精選版 日本国語大辞典 「羅」の意味・読み・例文・類語
ら【羅】
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紗(しや)をさらに複雑化した綟(もじ)り織の一種。経糸4本を組織単位とし,地緯(じぬき)1越しごとに1本の経糸が左右の経糸と搦(から)みあって組織される薄い網目状の織物。宇須波多(うすはた),宇須毛乃(うすもの),阿幾豆志(あきつし)ともいう。籠目状の粗い組織と,網状の細かい組織とがあり,文様を織り出した紋羅は,この2種の組合せによってつくられる。羅は絹織物の盛んな中国に発達し,その影響下にある朝鮮,日本でも織製されたが,ヨーロッパはじめ他の諸国にはこの種の織物は認められない。ただし南アメリカのペルーのプレ・インカ時代の染織出土品中に,木綿による羅が発見されていることが特筆される。中国では先秦時代から羅が織製され,漢代以降には各種の紋羅の出土例があり,その隆盛が知られる。日本にこの技術が伝えられた時期は判然としないが,遺品の上では飛鳥時代の国宝《天寿国繡帳》(622。中宮寺)の刺繡の台裂に羅が用いられている。日本で羅の織製が本格化するのは,令制の織部司に〈正一人〉が〈錦綾紬羅を織ることおよび雑染のことを掌る〉,〈挑文師(あやとりし)四人〉が〈錦綾羅等の文を挑することを掌る〉と見える8世紀ころからと考えられる。正倉院伝世の染織品中には斜格子や菱格子,子持菱など各種の紋羅があり,纈(きようけち)や刺繡の地裂として使用されるほか,袈裟,半臂(はんぴ),帯,幡などに供せられている。しかし羅の織製が,中国では漢代以降,明・清代に至るまで一貫して続けられてきたのに対し,日本では平安時代以降中世を経るうちに衰微し,江戸時代にはわずかに無紋の羅が冠に供されるためにのみ織製されてきたにすぎない。紋羅の復興は昭和に入り,京都の喜多川平朗(きたがわへいろう)(1898-1988)による,上代羅の復元を契機に可能となったもので,これにより氏は1956年に重要無形文化財に指定された。
執筆者:小笠原 小枝
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…また中国周辺にとどまらず,旧ソ連邦オグラクティ,キルギス共和国ダラス郡ドーロのケンコル,シリアのパルミュラなどから発見された漢代の絹織物は,東西交渉史のうえにも貴重な足跡を残している。出土遺品から当代の絹織物の種類をみると,粗密・厚薄のさまざまな平絹,後世の綾の祖型ともいうべき平織地に浮糸で文様を織り出した単色の紋織物である綺,複雑な綟り(もじり)組織の羅,経糸に多色の彩糸を用いて文様を織り出した経錦,輪奈(わな)織に似た起毛錦,鎖繡を主体とした刺繡,さらに彩絵(描絵)や印花(摺絵)などの加飾技法も行われている。文様は前代からあった祭服の十二章(日,月,星辰,山,竜,華虫,作会,宗彝,藻,火,粉米,黼黻)をはじめ,さまざまな動物文,植物文,幾何学文が用いられているが,いずれも象徴的に図様化され,特に錦文や繡文には霊気を感じさせるような力強さがある。…
※「羅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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