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ウシ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウシ

(1) Bos taurus domesticus; cattle 偶蹄目ウシ科の家畜用ウシ。体高 90~150cm。体重は,肉用のショートホーンの雄では 1200kgにもなる。現存のものは約1万年前に西アジアで家畜化されたもので,原種はすでに絶滅したオーロックス B. primigeniusと考えられている。欧米などでは肉用,乳用に多くの品種がつくられている。 (2) Bos 偶蹄目ウシ科ウシ属の動物の総称。ウシ,ガウルバンテンヤクなどが含まれる。ときにスイギュウ属 Syncerusやバイソン属 Bisonのものも含むことがある。他のウシ科の動物と同様,胃は4室に分れる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

栄養・生化学辞典の解説

ウシ

 [Bos taurus var. domesticus].哺乳綱正獣下綱ウシ目ウシ亜目ウシ属に属する.反すう(芻)動物で,肉も乳も世界で広く食用とされている.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ウシ
うし / 牛
cattle
[学]Bos taurus

哺乳(ほにゅう)綱偶蹄(ぐうてい)目ウシ科の動物。家畜の一種。ただし、広義にはウシ科ウシ亜科に属するすべての種をさし、家畜牛のほかに、スイギュウ、バイソン、ヤク、ガウル、バンテンなども含まれる。[正田陽一]

起源

家畜牛にはヨーロッパ系とアジア系がある。ヨーロッパ系のウシは、オーロックス(原牛)Bos primigeniusが祖先種であると考えられている。オーロックスは新石器時代にはヨーロッパからアジアの大部分、アフリカ北部にかけて野生していた、体高1.8メートル、体重600~900キログラムの大形のウシで、毛色は黒褐色、背の正中線に明るい色の線が走り、90センチメートルにも達する大きな角をもっていた。16世紀ごろまではヨーロッパの森林に普通にみられたが、中世以降の森林の伐採と狩猟による圧迫で数が減り、1627年最後の1頭がポーランド南部のヤクトロウカで死んで絶滅した。一方、アジア系のウシは、このオーロックスの一地方型であるアジア原牛Bos namadicusに由来するとされている。古くはゼビューzebuとかコブウシ(瘤牛)Bos indicusとよばれてヨーロッパ系のウシとは別種として取り扱われたこともあったが、両者の間には雑種ができないという生殖的隔離機構はなく、また雑種の個体に繁殖力の低下も認められないので、現在は同一種とみなされている。
 家畜化の起源については諸説があるが、遺跡の遺骨などから、紀元前8000~前5000年ごろ西アジアのメソポタミアで農耕文化(前6000年ごろ発祥し、前5000~前4000年ごろ繁栄した)とともに発達したと思われる。シリアやエジプトでも同時代にすでに飼われていた。また、ヨーロッパでは前2700年ごろスイスの湖住民族が、西アジア伝来のものを飼育していた。さらに、インドでは前2500年ごろ、中国では前1800年ごろの遺跡から出土している。日本では縄文式・弥生式(やよいしき)文化期の貝塚から、朝鮮半島経由と思われる、ヨーロッパ系のウシに若干アジア系の血の混じった家畜牛の骨が少数出土している。これら世界各地の遺跡から出土した遺骨や出土品から、ウシと人類について後述するような多くの人類学的研究がなされている。[正田陽一]

形態

ウシ科を別名洞角科ともよぶが、ウシの角は前頭骨の骨突起に角質の鞘(さや)がかぶさったもので、抜け替わることなく一生伸び続ける。普通は雌雄ともに有角であるが、無角の品種も作出されており、常染色体上の優性遺伝子に支配されている。鼻端の裸出部の鼻鏡は大きく、この部分にある溝の紋様(鼻紋)は個体識別に用いられる。門歯と犬歯は下あごにしかなく、臼歯(きゅうし)はよく発達していて歯冠部が長く、咬合(こうごう)面にはエナメル質の半月形の横うねがある。胃は4室に分かれ、食物は第1胃(瘤胃(りゅうい))、第2胃(蜂巣胃(ほうそうい))に入り、ここに蓄えられ、これをもう一度口に戻してかみ直す反芻(はんすう)をしたのち、第3胃(重弁胃(じゅうべんい))、第4胃(皺胃(しゅうい))へ送る。第4胃が胃液を分泌する本来の胃である。第1胃にはバクテリアや繊毛虫類(インフゾリア)などたくさんの微生物がいて、繊維の消化を助けたり、タンパク源として役だったりしている。四肢端の爪壁(そうへき)は厚く発達して角質化し、円筒形に指骨を包み、ひづめを形づくっている。第3指、第4指の2本のひづめが地につき、第2、第5の両指は短い側蹄として残る。全身を覆う毛は普通は短く、毛色は品種によってさまざまで、黒、灰、褐、白の単色のものから、白地に斑紋(はんもん)のあるものや、糟毛(かすげ)のように2色の毛が混ざって生えるものなどがある。脊柱(せきちゅう)の骨の数は、頸椎(けいつい)7、脊椎13~14、腰椎5~6、仙椎4~5、尾椎14~19である。尾は丸く長く、先端には長毛が生えていて尾房をなしている。
 乳房は腹部にあり、4個の乳頭が付着していて、これにそれぞれ独立した乳腺(にゅうせん)が接続している。ウシ科の動物の乳腺の特徴は乳槽(にゅうそう)という構造をもつことで、乳腺組織で合成された乳汁は乳管を流下してここに一時蓄えられる。このことが、一定時間ごとに大量の乳を搾り取る乳用家畜として重要な意味をもち、すべての乳用家畜(ウシ、スイギュウ、ヤク、ヒツジ、ヤギ)がウシ科である理由もここにある。
 ゼビューにみられる肩のこぶ(肩峰(けんぽう))は脊椎の棘突起(きょくとっき)の高まりの上に僧帽筋や頸菱形筋(けいりょうけいきん)がかぶさったもので、雄では大きく発達しているが雌では小さい。栄養状態のよいときにはここに脂肪が蓄積し、重量の60%を占めるほどになる。ラクダのこぶや脂肪尾羊(中国の寒羊など)の尾と同様な役割を果たしている。[正田陽一]

