明らかな遺跡としては弥生後期の
蒲原津は古代に引続いて繁栄してきたと思われ、軍事上の拠点として攻防の焦点となった。南北朝の争乱は日本を二分する勢力争奪戦であり、当地方も阿賀野川を境に北部は北朝方に、南部は南朝方に加勢、建武二年(一三三五)蒲原津には南朝方の小国氏が築城して北部への進出をはかった。北部の加地氏や色部氏はこれによく対抗し、蒲原津城はたびたび争奪の対象となっている。暦応四年(一三四一)には北朝方の手に落ちて焼きはらわれた。またこの頃、阿賀野川の河港として沼垂津も繁栄していたとみられる。戦国時代には蒲原津と沼垂津とが併存していたことが、永正一五年(一五一八)の頤神軒存算用状(伊達文書)に「のつたりのわたしもり」「かんハらの舟もり」とあることで知られる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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