空を仰ぐと、恒星をはじめもろもろの天体は観測者を中心とした大きな球に張り付いているように見える。この球を天球とよぶ。そのイメージは太古以来のもっとも素朴なものである。むろん、このような球は実在しない。しかし、天体の方向(見かけの位置)や方向の時間的変化(見かけの運動)を研究するうえでは、現代の天文学でも天球という仮想の球を考えるとたいへん便利である。この場合は、漠然としたイメージではなく、以下のような明確な規定を行う。
ここでは、天体までの距離は考えず、方向だけを問題にする。そのとき、天体(A、B、……)の方向は観測者OからA、B、……にそれぞれ引いた矢印(ベクトル)で表される( の(1))。しかしこれではあまりにも複雑で、研究上は不便である。ゆえにベクトルのかわりに、Oを中心とした球を考え、A、B、……をこれに投影し( の(2))、その位置(A'、B'、……)、つまりOAと球面との交点A'、B'、……の位置を研究するほうが便利である( の(3))。
それでは、この球の半径をいくらにとったらよいか。その手掛りは、同一方向は同一の点で表すといっそう便利であるということにある。同一の方向とは、平行な直線で表される( の(4))。さて、平行な直線は無限遠(限りなく遠く)で1点に交わる(このことは日常経験することであろう― の(5))。ゆえにこの球の半径は無限大にとるとよい。そうすれば、同一の方向はすべてこの球面上の1点で表すことができる。このような球が天文学で考える天球である。つまり、「ある天体の方向」というかわりに「天球上の位置」と言い表す。天球上の位置やその時間的変化(見かけの運動)は、天文学上もっとも基本的な事柄で、とくにこれを研究する分野を球面天文学とよぶ。
[大脇直明]
『地学団体研究会編『星の位置と運動』(1994・東海大学出版会)』▽『高瀬文志郎著『星・銀河・宇宙――100億光年ズームアップ』(1994・地人書館)』▽『土田嘉直著『天文の基礎教室』新装版(1995・地人書館)』▽『ピーター・ウィットフィールド著、有光秀行訳『天球図の歴史 人は星空をどのようにイメージしてきたか』(1997・ミュージアム図書)』▽『斉田博著『天文の計算教室』新装版(1998・地人書館)』▽『渡部潤一著『天体観測入門』(2012・大日本図書)』
天体はきわめて遠方にあるのでその距離は実感されず,すべての天体は観測者を中心とする巨大な球面の上にのっているように見える。このように,すべての天体をのせた仮想の球面を天球という。天球の概念はこのように直観的なものであるから古くから培われ,それを実体化した天球儀も古代ギリシアや古代中国で製作されている。
天球は仮想の球面なのでその半径は本来不定である。実際,天球上の天体の位置とは観測者と天体を結ぶ視線の〈方向〉を与えるものであり,天球は一つの方向を一つの点で視覚化するモデルと考えることができる。例えば三つの方向の関係を論ずるとき,これを天球上の三つの点の位置関係に置き換えれば,ずっと扱いやすくなる。このために天球の概念は,現代天文学においても引き継がれて使われている。
観測者を中心とする天球の代わりに,地心(地球の中心)を中心とする天球を考えることもできる。しかし,天球上の点は方向の代替なので,天球の中心は異なっても同じ方向は同じ点で表されることになる。こうして地球自転軸の方向は天球上で天の北極(南天では天の南極)という点で表される。太陽を中心とする天球でも天の北極(南極)の位置は同じである。このように天球を考えれば天球の半径を無限大と考えることは必要でなくなる。ただし以上はあくまでも方向が同じ場合である。実際には地上の観測者が月を見る方向と地心と月を結ぶ方向とは最大で約1度のずれが起きるので,観測者中心の天球上の月の位置は地心中心の天球上の月の位置と最大約1度ずれるのである。このように1度の方向のずれを天球上の1度の位置のずれと考えるのが便利であって,それを可能にするのが天球である。
執筆者:堀 源一郎
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