生態

家畜牛は生産を目的に人類に飼育管理されているのであるから、野生の状態にあるものと同じ生態を示すとは限らない。しかし家畜化され飼養条件下に置かれても、変わらぬ性質もある。野生のウシ(バイソンやスイギュウなど)は群れで生活をし、群れには順位制があり、指導者(ボス)の統率に従うことで群れの秩序を保つ。家畜牛も群飼をすると、群れのなかの体格の大きい個体がボスとなり、他個体を圧して一定の行動をとる。スペインの闘牛ではこの性質が利用される。興奮して荒れ狂っているウシを制御して移動させる場合に、体の大きな去勢牛をいっしょにして、この温和な去勢牛を人が誘導することで間接的に荒れ狂ったウシをコントロールしている。
 食性は草食性であり、長い草を舌で巻いて束ね、下あごの門歯と上あごの歯肉でかみ切り、粗雑にかんで一度胃に送る。食肉獣による危険を避けるため大量の草を短時間で食べる必要から、この反芻という行動が発達したといわれている。家畜牛を牧野に放牧した場合、朝と夕方にいちばん盛んに草をはみ、日中は休息してときどき反芻する。しかし1日のうちの反芻の大部分は夜間に行われる。群れをなして横たわって休息しながら反芻することが多いが、寒いときなどには立ったまま、あるいはぶらぶら歩きながら口を動かす。乳や肉の生産のために飼われるウシでは、草食獣ではあるが生産能力を高めるために、魚粉のような動物性のものや穀類、油かすなどの高タンパクの飼料を配合し給与される場合が多い。放牧場に出されたウシは、放牧場の広さ、状態、季節などによって異なるが、1日に4~8キロメートル歩き回る。子牛を連れている場合のほうが、連れていないときよりもよく歩く。日中、低木の茂みの中に身を隠すことがしばしばみられるが、これはアブ、サシバエなどの害を避けるためである。ウシの角は野生の場合、天敵である食肉獣の襲撃を防ぐ強力な武器となる。家畜牛でも興奮すると頭を下げて突っかかってくる。群飼の場合にウシどうしの事故の原因になるし、種雄牛の飼育では管理者の生命の危険もあるので、子牛のときに除角することが多い。ウシ属の野生牛(ガウル、バンテン)では繁殖季節が定まっていて、12月から翌年1月の乾期に交尾して、9~10月に子を産む。家畜牛は周年繁殖が可能で、雌牛は発情期が3週間ごとに回帰し、1~2日間継続し、交配し受胎すれば妊娠期間約284日で1、2子を産む。[正田陽一]

ウシ亜科に属する家畜

ウシ亜科に属する広義のウシには家畜牛以外にも次の4種の家畜がある。
(1)スイギュウBubalus bubalis ウシ亜科スイギュウ属に含まれ、インド、ネパールに野生するヤセイスイギュウを家畜化したもので、沼沢水牛と河川水牛の2種がある。沼沢水牛は大きな三稜(さんりょう)形の角をもち、成獣では被毛がまばらにしかない。東南アジア一帯で役用家畜として使役されている。河川水牛は前者に比べ角が小さくて湾曲しており、染色体の数も異なる(沼沢水牛48、河川水牛50)。乳用種として改良され、ムラー種murahでは年間2000キログラム(脂肪率7.0%)ぐらい泌乳し、熱帯地方の乳用家畜として重要である。インドをはじめイタリア、ギリシア、ルーマニアに飼われている。
(2)ガヤルBos frontalis インド北西部の丘陵地帯に半野生の状態ですんでいる。体高1.6メートル、体重500キログラムぐらいで、ガウルBos gaurusを家畜化したものと考えられる。角が基部の太い円錐(えんすい)形で、雄は黒褐色、雌と幼獣は赤褐色の毛色をしている。
(3)バリウシBos banteng バリ島をはじめインドネシアに役肉用に飼われるウシで、ジャワヤギュウともよばれるバンテンbantengを家畜化したものである。四肢の下部と臀部(でんぶ)に白斑のあるのが特徴で、家畜牛との間に繁殖力のある雑種を生ずるため、東南アジアのウシのなかにはバンテンの遺伝子の流入もかなりあると考えられる。
(4)ヤクBos grunniens チベットの高地に野生している黒色、大形のウシで、体の上面の毛は短く滑らかであるが、側面と下面の毛が長く、尾も全体に長毛がある。家畜化されたヤクは、役、肉、乳、毛と多目的に利用されている。家畜牛との雑種はゾーdzoとよばれ役用に用いられるが、繁殖力は雌にしかない。[正田陽一]

