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カフカス Kavkaz

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大辞林 第三版の解説

カフカス【Kavkaz】

西アジア、黒海とカスピ海にはさまれた地方。カフカス山脈によって南北に二分される。多くの少数民族が居住。石油・マンガン・鉄などの鉱産が多い。南部にアゼルバイジャン・グルジア・アルメニアの三共和国があり、北部はロシア連邦に属する。コーカサス。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

カフカス

19世紀にロシア帝国が支配地域を拡大する中、南の海への出口として重視された多民族地域。1991年のソ連崩壊後、カフカス山脈の北にある北カフカスロシア連邦に残ったが、南カフカス諸国(グルジアアゼルバイジャンアルメニア)は独立。グルジア内部でも南オセチアアブハジア自治共和国は独立を宣言し、08年のロシアとグルジアの軍事衝突後に両地域の独立をロシアが承認。だが、日本や欧米は認めていない。

(2013-02-08 朝日新聞 朝刊 2外報)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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百科事典マイペディアの解説

カフカス

黒海とカスピ海の間にあり,南限でイラントルコと国境を接する地域。英語ではコーカサスCaucasus。44万km2カフカス山脈を境にしてロシアの北カフカスジョージアアルメニアアゼルバイジャンザ(外)カフカスに区分。
→関連項目アゼルバイジャン(国)キプチャク・ハーン国バクーベリヤロストフ・ナ・ドヌー

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世界大百科事典 第2版の解説

カフカス【Kavkaz】

ヨーロッパ南東部,黒海とカスピ海に挟まれ,アジアヨーロッパの境とされたカフカス山脈を中心とする地域。ギリシア語カウカソスKaukasos,英語名コーカサスCaucasus。北のマニチ低地から南のイラン,トルコとの国境まで,面積は約44万km2,大カフカス山脈の北の北カフカス(前方カフカスとも呼ぶ)と南側のザカフカス(南カフカス,外カフカス)に二分される。北カフカスはロシア連邦に属して,ダゲスタン北オセティアカバルディノ・バルカルチェチェンイングーシの各共和国,ロストフ州クラスノダル地方(アディゲイ共和国を含む),スタブロポリ地方(カラチャイ・チェルケス共和国を含む)からなり,ザカフカスはアルメニアアゼルバイジャングルジアの3共和国からなる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

カフカス
かふかす
Кавказ Kavkaz

黒海とカスピ海の間を走るカフカス山脈の北側および南側一帯の地域。語源は不詳だが、古代に黒海北岸に居住したカスカス人に由来するとの説があり、古典ギリシア劇『鎖に繋(つな)がれたプロメテウス』にその名が登場する。英語ではコーカシアCaucasiaまたはコーカサスCaucasus。歴史的地域名であるためその南北限を特定することは困難であるが、ロシアでは、北はカスピ海クマ川河口とアゾフ海マニチ川河口を結ぶクマ‐マニチ低地(第四紀初めまでカスピ海が黒海と通じていた地溝帯)で限られ、南はジョージア(グルジア)、アルメニア、アゼルバイジャンとトルコ、イランとの国境までと考えられている。これに従えば、カフカス地方はさらにカフカス山脈分水界により二分され、北半はプレドカフカスПредкавказье/Predkavkaz'e(前カフカスの意。北カフカスとも訳される。英語名シスコーカシアCiscaucasia)、南半はザカフカスЗакавказье/Zakavkaz'e(後カフカス=南カフカス。英語名トランスコーカシアTranscaucasia)とされる。
 部分的には広い低地もあるものの、一般にかなりの高度差をもつ山岳地方で、また複雑な民族・部族の分布をみる地方であり、ロシア人からみれば南の暖かい保養地という感じが強い。標高は、カスピ海沿岸低地の海面下28メートルからカフカス山脈の最高峰エリブルース山(5642メートル)までを含み、差が大きい。地形上は、北部では広い低地に南から突出したスタブロポリ高原(600~700メートル)が高まり、その南はさらにカフカス山脈の広い山麓(さんろく)に移行する。南部(ザカフカス)ではカスピ海西岸にクラ‐アラクス低地、黒海東岸にコルヒダ低地があり、その南には小カフカス山脈、ザカフカス丘陵、火山性のアルメニア高原が複雑な山系をつくって高まる。気候は、沿岸部で温帯海洋性から乾燥気候までさまざまであり、月平均気温は1月零下2℃~零下6℃、7月23℃~28℃である。標高2000メートルの山中では、1月零下8℃、最暖月である8月13℃となる。年降水量も地域により大差があり、カスピ海岸のクラ‐アラクス低地で200ミリメートル、黒海東岸コルヒダ低地で1800ミリメートルである。山地では2500ミリメートルを超え、とくに黒海北東岸のカフカス山脈南斜面では4000ミリメートルに達する。植生も同様に多様である。
 カフカス地方は地下資源に富み、石油、天然ガス、鉄鉱石、モリブデン、マンガン、タングステン、亜鉛、建築用石材(花崗(かこう)岩など)、ミネラルウォーターなどを産する。ザカフカスではこれらの資源を利用した石油精製、化学、冶金(やきん)、機械などの工業も発達し、大経済地域を形成している。また、多くの自然保護区とともに、登山、スポーツ、保養、療養を対象に多くの旅行基地が設けられている。たとえば鉱泉をもつ北カフカスの保養地群(中心はミネラーリヌイエ・ボードゥイ)、エリブルース北麓および西部(プリエルブルーシエ、ドンバイ)、黒海北岸の保養地群(ソチ、ガグラ、バトゥーミなど)では、大規模な保養施設や国際競技の開けるスポーツ施設がつくられている。[渡辺一夫]

