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アダムズ アダムズ Adams, Abigail

53件 の用語解説(アダムズの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アダムズ
アダムズ
Adams, Abigail

[生]1744.11.11. マサチューセッツウェイマウス
[没]1818.10.28. マサチューセッツ,クィンシー
アメリカ第2代大統領 J.アダムズの夫人。賢夫人として知られ,独立革命期から 19世紀初めにかけて女性の権利など,諸問題について言及した手紙を多く残した。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Ansel

[生]1902.2.20. カリフォルニアサンフランシスコ
[没]1984.4.22. カリフォルニア,カーメル
アメリカの風景写真家。少年時代音楽を志したが,写真師の伯父について風景を撮り始め,1927年印象派タッチを模倣した作品集を出して注目される。 1930年に A.スティーグリッツストレート・フォトグラフィと称する鮮明な映像の影響を受け,1932年 E.ウェストンや P.ストランドの「F64グループ」に属し,大型カメラを使用するようになった。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Charles Follen

[生]1842.4.21. マサチューセッツ,ドーチェスター
[没]1918.3.8. マサチューセッツ,ロックスベリー
アメリカ合衆国の詩人。方言を用いてユーモラスな詩を書いた。南北戦争に従軍して負傷,捕虜となった。1872年から雑誌や新聞に,ペンシルバニア・ダッチと呼ばれるドイツ語方言で,ユーモラスな詩を書き始めた。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Charles Francis

[生]1807.8.18. ボストン
[没]1886.11.21. ボストン
アメリカの外交官。第6代大統領 J.Q.アダムズの子。弁護士。 1840年ホイッグ党員として州下院議員。 58年共和党の連邦下院議員。 61年南北戦争時にイギリス駐在大使となり,アメリカの権益の代表として活躍した。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Charles Kendall

[生]1835.1.24. バーモントダービー
[没]1902.7.26. カリフォルニア,レッドランズ
アメリカの歴史家。コーネルウィスコンシン両大学の学長。ヨーロッパセミナー方式をアメリカに紹介した。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Frank Dawson

[生]1859.9.17. モントリオール
[没]1942.12.26. モントリオール
カナダの地質学者。アメリカ合衆国ニューイングランドの名門の家系に生まれ,マギル大学を優等で卒業後,エール大学ハイデルベルク大学で化学,鉱物学を修める。1890年マギル大学講師となり,1893年地質学教授。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Hannah

[生]1755.10.20. マサチューセッツ,メッドフィールド
[没]1831.12.15. マサチューセッツ, ブルックリン
アメリカ合衆国の宗教史編纂家。アメリカ最初の職業的女性文筆家といわれる。父は商才のない気難しい愛書家だったため,一家は貧しい暮らしを送った。父の資質を受け継いで,書物好きで並はずれた記憶力を有した。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Henry Brooks

[生]1838.2.16. アメリカ,マサチューセッツ,ボストン
[没]1918.3.27. アメリカ,ワシントンD.C.
アメリカの歴史家,作家。2人の大統領を出した名門の出身。母校のハーバード大学で中世史とアメリカ史を講じ (1870~77) ,教職辞任後は文筆活動に専念。妻の自殺にも屈せず,アメリカ史の完成に努力した。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Herbert Baxter

[生]1850.4.16. マサチューセッツ,シューツベリー
[没]1901.7.30.
アメリカの歴史家。ジョンズ・ホプキンズ大学教授。弟子に第 28代大統領 W.ウィルソンや歴史家 F.ターナーらがいる。アメリカ歴史協会の創設に活躍。

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アダムズ
アダムズ
Adams, John

[生]1735.10.30. マサチューセッツ,ブレイントリー
[没]1826.7.4. マサチューセッツ,クインシー
アメリカの政治家,法律家。第2代大統領 (在任 1797~1801) 。 1755年ハーバード大学卒業。しばらく教鞭をとったのち,法律を修め,58年弁護士の資格を取得。 65年政界に入り,70年ボストン虐殺事件の殺人の容疑者であるイギリス兵の弁護を引受け,無罪とした。

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アダムズ
アダムズ
Adams, John Couch

[生]1819.6.5. コーンウォール,ラニースト
[没]1892.1.21. ケンブリッジ
イギリスの天文学者,数学者。セントアンドルーズ大学教授 (1858) ,ケンブリッジ大学教授 (59) を経てケンブリッジ大学天文台台長 (61~92) 。 1841年ケンブリッジ大学の学生のとき天王星の運動の不規則性に注目,U.ルベリエとは独立に海王星の存在を予言。

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アダムズ
アダムズ
Adams, John Quincy

[生]1767.7.11. マサチューセッツ,ブレイントリー
[没]1848.2.23. ワシントンD.C.
アメリカの政治家。第6代大統領 (在任 1825~29) 。第2代大統領 J.アダムズの長男。 1787年ハーバード大学を卒業。 90年法曹界に入る。連邦派政権下,オランダおよびプロシア公使を歴任。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Maude