ウシの品種

ウシには多くの品種があるが、用途により乳用種、肉用種、役用種に分類され、そのほかに二つ以上の目的を兼ねて飼育される兼用種がある。
〔1〕乳用種(乳牛)
(1)ホルスタインHolstein オランダおよびドイツ北部を原産地とする代表的な乳用種。毛色は黒白斑であるが、改良の途中でショートホーンを用いたため、赤白斑の個体もまれにみられる。体高は雌1.4メートル、雄1.6メートル、体重は雌650キログラム、雄1100キログラムぐらいである。乳量がきわめて多く年平均6000キログラムを生産し、1万キログラムを超すものもまれではない。脂肪率は平均3.4%である。原産地が地味肥沃(ひよく)で草生の豊かな土地であるため、飼料条件のよい土地では高能力を発揮するが、体質は強健とはいいがたく、ことに暑熱に対する抵抗性は低い。世界の主要酪農国に広く分布し、日本の乳牛もほとんど本種である。
(2)ジャージーJersey チャネル諸島のジャージー島原産の小形のウシで、毛色は淡褐色から黒褐色までさまざまである。体高は雌1.22メートル、雄1.35メートル、体重は雌380キログラム、雄700キログラムぐらいである。乳量は年3500キログラムぐらいであまり多くはないが、脂肪率が平均5.5%と高く、カロチン含量が高く、黄色みが強いのでバターの原料乳として最適である。耐暑性も強く、亜熱帯の乳牛の改良にも用いられている。同じチャネル諸島のガンジー島原産のガンジーGuernseyも本種によく似ているがやや大形で、気候風土への適応力が強い。
(3)エアーシャーAyrshire イギリスのスコットランドにあるエアーシャー原産。角が竪琴(たてごと)状の独特の形をしている。毛色は赤褐色と白色の斑で、体高は雌1.3メートル、雄1.45メートル、体重は雌530キログラム、雄800キログラムぐらいで、粗放な管理によく耐え、寒さにも強い。北ヨーロッパ、カナダに多く飼われている。
〔2〕肉用種
(1)アバディーンアンガスAberdeen-Angus イギリスのスコットランド原産の、黒色で無角の肉牛。体型は丸みを帯びた長方形で充実し、四肢は短い。体高は雌1.2メートル、雄1.3メートル、体重は雌550キログラム、雄800キログラム。早熟早肥で肉質も優れているが、皮下脂肪が厚くなりやすい。世界に広く分布して飼養されており、日本の無角和種の成立にも貢献した。
(2)ショートホーンShorthorn イギリスのイングランド北東部原産の代表的肉牛。毛色は濃赤色、白色、糟毛などがある。角は短く側下方へ曲がる。体高は雌1.25メートル、雄1.35メートル、体重は雌650キログラム、雄1100キログラムぐらいである。早熟早肥で、肉質も優れているが、近親交配の影響のため繊細で体質がやや弱い。原産地のほか全世界に分布し、日本に最初に入った洋種は本種で、黒毛和種、日本短角種の改良に用いられた。
(3)ヘレフォードHereford イギリスのイングランド西部が原産地。毛色は赤褐色で、顔、前胸、下腹部、四肢端が白色。体高は雌1.27メートル、雄1.4メートル、体重は雌650キログラム、雄1200キログラムぐらいである。体質はすこぶる強健で、耐粗飼性、抗病性も高いが、やや晩熟で肉質も劣る。アメリカ、アルゼンチン、ウルグアイ、オーストラリアなどに多く飼われている。
(4)シャロレーCharolais フランス中部高地原産の白色の大形肉牛。体高は雌1.38メートル、雄1.5メートル、体重は雌700キログラム、雄1200キログラムぐらいである。非常に発育が早く15か月齢で580キログラムになり、1日増体重が1.3キログラムに達する。脂肪の少ない赤肉を生産するウシとして、フランスをはじめ各国で好評を博している。日本にも1963年(昭和38)からこの品種が輸入された。
(5)ブラーマンBrahman アメリカ南西部でインドウシの各品種を交雑し、これにショートホーンを交配して作出した熱帯地方向きの肉牛。肩峰があり、胸前にある垂皮も大きく耳も垂れている。体高は雌1.3メートル、雄1.4メートル、体重は雌500キログラム、雄800キログラムぐらいである。高熱を発し死亡率も高いダニ熱に対する抗病性が強く、耐旱(たいかん)性や耐暑性も高いので、中央・南アメリカ諸国、オーストラリアなどで飼われている。
(6)黒毛和種Japanese Black 日本の在来牛に明治以降ブラウンスイス、デボンDevon、ショートホーンなどを交配し改良された品種で、最初は水田耕作用の役肉兼用種として成立したが、第二次世界大戦後は肉専用へと改良目標が変えられた。毛は黒色で、有角。体高は雌1.24メートル、雄1.37メートル、体重は雌400キログラム、雄700キログラムぐらいである。肉質のよいのが特徴で、未経産の雌牛を長期肥育したものでは、白い脂肪が筋繊維間に細かく大理石模様に沈着し、いわゆる「霜降り肉」となる。日本の和牛の85%までが本種である。そのほかの和牛としては、熊本県、高知県で在来牛をシンメンタールや朝鮮牛で改良した褐色で有角の褐毛和種(かつげわしゅ)Japanese Brown、山口県でアバディーンアンガスにより改良された黒色で無角の無角和種Japanese Polled、それに東北地方の在来牛をショートホーン、デイリーショートホーンで改良した日本短角種Japanese Shorthornがあるが、飼育数が少なく、分布も限られている。
〔3〕役用種
(1)黄牛(こうぎゅう)Yellow Cattle タイから中国南部、フィリピンにかけて東南アジア一帯に分布する黄褐色単色のウシの総称。従順で勤勉な役畜で、体質は強健で粗飼に耐える。
(2)インドウシzebu 肩に肩峰のあるアジア系のウシで、カンクレージKankrej、オンゴールOngole、キラリーKillhariなどたくさんの品種がある。インドでは宗教的な理由で牛肉を食べないので、これらはもっぱら役用に使われるのみであるが、インド以外の国では肉用牛としても利用されている。
〔4〕兼用種
(1)デイリーショートホーンDairy Shorthorn 肉用のショートホーンのなかで泌乳能力の高いものを選抜してつくった乳肉兼用種。20世紀の初めまでイギリスの搾乳牛の大半を占めていたが、現在は減少している。体高は雌1.3メートル、雄1.45メートル、体重は雌650キログラム、雄900キログラムぐらいである。体質強健で、乳量は年4000キログラムほどに達する。
(2)ブラウンスイスBrown Swiss スイス北東部の原産で、乳肉役3用途を兼用する品種。毛色は灰褐色で、体高は雌1.25メートル、雄1.4メートル、体重は雌550キログラム、雄700キログラムぐらいである。性質は温順で、気候風土への適応性も強く、原産地のほか、東ヨーロッパ、旧ソ連地域に広く飼われている。アメリカで改良された系統は乳専用種となっているので、ヨーロッパの兼用種をスイスブラウンとよんでこれと区別する場合もある。日本の黒毛和種の改良に寄与した。
(3)シンメンタールSimmental スイス西部原産の乳肉役3用途兼用種。毛色は淡褐色と白の斑。大形で体高は雌1.4メートル、雄1.5メートル、体重は雌750キログラム、雄1150キログラムぐらいである。体質強健であるが、やや晩熟。日本では熊本県の褐毛和種の改良に用いられた。
(4)レッドポールRed Poll イギリスのイングランド原産の乳肉兼用種。毛色は濃赤褐色で無角が特徴である。体高は雌1.27メートル、雄1.38メートル、体重は雌520キログラム、雄750キログラムぐらいである。寒さに強い。
(5)ゲルプフィーGelbvie ドイツ中部の在来牛にブラウンスイスを交配してつくった乳肉兼用種。毛色は黄褐色単色。中形。
(6)ノルマンNormande フランスのノルマンディー地方原産の乳肉兼用種。毛色は、白面で躯幹(くかん)は白地に濃褐色の斑紋。大形。
(7)朝鮮牛 朝鮮半島原産の役肉兼用種。毛色は黄褐色。半島南部のものは小形(体高は雌1.22メートル、雄1.3メートル、体重は雌380キログラム、雄550キログラム)であるが、北部のものは中形(体高は雌1.24メートル、雄1.34メートル、体重は雌420キログラム、雄600キログラム)。体型は、前躯(ぜんく)が後躯よりも大きくなる役用型であるが、近年肉用型へと改良されつつある。第二次大戦前の日本では役牛として飼育され、高知県の褐毛和種の改良に貢献した。[正田陽一]

