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覚える オボエル

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デジタル大辞泉の解説

おぼ・える【覚える】

[動ア下一][文]おぼ・ゆ[ヤ下二]《「おもほゆ」の音変化。「ゆ」は、もと、自発・可能の助動詞で、自然に思われる、他から思われる意が原義》
(「憶える」とも書く)見聞きした事柄を心にとどめる。記憶する。「子供のころのことは―・えていない」
学んだり経験したりして、身につける。習得する。「こつを―・える」「技術を―・える」
からだや心に感じる。「疲れを―・える」「愛着を―・える」
(古風な言い方)思われる。「お言葉とも―・えません」
思い出して話す。
「いで―・え給へ」〈大鏡・序〉
自然と思い出される。ふと想像される。
「昔―・ゆる花橘、撫子、薔薇(さうび)」〈・少女〉
似る。似合う。
「御かたちありさま、あやしきまでぞ―・え給へる」〈・桐壺〉
他人からそう思われる。
「この世の中に恥づかしきものと―・え給へる弁の少将の君」〈落窪・一〉
意識がはたらく。分別する。
「物は少し―・ゆれども腰なむ動かれぬ」〈竹取

出典|小学館
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大辞林 第三版の解説

おぼえる【覚える】

( 動下一 ) [文] ヤ下二 おぼ・ゆ
〔「おもほゆ」が「おぼほゆ」を経て転じた語〕
記憶にとどめて忘れないでいる。頭に入れる。記憶する。 ↔ 忘れる 「英語の単語を-・える」 「全員の名前と顔を-・える」 「あの日のことははっきりと-・えている」 「みんなに言いふらしてやるから-・えていろ」
技術を身につける。習得する。 「教習所に通って運転を-・える」 「仕事のこつを-・える」 「体で-・える」
体や心で感じる。…と感じる。…と思われる。
「…をおぼえる」の形で用いる。 「するどい痛みを-・えた」 「心の安らぎを-・える」 「満足を-・える」
形容詞の連用形や助詞「と」などを受けて用いる。 「都のいと恋しう-・えければ/古今 羇旅詞」 「女のまだ世経ずと-・えたるが/伊勢 120
他人からそう思われる。 「恥づかしきものと-・え給へる弁の少将の君/落窪 1
意識が働く。判断がつく。わかる。 「射殺されなましと思ひけるに、物も-・えず臆して/宇治拾遺 3」 「帰るべき方も-・えず涙川/後撰 恋四
思い出す。 「言の葉に絶えせぬ露は置くらむや昔-・ゆるまどゐしたれば/後撰 雑一」 「いで-・え給へ/大鏡
似る。 「御かたち有様、あやしきまでぞ-・え給へる/源氏 桐壺

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

覚える
おぼえる

覚えるということは何か


 覚えるとはいかなる行為だろうか。人はどのようにして覚えるのだろうか? 人は、現在の最大のコンピュータの主記憶容量をはるかに超える膨大な記憶力を、その百数十億個の脳細胞に秘めていると考えられているが、脳内に形成される痕跡(こんせき)を主として問題にする「記憶」に対して、ここでは、そこに蓄えられている情報はいつごろ、どういう形で形成されるのであろうかを考えてみたい。
 情報の多くは、格別覚えようと努力しなくても自然に頭に入ってくる。たとえば、自分の名前や両親や多くの友人の顔、家から通っている学校や会社までの道筋などを、われわれはとくに覚えようという気もなしに自然に覚えてしまっている。そうしたいわゆる偶発学習においては、頻繁に情報にさらされることが覚えるという行為になる。
 ところが、試験前夜に、徹夜で英単語を覚えようとしたり、数学の公式に頭を悩ませたり、という経験をもつ人も少なからずいるはずである。覚えるという行為はこのように幅広いスペクトラムをもつが、その幅広さを支える記憶のメカニズムには、多分に、共通した要素がある。その共通した要素とは、脳内におけるなんらかの永続的な変化であり、おもにシナプス(synapse、神経突起が神経細胞に接合する部位)レベルでの変化であろうと考えられている。これが覚えるという行為の舞台裏で生じている現象である。[岩崎祥一]

