日本歴史地名大系 「福井村」の解説
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
- 大阪府:茨木市
- 福井村
福井村
ふくいむら
藩政期の拝領高は五三七石余。寛保二年(一七四二)の高草郡村々下札帳写(賀露神社文書)によると生高六四一石余、本免六ツ三分、川役鮒役米五石八斗五升五合・役米四石四斗三升八合・山札銀三匁五分・藪運上銀一三匁五分を課されている。
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
現吉井町域の北部に位置し、福井川が流れる。古い開創と伝える
福井村
ふくいむら
海士村の西方に位置し、北・西・東は海に面する。天正一一年(一五八三)頃と推定される一二月八日の島前公事物日記(村上家文書)にみえる
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
- 大阪府:豊中市
- 福井村
福井村
ふくいむら
日高川沿いの山間の村。南東は日高川上流
延宝六年(一六七八)の「日高鑑」によると、下福井村は田畑一八町九反余、村高一三二石余、家数四五で内訳は本役四、半役二四、無役一五、庄屋・肝煎各一、人数一九五、牛一一、鉄砲四。上福井村は田畑一〇町一反余、村高七九石余、家数二八で内訳は本役九・半役一二・無役六・庄屋一、人数一三七、牛八、鉄砲九で、山家同心が一人いた。
福井村
ふくいむら
岩木川右岸の自然堤防上に立地し、東は田茂木村、西は岩木川を隔てて
金木新田一八ヵ村の一つで、享保一二年(一七二七)には村位は下で免は四ツ成であった(平山日記)。元禄年間(一六八八―一七〇四)の新田開発当時の開村と推定されるが不詳。元文元年(一七三六)の検地帳によれば、田方七町四反三畝一〇歩、畑方九反四畝四歩、田畑屋敷合せて八町三反七畝一四歩、村高四八・四八二石。上田は三反五歩と少なく、残りは下・下々田である。文化六年(一八〇九)の藩吏覚書(中里町誌)によれば、田方一二町五反一畝二四歩、高六九・三三石、畑方五町五反三畝二二歩、高一〇・七二八石、戸数七、人別三〇、馬一一とあり、耕地の拡大がみられる。
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
福井村
ふくいむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報