飼育と管理

ウシの飼養管理法は乳牛と肉牛とで、また繁殖用の種畜と生産用の実用畜(肥育牛や搾乳牛)とで若干異なる。乳牛の場合、乳の生産のためには多量のタンパク質、炭水化物を必要とする。そのため毎日、乾物量として体重の3~4%の飼料が必要である。飼料は必要な栄養分を十分に含んでいるばかりでなく、草食反芻動物としての消化機能を十分に発揮させるための量も必要である。体重と泌乳量の両者から飼養標準によって飼料の適当な給与量を決め、飼料成分表を参考に給与飼料の配合を考慮する。普通、体重維持のために必要な栄養を、青草、乾草、サイレージ、根菜などの粗飼料で与えて量を満たし、生産に必要なタンパク、カロリーを濃厚飼料で補ってやる。
 適度な運動や日光浴が健康保持のためたいせつなことは乳牛も同じで、舎飼いの時間の長くなりがちな乳牛もなるべく放牧したり、パドック(小放牧地)へ出すのがよい。ブラシをかけて皮膚被毛の手入れをすることは、清潔を保つ意味ばかりでなく、血行をよくすることで乳の生産を増す効果もある。搾乳は1日に2、3回行う。回数を増やせば乳量は増すが、搾乳者の労働力を多く要するので2回搾乳が多い。最近では機械搾乳が増えてきて手搾りは少なくなってきたが、いずれの場合にも、搾乳に先だって微温湯と布で乳房をふいて清潔にする。これにより清浄な牛乳が搾れるばかりでなく、この刺激により排乳反射がおこって、正常な搾乳が行われるようになる。きれいにふいたのち、手搾りで最初の数搾りを外に捨てる。乳頭付近の乳汁が汚染しているおそれがあるからである。つなぎ飼い器具の一種であるスタンチョンストールにつながれた舎飼いの乳牛は、ひづめで乳房を傷つけることがしばしばある。運動不足でひづめが伸びすぎることもあるので、年2回以上の削蹄(さくてい)が必要である。
 肉牛を飼育し、栄養価の高い飼料を与えて、肉、とくに脂肪を極端につけるのが肥育である。ウシの肥育には若齢肥育、壮齢肥育、老廃牛肥育の三つがあり、肥育期間により短期肥育と長期肥育に分けられる。若齢肥育は、1歳内外の若い雄牛を1年から1年半肥育して出荷する。群飼の便と肉質向上の目的で去勢する場合が多い。乳用種の雄の子牛を肥育する場合は、すべてこの形式である。壮齢肥育は、4~5歳の和牛の雌を1年ぐらいかけて理想的な肉牛に仕立てる長期肥育と、5~7歳のものを100~150日肥育して中程度の肉牛にする短期肥育がある。老廃牛肥育は、100日ぐらい行って体重の増加を図るもので、肉質はあまり問題にしない。飼料にはオオムギ、トウモロコシ、コウリャン(マイロ)などの穀物を主とした濃厚飼料を多給する。外国では、牧野への放牧を主体として体躯(たいく)を充実させ、最後の仕上げ期間に穀物を与え脂肪をつけることが多いが、肥育期間はかなり長くなり、肉質は脂肪交雑の度合いが低い点で多少劣る。[正田陽一]

