仏教の根本的な世界観ともいうべき語であるが、また仏教語として②の意味にも用いられたところから、転じて日本では特に、③のように寺社創建の由来や沿革を伝えた文書類を指すことばとして使用された。仏教の隆盛とともにこれら「縁起もの」も盛んに作られたが、次第に神仏の霊験や利益を説くことに重点が置かれるようになり、このことが近世以降④の「吉凶の前兆」という意味に転じて使われる下地ともなった。
大別して三つの意味がある。(1)仏教の中心思想の「縁起」。(2)神社仏閣などのいわゆる「いわれ」。(3)縁起がよい、縁起を担ぐ、などの「縁起」は日常的な迷信、ジンクスなどの類を含む。ここでは(1)と(2)を説明する。
(1)サンスクリット語のプラティートゥヤ・サムウトパーダpratītya-samutpādaの訳語。仏教のもっとも重要な中心思想とされる。最初期は、われわれの現実を直視して、存在の一つ一つがつねに関係しているあり方を問う考えに基づき、たとえば老死は生まれることに縁(よ)っておこり、あるいは苦は煩悩(ぼんのう)におぼれる愛に縁り、または人間の根元的な無知(無明(むみょう))に縁っておこり、逆に煩悩の滅から苦が滅するなどと説かれ、やがてこの系列化が進められて、無明から老死に至る計12の項を数える縁起説がたてられた(十二縁起、十二支(し)または十二因縁(いんねん))。それが各項(支)を省いて、「これあればかれあり、これ生ずればかれ生ず、これなければかれなし、これ滅すればかれ滅す」ともいわれる。ただし初期の諸経典には、その他の雑多な縁起説も混在している。
部派仏教では、その最大の説一切有部(せついっさいうぶ)において、業(ごう)の説が加わり、この十二支をわれわれの過去、未来、現在の三世にまたがるものとしてそれぞれに配分し、時間的な生起を中心に縁起説を解して、三世両重因果説をたてた。そのほか、六因、四縁、五果を数え、因と縁との結合から果(か)の生起するあり方を細かく考察する。
部派の諸説に異論を唱えて大乗仏教運動がおこり、とくにその最初に登場した『般若経(はんにゃきょう)』群の一切皆空(いっさいかいくう)説が名高い。この説はナーガールジュナ(龍樹(りゅうじゅ)、2~3世紀の人)によって、縁起説と密接に結び付けられて深化しかつ拡大し、縁起―無自性(むじしょう)―空(くう)として確立した。すなわち、いっさいのものはそれぞれ他のものを縁としてわれわれの前に現象しており、しかも各々が相互に依存しあっていて、その相依関係も相互肯定的や相互否定的(矛盾的)その他があり、こうしていかなるもの・ことも自性を有する存在(実体)ではない、いいかえれば空であり、しかも、そのあり方もいちおうの仮のものとして認められるにすぎないとし、そのことの悟りを中道とよんでいる。
そのあと、中期大乗仏教の一つに、あらゆる諸現象はわれわれの心の働きにほかならないとする唯識(ゆいしき)説があり、ここでは、その心による認識、心そのものについての詳しい分析を果たす過程のなかに縁起説を取り入れる。すなわち、外界との縁起の関係のうえに活動する心に眼耳鼻舌身意の六識をあげ、それを統括する自我意識を末那識(まなしき)といい、さらにそれをも包んでいっさいをしまい込んでおく阿頼耶識(あらやしき)をたてる。一方、この識から縁起の関係を通じて、いかにしていっさいが現象するか、また悟りに導かれるかが詳しく検討されている。
中期大乗仏教の他の一つは、われわれのうちに悟りを開く素質のあるべきことを考えて、如来蔵(にょらいぞう)または仏性をたて、それは本来清浄なる心(自性清浄心(じしょうしょうじょうしん))に基づくとする。これを如来蔵縁起とよんで、法性(ほっしょう)、真如(しんにょ)などの説を展開した。
中国仏教では、ナーガールジュナの説を発展させ体系化した三論の真俗二諦(たい)の縁起説、天台の空(くう)―仮(け)―中(ちゅう)の三諦に基づく縁起説、いっさいのものが相互に交錯し流入しあって、一即多、多即一である現象面を重重無尽と称して、これを法界(ほっかい)縁起とよんだ華厳(けごん)の説などが知られる。また密教では、地水火風空識の六大に縁っていっさいが展開するという六大縁起説を基盤とする。
[三枝充悳]
