日本歴史地名大系 「高尾村」の解説
高尾村
たかおむら
戦国時代には北畠氏の家臣に高尾城主伊賀国加番結城左近将監・同半蔵の名がみえる(「伊勢国司諸司系図」上野市沖森直三郎氏蔵)。
高尾村
たこうむら
高尾村
たかおむら
- 群馬県:富岡市
- 高尾村
高尾村
こうのおむら
宇治川の支流田原川の東山中、
養和元年(一一八一)一一月二一日付禅定寺領四至注進状案(禅定寺文書)の四至を記した記事に「西限高尾
江戸時代は全村幕府領で、幕府の茶壺道中の際に使役される人夫を出す、宇治郷付雇村の一とされていた。
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
- 岡山県:新見市
- 高尾村
新見村西部の北に位置し、南西は
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たこうむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
こうおむら
元和五年(一六一九)の備後国知行帳では高九二石余。広島藩領明知・給知入交じり。耕地が標高六〇〇メートル前後にある高冷地のため、裏作の麦作もほとんど行われず、鉄山業に関連する炭焼や砂鉄・
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
正保国絵図には
高尾村
たこうむら
高尾村
たかおむら
高尾村
こおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たかおむら
高尾村
たこおむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報