繁殖

ウシは生後約10か月で性成熟に達し、以後3週間の周期で発情を繰り返す。普通、18か月齢ぐらいから繁殖に供し、その個体の能力にもよるが、10~15歳ぐらいまで供用する。最近ではほとんどが人工授精によっており、定期的に採取された雄の精液は零下196℃に凍結保存され、雌畜の授精適期にあわせて解凍され、注入器を用いて注入される。妊娠期間は284日ぐらいで、妊娠中の管理が悪いと、腟壁(ちつへき)が陰門外に露出する腟脱、流産、原因不明のむくみを生ずる妊娠浮腫(ふしゅ)、妊娠末期に発病し重症になると立てなくなる産前起立不能などの事故をおこしやすいので、注意が肝要である。分娩(ぶんべん)後、最初の1週間に出る初乳は胎便を排出させる効果のほか、雌親からの免疫物質を含むので、初生子にかならず与えなければならない。乳牛の場合は生後3日ぐらい自然哺乳したのち、子を離して人工哺乳に切り替える。生後2週間は全乳を与え、それ以後徐々に脱脂乳、代用乳に変え、5~6か月で完全に離乳させる。肉牛の場合は離乳時まで子をつけておいて支障はない。[正田陽一]

育種

ウシの遺伝的な改良を図るためには、遺伝的素質のよい種畜を選抜することがたいせつである。このため改良種においては各品種ごとに登録協会が設けられて登録事業を行い、血統を明らかにするとともに、それぞれの個体の外貌(がいぼう)審査や能力検定の成績も記録して、遺伝的に優れた個体を高等登録や名誉高等登録などで選奨している。外貌審査は定められた審査標準に従って体型、資質を評価するもので、優れた体型のウシが優れた資質をもつことから、生産能力をある程度推定できるうえに、1回の検定成績では知りえない長命性なども判定できる利点がある。能力検定は、飼養の目的である生産能力について検定し評価するもので、育種上、重要な意味をもつ。一定の施設に集めて行う集合検定と、生産現場で行う現場検定がある。また育種においては、雄の選抜が次代に及ぼす効果が大きいため、雌でしか検定できない泌乳能力とか、殺さなければ判定しえない肉質などの形質には、子の成績で雄親の能力を推定する後代検定が実施されている。[正田陽一]

病気

家畜法定伝染病に指定されているウシの病気としては、牛疫、牛肺疫、口蹄疫(こうていえき)、流行性感冒、流行性脳炎、狂犬病、炭疽(たんそ)、気腫疽(きしゅそ)、出血性敗血症、ブルセラ病、結核病、ヨーネ病、ピロプラズマ病、伝染性海綿状脳症、アナプラズマ病の15種があり、このほか、消化器疾患としては鼓脹症(こちょうしょう)、第一胃食滞、創傷性胃炎などが多く、肝蛭(かんてつ)の寄生による貧血もよくみられる。また、雌牛には卵巣嚢腫(のうしゅ)、子宮内膜炎、伝染性流産、トリコモナス症、乳熱、乳房炎などがみられる。[正田陽一]

