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マリ Marie, Pierre

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マリ
Marie, Pierre

[生]1853.9.9. パリ
[没]1940.4.13. パリ
フランスの神経科医。神経病学者ジャン=マルタン・シャルコーの弟子。1885年パリのサルペトリエール病院で医師となり,1907~25年パリ大学の神経学教授。1886年と 1889年に公刊した先端巨大症の記述は近代内分泌学の発端となるものであり,この病気の原因が下垂体の腫瘍と機能障害であることを詳述した。1893年には小脳の遺伝病で重い平衡障害を起こす遺伝性小脳性運動失調症(マリ病,マリ失調症)を初めて報告した。また肺性骨関節症,進行性筋萎縮症の一種であるシャルコー・マリ・トゥース病(CMT。共同研究)などを発見。失語症についても業績が多い。第1次世界大戦中には戦傷による神経系の障害について重要な研究を残した。

マリ
Mali

正式名称 マリ共和国 République du Mali。
面積 124万8574km2
人口 1552万5000(2011推計)。
首都 バマコ

アフリカ大陸西部の内陸国。北はアルジェリア,東はニジェール,南はブルキナファソ,コートジボアール,ギニア,西はセネガル,モーリタニアに国境を接する。国土は東部のイフォラス高原以外は大半が平地。北部はサハラ砂漠とそれに南接するサヘル地帯,南部のニジェール川流域は森林を含むサバナとなる。熱帯気候で,年平均気温はバマコで 27.6℃。年降水量は南部に多く 500~1000mm。先史時代から人類が居住,多くの文明の遺物が発見されている。8~13世紀モーリタニア南東部からマリ国境地帯を中心にサラコレ族のガーナ王国が繁栄,次いで 13~16世紀ニジェール川流域一帯にマリンケ族によるイスラム文化のマリ帝国,15世紀ソンガイ族ソンガイ王国,17~18世紀バンバラ王国などが栄えた。その間,1591年にモロッコが侵攻,14世紀に「黄金の都」と称されたトンブクトゥは以後2世紀間モロッコ軍の支配下におかれた。 19世紀末からフランスが進出,1920年フランス領スーダンとしてフランス領西アフリカの一部,1946年海外領,1958年フランス共同体内の自治国となり,1960年6月セネガルとともにマリ連邦として独立したが,同年8月連邦は解体,同年9月セネガルと分離,あらためてマリ共和国として独立。農業と牧畜を主とし,綿花,ナンキンマメ,畜産物を輸出するほか,自給用として米,ミレット,トウモロコシ,イモ類などを産する。鉄鉱石,ボーキサイト,マンガン,金,ウランなどの地下資源があるがほとんど未開発。工業は食品加工,マッチ,繊維関係などの軽工業が中心。 1982~84年大干魃に見舞われるなど,サハラ砂漠の南下に苦しむ。サハラおよびサヘル地帯では白人系のトゥアレグ族,アラブ系のムーア人 (→ベルベル人 ) などが遊牧を営み,南部のスーダン地帯とニジェール川河谷ではバンバラ族をはじめマリンケ族,ソンガイ族など人口の大部分を占める黒人系の民族が農業を営む。国外への移住者も多い。イスラム教徒が約 80%を占める。公用語はフランス語であるがバンバラ語,マリンケ語,トゥアレグ語なども広く用いられる。