[生]1872.11.11. ユタ,ソルトレークシティー
[没]1953.7.17. ニューヨーク,タンナーズビル
アメリカの女優。子役として『アンクル・トムの小屋』などで活躍。その後『ロミオとジュリエット』や『ピーター・パン』ですぐれた演技を見せ,1934年引退した。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Roger

[生]1889.1.2. ボストン
[没]1971.7.6. イリノイシャンペーン
アメリカの有機化学者。ハーバード大学卒業後,チューリヒベルリン両大学,カイザー・ウィルヘルム研究所に留学。ハーバード大学講師 (1913) 。イリノイ大学教授 (19) 。強力な酸化白金触媒 (→アダムズ触媒 ) の製法を発見。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Samuel

[生]1722.9.27. ボストン
[没]1803.10.2. ボストン
アメリカ独立革命期の愛国派の急進的指導者。独立宣言署名者の一人。 1765年印紙税法に対する民衆の反対運動を組織し,以後「自由の息子たち」を中心にマサチューセッツ湾植民地の特権的支配層に対する政治闘争をも指導。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Samuel Hopkins

[生]1871.1.26. アメリカ,ニューヨーク,ダンカーク
[没]1958.11.15. アメリカ,サウスカロライナビューフォート
アメリカの小説家,ジャーナリスト。 1891年にハミルトンカレッジを卒業。 1901~05年に『マックルールズ・マガジン』にかかわり,以後社会悪暴露のいわゆるマックレーカーズの1人として雑誌などに告発文を発表した。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Sarah

[生]1805
[没]1848
イギリスの女流詩人。賛美歌の作者として知られ,特に『主よみもとに近づかん』 Nearer,my God,to Thee (1840) は有名。ほかに劇詩『永遠のビビア』 Vivia Perpetua (41) など。

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アダムズ
アダムズ
Adams, Walter Sydney

[生]1876.12.20. シリア,アーンターキア
[没]1956.5.11. カリフォルニア,パサディナ
アメリカの天文学者。宣教師の子。8歳でアメリカに渡り,ダートマス大学,シカゴ大学で天文学を専攻。のちドイツに留学,ミュンヘン大学に学ぶ。ウィルソン山天文台に入り (1904) ,のち台長 (23~46) 。

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アダムズ
アダムズ
Adams, William

[生]1564.9.24頃.ケントジリンガム
[没]元和6(1620).4.24. 平戸
日本に来た最初のイギリス人。日本名三浦按針。イギリスで造船,航海術を学び,スペイン艦隊との海戦に参加。のち 1598年ロッテルダムからオランダ東洋探検船隊に水先案内人として参加,太平洋上で漂流,慶長5 (1600) 年3月 16日,『リーフデ』号で豊後佐志生 (さしう) に漂着。

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アダムズ
アダムズ
Adams, William Taylor

[生]1822.7.30. マサチューセッツ,ベリンガム
[没]1897.3.27. ボストン
アメリカの児童文学者。筆名 Oliver Optic。ボートクラブシリーズ (1854) ,陸海軍シリーズ (61~67) など,主として連作から成る 100編以上の作品があり,児童向きの雑誌も編集した。

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アダムズ
アダムズ
Addams, Charles (Samuel)

[生]1912.1.7. ニュージャージーウェストフィールド
[没]1988.9.29. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカの漫画家。雑誌『ニューヨーカー』掲載の恐怖漫画で知られ,その第一人者とされる。 1937年のある夜,白紙に古城を描き,そこにふさわしい住人として幽霊を思いつき,これがのちにテレビ化された「アダムズ・ファミリー」誕生のきっかけとなった。

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アダムズ
アダムズ
Addams, Jane

[生]1860.9.6. イリノイ,シーダービル
[没]1935.5.21. シカゴ
アメリカの社会改革運動家,ハル・ハウスの創立者。ロックフォード大学卒業。ヨーロッパに渡り (1883~85,87~88) ,イギリスで産業革命の結果生じた社会問題に取組んでいたトインビー・ハウスを訪問し (84) ,感銘を受けて帰国。

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アダムズ
アダムズ
Adams

アメリカ合衆国,マサチューセッツ州北西部のグレイロック山 (1064m) の山麓にある町。 18世紀中頃クェーカー教徒が移住。初めイーストフーサックと呼ばれたが,のちアメリカ独立戦争の英雄サミュエル・アダムズにちなんで名づけられた。

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デジタル大辞泉の解説

アダムズ(Jane Addams)

[1860~1935]米国の女性社会事業家。1889年、米国最初のセツルメントのハルハウスをシカゴに設立。第一次大戦中は平和運動に貢献し、1931年、ノーベル平和賞受賞。

アダムズ(John Couch Adams)

[1819~1892]英国の天文学者。天王星の運動の不規則さから海王星の存在を推論。

アダムズ(Walter Sydney Adams)

[1876~1956]米国の天体物理学者。恒星のスペクトル線から巨星と矮星(わいせい)とを区別。重力による赤方偏移を検出して、白色矮星の高密度を実証した。

アダムズ(William Adams)