利用

ウシの用途は乳用、肉用、役用が主要であるが、そのほか皮革、厩肥(きゅうひ)(糞尿(ふんにょう)と敷き藁(わら)などを堆積(たいせき)・発酵・腐熟させた肥料)なども有用な生産物として利用される。
(1)牛乳 乳牛は分娩後約1年間泌乳期間があり、最初の1週間に分泌される初乳と子牛育成用の乳を除いて、残りは人間の食料として利用される。牛乳は白色、不透明な液体で、かすかな甘みと特有な香りがある。化学的組成は、品種、年齢、泌乳期、季節、搾乳法などの条件により変化するが、水分(87.3%)、タンパク質(カゼイン2.9%、アルブミン0.5%)、脂肪(3.7%)、乳糖(4.9%)、灰分(0.7%)で、比重は約1.03である。すべての必要な栄養素を含み消化がよく、タンパク質にはすべての必須(ひっす)アミノ酸が含まれており、ビタミンAなどビタミン類の含量も高く、栄養価の高い食品である。しかし、人間の人工栄養児の代用乳として用いる場合には、人乳に比べ灰分(無機質、ミネラル)の含量が高く、一方、乳糖が低いから、適当に調整する必要がある。タンパク質も人乳に比べて高く、ことにカゼインが多くアルブミンが少ないので、胃中でカゼインが凝固して白いカードをつくり、消化率は人乳より劣る。脂肪はタンパク質の被膜をもった細かい脂肪球となって浮遊し、これが反射光を分散させて白濁した色を示す。ジャージーの牛乳などは黄色みが強いが、これは脂肪中にカロチン色素が溶けているためである。搾ったままの乳を静置すれば、脂肪球が浮いて淡黄色のクリーム層が分離してくるが、市乳(市販の飲用牛乳)では、分離を防ぎ脂肪の消化吸収をよくするために、ホモゲナイザー(均質化装置)を通して脂肪球を細かに砕き均質化(ホモゲナイズ)してある。牛乳は市乳として飲用に供されるほか、バター、チーズ、粉乳、練乳などの加工品としても利用される。牛乳からセパレーター(分離装置)によりクリームを分離し、チャーン(攪拌(かくはん)装置)にかけて脂肪球を塊状に固め、機械的に練り合わせて水分を除き、食塩を加えて均一にしたものがバターである。チーズは、全乳もしくは脱脂乳に凝乳酵素レンネットを加えて、カードをつくり、発酵微生物(おもに乳酸菌)を加えて熟成したものである。現在日本で消費されているプロセスチーズは、こうしてつくった生チーズを数種混ぜて練り直し加熱して発酵を止めたもので、保存性に富む。練乳、粉乳は水分を除き、ときには糖分を加えて保存性を高めたものである。
(2)牛肉 色は赤褐色で、組織は固く弾力があり、肥育した和牛の肉では「霜降り肉」となって特異な芳香があり、きわめて美味である。老廃牛の肉は色が暗色で繊維は粗く、脂肪も黄色みを帯びて風味が劣る。2歳未満の幼牛の肉はビールvealとよばれ、肉色は灰色がかって淡く、脂肪分が少なく水分が多いので、味は淡泊である。牛肉の品質、成分は体の各部分によっても異なり、したがって適当な料理法も異なる。シチューのような煮込み料理には、運動の激しい筋肉、たとえばシャンク(すね)、ブリスケ(頸(くび))、テール(尾)などが味がよく出るし、ステーキにはロース、ヒレなどの柔らかい肉が適している。
(3)畜力 昔は農耕作業で和牛の作業能率は人の10倍といわれ、水田の耕うんなどに広く利用されたが、最近では機械化が進んで国内ではほとんどみることができなくなった。東南アジアではいまだに運輸、農耕に役牛の利用は盛んである。瞬間最大牽引(けんいん)力は体重の150%ぐらいであるが、終日発揮できる牽引力は体重の12~15%である。
(4)皮革 牛皮はほかの家畜の皮に比べると、繊維組織が細密に発達していて、もっとも堅牢(けんろう)、良質である。なめされた皮革は靴、ベルト、鞄(かばん)などに広く利用され、需要が多い。
(5)厩肥 1頭当り年間約8000キログラムの厩肥が生産される。最近は都市近郊の多頭化した経営では、糞尿はむしろ不用な公害源と考えられ、その処理方法が問題となっている場合が多い。しかし家畜の排出物は、その中に含まれる窒素、リン酸、カリウムの3成分の価値ばかりでなく、地力形成に関与する有機物の土壌改良の働きもあり、なるべく土地へ返して、再生産に有効に利用すべきであろう。[正田陽一]

