近世法(読み)きんせいほう

改訂新版 世界大百科事典 「近世法」の意味・わかりやすい解説

近世法 (きんせいほう)

織田信長豊臣秀吉政権ないし江戸幕府治下の時代の法をいう。

織豊政権下の法は分国法と異なり,初めて全国的な政治組織,社会統制を目ざした。法典というべきまとまったものはなく単行法が主である。信長による法としては越前国掟(1573),安土城下楽市令,豊臣秀吉によるものとして百姓統制令(1586),伴天連追放令刀狩令,人掃令身分統制令検地条目大坂城壁書,同追加,〈五人組十人組に関する法令〉(1597)等がある。この時代はまた海外進出が盛んであったが,海法も発達し,中世末に成立した《廻船式目》およびこれを補訂した海路諸法度の2法律書が並んで流布した。

江戸幕府支配下で武家法は全国法の実質をもつことになったが,京都御所内では律令制後身である公家法がなお実際に行われ,また観念上武家の政治的支配の正統性は律令制の国家組織に基づいていた。江戸時代において武家法は幕府法と藩法に二大別できるが,いずれも分国法の発達したものといえる。もっとも幕府法は徳川家の三河分国法を中核に,征服地,封与地の法制をも吸収して成長したもので,《信玄家法》《今川仮名目録》等の影響が見られ,また全国的支配の点では秀吉の法令を継承した。幕府法,藩法とも幕府,封建領主が定めた成文法たる制定法が増大したが,法の大部分は不文法の先例,しきたり等であり,行政・裁判関係の役人の間で形成,運用されたいわば法曹法と,民衆の間に生きている慣習を主とした民衆法が優位を占めていた。幕藩権力の厳しい統制により権利意識は弱まったが,法曹法の発達は顕著であった。封建制度下で土地法,相続法はよく整っていたが,商業圏の全国的拡大と相まって取引法の発達が見られ,大坂を中心に商法的な法理法制も現れた。中国法の影響はなお存続し,幕府や諸藩では明律,清律を継受することもあった。

江戸幕府は治政の初期,各種の封建勢力を組織,統制するために法度と題する法令を定めた。天皇,公家に対して禁中並公家諸法度,大名に武家諸法度,旗本以下に諸士法度寺社には個別的に諸宗派に対しあるいは一般的に寺院法度,御掟(1597-1665)を定めた。これらは国制の基礎という意味では憲法的といえる。一般の単行法を,触書と称し,対象が比較的狭い場合は普通に役所,役人にあてたものを(たつし)と呼ぶ。重要な全国法は高札として掲示した。主要な法令としては一国一城令,軍役令(1633等),海外渡航禁令(1636),田畑永代売買禁止令慶安御触書,江戸町中定(1655),相対済令服忌令(ぶつきりよう),生類憐みの令自分仕置令,出訴期間令(1698),棄捐(きえん)令,寛政異学の禁異国船打払令,株仲間廃止令(1841),金公事(かねくじ)改革令(1843),諸問屋再興令(1851),海外渡航解禁令(1866)等がある。触書を幕府が収集分類したものに《御触書集成》,私撰のものに《教令類纂》等が存する。触書のうち,町方を対象とし江戸の町奉行等地方長官から発せられたものを町触(まちぶれ)という。触書には幕府直轄領たる御料(天領)だけを対象としたものと,全国的なものがある。倫理,宗教,外交,貿易,貨幣,交通,度量衡,酒造等は全国法であったが,田畑永代売買禁令や慶安御触書は御料だけのものであった。法典としては《公事方御定書》,赦律(1862)が作られているが,これらは先例を素材とし,部内だけに用いられる法曹法的なものであった。

法曹法は役所の執務基準ないし行政・裁判の先例を主とし,原則として部外秘であり,規矩,格例(きやくれい),振合(ふりあい),取計,心得,申合(もうしあわせ),先例等と呼ばれ,判例も単に例,先例と称した。役所の執務内規としては,大名の格式等に関する《柳営秘鑑》,裁判についての《三奉行取計》,刑罰執行の実際を絵で示した《刑罪大秘録》等があり,判例集としては《御仕置例類集》《裁許留》《長崎犯科帳》等が知られている。そのほかの法律書として,幕府の法曹事務に関する諸役所,大名旗本からの問合せ,およびその回答を録した問答集として《東論語林》《三奉行問答》《服忌令撰注分釈》等がある。また在方支配とくに年貢徴収について説明した地方(じかた)書としては《地方凡例録》《地方落穂集》等が著名である。

民衆法は大別して団体法と一般民衆法に分けられる。団体法はさらに地域団体法たる村法町法(ちようほう)と,身分ないし職業団体の法に二分できる。後者のうち宗教団体の法を寺法(じほう),宗法,社法等と特称し,他は座法,仲間(なかま)法と呼ばれた。村法は通常慣習法であるが,ときに数箇条に成文化され,村議定(ぎじよう)とも呼ばれるように一村総百姓の協約の性格をもった。町法は都市を形成する町内の法で,一般には慣習法であるが,ときに成文化されて町式目,町中定等とも呼ばれた。一般の民衆法は売買,貸借,雇用等の取引や,婚姻,養子,相続等の家族生活をめぐる法で,当事者間で取り交わした証文が多数伝存し,そのための書式を示した案文集も残っている。これらの民衆法は当時の文学作品からもうかがわれ,また明治初年の《全国民事慣例類集》《日本商事慣例類集》等の政府による慣習報告書で知ることができる。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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