上・揚・挙・騰(読み)あがる

精選版 日本国語大辞典 「上・揚・挙・騰」の意味・読み・例文・類語

あが・る【上・揚・挙・騰】

[1] 〘自ラ五(四)〙
[一] 下の方から上の方へ移る。
① 低い所から高い所へ移る。上のほうに移動する。また、物の上に乗る。
※万葉(8C後)一九・四二九二「うらうらに照れる春日にひばり安我里(アガリ)心悲しもひとりし思へば」
※虎明本狂言・右流左止(室町末‐近世初)「たかき山にあがり、てんにむかひ」
② 空中に浮かぶ。また、雲が空に広がる。
※平家(13C前)一一「鏑(かぶら)は海へ入りければ、扇は空へぞあがりける」
歌舞伎・好色芝紀島物語(1869)四幕「『曇ったせゐか暗くなった』『北からずんずん上(アガ)るから、後にゃあ一降り掛るだらう』」
③ 水上、水中から陸上へ移る。上陸する。下船する。また、魚などが水揚げされる。
※平家(13C前)灌頂「魚の陸(くが)にあがれるがごとく、鳥の巣をはなれたるがごとし」
※俳諧・奥の細道(1693‐94頃)旅立「千じゅと云所にて船をあがれば」
④ 地中から地上へ出る。草などが生える。
※虎寛本狂言・竹の子(室町末‐近世初)「隣の藪から根をさいて見事な笋(たけのこ)が上った」
⑤ 風呂から出る。
※夜の寝覚(1045‐68頃)一「ただいま御湯よりあがらせ給ひて」
⑥ 外から家の中へはいる。
※咄本・昨日は今日の物語(1614‐24頃)下「あがらふとしても、縁が高さにあがりかねて」
遊女屋にはいって遊ぶ。妓楼に登楼する。
洒落本通言総籬(1787)二「八つを打てあがるきゃくは、みんなあのくらいなもんだ」
⑧ 学校にはいる。おもに小学校についていう。
日の出(1903)〈国木田独歩〉「僕が大島学校に上(アガ)ってから四五日目で御座いました」
⑨ (血が頭に上る意) のぼせてぼうっとなる。ふだんの落ち着きを失う。
(イ) 「気があがる」の表現の場合。
※蜻蛉(974頃)中「気(け)やあがりぬらん、心ちいと悪しうおぼえて、わざといと苦しければ」
(ロ) 「あがる」の主語が表わされない場合。
滑稽本浮世風呂(1809‐13)前「湯気(ゆけ)に上(アガ)ったさうだ。ヲイ、番頭、目を回した人があるぜヱ」
⑩ 流れのもとの方へ行く。特に、昔へさかのぼる。→上がりたる世上がりての人
※栄花(1028‐92頃)鶴の林「人々多かる中に、あがりてもかばかり幸あり、すべき事の限り仕うまつりたる人候(さぶら)はず侍り」
⑪ 巫女(みこ)などに乗り移っていた神が天に帰る。
※平家(13C前)一「『それを不足におぼしめさば力及ばず』とて、山王あがらせ給ひけり」
⑫ 死体などが、水中より水面に出る。
※夢声半代記(1929)〈徳川夢声〉Z枝嬢投身事件「今、水道橋の処へ、死骸が上(アガ)りました」
[二] 上に立つ者に物などが収められる。
① 年貢(ねんぐ)などが領主の手にはいる。転じて、家賃、地代、収益などが、その受け取り手や上の者に収められる。
※暴風(1907)〈国木田独歩〉二「郷国(くに)の田地から上(アガ)小作米が」
② 領地、役目などを取り上げられる。
日葡辞書(1603‐04)「チギャウ、ヤク agatta(アガッタ)〈訳〉高貴な人の手に差し出される、または、その所有となる」
③ 犯人が召し取られる。検挙される。
女工哀史(1925)〈細井和喜蔵〉一三「ところが一方不図した証拠から真犯人はあがったのであった」
[三] 地位、体勢、価値、程度などが高まる。
① ある場所が周囲より高くなる。また、からだやからだの一部が高まる。
※書紀(720)雄略九年五月(前田本訓)「大将軍紀小弓宿禰、龍のごとく驤(アカリ)虎のごとく視て」
※源氏(1001‐14頃)夕霧「おましの奥の少しあがりたるところを、心みにひきあけ給へれば」
② 馬が跳ねる。
古今著聞集(1254)一六「臆して手綱をつよくひかへたりけるに、やがてあがりて投げけるに、てんさかさまに落ちて」
