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足利[市] あしかが

百科事典マイペディアの解説

足利[市]【あしかが】

栃木県南西端の市。1921年市制。足尾山地南麓と渡良瀬(わたらせ)川沿岸の低地を占め,佐野市,群馬県の桐生,太田の両市と境を接する。中心市街は古代毛野国(栃木・群馬)の一中心で,中世には足利氏発祥の地としてその居館が置かれた。
→関連項目桐生織物両毛線

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世界大百科事典 第2版の解説

あしかが【足利[市]】

栃木県南西端にある市。1921年市制。人口16万5828(1995)。群馬県の桐生,太田,館林の各市,栃木県の佐野市などと境を接する。古代からの交通の要地で,東山道宿駅として,足利駅の名は《延喜式》などにもみられる。中世には足利氏の発祥の地としてその居館,近世には戸田氏万石の陣屋が置かれ,渡良瀬川河港があった。中世末期以来,絹織物の名産地として知られ,江戸中期には工場制手工業が出現し,機業地として発展した。

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世界大百科事典内の足利[市]の言及

【足利織物】より

…関東各地の織物産出は《続日本紀》によって奈良朝以前までさかのぼりうるが,栃木県の足利が織物産地として名をなすのは18世紀半ば,とりわけ高機(たかばた)が普及した18世紀末以後のことに属する。先進地桐生(桐生織物)と同じ高級絹織物のほか大衆的な絹綿交織物と綿織物を盛んに生産し,19世紀に入ると桐生を離れて独自の市を開設した。…

【名字の地】より

…しかしその多くは地名化して位置も固定し,先祖開発の本領として屋敷が設けられたほか,先祖の祭祀・仏事の行われる祖廟や墓所などが設置される場合もあった。室町時代,足利将軍や鎌倉公方にとって下野国足利の地は先祖発祥の地であり,京都鎌倉御名字の地とよばれ鑁阿(ばんな)寺・足利学校が設けられるなど,特別視されている。【五味 克夫】。…

※「足利[市]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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