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ニューヨーク(市) にゅーよーくNew York

翻訳|New York

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ニューヨーク(市)
にゅーよーく
New York

アメリカ合衆国、北東部大西洋岸にある合衆国で最大の都市。ニューヨーク州の南東端に位置し、南は大西洋に、西はハドソン川を隔ててニュー・ジャージー州に接する。面積836.8平方キロメートル。人口800万8278(2000)はメキシコ市、東京(都区部)に次いで世界第3位。また大都市圏人口は2119万9865に達する。[伊藤達雄]

地形・気候

ニューヨーク市はハドソン川の河口に位置するが、そこは沖積地ではなく、全体が緩く起伏する火成岩および変成岩よりなる丘陵地形である。ハドソン川、イースト・リバーも川というよりは入り江で、かつてはその丘陵を刻む深い峡谷であったものが、陸地の沈降によって現在は数十キロメートルの上流まで潮の干満の影響を受ける深い入り江となった、典型的なエスチュアリ(三角江)である。ハドソン川は河口から約250キロメートルのオルバニーまで外洋船がさかのぼることができ、ここからさらにモホーク川、エリー運河を経て五大湖まで水運が通じている。この川の市発展に与えた影響は大きい。市とその周辺は第三氷河期に大陸氷河に覆われた所で、多くの終堆石(しゅうたいせき)丘がみられる。マンハッタン島の中央にあるセントラル・パークでも、氷河の削痕(さくこん)を残した巨石を見ることができる。土壌は薄いが硬い基盤のため、高層ビル群の支えとなっていることはよく知られるところである。
 気候は、年平均気温12.4℃、最暖月(7月)平均24.7℃、最寒月(1月)平均0.0℃で、日本の仙台と似ている。年降水量は1028ミリメートルで、やはり仙台(1219ミリメートル)と似ている。しかし、夏の雨量がより少なく、冬にはかなりの積雪があり、仙台よりも年間平均した雨の降り方である。海岸に近く位置するだけに、合衆国では温暖湿潤のしのぎやすい気候である。夏から初秋にかけてハリケーンとよばれる熱帯性低気圧に襲われることがあるが、日本の台風より頻度が少なく、強烈でない。郊外に出るとカシ、カエデ、ヒッコリー、マツなどの緑が多く、秋の紅葉が美しい。[伊藤達雄]