覚える行為のスペクトラム


 前述のように、覚えるという行為はかならずしも単一の行為ではなく、覚える対象による違いがみられる。こうした覚える働きの違いには、大別すると三つのタイプが考えられる。(1)言語的記憶、(2)感覚的記憶、それに(3)運動記憶といわれるものである。これらは、覚えるに際しての努力の有無、覚える内容、および忘れるまでの時間経過などに違いがみられる。[岩崎祥一]
言語的記憶
言語的記憶では、単語や歴史の年号を覚えたりというように、多少とも言語が関与していて、自覚的努力(覚えようという意志)が必要である。覚える対象に注意を向け、何度も繰り返さないと、なかなか覚えられない。このタイプの記憶では、覚える対象は、年号や単語のような項目であるようにみえるが、すこし考えてみると、むしろなんらかの連想の形成であることがわかる。ある単語を覚えるとは、その単語を、すでに知っている別の一連の単語(意味)と結び付けることであるし、公式を覚えるとは、すでに知っている数学の知識の新しい組合せ方を覚えることである。ことばを覚え始めた幼児は、それまでに自分が蓄えた経験に結び付けて新しいことばを獲得していくわけである。
 このように、言語的記憶の形成は、相互に関連した複雑な意味のネットワークの形成で、その意味で連想記憶ともよばれている。[岩崎祥一]
感覚的記憶
それに対して感覚的記憶では、われわれが入力装置を通して受け取った情報が、そのまま相似形で保存される(似顔絵のほうが写真よりも本物に似ているようにみえることがあるのも、感覚的記憶が相似形として蓄えられていることを示すものである)。しかも、かならずしも覚えようと思わなくても、繰り返してさらされるだけで記憶が形成される。流行歌のメロディを知らず知らずのうちに覚えていたり、故郷の町の風景が目に浮かんだり、おふくろの味が懐かしかったりするのも、こうした感覚的記憶の例である。[岩崎祥一]
運動記憶
自動的な形成のもう一つの例である運動記憶では、形成される記憶は、複雑な筋肉の協応動作を遂行するための制御プログラムの獲得であると考えられている。したがって、過程が複雑であればあるほど、練習という形の反復が必要となる。練習は、末梢(まっしょう)からのフィードバック情報や感覚器官からの入力情報を蓄え、刺激――反応関係を確立する役割を果たす。このことは、運動の制御を、刺激をまって応答するフィードバックfeedback応答から、刺激を予測して応答するフィードフォワードfeedforward応答へと変化させる。つまり、柔軟ではあるが反応の遅い高次の処理系(大脳皮質)による意識的制御から、固定的ではあるが応答の速い低次の処理系(皮質下)による無意識的制御へと、制御の移行ができるようになるわけである。したがって、よく練習を積んだ運動を遂行するときには、高次の処理系は関与する率が低くてすむので、自動車を運転しながら同乗者と会話をするというような、多重処理が可能になる。
 このように、覚えるという行為は、その対象によりさまざまな姿をみせるが、その基礎には神経系におけるなんらかの変化(記憶痕跡の形成)があり、しかも、その変化が長時間持続していることが前提となる。[岩崎祥一]