(2)わが国における寺社の霊験(れいげん)や由来沿革を説明したもの(因縁によって宇宙の事象が生起するという仏教語による)。歴史的縁起と物語的縁起があり、あくまで中心は唱導を目的とした後者である。前者は奈良期に諸大寺から撰上(せんじょう)された『伽藍縁起并流記資財帳(がらんえんぎならびにるきしざいちょう)』のごとく、開創縁起およびその後の変遷と国家提出用の財産目録にすぎない。これに対して庶民浄土教の流行する中世に入る12世紀末前後から、寺社霊験を語る後者が、念仏聖(ひじり)や絵解き僧の唱導活動によって全国に拡大される。内容は庶民啓蒙(けいもう)のための誇張された物語的霊験譚(れいげんたん)で、換言すれば叙事伝説といえる。この伝説的寺社由来譚も古くからみえて、『日本書紀』欽明(きんめい)天皇14年条や『扶桑(ふそう)略記』同13年条、同書同32年条などがある。中世に入る前後から、字の読めない庶民受容を容易にするため絵を伴う縁起が多くつくられ、絵解き芸能も盛んになる。説話文学との関係も密になる。このころは寺社の宣伝と庶民の信仰が呼応した絵巻縁起の最盛期である。『石山寺(いしやまでら)縁起』『北野天神縁起』『當麻曼荼羅(たいままんだら)縁起』『春日権現験記絵(かすがごんげんけんきえ)』『信貴山(しぎさん)縁起』などが代表作品としてあげられよう。『粉河寺(こかわでら)縁起』なども勧進(かんじん)僧によって書かれ、勧進の目的で制作された証(あかし)であることを示す。『一遍聖絵(いっぺんひじりえ)』『融通念仏(ゆうずうねんぶつ)縁起』その他の宗祖伝記絵も各宗派の宣伝の道具として、絵解きとともに用いられたものであろう。浄土を説く『春日曼荼羅縁起』に類するものも多い。
[渡邊昭五]
『宇井伯寿著『仏教思想研究』(1943・岩波書店)』
仏教における真理を表す一つの言葉で,詳しくは〈因縁生起〉といい,略して縁起という。現象的事物すなわち有為(うい)はすべて因hetu(直接原因)と縁pratyaya(間接原因)との2種の原因が働いて生ずるとみる仏教独自の教説であり,〈縁起をみる者は法=真理をみ,法をみる者は縁起をみる〉といわれる。それは基本的には〈此有るが故に彼有り。此無きが故に彼無し〉あるいは〈此生ずるが故に彼生ず。此滅するが故に彼滅す〉と規定される。すなわちあらゆる事象は事象間の相互関係の上に成立するから,不変的・固定的実体というべきものは何一つないという仏教の〈無我anātman〉あるいは〈空śūnya〉の思想を理論的に裏づけるのがこの縁起観である。釈尊は当時のバラモン教の有我説に反対して無我を主張したが,その根拠として〈十二支縁起(十二因縁)〉説を唱えた。すなわち無明を究極原因とし,生・老死を最終結果とする十二の因果の連続体がわれわれ有情(うじよう)のあり方であり,そこにはなんら固定的・実体的な自我(アートマン)は存在しないという。原始仏教いらい説かれるこの十二支縁起を〈業感縁起〉といい,これと,大乗の瑜伽行唯識派の〈阿頼耶識縁起〉,如来蔵思想の〈如来蔵縁起〉,華厳宗の〈法界縁起〉とをあわせて四種縁起と呼ぶことがある。
執筆者:横山 紘一
〈縁起〉の語義の解釈には諸説があり,その推移をたどることはさながら仏教教説史を説くことになる。大きく分けると,〈縁〉に中心をおく考えと〈起〉を重視する立場に総括できよう。全宇宙に存在するあらゆる実体や生起する現象は,すべて〈縁〉によって成立し機能するとみる前者は,実在の原理を問いつめている点から〈理〉に執しているとみられよう。これに対して〈起〉の立場は,事物や現象の生起や推移に注目する,時間的・歴史的観点に立つといえよう。ここに宇宙の理解を事物相互の依存関係から空間的に横軸的に説明しようとする実相論と,逆に宇宙万物が何から生じ,どのように輪廻し転生流転したかの推移を時間的に縦軸的に把握しようとする縁起論との二法門が分立した。つまり全宇宙のいっさいを共時的関係で考える構造主義と,通時的に観想する歴史論ないし歴史主義との対立とみてよかろう。この二つは仏教界をにぎわす大論争をもたらしたけれども,日本においては,縁起論の立場をとる歴史主義が大勢を支配する方向へ進んだ。ここに日本的縁起の成熟する素因があったと考えられる。
縁起説の日本受容については三つの側面からとらえる必要がある。第1は仏教の根本思想である縁起説をどう受けとめたかという教論の立場であり,第2は神社仏閣や経典などの創立由来を説いた寺社縁起の類であり,第3は民間に受容されて〈縁起がいい〉〈縁起をかつぐ〉〈縁起物〉などと呼ばれる民俗語彙や信仰習俗を創成するにいたった事情である。
このうち第2の寺社縁起が重要といえよう。それは,宇宙万有・一切衆生の生起を,すべて〈因〉と〈縁〉との理法によって説明する仏教の根本義にのっとり,寺院・神社の草創・沿革,またはその霊験などを記した文書・詞章のすべてを指す。まず寺院縁起を内容に則して並べると,造像記,開眼記,荘厳記録,創建再興の由来記,仏徳の賛嘆・功徳・霊験の記録,経典の内容来歴を解説したもの,開基住僧の伝記,法難殉教記,勧進記などが挙げられる。また神社縁起としては,祭神の示現,神格や神事の由来,祭事の奇瑞,社殿の開創,祭神の鎮座記,祝詞・祭文の来歴,神職家と神社(祭神)との関係を説いたもの,氏子(人)の奇縁伝承を集めたものなど広範にわたる。ただし狭義に限定するときは,高僧伝,寺記,法会記,往生伝,儀式帳,参詣記,祭礼記,託宣記などを除き,草創・沿革と,それらをめぐる霊験を強調することを主目的とし,かつ〈縁起〉と称するタイトルを付した,特定ジャンルの文章に限ることとなる。