産業

ワシントン(市)が行政首都であるのに対して、ニューヨークは合衆国の産業首都である。オランダによりマンハッタン島南端に毛皮交易所が開かれ、1626年にニュー・アムステルダムと名づけられたときからアメリカ大陸の玄関口となり、今日の巨大都市に至るまで、その成立と発展の基盤は恵まれた港湾条件にあった。大西洋に面するロング・アイランド島とスターテン島との間のナローズ海峡(幅約1.5キロメートル)を入ると、広いアッパー・ニューヨーク湾が開ける。ここからマンハッタン島までまだ約8キロメートルあるが、天然の良港である。1825年にエリー運河が完成し、大西洋からアパラチア山脈とアディロンダック山地との間の地峡を通じて内陸への唯一の水路が開けると、ニューヨークは全米の表玄関としての、また国際貿易港としての地位を確立し、19世紀の爆発的発展期を迎える。この港湾機能を軸として鉄道・道路・空港などの交通網の要(かなめ)となり、さらにそれを通じて商業・金融・情報・文化などが発達し、ニューヨークの産業基盤が形成された。
 ニューヨーク市を擁する州の工業出荷額はカリフォルニア州に次いで第2位(1467億ドル、1997)、付加価値生産高でも2位(770億ドル、1997)であり、その大部分はニューヨーク大都市圏が占め、工業は市の主要産業といえる。その内容は、ファッション性の高い繊維・毛皮・皮革の加工や印刷・出版・事務機器、電機製品などの都市型中小企業が主である。しかし、ニューヨークを「工業都市」と考える人はほとんどいないであろう。市の産業の中核は第三次産業部門で、その領域は多様である。『メガロポリス』という本を書いた地理学者ジャン・ゴットマンJ.Gottmann(1915―1994)は、ニューヨークを「アメリカとヨーロッパを結ぶ十字路」とよんだ。この十字路を通って動く物資とサービス、その雑踏のなかから生まれる情報とアイデアが、市の活力の源泉である。初期の市発展を支えた港湾は、その他の港湾が整備されるにつれて独占的地位が低下しつつあるが、いまも合衆国の最重要港湾である。1921年、複雑な交通を総合的に統制するためにニューヨーク‐ニュー・ジャージー港湾局が組織され、埠頭(ふとう)のみならず橋、トンネル、空港(ジョン・エフ・ケネディ国際空港など)、バスターミナルなどの建設・運営を行っている。2001年のアメリカ同時多発テロにより破壊された世界貿易センタービルもその管理下にあった。港湾局は巨大な企業体でもある。現代を代表する産業は、銀行・保険などの金融業、証券・商品の取引業、世界的規模でのビジネスであろう。ローワー・マンハッタンとよばれる、マンハッタン島南端のウォール街を中心とするわずか1.6平方キロメートルの地区は、19世紀末にはすでに商業中心地区であった。多くの有名銀行の本・支店のほか、ニューヨーク証券取引所、アメリカ証券取引所などがあり、世界の株式市場に影響力をもつため、「ウォール街」は証券市場の代名詞とさえなっている。20世紀に入ると、それまでは郊外の富裕な住宅地区であった北部に、新しい事務所が進出を始めた。34丁目からセントラル・パークまでの間に新しいビル・ラッシュが起こり、エンパイア・ステート・ビル(1931完成)などを含む第二の都心が形成され、ミッド・タウンとよばれるようになった。ここは金融のローワー・マンハッタンに対して、企業の事務所、専門サービス業、高級衣服仕立業などが主で、劇場街のブロードウェー、高級品店が軒を連ねる五番街、国連本部、ロックフェラー・センターなどもこの地区にある。また、ニューヨークは商品取引、卸売業も盛んで、コーヒー、砂糖、ココア、綿花の取引所があり、国際価格もここで決められ、世界に流通していく。近年の航空機・情報化時代を迎えてニューヨークはますます多忙化し、国際線直行便は79か国および地域136都市(2001)と結ばれ、スターテン島にはテレポートも建設されるなど、文字どおり24時間都市である。市に特派員を置く外国の新聞・出版社、放送局数および従業員数、市在住の外国人外交官数はともに世界第1位にある。マンハッタン島で働く人は215万人で、その3分の2が毎日島の外からトンネルと橋を通って通勤している。[伊藤達雄]