歴史

紀元前9~前6世紀にウラルトゥ王国が生まれ、前6世紀にはアルメニア、ジョージアの両民族が形成された。アルメニアは、アケメネス朝ペルシア、アレクサンドロス大王に征服されるが、セレウコス王国がローマに滅ぼされると独立し、前1世紀に繁栄した。アルメニア、ジョージアは紀元後3~6世紀にキリスト教を国教とした。7世紀以降アラブの支配下に入るが、アルメニアは9世紀末バグラト王朝の下で統一、ジョージアも10世紀後半に統一され、12~13世紀タマラ女帝のときにもっとも栄えた。11世紀にはアゼルバイジャン民族も形成されるが、13世紀初めモンゴルがカフカス全域を席巻(せっけん)し、その後イラン、トルコが分割する。
 ロシア帝国は1810年までにジョージアを併合、1813年イランからムスリムのアゼルバイジャンを、1828年アルメニアを獲得した。20世紀初頭、アゼルバイジャンのバクーは大石油産地として、ジョージアのチフリス(現、トビリシ)は鉄道集結点として、労働者を集め、カフカスの革命運動の拠点となった。しかし、民族ごとに宗教も異なり、歴史的背景もあって、民族主義諸政党が勢力をもっていた。1917年の十月革命後、北カフカスでは1918年3月までにソビエト政権が勝利したが、ザカフカスでは、バクー・ソビエトとチフリスのザカフカス委員部が対立、前者は1918年夏に崩壊、後者は、アゼルバイジャンのムサバト政権、アルメニアのダシナクツチュン政権、ジョージアのメンシェビキ政権に分裂、それぞれ、1920年4月、11月、1921年2月にソビエト政府にとってかわられた。この三つの共和国は1922年、ザカフカス連邦共和国に結合、ロシア、ウクライナ、ベラルーシとともにソビエト連邦を結成した。1936年にはふたたび3共和国に分離した。
 ソビエト政府のもとで、アゼルバイジャンは石油と綿花の生産を柱に発展、アルメニアは工業も発展させたが、牧畜、果樹栽培も伸ばし、ぶどう酒やコニャックは日本にも輸出されている。ジョージアも遅れた辺境の地位から、工業、農業をともに発展させた社会主義共和国へ脱皮した。マンガンなどの鉱物資源、水力発電はよく知られているが、近年は茶の生産を一挙に拡大し世界的製茶国となった。1991年、アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージア3共和国はソ連解体に伴い独立した。
 ソ連解体後のロシア連邦に属する北カフカスは小民族が集中しており、とくにダゲスタン共和国は人口207万3000(1997)にすぎないが構成民族は30にも達する。言語、宗教を異にする多くの民族が、どのように協力しつつ経済、文化を発展させてきたかを歴史的に明らかにすることは、国際的、民族的協力がますます必要になってきているこれからの世界にとって有意義であろう。チェチェン人、イングーシ人は、1943年末~1944年にドイツ軍に協力したとして、中央アジアに民族まるごと移住させられたが、1957年に名誉回復され、大部分もとの地域に帰り、チェチェノ・イングーシ自治共和国を構成した。さらにソビエト連邦解体後の1992年チェチェンとイングーシェチアの2共和国に分離した。[木村英亮]

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