まで続き、「言立(ことだつ)」「枡舞(ますまい)」など六演目の禁中千秋万歳が知られる。大和万歳の「柱立(はしらだて)」は「言立」の、チョンダラーの「御知行(うちじょう)」は「枡舞」の名残(なごり)である。

 三河万歳(愛知県西尾市、安城市)は、来歴不詳ながら古い歴史をもち江戸時代には徳川家の優遇を受けたが、明治以降神道(しんとう)職的になり儀礼的である。昔から尾張万歳(愛知県知多市ほか)が優勢であった。鎌倉末に名古屋の長母寺(ちょうぼじ)の開祖無住(むじゅう)国師が寺奴(てらやっこ)安倍(あべ)徳若にさせたのが始まりといい、万歳が陰陽師(おんみょうじ)系(安倍姓を蒙(こうむ)る)であることを物語る。「法華経(ほけきょう)」「六条」「神力(じんりき)」「御城(おしろ)」「地割(ちわり)」の五万歳を表芸とし、門付先の宗教などによってその一つを選び、「御殿(ごてん)万歳」で祝言し、のちに滑稽な「福倉持倉(ふくらもくら)(なかなか万歳)」「入込(いりこみ)(尽し万歳)」を演じる。明治なかばには、鼓のほかに三味線、胡弓(こきゅう)入りで演芸的な「奥田節(アイナラエ)」や「三曲(さんきょく)万歳」(にわか狂言)ができ、舞台興行化した。これをさらに演芸化したのが愛知県津島市の伊六万歳で、上方(かみがた)漫才の源流となった。会津、秋田も尾張系である。越前万歳(福井県越前(えちぜん)市)は、才蔵は独特な万歳太鼓を使い、演目によっては複数出て叺(かます)帽子や蝶々長刀(ちょうちょうなぎなた)帽子など特異な被(かぶ)り物を用いている。来歴に上代の厩祈祷(うまやきとう)の猿舞(さるまい)と鎌倉期の唱門師(しょうもじ)を組み込んであるが、不詳で、以前は故地にちなんで野大坪(のおおつぼ)万歳といった。加賀万歳は越前系で、豊後も似ているところがある。伊予万歳(愛媛県松山市)は江戸初期上方(かみがた)より伝来と伝えるが、芸系不詳の特異なもの。東北の田植踊や関東の万作踊を思わせるものがあって、願人(がんにん)芸の影響が考えられる。太夫は唄(うた)と太鼓を受け持ち、三味線、拍子木の囃子(はやし)も入り、才蔵と次郎松(じろまつ)の2人が滑稽を強調し、はでな投(なげ)頭巾、長襦袢(ながじゅばん)、袴(はかま)の踊り子がにぎやかに踊る。長崎くんちにはシルクハットの太夫役とピエロ風の才蔵役によるおらんだ万歳が出る。なお、瞽女(ごぜ)も「経文」「柱立」の万歳唄(うた)で正月門付をした。

[西角井正大]

『三隅治雄監修、岡田弘構成・解説『万歳をたずねて』(1978・東芝EMI)』『鶴見俊輔著『太夫才蔵伝』(1979・平凡社)』


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android