③ 地位が進む。昇進する。また、進学・進級する。
※源氏(1001‐14頃)乙女「大臣(おとど)、太政大臣にあがり給て」
④ 物の値段が高くなる。騰貴する。
※天理本金剛般若経集験記平安初期点(850頃)「米麦踊貴(アガリ)、車馬通はず」
⑤ 精神や気分などが高まる。
俳諧師(1908)〈高浜虚子〉七一「我乍ら甚だ気勢が揚(ア)がらぬ」
⑥ 能力、勢力、速力、数量、価値などが加わる。
※浮世草子・傾城禁短気(1711)一「昔よりはお智恵があがって」
※故旧忘れ得べき(1935‐36)〈高見順〉一「大変能率の上った事実とは反対に」
⑦ 技能などがうまくなる。上達する。一段上の域に達する。
筑波問答(1357‐72頃)「万の道の事も、難をよく人に言はれてこそあがる事なれ」
⑧ (色が)より鮮やかに染まる。より美しくなる。
※清輔集(1177頃)「紫のはつしほそめのにひ衣ほどなく色のあかれとぞおもふ」
⑨ 様子がよくなる。また、人間として立派になる。
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)二「道理だ。別に女ぶりが上(アガ)った」
⑩ あたりによく聞こえるような声が出る。高く発せられる。「歓声が上がる」
※妾の半生涯(1904)〈福田英子〉一一「其刹那に、児の初声は挙(アガ)りて」
[四] 人によく見えるようになる。広く知られるようになる。
① 高く揚げられる。また、掲載される。「旗が揚がる」
※大鏡(12C前)三「うたまくらに名あがりたるところどころなどを書きつつ」
② (名前などが)人によく知られるようになる。
※大鏡(12C前)二「さてかばかりの詩をつくりたらましかば、名のあがらむこともまさりなまし」
③ (事実、証拠、たくらみなどが)はっきり表に現われる。
※歌舞伎・韓人漢文手管始(唐人殺し)(1789)一「はて、じたばたせまひ。工(たく)みの手目(てめ)は上ってある」
④ (効果、実績などが)目立って出てくる。
※学問のすゝめ(1872‐76)〈福沢諭吉〉四「今日に至るまで未だ実効の挙るを見ず」
[五] 物事が終わりになる。
① できあがる。役目が終わる。習い終わる。すむ。
※日葡辞書(1603‐04)「フシンガ agaru(アガル)〈訳〉工事が完成する」
すごろくやゲームで、札が最終の場所にはいって勝つ。
※東京年中行事(1911)〈若月紫蘭〉一月暦「所謂飛双六で有って、早く上(アガ)ったものが勝を占(し)むるので有る」
③ カルタ遊びやトランプなどで手札を場に出し尽くしたり場札を取り尽くしたりして勝つ。また、トランプ、マージャンなどで、役を作って勝つ。
※咄本・鹿の巻筆(1686)一「読(よみ)かるたは壱枚のこり、あがられぬ事八つの善ありながら、壱つの悪にひかさるる心なり」
④ 雨などがやむ。天気がよくなる。また、雨期が終わる。
※日葡辞書(1603‐04)「ツユ、または、ナガシガ agaru(アガル)
⑤ ある費用で、無事にすむ。ある金額で片がつく。
※滑稽本・続膝栗毛(1810‐22)初「こちの檀方(だんぱう)に死かかってをる病人があるさかい、それと一所に割合でさしゃると、いかう下直(げぢき)にあがります」
⑥ (貴人の膳が)取り下げられる。
※日葡辞書(1603‐04)「ゴゼンガ agaru(アガル)、ゴゼンガ スベル、または、クダル」
⑦ 商売、仕事などがうまくゆかなくなる。生活が立ちゆかなくなる。
※評判記・難波物語(1655)「されば其人ぜんせいのじぶん、あがるべしとは人も思はず」
※海に生くる人々(1926)〈葉山嘉樹〉二三「商売は上ってしまふのだった」
⑧ (脈、乳、月経などが)止まる。絶える。
※浮世草子・本朝桜陰比事(1689)四「手足びりびりとふるひ其まま脉(みゃく)あがりぬ」
⑨ 魚、貝、虫などが死ぬ。また、草木が枯れる。
※評判記・色道大鏡(1678)一「惣じてあがるといふ詞は、魚の死してはたらかざる㒵(かたち)をいふ」