5区の概要

ニューヨーク市は東京都区部の1.4倍の面積をもち、マンハッタン区、ブロンクス区、クイーンズ区、ブルックリン区、スターテン島の五つの区Boroughに分かれている。最小のマンハッタン区でも東京の千代田・中央・港・新宿・文京の都心5区を合わせた面積に等しい。[伊藤達雄]
マンハッタン区
ハドソン川、イースト・リバー、ハーレム川に囲まれたマンハッタン島を区域とするニューヨークの心臓部である。
 高層ビルが林立し、アメリカ経済ばかりでなく、世界経済の中枢がここに集中し、現代の演劇・音楽など、芸術を創出する中心であり、博物館・美術館も数多く、アメリカの宝石箱でもある。あらゆる種類のレストラン、クラブ、ホテルのほか犯罪や貧民窟(くつ)まで、現代都市のすべての要素がこの島に詰まっており、24時間絶え間なく活動している。南端のローワー・マンハッタンはニューヨーク発祥の地で、金融・保険・証券業の中心である。1960年代に入って、かつての埠頭(ふとう)地区に埋立て地による新都市、バッテリー・パーク・シティ計画が始まった。アパート、事務所、学校、商店街、公園を備えた新都市が生まれ、ニューヨークがなお発展を続けるようすをみることができる。
 なお、2001年9月、アメリカの富の象徴といわれたローワー・マンハッタンの世界貿易センター・ツインタワー(110階、417メートルと415メートル)がハイジャックした民間航空機を衝突させるというテロ行為により倒壊、多くの犠牲者を出し、世界経済の中心としてのマンハッタン区は大きな打撃を受けた。[伊藤達雄]
ブロンクス区
ハーレム川を挟んでマンハッタン島の北に隣接している。ニューヨークの発展とともに住宅化を主に周辺区として発達した。ハドソン川に沿うリバーデール地区はいまもコロニアル風、チューダー王朝風といった豪邸が緑の中に建ち、有名人や金持ちが住み、マンハッタンのアッパー・イースト・サイドの高級アパート街と並び称される高級住区である。区内にはニューヨーク動物公園(ブロンクス動物園)、ニューヨーク植物園、ヤンキー・スタジアム、鉄道操作場、大西洋岸諸州に青果物を供給する大市場などの施設があり、四つのゴルフ場もある。一方、ブロンクスは1960年代に黒人とスペイン語系人口が過半数を超え、白人比率がもっとも低い区となった。とくにイースト・リバーに面するサウス・ブロンクス地区にその比率が高く、3分の1が生活保護に依存している。5区のうちで人口減少率がもっとも高い区で、サウス・ブロンクス再開発が最大の課題となっている。[伊藤達雄]
クイーンズ区
面積最大、人口減少率は最小で安定している。マンハッタンへ通じる鉄道、自動車専用パーク・ウェーが何本も貫いて、アメリカの典型的な郊外住宅地がどこまでも続く。イースト・リバー岸には工場地帯があり、ジャマイカ、フラッシングなど鉄道駅周辺はニューヨークの副都心となっているが、大部分は中産階級の住宅地である。日本人もここに住んでいる者が多い。大きな入り江で多数の島が点在するジャマイカ湾には大都会に至近の所とは思えぬ豊かな自然が残っており、ロッカウェーの長い砂嘴(さし)は別荘や海水浴場に利用されている。湾岸にジョン・エフ・ケネディ国際空港と海軍飛行場がある。[伊藤達雄]
ブルックリン区
5区のなかで最大の人口をもち、単独でも全米第4位の都市に匹敵する。北の半分は港湾と工場地帯で、その中にかつてのマンハッタンの金持ちたちの郊外住宅が、いまはスラムとなった地区が点在する。イースト・リバーにかかる最古の吊橋(つりばし)ブルックリン橋の優雅な姿がかつての栄華を物語るが、港湾産業と製造業の衰退がブルックリンに深刻な問題を残している。各所で再開発による企業誘致や住宅改善が進められているが、世界最大で最悪の部類に数えられるというブラウンズビル地区やベドフォード・スタイブサント地区などのスラムの解消にはほど遠い。かつてブルックリンは誇り高く、独自の方言をもち、地域主義の強い所で、プロ野球のドジャース(1958年よりロサンゼルスに移る)の本拠でもあったし、コニー・アイランドには全米から人が集まり夏の楽園を提供していたが、いまはその勢いはない。[伊藤達雄]
スターテン島
5区のなかで、もっともニューヨークらしくない区である。ブルックリンとの間のナローズ海峡をまたいで、1964年にベラザノ・ナローズ橋が架けられるまで、フェリーでしか往復できず、市のごみ処理場や化学廃棄物処理場などがあって「ニューヨークのごみ捨て場」とすらよばれた地帯であった。しかし橋が架かって以来、土地開発が始まり、5区のなかでは唯一人口が増加を続けている。白人比率がもっとも高い。犯罪発生率が最低であるほか、市内唯一の地方紙『アドバンス』も健在で、ニューヨークではこれからの発展が期待されている。[伊藤達雄]