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知恵蔵の解説

マリ

アフリカ北西部の共和国。北はアルジェリア、東はニジェール、西はモーリタニア、南はブルキナファソ、コートジボワール、ギニア、セネガルに接する。人口は約1630万人(2012年)。20以上の民族からなる多民族国家で、国民の約8割はイスラム教徒。中南部に黒人系のバンバラ人、マリンケ人ほか、北部に白人系の遊牧民トゥアレグ人、ベルベル人ほかが暮らす。公用語はフランス語。面積は124万平方キロメートル(日本の約3.3倍)で、国土の北半分はサハラ砂漠が広がり、中南部を流れるニジェール川沿岸のステップ~サバナ地帯に、首都バマコを始め、トンブクトゥ、ガオ、ジェンネなど歴史上、栄えた交易都市が点在する。主産業は農業で、牧畜と綿花・落花生・トウモロコシの栽培が盛ん。また、石油、金、リン鉱石、マンガン、ウランなど地下資源も豊富で、近年、外国資本による開発が進められている。世界遺産の登録地トンブクトゥ、ジェンネ旧市街、バンディアガラの断崖(ドゴン人の居住区)を始め観資源も多い。
マリは北アフリカ交易の要衝にあたり、古代から多くの王国が栄えた。8~12世紀、西アフリカ一帯を広く支配したのが、ガーナ王国である。マンデ諸族からなるガーナ王国はサハラ交易で繁栄を築いたが、11世紀末、ムラービト朝(ベルベル人のイスラム王朝)の侵入を受けて衰退し、同時にイスラム教を受容することとなった。13~16世紀には、マリンケ人のマリ帝国が塩や金の交易で栄え、オアシス都市トンブクトゥは「黄金の都」として西欧にも知られた。16世紀にはソンガイ王国が興ったが、その後は小国が乱立。18世紀以降、フランス人の侵入を受け、1892年に「フランス領スーダン」として植民地化された。1920年には、周辺・ギニア湾岸の7カ国とともに「フランス領西アフリカ」に組み込まれた。
「アフリカの年」といわれた60年、独立を遂げる。初代大統領に就任したモディボ・ケイタは社会主義国家の建設を進めたが、68年にムーサ・トラオレが率いる軍事クーデターによって追放された。その後、M.トラオレの独裁政権が続いたが、91年、軍のアマドゥ・トゥーレによって倒され、翌年、国民の直接選挙によってアルファ・コナレ政権が誕生した。2002年以降はトゥーレ政権が続いたが、12年3月、政府軍による反乱が発生。これに乗じて、民族自決を掲げる北部トゥアレグ人の「アザワド解放国民運動(MNLA)」と「アンサル・ディーン」(トゥアレグ人のイスラム組織)が武装蜂起した。MNLAは北部の主要都市を制圧し、翌月独立(アザワド独立宣言)を発表した。事実上国土が二分された結果を受け、中央政府のトゥーレ大統領は辞任し、国民議会議長のディオンクンダ・トラオレが暫定大統領に就任した。
その後、MNLAが支配する北部では、アルカイダの北アフリカ組織「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」が勢力を拡大し、MNLAから支配権を奪った。軍の分裂もあって、劣勢となったD.トラオレ暫定政権は、旧宗主国のフランスに軍事介入を要請。国連安全保障理事会の決議を経て、13年1月フランス軍は北部への空爆を開始した。アルカイダ系の勢力拡大を警戒する西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)も、仏オランド政権の軍事介入を強く支持している。

(大迫秀樹  フリー編集者 / 2013年)

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

マリ

人口約1630万人、国土は日本の約3・3倍。1960年にフランスから独立。昨年3月、国軍の一部が武装蜂起し、前大統領がセネガルに出国した。翌月には暫定大統領が就任したが、政情不安に陥り、北部などで武装勢力台頭を招いた。アフリカ最貧国の一つとされる。

(2013-06-04 朝日新聞 朝刊 1外報)

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デジタル大辞泉の解説

マリ(Mali)

アフリカ西部の共和国。北部をサハラ砂漠が占める内陸国。首都バマコ。13~15世紀マリ帝国として金・塩の交易で繁栄。1920年、フランス領スーダンとなったが、1960年に独立。綿花・ラッカセイなどを産する。正式名称、マリ共和国。人口1380万(2010)。

マリ(Mari)

シリア東部にある都市遺跡。現代名テルハリリ。ユーフラテス川中流域、イラクとの国境近くに位置する。紀元前3000年頃から軍事および交易の拠点として栄えたが、紀元前18世紀半ば、バビロニアハンムラビによって破壊された。シュメールの神々を祭る神殿やマリ王ジムリ=リムの王宮の遺跡などがある。王宮付属の文書庫から発見された、楔形(くさびがた)文字で記された大量の粘土板「マリ文書」は、当時の歴史年代、都市の名称、社会・経済を知る上で非常に重要な資料として知られる。

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デジタル大辞泉プラスの解説

マリ

新潟県古志郡山古志村(現・長岡市)に住む犬。2004年新潟県中越地震の日に3匹の子を出産。地震後村民は全員避難、犬たちは村に残され16日後に保護された。このことが多くのメディアに取り上げられ、2005年2月、絵本『山古志村のマリと三匹の子犬』が出版。また2007年には映画『マリと子犬の物語』が公開された。

マリ

日本女子サッカーリーグに参加するサッカーチーム、東京電力女子サッカー部マリーゼのチームマスコット。イルカモチーフ

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世界大百科事典 第2版の解説

マリ【Mali】

正式名称=マリ共和国République du Mali面積=124万8574km2人口(1996)=920万人首都=バマコBamako(日本との時差=-9時間)主要言語=バンバラ語,フルフルデ語,ソンガイ語,タマシェク語,フランス語通貨=CFA(アフリカ金融共同体)フランFranc de la Communauté Financière Africaine西アフリカの内陸に位置する共和国。国土は西アフリカの長流ニジェール川の中・上流域にあたる。