ウシと人類

主導権を握って支配することを意味する「牛耳(ぎゅうじ)る」あるいは「牛耳を執(と)る」ということばは、中国の春秋戦国時代に、諸侯が盟約を結ぶとき、盟主がウシの耳を執ってこれを裂き、血をすすり合ったという儀礼に由来するという。中国のウシの飼育起源は西方からの影響と考えられており、竜山(りゅうざん)文化(新石器時代)のころからの出土例がみられる。殷(いん)代になると多数のウシが犠牲に供され、牛骨は亀甲(きっこう)とともに卜占(ぼくせん)に用いられた。中国では、ウシを殺す儀礼は官民を問わずのちのちも盛んで、たとえば『漢書(かんじょ)』によれば、高祖は毎年農業神の祠(ほこら)に殺したウシを祀(まつ)らせたという。ウシと農業との結び付きは、農業神である炎帝神農氏(えんていしんのうし)の伝承に明らかで、人身牛首のこの神は耒耜(らいし)(犂(すき))をつくったと伝えられている。このようにウシが農業上、宗教上重要な意味をもってきたことは中国に限らない。ユーラシア大陸の東西においても、もっとも経済的価値の高い家畜として存在してきた。家畜化以前のウシも、狩猟生活のうえで人々と深くかかわっていた。なかでも狩猟の対象とされたのは、原牛よりもおもに野牛バイソンで、スペインのアルタミラの洞窟(どうくつ)壁画(後期旧石器時代)に描かれているのはバイソンである。北アメリカの平原インディアンは、19世紀後半まで野牛の狩猟を中心とする生活を送っていた。彼らは指揮者によって統制された集団猟を行い、野牛を木柵(もくさく)の中に追い込んだり、崖(がけ)や沼地に落とし入れて捕獲した。野牛は肉として重要なだけでなく、皮革からはテント、衣類、履き物などがつくられ、また骨や角なども、各種利器や道具類の材料に用いられた。旧石器時代の旧大陸の人々も、似たようなかかわり方をしていたと推測される。
 ウシは新石器時代の初期に西アジアで家畜化され、古代オリエント世界においては犂農耕と結び付き、乳、肉などの利用のほか、交通、運搬用、さらに宗教上の役割と多方面にわたって人類の生活にかかわってきた。家ウシの出土例で古いものは、アナトリア地方(トルコ)のハジュラル、チャユニュの遺跡(紀元前8000年紀後半から7000年紀前半)などからで、前6500年ごろのチャタル・ヒュユク遺跡からは、祭壇と牛頭の飾り、絵や浮彫りの備わる部屋などが出土しており、ウシの宗教上の役割もうかがえる。さらに古くは、後期旧石器時代のフランスのロセル遺跡から、右手に三日月形の牛角を持つ裸婦像の浮彫りが出土しており、ウシと豊饒(ほうじょう)の観念がすでに結び付いていたと推測される。このようにウシは信仰生活のうえでも重要な意味をもっており、ウシ飼育の起源を宗教的動機に求める説も、20世紀初頭に出された。すなわち、野生のウシは月の女神に供えるために飼いならされたとするものであるが、さだかではない。
 エジプトにおいて、紀元前4000年紀のアムラーおよびゲルゼー文化期に家ウシの出土例がみられ、先史時代の墳墓からは副葬品としてのウシの像が発見されている。王国成立以後はウシが王権と結び付いて、王は「強い牡牛(おうし)」の称号をもった。また農耕の大母神イシスの神聖獣としても崇拝され、選ばれた1頭のウシ、アピスがナイル川の氾濫(はんらん)の前に川の中に沈められた。これらは、農耕におけるウシの重要性を示している。他方、乳の利用も古くから行われ、メソポタミアのウル第1王朝の神殿にある一連の牛乳処理加工を示す浮彫りとともに、エジプト第11王朝の石棺にみえる搾乳の場面を描いた浮彫りが有名である。この乳利用の文化は、ユーラシア大陸の東西に伝播(でんぱ)するとともに、東アフリカにおいても、ウシを主要な家畜とする牧畜民文化を成立させたと考えられる。ここでは古くから雨期と乾期のリズムに従った季節的移動を伴う牧畜が営まれており、牧畜はもっとも価値ある仕事として、搾乳以外はすべて男性の仕事とされている。ウシは、乳、肉、首の静脈からとった血などが食用として不可欠なだけでなく、糞(ふん)は家の壁や床の材料、および燃料として重要であり、尿も洗顔や手洗いに利用されている。このように人々はいわばウシに寄生した生活をしており、社会的に重要な意味をもつウシは、賠償や婚資にも用いられる。したがって食用のために殺すことは行われないが、重要な儀礼の際にはウシが犠牲に供される。通過儀礼や病気、疫病、飢饉(ききん)などの危機的状況にあっては、罪や穢(けがれ)を払うためにウシの生命すなわち血が神に捧(ささ)げられ、肉が食される。これら習俗のいくつかはアジアの遊牧民と共通しており、両者の歴史的、文化的連続性を示している。なお内陸アジア草原地帯の遊牧民でも、ウシはウマ、ヒツジなどと並んで重要な家畜である。
 ウシはウマと異なり、粗食に耐え、あまり人間の世話を必要としない。したがって定住農耕生活をしながら飼育することが可能であるため、農民の間にあってはウマにその位置をとってかわられることがなかった。そして農耕の貴重な労役獣として、と畜が禁じられ、肉を食べることが忌避されてきた。ことにインドでは古くから神聖視され、コブウシやスイギュウの姿がすでにモヘンジョ・ダーロの印章や香炉などに描かれている。ヒンドゥー教徒の間では、今日なお牛肉を食することが禁忌されている。
 こうしたウシの重要性は、神話や信仰世界のなかに繰り返し反映されている。たとえば、古代オリエントのセム人の大地母神イシュタルの象徴は牝牛(めうし)とされ、また古代のイランの神話では、原初海洋に1匹の牝牛がおり、その角の上に大地は支えられていると伝えられていた。やがて後者はイスラム教のなかに入り、それとともにアラビアから北アフリカ、中央アジア、インドネシアへと広がっていったとされる。このウシと宇宙観の結び付きはエジプトでもみられ、牝牛ヌトは背中に太陽神ラーを乗せて立ち上がり、天になったと伝えられる。さらに北欧神話では、宇宙の始まりに、牝牛の乳房からほとばしり出た乳の汁が原古の巨人を養ったと語られ、インド神話では、バルナ神のかき混ぜた大海の水が乳に変じて、月、女神、不死の霊薬などが生じたと伝えられている。これらは、前述の乳利用文化の背景を示す一方で、改めてウシと豊饒の観念のより一般的なつながりを示している。東南アジアの農耕民の間にみられるウシあるいはスイギュウの供犠の風習も、豊饒の観念と結び付いている。それは農耕儀礼として、あるいは勲功祭宴や死者儀礼の一部として行われる。勲功祭宴の場合、規模の拡大するいくつかの祭宴を順次行うことにより、主催者には社会的地位の上昇や称号、衣服、家の飾りなどに特権がもたらされ、死後のより有利な運命がもたらされるといわれる。儀礼の中核はウシの供犠にある。誇らしく飾られたその頭は、また巨石記念物の建立と結び付き、豊饒と富の呪(じゅ)的促進の機能も果たしていた。中国で立春に行われる打春(だしゅん)・鞭春(べんしゅん)・鞭行(べんこう)の行事(彩色した土牛を鞭(むち)打って砕く風習)も、同じ豊饒の観念に基づいている。
 おそらくウシは、豊饒との結び付きを背景として、水や雷神とも深い所縁をもつと思われる。ヨーロッパでは、水中の怪牛や水底の牧場の俗信がみられ、中国でも水中の闘牛や、水患(すいかん)を鎮めるための「鉄牛(てつぎゅう)」「石牛(いしうし)」の伝説が語られている。『山海経(せんがいきょう)』に出てくるきという怪物は、形はウシのようであるが、水に入ると風雨を伴い、声は雷のごとし、と伝わる。水神の蛟竜(こうりゅう)(みずち)も雷雨神であり、しばしばウシの姿をとっている。ところで中国の闘牛も、敗れた牛を食べる習俗にみられるように本来の意味は豊饒儀礼的なウシの供儀にあったと考えられる。闘牛は、古く紀元前2000年代のエジプトの壁画に描かれているが、ここでも農業神の神事として発生したらしい。ローマ時代になると、その神聖な意味が失われた。今日、スペインやラテンアメリカ諸国で盛んに行われる人間とウシが闘う形式の闘牛は、地中海東方の文化の影響を受けてイベリア半島で生まれたとされる。[田村克己]