⑩ 蚕が成長して繭を作らせるための、わらの床に乗せるべき状態になる。
⑪ 熱い油であげて、食物が食べられる状態になる。
[六] 敬意を払うべき人に物が渡される。また、そういう人のいる場所へ向かって行く、訪問する。
① 神仏に物が供えられる。
※北野社家日記‐慶長六年(1601)正月朔日「当坊へあかり申御供数」
② 貴人に献上される。
※日葡辞書(1603‐04)「ウエサマエ シンモツガ agatta(アガッタ)、カタナガ agatta(アガッタ)
③ (内裏が北にあったので) 京都で、北へ行く。
※雑俳・口よせ草(1736)「九重は上る下るでむづかしい」
④ 田舎から京阪地方へ行く。→上がり(一)⑳。
⑤ 大阪で、城の方へ行く。
※浮世草子・好色万金丹(1694)四「阿波座を上(かみ)へあがり」
⑥ 屋敷などに奉公に行く。
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)二「此子が上(アガ)りましたお屋敷さまは」
⑦ 他人の家を訪問する意の謙譲語。参上する。
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)二「藤間さんがお屋敷へお上(アガ)んなさいますから」
[七] 補助動詞として用いる。動詞の連用形に付く。
① その動作が終わる意を表わす。「染め上がる」「刷り上がる」
② その動作が激しくなる意を表わす。
※落窪(10C後)二「ただ言ひに言ひあがりて」
③ いやしめ、ののしる気持を添える。くさる。やがる。
※浄瑠璃・女殺油地獄(1721)中「ヤイかしましい。あたり隣も有ぞかし、よっぽどにほたへあがれ」
※滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)五「ヲヲイまちあがれ」
[2] 〘他ラ五(四)〙 「食う」「飲む」の尊敬語。
※虎明本狂言・饅頭(室町末‐近世初)「中々ことの外むまうござる。一つあがりまらせひ」
※ヰタ・セクスアリス(1909)〈森鴎外〉「お父様は巻烟草は上(アガ)らない」
[語誌](1)アガルとノボルは、共に上への移動を表わすという点で共通する類義語であるが、アガルが到達点に焦点があり、そこに達することを表わすのに対して、ノボルは経過・過程・経路に焦点があるという点が異なる。「川を(船で)ノボル」「×川を(船で)アガル」「川から(岸に)アガル」「川から(谷づたいに山へ)ノボル」
(2)アガルは、ある到達点に達することを表わすところから、(一)(一)のように基本的には初めの状態を離れること、ある段階から抜け出すことを表わし、その経過・過程は問題にしない非連続的な移動である。そのため、アガルの場合、アガルものが物全体か一部かにかかわらず、視点の向けられているものの移動ということが問題になる。それに対して、ノボルの場合は、少しずつ移動する過程が明らかになるような、それ自体の全体的移動を表わし、しかも自力で移動が可能な事物に限定される。「生徒の手がアガル(×ノボル)」「ダムの水面がアガル(×ノボル)」「いつのまにか血圧がアガッていた」「興奮して頭に血がノボッていくのがわかった」
(3)到達点という結果に焦点があるアガルは、「ている」を付けてアガッテイルとすると動作・作用の結果を表わす。過程に焦点があるノボルはノボッテイルとすると現在進行中の動作を表わす。「のろしが(森の上に)アガッテイル」「煙が(空へ)ノボッテイル」
(4)また、アガルは、到達点に達するというところから、(一)(五)①②③のように最終的にある段階に達して完了すること、終了することをも表わすことになる。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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