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三国[町] みくに

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百科事典マイペディアの解説

三国[町]【みくに】

福井県北部,九頭竜(くずりゅう)川河口両岸を占める坂井郡の旧町。中心の三国は河口右岸にあり,近世,北国第1の港といわれた沿岸航路の要港であったが,北陸本線からはずれ,以後漁港として発展,えちぜん鉄道が通じる。
→関連項目放生津

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世界大百科事典 第2版の解説

みくに【三国[町]】

福井県北部,坂井郡の町。人口2万3677(1995)。町域は三里浜の北部から北は陣ヶ丘台地にまたがるが,九頭竜川河口右岸の旧港町が中心である。三国湊は778年(宝亀9)渤海(ぼつかい)使らの来着が知られ,中世にかけて興福寺領河口荘坪江郷の貢米積出しなどによって栄えた。近世にも北前船の寄航地,越前諸藩の外港として重要であった。豪商が軒を連ねた当時の繁栄は,古い家並みや盛大な三国神社例祭(三国祭)にうかがわれる。

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世界大百科事典内の三国[町]の言及

【越前国】より

…現在の福井県のうち南西部の旧若狭国を除いた北東部を占める。
【古代】
 北陸地方は古くは(こし)(高志)とよばれ,越前に当たる地域には角鹿(つぬが)国造,三国国造がいた。越は蝦夷経営の前進基地としての政治的役割をもち,589年に阿倍臣を北陸道に遣わし越等の諸国の境を視察させている。…

【遊郭(遊廓)】より

…江戸は徳川氏になってから1617年に傾城町の建設が認められたもので集娼制はいっそう明確であり,57年(明暦3)に浅草の新吉原へ移転したものが幕末を経て昭和まで存続した。このようにして各地に設置された公認遊郭の主要なものを示せば,前記3遊郭のほか,伏見撞木(しゆもく)町,奈良木辻(きつじ),大津柴屋(しばや)町,駿府弥勒(すんぷみろく)町,敦賀(つるが)六軒町,越前三国,佐渡鮎川(相川)(あいかわ),堺高須,同乳守(ちもり),神戸磯ノ町,播磨室津,備後鞆(とも),安芸宮島,同多太海(忠海)(ただのうみ),石見温泉津(ゆのつ),下関稲荷町,博多柳町,長崎丸山などで,《洞房語園(どうぼうごえん)》(1720)は計25ヵ所を挙げている。それらの中には江戸時代前期にすでに衰微したものもあり,諸書の伝える遊郭は地名,件数ともに多少の異同があって一致せず,設置の起源なども確定できないものが多い。…

※「三国[町]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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