民俗

ウシは平安時代には貴人の乗り物である牛車(ぎっしゃ)に用いられたが、一般にはもっぱら耕牛用や運搬用に使役された。農家の年中行事にはウシに関したものがみられ、大分県下毛(しもげ)郡では正月6日を「牛の正月」といって、粉餅(こもち)をこしらえて雑煮にし、これをウシに食べさせる。正月11日を、福岡県企救(きく)郡では「牛の使い初(そ)め」、和歌山県熊野地方では「牛の追い初(そ)め」といい、岡山県英田(あいだ)郡では「牛鍬(うしぐわ)」といって、この日ウシに犂(すき)をかけ初めして苗代田を鋤(す)かせる。西日本では6月にウシを川や海で水浴させる習俗がある。山口県では「牛の祇園(ぎおん)」といい、6月15日にウシを水辺に連れて行って体を洗ってやるが、同じように「牛の盆」といって海にウシを連れて行って泳がせる所もある。宮崎県西諸県(にしもろかた)郡では、6月28日を「牛越え」といって、氏神の社に連れて行ったウシに丸太ん棒の上を越えさせるが、これはウシの健康を祈って神の恩寵(おんちょう)を期待する行事である。このほかにウシを休ませる日というのがあり、香川県では、5月5日はウシを外に出さないで牛小屋の中に閉じ込めておき、ウシの角にショウブをかけたり、ウシの「イオ」といって、ちまきとチヌの干物をかけておいたりする。和歌山県日高郡では、夏の土用の丑(うし)の日に川でウシを洗い、小麦粉の団子をウシに食べさせて「牛休み」といっている。
 大阪の和泉(いずみ)地方を中心に、近畿、中国、四国の各地方には牛神(うしがみ)の信仰がみられる。大阪府岸和田市の牛滝山(うしたきさん)の大威徳明王堂(だいいとくみょうおうどう)が中心となっている信仰で、7月7日を祭日とする所が多く、「牛のほどこし」と称して瓦(かわら)焼きの牛型をウシにみせて祀(まつ)るが、子供中心の行事となっている。和泉地方の南部でも、牛神講(うしがみこう)という子供の行事があり、15歳の男の子の家を宿として、女竹の弓矢を持って牛神参りをしたのち、土俵をつくって角力(すもう)をとる。岡山県阿哲(あてつ)郡大佐(おおさ)町(現新見市)には牛荒神(うしこうじん)という牛馬の神があり、これを念ずると馬屋(まや)が栄えるという。また、香川県では、道端に牛神と刻んだ石塔が立っているのがみられるが、これは死んだウシの供養という。なお中国地方で行われる田植儀礼「花田植」は、「牛供養」ともいわれ、ウシがいろいろな図形を描いて田掻(たが)きをする。徳島県から香川県にかけてはウシの貸借関係を結ぶ「借小牛(かりこうし)」という慣習があった。広島県と島根県との間にも、鞍下牛(くらしたうし)といって耕牛を借りる風習があったが、借りるほうでは鞍下米といって、もとは米2俵ぐらいをつけてウシを返した。
 わが国でも行われている闘牛は、外国と違ってウシとウシとの闘いで、「牛角力」とか「牛の角突き」などとよばれているが、新潟県、愛媛県宇和島、八丈島、隠岐(おき)などのほか、沖縄、奄美(あまみ)大島、徳之島などでも行われている。
 ウシに関する伝説としては「牛塚」というのがある。旅人を乗せて善光寺(長野県)までやってきたウシが死んだので塚を築いたといい、これは「牛に曳(ひ)かれて善光寺詣(まい)り」の説話に付会されている。また石川県七尾市には「赤牛塚」という伝説があり、荒神が赤牛に乗ってこられたという。「牛ヶ淵(ふち)」という伝説も東京をはじめ各地にあるが、荷物を積んだウシが淵に落ちて死んだと伝えられている。[大藤時彦]
『内藤元男著『原色図説 世界の牛』(1978・養賢堂) ▽佐伯有清著『牛と古代人の生活』(1967・至文堂) ▽エバンス・プリチャード著、向井元子訳『ヌアー族』(1997・平凡社)』

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