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吉井[町] よしい

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百科事典マイペディアの解説

吉井[町]【よしい】

群馬県南部,多野郡の旧町。利根川の支流鏑(かぶら)川の河谷平野を占め,中心集落は中山道脇往還の宿場町,市場町として発達。上信電鉄,上信越自動車道が通じる。養蚕が盛んで,シイタケも多産。

吉井[町]【よしい】

岡山県東部,赤磐(あかいわ)郡の旧町。主集落は吉井川吉野川合流点の周匝(すさい)。吉備(きび)高原平たん面上に多くの集落があり,米作,野菜の抑制栽培行われる

吉井[町]【よしい】

福岡県南東部,浮羽郡の旧町。筑紫平野北東部,筑後川の左岸を占め,米麦のほか,カキ,ブドウなどの果物を産し,野菜栽培も行われる。久大本線が通じる主集落には製材,食品,ゴムなどの中小工業が盛ん。

吉井[町]【よしい】

長崎県北部,北松浦郡の旧町。北松浦半島中部を占め,ほとんどが丘陵性の山地。佐世保炭田の炭鉱町であったが,閉山が相次ぎ,炭鉱跡地へ企業誘致を進めた。米作,施設園芸,肉牛肥育も行う。

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世界大百科事典 第2版の解説

よしい【吉井[町]】

群馬県南西部,多野郡の町。人口2万3978(1995)。関東山地の北東端にあたる丘陵性山地が町域の大部分を占め,中央を利根川の支流鏑(かぶら)川が東流する。北東は高崎市に接し,上信電鉄が通じる。中心の吉井は江戸時代中山道の脇往還(信濃別路)の宿場町,市場町として発達し,吉井藩1万石の陣屋も置かれていた。農業が主で,全国有数の生産高を誇る生シイタケの生産,キュウリなどの施設園芸が盛んである。特産の多胡(たご)石を用いた石灯籠や建築用石材の生産は,農家の副業として重要である。

よしい【吉井[町]】

岡山県中東部,赤磐(あかいわ)郡の町。人口5866(1995)。吉井川の中流西岸に位置し,吉備高原の一角を占める。戦国時代から近世を通じて備前,美作(みまさか)の国境沿いの要衝の地であった。中心集落の周匝(すさい)は吉井川と吉野川の合流点にある旧河港で,吉井川の舟運は昭和初期まで柵原(やなはら)鉱山の鉱石運搬に利用された。1931年同和鉱業片山鉄道がこれに代わったが,91年の鉱山の閉山に伴い,鉄道も廃止された。

よしい【吉井[町]】

福岡県南東部,浮羽郡の町。人口1万7545(1995)。筑紫平野東端に位置し,南部は耳納(水縄)(みのう)山地北側の断層崖と山麓の複合扇状地,中央部から北部にかけては筑後川南岸のはんらん原が広がる。古墳の宝庫といわれ,月ノ岡古墳をはじめ日ノ岡,珍敷塚(めずらしづか)の装飾古墳(ともに史跡)がある。中心の吉井は,近世に宿場町として発達した。国道210号線沿いに白壁造の旧地主邸が立ち並び,久大本線が通じている。

よしい【吉井[町]】

長崎県北部,北松浦郡の町。人口6062(1995)。北松浦半島のほぼ中央に位置し,南は佐世保市,北は松浦市に隣接する。松浦鉄道線と国道204号線が通る。南部と北部は低い山地で,中央部を佐々川が西流し,川沿いに沖積低地が広がる。明治中期に佐世保炭田(北松炭田)の採掘が始まり,最盛期には18の鉱山があって石炭の町として栄えた。その後,炭鉱は衰退し,1970年にはすべての鉱山が閉山して人口も急減した。現在は農業が主産業で,施設園芸,畜産,ミカンイチゴメロンの栽培が盛んである。

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