文化・観光

ニューヨークは物質文明が築いた傑作といわれるだけに、都市そのものが文化の所産であり、観光の対象である。由緒ある建物や橋、博物館、美術館、劇場、公園などは数多く、レストランも国際色豊かである。市も1980年以来、「ニューヨークは最大の観光地」を呼び物にキャンペーンを展開し、観光の産業化に力を入れている。
 高等教育機関の中心はボストンに譲るとしても、アイビー・リーグの一つで多くのノーベル賞学者を教授陣にもつコロンビア大学をはじめ、ニューヨーク大学(NYU)、ニューヨーク市立大学、州立大学などがあり、学問・教育の水準は高い。また、富を築いたアメリカは芸術を招くことに熱心で、今日市内には、50館以上の博物館・美術館がある。もっとも規模の大きいメトロポリタン美術館(13万平方メートル)は、1870年に市民の間から起こった開設運動が1880年に実ったものである。当初は油絵174点の所蔵から出発したが、以後毎年拡張を続けており、いまでは古代エジプトから現代アメリカの作品まで120万点の逸品が集められている。ニューヨークの人たちは、高級住宅街として知られるアッパー・イースト・サイド、五番街に面するメトロポリタン美術館を中心に有名美術館が点在する一帯を「ミュージアム・マイル」とよぶ。この間に、世界初の写真博物館として知られる国際写真センター、印象派以降の近現代美術を集め、フランク・ロイド・ライトの奇抜な設計で有名なグッゲンハイム美術館、M・ブロイヤー設計の建物自体が前衛美術のような、アメリカ美術専門のホイットニー美術館をはじめ、ユダヤ美術館、フリック・コレクション、クーパー・ヒューイット美術館があり、美術好きを喜ばせる1マイルである。
 マンハッタンを斜めに走るブロードウェーのタイムズ・スクエアを中心とした周辺が、いわゆる「ブロードウェー」とよばれる劇場の集まった所で、ここに最大のユリス劇場(座席数1933)から最小のリトル劇場(座席数499)まで約40劇場がある。世界の舞台芸術家の檜(ひのき)舞台であるが、とくに19世紀後半から始まり1920年代に黄金時代を築いたミュージカルは、ブロードウェーが生んだニューヨークの芸術である。かつてはガーシュイン、コール・ポーター、ジェローム・カーンらが活躍し、『ショー・ボート』『南太平洋』『王様と私』などの傑作が生まれ、新しいところでは『ヘアー』『エビータ』『キャッツ』などが話題作となった。ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団はニューヨークを本拠とする交響楽団で、世界で活躍する。また、石油王カーネギーが建て、1891年の(こけらおと)しにはチャイコフスキーがタクトを振ったカーネギー・ホールも、世界の音楽家たちにとっての檜舞台である。ニューヨーク・メトロポリタン・オペラも有名で、リンカーン・センター内のオペラハウスでは、毎年10月から4月までの日曜を除く毎晩に、定期公演を見ることができる。グリニジ・ビレッジ周辺ではオフ・オフ・ブロードウェーやジャズのライブ、珍しいレストランなどを楽しむことができるし、その南のソーホー地区は、かつての倉庫や工場をアトリエなどに改造したロフトとよばれる建物が多く、新しいアーチストたちのたまり場として知られる。
 マンハッタン島は水に囲まれており、これを一周する遊覧船や、自由の女神像へ連絡するフェリーなどから眺める高層ビル群の景観はみごとである。また、市内にはセントラル・パークをはじめとする60もの公園があり、郊外へ出ると緑の多い美しい住宅地が続き、ハイウェーのドライブも楽しめる。[伊藤達雄]