マリ【Mari】

シリア東部,ユーフラテス川中流域の西岸,アブー・カマルの上流約11kmにある古代都市。現代名はテル・ハリリTell Haririで,1933年1個の彫刻を偶然に発見したことをきっかけとして,フランスのパロA.Parrotが発掘を続行し,この遺跡がシュメール王名表の大洪水後10番目の王権の所在地と記されているマリであり,アッカド人が居住していたことがわかった。そして初期王朝期のシュメール・アッカド世界を北西へ大きく拡大したばかりでなく,出土したタブレットによって前2100年ころと考えられていたバビロン第1王朝のハンムラピの即位年代を,前1792年または前1728年に大きく変更するという結果をももたらした。

マリ【Mary】

中央アジア,トルクメニスタン共和国東部のオアシス都市で同名州の州都。人口9万5000(1991)。ムルガーブMurghāb川の下流の古くからの都市メルブの南西に19世紀初めに建設された。19世紀の80年代にロシアの統治下に入り,1886年にカスピ海東岸より延びてきた中央アジア鉄道によってロシア中央部と結ばれるようになり,以降地方の綿花,穀物集散地として発展した。【堀 直】 人口は1897年8500,1939年3万7000,59年4万8000と増加し,1937年までメルブと称した。

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大辞林 第三版の解説

マリ【Mali】

アフリカ北部、サハラ砂漠の西部を占める内陸国。共和制。綿花・落花生などを産する。もとフランス領スーダン。1960年独立。首都バマコ。住民はスーダン系黒人とアラブ人。イスラム教徒が多い。主要言語はフランス語とアラビア語、バンバラ語ほか。面積124万平方キロメートル。人口1350万( 2005)。正称、マリ共和国。

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世界大百科事典内のマリの言及

【アモリ人】より

…前2000年ころからアモリ人はメソポタミア沃地に侵入し定着するようになる。中でもユーフラテス川中流域に栄えたマリはアモリ人の国として有名。マリを征服したバビロン第1王朝のハンムラピ王もアモリ人である。…

【シュメール美術】より

…第III期(前26世紀からアッカド王朝成立時まで)になると,彫刻では様式化にこだわらず人体の自然な特色を表現することに関心が向けられるようになった。彫像の体つきは丸味をおび,〈カウナケスkaunakes文様〉と呼ばれる手法を用いて頭髪やあごひげ,身にまとっている毛皮の柔らかい質感が表現された(マリ出土の〈エビー・イル像〉など)。またこの時期には,浮彫をほどこした壁面装飾用の石板が多く作られた。…

【バビロニア美術】より

…イシュチャリIshchaliのイシュタル・キティトゥム神殿が,複数の建物を一つの複合体の中にまとめることに成功した例として知られている。ユーフラテス川中流域のマリではこのころから再び繁栄期をむかえ,前18世紀前半にバビロン第1王朝のハンムラピ王によって滅ぼされるまで華やかな文化が栄えた。マリのジムリリムZimri‐Lim王の宮殿は,複雑な機構をもった宮殿建築の遺例として知られているばかりでなく,壁画が発見されたことでも名高い。…

【ハンムラピ】より

…治世11年から29年ころまでは,年名から判断するかぎり,対外戦争に対する言及はなく,ハンムラピはもっぱら神々の玉座や神像の作製,神殿の修築などの宗教事業,および城壁の建設,運河の浚渫(しゆんせつ)などの国防・灌漑事業に専心,国家の精神的・物質的強化に腐心したと思われる。マリ出土の書簡によれば,この当時彼の支配するバビロンは,ラルサ,エシュヌンナ,マリ,アレッポ(ヤムハド),カタヌム(カトナ?)などと並ぶ勢力ではあっても,それ以上のものではなかったらしい。そしてハンムラピはマリやラルサの諸王と密接な同盟関係を結び,もっぱら巧みな外交によって国威高揚に努めたようである。…

【メソポタミア】より

…首都アガデの位置はいまだ不明である。サルゴンはシュメール地方を征服しただけでなく,東方エラム地方,ユーフラテス中流域のマリ,さらにはレバノンにまで軍事遠征を行い,最初の帝王として古代西アジアで長く記憶され続けている。またこれ以後セム人がメソポタミア最南部地方にも広く住んだ。…

※「マリ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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