日本で寺社縁起の成立する契機は三つある。第1は,すでに中国,朝鮮に成立したスタイルを模倣したもので,《日本霊異記》とか〈釈経縁起〉などが挙げられる。第2は監督官衙へ提出した公文書の一部として開創の所縁を述べたもので,律令国家の宗教統制が強化されるにつれて作成された〈古縁起〉がそれにあたる。元興寺,大安寺,法隆寺などの官大寺が流記資財帳(資財帳)の上奏に際し述べた〈伽藍縁起〉がのこっている。第3は民間に伝承された古伝説にもとづき,それを仏教の教説や神道の論理にあわせて再構成した潤色の多いもので,とくに神仏習合がすすむにつれ本地垂迹の原理を寺社の因縁に仮託する趣向が強い。いわゆる〈縁起もの〉の典型で,もっとも日本的特色を表している。
執筆者:桜井 徳太郎
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仏教の中心的な思想「因縁生起」のことで,いっさいの現象は種々の因縁(いんねん)によって生起するという考え。日本では吉凶の前兆や事物の起源・由来も意味するようになり,神社仏閣の創立・沿革の由来を説くものはとくに寺社縁起といわれた。747年(天平19)成立の大安寺・法隆寺・元興寺の各「伽藍縁起并流記資財帳」は現存最古の例とされる。中世には各寺社が布教のために霊験利益譚中心の縁起を制作し,「信貴山縁起」「北野天神縁起」などの縁起絵巻の傑作がうまれた。
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…仏教では,すべてのものごとが生起したり,消滅したりするには必ず原因があるとし,生滅に直接関係するものを因と言い,因を助けて結果を生じさせる間接的な条件を縁として区別するが,実際に何が因で何が縁であるかをはっきり分かつ基準があるわけではない。因縁は〈因と縁〉と〈因としての縁〉の二通りに解釈されるが,この両者を一括して縁と呼び,因縁によってものごとの生起することを縁起(えんぎ)とも言い,また,生じた結果を含めて因果(いんが)とも言う。因縁,縁起,因果は仏教教理の最も根本的な考え方であるが,必ずしも因から果へという時間的関係のみを意味するだけでなく,同時的な相互の依存関係,条件をも意味している。…
…物語,説話,伝記,社寺縁起などを横長の巻物に詞(ことば)(文章)と絵で表した作品の総称。絵巻物とも呼ぶ。…
…社寺や諸神諸仏の開基,由来,霊験などを記したものを縁起というところから,兆(きざし)の起こる由来も縁起といい,兆に対する俗信から縁起の良し悪しをいうようになり,良い縁起を得れば開運をもたらし,悪い縁起に遭えば不運の結果を招くとされた。そのため将来かならず幸運が招かれるという心意に基づいて,縁起の良い呪物が想像された。…
…仏教の開祖釈尊が菩提樹下で悟ったといわれる真理。十二支縁起あるいは十二縁起とも呼ぶ。生老病死という四苦で言い表される我々苦的存在は,無明ではじまり老死で終わる次のような十二種の契機によって成立するとみる因果法則である。…
… 釈迦の時代のインドは,鉄器の利用により農産物が豊富になり富裕な商工業者が現れ,社会は爛熟し,旧来のベーダ,ウパニシャッドに基づくバラモン教に疑問をもつ自由思想家が多く輩出し,釈迦もその中の一人であった。その教義は,中道,四諦(したい),八正道,縁起,無我の諸説にまとめうる。中道とは当時の伝統的苦行主義と享楽的自由主義のいずれにも偏らない生き方をいう。…
…また欧米の宗教活動は,日本から伝わった禅,スリランカの大菩提会(だいぼだいかい),およびチベット人移民によるものがおもなものである。
[教祖――釈迦]
釈迦はヒマラヤ山麓のカピラバストゥを都とする釈迦族の王子として生まれたが,29歳のとき,人生の苦悩からの解脱を求めて出家し,6年苦行の後,35歳にして,マガダ国ガヤー城郊外において菩提樹下で禅定に入り,苦悩の起こる原因と,その克服に関する縁起の理を悟ってブッダ(〈悟れる者〉の意)となった(成道(じようどう))。その後,ワーラーナシー郊外のサールナート(鹿野苑(ろくやおん))において,もと修行仲間だった5人の修行者を相手に,自ら悟った真理(法)を説き,弟子とした(初転法輪(しよてんぼうりん))。…
※「縁起」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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