人種・人口

人種のるつぼといわれる合衆国のなかでも、ニューヨークは多民族多人種のコスモポリタン都市である。19世紀前半にはイギリスや中欧・北欧のゲルマン系、後半にはイタリアなど南欧系と東欧のスラブ系が移民の主流をなし、1855年から1890年までの急増期には、700万もの移民がニューヨークに上陸した。金のある者は開拓者として西部へ向かったが、貧しい者はニューヨークに残り、ことばもしゃべれぬまま同じ国の者同士が集まって住んだ。リトル・イタリー、リトル・ウクライナ、ジャーマン・タウンなどはこうして成立したものである。第二次世界大戦中はナチスの弾圧を逃れてユダヤ人も流入した。今日ユダヤ人口は100万を超え、世界最大のユダヤ人都市となっている。諸人種が入り乱れて互いにしのぎを削り、ぬきんでた者だけが人種や宗教の枠を超えて認められる。この構造が人々の刺激となっているのである。それだけに、成功した者と取り残された者との貧富の差は激しい。ニューヨークの貧困層は人口の15%にも達し、そのうち5分の2が黒人、5分の1がプエルト・リコ人である。犯罪発生率は1980年の犯罪発生件数は120万件で東京の6.5倍に及び、1992年の殺人件数は2262件で史上最高を記録した。人種問題と深くかかわる貧困はきわめて深刻な問題といえよう。こうした過去の統計数値から犯罪都市のイメージが強いニューヨークであるが、最近の犯罪件数は激減しており、1998年の件数は32万件、1997年の殺人件数は755件となっている。[伊藤達雄]

歴史

市の前身は、1625年にオランダ西インド会社がマンハッタン島の南端近くに設立し1626年命名した入植地ニュー・アムステルダムである。それは初め八角形の砦(とりで)と二つの門を結ぶ通りと中央の市場、それを囲む会社役員の家々からなっていた。3年後の1628年でも人口は約270の小さな町で、やがて石壁(ウォール)の新しい砦がつくられた。ウォール街の名はこれに由来する。そこにはハッケンサックなど多数の先住民小部族が居住していたが、初めは安物の品と交換に、まもなく武力によって彼らの土地を奪い、抵抗する先住民を容赦なく殺害した。1664年にイギリス小艦隊が取り囲んだとき、先住民との戦いで消耗していたオランダ側は抵抗らしい抵抗もできず降伏した。英軍司令官R・ニコルズは、この地を王弟ヨーク公にちなんでニューヨークと改名した。
 名誉革命(1688~1689)の影響で1689~1691年にはここでも革命が起こり、J・ライスラーが実権を握り、デ・ラノイが初の民選市長に就任した。反動が起こってライスラーは処刑され、市長の民選も1834年までとだえたが、1735年のピーター・ゼンガー事件、1741年の黒人の反乱計画など自由を求める闘いは続いた。アメリカ独立革命期には、ニューヨーク市は1765年の印紙税法反対会議の開催や茶税法反対運動などで重要な役割を演じたが、1776年にワシントン将軍指揮下の大陸軍が敗退したあと、1783年の講和まで英軍の占領下に置かれ国王派の拠点となった。
 独立後の1785年から1790年までアメリカの首都となり、1897年までニューヨーク州の州都として一時政治の中心となったが、その後今日までむしろ商工業や金融業や貿易・運輸業など内外の経済・交通の中心地、移民の窓口として発展した。とくに蒸気船の発明と、エリー運河の開通による水運や鉄道網の発達に伴って、商都ニューヨークの発展は目覚ましく、人口も1790年の3万3000から1830年には20万を超え、フィラデルフィアを抜いて第1位に躍進し、1860年には81万、1880年代には100万を超え、1900年には344万に達した。一方、伝染病や大火の災害にみまわれたことも再三に及び、1702年の黄熱病の流行、1778年、1796年、1804年、1835年、1845年の大火は大きな被害をもたらした。市政では南北戦争後のボス支配や汚職と20世紀前半の革新主義的改革で名をなした。F・ルーズベルトのニューディール政策は、ニューヨーク州知事時代の経験を生かしたものといわれる。[富田虎男]
『芦原伸著『ニューヨーク』(1987・読売新聞社) ▽太田弘編『ニューヨーク都市地図集成』(1997・柏書房) ▽伊藤章編著『ポストモダン都市ニューヨーク』(2001・松柏社) ▽佐々木謙一編『最新ニューヨーク情報辞典』(2003・研究社) ▽上岡伸雄著『ニューヨークを読む』(中公新書)』

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