覚える働きの仕組み


 人の感覚器官は膨大な情報にさらされており、そこから必要な情報だけを取り出し、残りは無視する。これは注意とよばれる働きで、言語情報の記憶では、注意の働きで選択されたものが、短時間(約30秒ぐらい)保存される。この短時間の記憶は短期記憶とよばれている。短期記憶中にあるもののなかから、一部分が、より長期的な情報の保存メカニズムである長期記憶へと移行する。感覚的記憶や運動記憶では、この短期記憶を経由して、情報の長期記憶への移行はかならずしも必要ではなく、直接的に長期記憶が形成される可能性がある。[岩崎祥一]
短期記憶の保持
短期記憶は、脳の正常な活動に依存していて、電撃を受けるというような、意識喪失を招く強いショックが脳に与えられると、そこに蓄えられた情報は失われてしまう。短期記憶から長期記憶への移行には1時間ぐらいの時間の遅れがあり、その時間を経過して長期記憶中に保存されている情報は、脳にショックが加えられても失われることはない。
 このような短期記憶から長期記憶への移行には、海馬(かいば)を中心とする大脳辺縁系が関与している。これは、側頭葉の両側性の切除手術の結果生じた記憶障害の症例から推測され、手術を受けた患者の短期記憶は、正常に保たれているにもかかわらず、長期記憶への情報の移行がうまく行われないため、手術以降のできごとの記憶がまったく形成されなくなってしまう。[岩崎祥一]
長期記憶の保持
長期記憶は、脳の正常な活動、つまり意識が保たれている状態に依存していないことから、それがなんらかの脳の構造変化によるものであることが予測される。最近、話題になっている一つの可能性は、遺伝情報がデオキシリボ核酸(DNA)の螺旋(らせん)構造中に、塩基対(つい)の暗号として保存されていることにヒントを得て、長期記憶が、なんらかの化学物質の構造変化として蓄えられているとする考え方である。ネズミに、スキナー箱中で、レバーを押して餌(えさ)を得る課題を覚えさせ、その脳を取り出し、そこから抽出したリボ核酸(RNA)を未経験な動物の脳内に注入したところ、そうした注射を受けなかった動物に比べ、この課題をより早く覚えたという研究が報告されたことがあった。記憶物質の転移の証明としてこの研究は注目されたが、他の人々が同様のことを試みてもかならずしもうまくいかず、したがって記憶物質が詰まった錠剤を服用することで、覚えるという作業が容易になるであろうという夢は、まだかなえられないままである。[岩崎祥一]

人間の記憶とコンピュータの記憶


 人間の働きのいくつかの側面を、最近のコンピュータは代行することができるが、覚えるという作業もその一つである。コンピュータの記憶装置には、主記憶としてのRAM(ラム)(どの場所にも自由に読み書きが可能な半導体素子)や、ROM(ロム)(あらかじめ書き込んだ情報の読み出し専用のメモリー半導体素子)があり、補助記憶装置として、フロッピーディスクやハードディスク、磁気テープなどの磁気媒体や紙テープ、カードなどが用いられている。
 主記憶装置(とくにRAM)は、高速に読み書きが可能だが、記憶容量としては比較的小さく、電源が切れると、書き込まれた情報は失われてしまう。これに対して、補助記憶装置は、情報の読み書きには時間がかかるが、記憶容量はいくらでも大きくすることができ、また電源が切れても、書き込まれた情報は失われない。この限りでは、コンピュータの記憶装置は人間の記憶とうまく対応している。つまり、主記憶装置は短期記憶に、補助記憶装置は長期記憶に対応しているのである。
 しかし、コンピュータの記憶装置は、いずれのタイプであっても、物理的に決まったある地点(アドレスとよぶ)には特定の情報が保存されており、かつ、そのアドレスと他のアドレスとは互いに無関係であるのに対して、人間の記憶、とくに言語情報が保存されている連想記憶では、互いのアドレスにつながりがある。つまり、一つの項目を読み出すと、他の関連した項目も芋づる式に読み出されてくる。しかも、人間の記憶はアナログ的であって、ゆがみやあいまいさがついて回り、読み出された情報がつねに100%正しいとは限らない。このことは、欠点でもあるが、同時に、類似したものならそれと認識できる、という有利さも生んでいる。
 たとえば人間ならば、いろいろの異なるパターンの「A」であっても、みな同じく「A」と読んでしまう。こうしたパターン認識の能力は、コンピュータがもっとも苦手とすることの一つである。このようなパターン認識が可能なのは、われわれの記憶がパターン情報の単純なコピーではなく、むしろ、タイプtype(典型)の記憶であるからであろう。人間の認識機構自体は、一連のパターンpatternからタイプを生み出し、そのタイプを記憶中の型として入力情報とマッチングすることで、パターンの認識を行っているのではないか、と考えられる。[岩崎祥一]

