[1] 〘他ラ下一〙 た・る 〘他ラ下二〙
① ものの一端を支えて、他端が下にさがるようにする。
(イ) かけてつるす。ぶらさげる。
※書紀(720)武烈即位前・歌謡「大太刀を 多黎(タレ)佩き立ちて 抜かずとも 末果しても 闘(あ)はむとぞ思ふ」
※
渋江抽斎(1916)〈
森鴎外〉九五「優
(ゆたか)は此容貌で洋服を著け、時計の金鎖を胸前に垂
(タ)れてゐた」
(ロ) 物やからだの一部の端を下げる。
※万葉(8C後)一九・四二七七「袖垂(たれ)ていざ吾が苑に鶯の木伝ひ散らす梅の花見に」
※読本・雨月物語(1776)菊花の約「丹治只頭(かしら)を低(タレ)て言(ことば)なし」
※
蜃気楼(1927)〈
芥川龍之介〉一「そこへ真白い犬が一匹、向うからぼんやり尾を垂
(タ)れて来た」
② 液体を流し落とす。したたらす。
※古今(905‐914)雑下・九六二「わくらばに問ふ人あらばすまの浦にもしほたれつつわぶとこたへよ〈
在原行平〉」
③ 上位の者が下位の者に何かを与えたり示したり教えたりする。
※今昔(1120頃か)一二「譬ひ前世の悪業拙しと云ふとも、仏慈悲を垂れ給へ」
(ロ) 手本、教え、戒めなどを示す。
※春迺屋漫筆(1891)〈
坪内逍遙〉政界叢話「家大人種々の教示を垂
(タレ)賜ふ」
④ 後の時代にまで残し伝える。
※
シェークスピアの本体(1933)〈菊池寛〉六「このシェークスピアが何によって不朽の名声を垂れたかと言へば」
⑤ 大小便や屁(へ)を体外に出す。
※
日葡辞書(1603‐04)「ダイベンヲ taruru
(タルル)」
⑥ 「述べる」「言う」をけなしていった語。こく。
※滑稽本・続々
膝栗毛(1831‐36)三「エエうるせへやつらだ。何でもはなしが出ると自惚
(タレル)のだ」
⑦ 欲しがる。ねだる。
※洒落本・格子戯語(1790)「去年のよふな土産はい
りんせんから草ざうしをもって来ておくんなんしといふ〈略〉あめをたれる子供とはきつい違なり」
⑧ 「剃る」を忌みきらっていう語。また、刃物がよく切れるの意。
※日葡辞書(1603‐04)「カミヲ taruru(タルル)〈訳〉子供の髪を剃る」
[2] 〘自ラ下一〙 た・る 〘自ラ下二〙
① ものの一端が支えられて、他端が下方にさがる。ぶらさがる。また、物やからだの一部の端がさがる。
※虎寛本狂言・仏師(室町末‐近世初)「左へひぢたをれば、荒菰が垂れてある」
※青年(1910‐11)〈森鴎外〉一四「たっぷり一握(ひとつか)みある濃い褐色のお下げが重げに垂(タ)れてゐる」
② 雲などが低くおおうように広がる。
※雪国(1935‐47)〈
川端康成〉「山峡は日陰となるのが早く、もう寒々と夕暮色が垂れてゐた」
③ 液体が糸を引くように、また粒のようになって流れ落ちる。したたる。〔浪花聞書(1819頃)〕
※芋粥(1916)〈芥川龍之介〉「口髭にも、鼻の先にも、〈略〉汗が玉になって、垂れてゐる」
[3] 〘接尾〙 性質・状態を示す体言に付けて嫌悪の気持を表わす。「あまったれる」「なまたれる」など。
[語誌]上代には下二段活用が
他動詞、
四段活用が
自動詞という区別があったが、中世以降、「生かす」「伸ばす」などの他動詞形の影響を受け、「たらす」という他動詞が派生したため、他動詞の「たれる」は「頭
(こうべ)をたれる」「訓戒をたれる」のような慣用的用法に限られ、次第に自動詞化した。