大宰府・太宰府(読み)だざいふ

大辞林 第三版の解説

だざいふ【大宰府・太宰府】

〔通例、官庁は「大宰府」、地名は「太宰府」と書く〕
律令制で、筑前国に置かれた地方官庁。九州諸国の行政の統轄、外国使節の接待、海辺防備などに当たった。福岡県太宰府市にその遺跡がある。おおみこともちのつかさ。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

だざい‐ふ【大宰府・太宰府】

[1] 〘名〙 (大宰府) (古くは「ださいふ」) 令制で、天智天皇三年(六六四)筑前国(福岡県)筑紫郡に設置された地方官司。九州諸国の行政管理や外国使節の接待、海辺防備、大陸からの商船の貿易管理などの対外関係の諸事をつかさどる。中央政府と九州諸国の間にあって「非京非国中間孤居」(三代格)して独自の政治的機能をはたした。職員に、主神(かんづかさ)一人、帥(そち)、大弐各一人、少弐、大少監、大少典各二人、大少判事以下があり、防人司・主船司・蔵司などの諸司があった。天平一四年(七四二)一時廃止されて筑前国司を置き、同一五年一二月筑紫鎮西府が置かれ、同一七年六月復活した。九世紀以後、親王を帥に任ずるのが慣例となって、権帥・大弐が実質的な政務を執った。鎌倉時代には幕府によって任命された鎮西奉行が駐在して大宰府守護所と称され、さらに御家人武藤氏が少弐を世襲してからは北九州三国の守護所となったが、南北朝・室町以後、その律令官制上の機能を失っていった。現在、福岡県太宰府市にその遺跡がある。だざいのふ。おおみこともちのつかさ。
※令義解(718)職員「大宰府〈帯筑前国〉」
※平家(13C前)八「平家は筑前国三かさの郡太宰府にこそ着給へ」
[2] (太宰府) 福岡県西部の地名。福岡市の南東部に隣接する。(一)が置かれて以来、盛時は平城京の三分の一の規模をもつようになり、九州地方の中心地となった。菅原道真をまつる太宰府天満宮をはじめ、正庁都府楼跡・水城(みずき)跡・大野城跡・四王寺跡・観世音寺・国分寺・榎寺などの史跡がある。昭和五七年(一九八二)市制。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

今日のキーワード

政党要件

公職選挙法などが規定する、政治団体が政党と認められるための条件。国会議員が5人以上所属するか、直近の総選挙、直近とその前の参院選挙のいずれかにおいて、全国で2パーセント以上の得票(選挙区か比例代表かい...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android