覚える機能の獲得と喪失


 あなたは自分が生まれたときのようすを覚えているだろうか。ある人の調査によると、1歳以前のできごとを覚えている人はほとんどなく、たいていの人は3歳以後の記憶しかないという。この現象は幼年性健忘infantile amnesiaとよばれる。なかには、覚えていると主張する人も見受けられるが、多くは親から聞いたことを自分で経験したことのように思い込んでいるもののようである。[岩崎祥一]
胎内での記憶
だが、乳幼児がものをまったく覚えていないのか、といえばそうではない。記憶の形成は早くも母親の胎内にいるときに始まっているらしい。泣いている乳児に母親の心臓の鼓動の音を聞かせると、おとなしくなることが知られているが、これは、胎内でつねにさらされていた母親の心音が、乳児にとってはもっとも身近な環境騒音であったからだと解釈されている。
 さらに、乳児は、母親の顔を、生後数か月で他の人々から見分けられるようになり、母親以外の人に対して人見知りをするようになる。このことは、1歳未満の乳児にも記憶の形成が生じていることのもう一つの例である。[岩崎祥一]
なぜ記憶があいまいなのか
それでは、なぜ、大人になると、幼いころのことを覚えていないのであろうか。その理由は完全に解明されてはいないが、覚えてから長期間経過したという単純な理由からではない。一つの可能性としては、言語を獲得する以前(ことばを話し始めるのは普通1歳前後である)では、覚えたことは運動記憶か感覚的記憶かであるため、言語的記憶のようには意図的に思い出せず、覚えているという確信がもてないためと考えられる。
 もう一つは、感覚、認知をつかさどる能力の未発達のため、幼児が経験する世界が、大人とはまったく異なっており、形成された記憶も、それに伴って違っているため、大人が思い出すような仕方では幼いころの記憶は引き出せないためではないかともいわれている。しかし、これらは、いずれも推論の域を出ていず、十分な説明は今後の研究をまたねばならない。[岩崎祥一]
加齢による影響
加齢(エイジングaging)に伴う記憶能力の低下の裏には、脳の老化があることは容易に推測される。脳は約140億個の神経細胞からなり、これが20歳以降はほぼ直線的に減少していく。その結果90歳では脳の部位によって差はあるものの、30%から50%もの減少がみられ、神経細胞は再生しないので、それにより脳の重量の低下がおこる。
 こうした器質的変化が生じているにもかかわらず、一般に最晩年に至るまで記憶が部分的に崩壊したりせず、全体としてまとまりを保っているのは驚くべきことである。もし、たとえば、個々のシナプスが特定の事柄の記憶に直接的に関係しているとするならば、記憶は(ある日突然Aさんの顔だけがわからなくなるというふうに)ジグソー・パズルのように部分的に脱落していくはずである。ところが、実際にはむしろ、写真がしだいにピンボケになっていくように、全体として記憶があいまいになっていくという変化が生ずる。これは、人間の記憶が個々の項目が独立したものとして蓄えられているのではないことを示唆している。こうした記憶の特質から、人間の記憶をホログラフィーholographyに例える研究者もいる。
 こうした神経細胞の減少には個人差がみられ、その一部はどの程度神経細胞を働かせるかにも依存する。記憶を担っていると考えられているシナプスは、筋肉と同じように、使えば使うほどその機能が増大し、逆に使わないと低下する。したがって、精神活動をつねに続けている老人では、脳の活動はさほど低下せずに維持され続けることになり、それに伴い覚える働きの低下も防げるであろう。[岩崎祥一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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