三浦按針(みうらあんじん)

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百科事典マイペディアの解説

アダムズ

米国の宣教師,社会事業家。1891年来日,同年岡山市の貧民街に日曜学校を開き,以後小学校,施療所,幼稚園を設立,これらを総称して岡山博愛会と命名した。1936年帰米。

アダムズ

米国の写真家。サンフランシスコ生れ。1932年,ウェストン,イモジン・カニンガムらと〈グループ f/64〉を結成。ヨセミテ渓谷,シエラ・ネバダ山脈をはじめ米国の原風景ともいうべき大自然を撮影。
→関連項目キャラハンホワイト

アダムズ

米国の歴史家,思想家。第2代大統領ジョン・アダムズの曾孫。第6代大統領J.Q.アダムズの孫で,ドイツに留学,駐英公使の父親の秘書をしたこともある。母校ハーバード大学で中世史を講じ,のちワシントンで活躍しながら歴史書や小説《デモクラシー》(1880年)を発表。

アダムズ

アメリカ独立革命の指導的政治家。アメリカ独立宣言の署名者のひとりで,独立後は駐英大使,ワシントン政権下の初代副大統領をつとめ,1796年に第2代大統領に就任。三権分立論の代表的論者。
→関連項目アダムズホワイト・ハウス

アダムズ

英国の天文学者。1861年ケンブリッジ天文台長。1845年ルベリエと独立に天王星の運動の乱れから海王星の存在を予言,万有引力の法則からその質量,軌道を算出。月の運動,しし座流星群の軌道を研究。

アダムズ

米国第6代大統領(1825年―1829年)。第2代大統領ジョン・アダムズの長男。外交官として活躍後,国務長官となり,モンロー主義の宣言を献策。大統領としては,連邦政府による産業開発推進を唱えた。
→関連項目アダムズ

アダムズ

アメリカ独立革命の民衆派指導者。ボストン生れ。マサチューセッツ植民地議会議員として1764年以来の反英運動を指導。1770年のボストン殺戮事件,1773年のボストン茶会事件で中心的役割を果たし,大陸会議では独立論者の急先鋒(せんぽう)。

アダムズ

日本渡来最初の英国人。日本名三浦按針(あんじん)。造船所に勤めたのち,英海軍に船長として勤務。1598年オランダ船リーフデ号の航海士となり,1600年豊後(ぶんご)に漂着。
→関連項目イギリス商館横須賀[市]

アダムズ

米国のセツルメント活動家。1889年シカゴの貧民街にハル・ハウスを開設して,移民の多い地域住民に保育所,運動場,集会所,学校,芸術活動の拠点を提供。また革新主義運動,婦人参政権運動,平和運動でも活躍。
→関連項目イリノイ[州]ケリー

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

アダムズ Adams, William

三浦按針(みうら-あんじん)

アダムズ Adams, Alice Pettee

1866-1937 アメリカの女性宣教師。
1866年8月3日生まれ。明治24年(1891)来日,岡山で伝道をはじめる。29年貧困児童のために花畑小学校を,さらに施療所,保育園などを開設,43年これらの施設を統合して日本最初のセツルメント岡山博愛会を設立した。昭和11年帰国。1937年5月9日死去。70歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)の解説

アダムズ

スティーヴ・ライヒフィリップグラスらとともにミニマル・ミュージックの作曲家として70年代末期頃からその名を知られるようになる。その後のネオ・ロマン派的な音楽は広く聴衆に受け入れられ、現代アメリカの ...続き

出典|(社)全日本ピアノ指導者協会
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世界大百科事典 第2版の解説

アダムズ【Ansel Adams】

1902‐84
アメリカの写真家。はじめコンサートピアニストとして将来を嘱望されていたが,27歳のとき健康を害して演奏ができなくなったため,写真館を経営していた義父や,ストランドPaul Strandの影響もあって写真家となった。1932年E.ウェストン等と共に〈f・64グループ〉を結成。以来その主張のもとに撮影したヨセミテ等の風景写真は,写真集として多数刊行されている。また写真技術や理論の研究者としても第一人者で,35年に刊行した写真指導書《Making a Photograph》は,いまなお高く評価されている。

アダムズ【Abigail Smith Adams】

1744‐1818
アメリカ合衆国第2代大統領ジョン・アダムズの妻,第6代大統領ジョン・クインシー・アダムズの母。独立革命のために働く夫の留守の家業を預かる賢夫人として知られ,夫との間に交わした多数の手紙は,当時の状況を伝え貴重な史料となった。黒人や女性の平等権に積極的な関心を持ち,とくに1776年,独立前夜に夫に出した手紙は,人間の権利を論じる夫たちが女性の権利を忘れていることを巧みに指摘し,女性解放思想の先駆としてしばしば引用される。

アダムズ【Brooks Adams】

1848‐1927
アメリカの歴史家。ヘンリー・B.アダムズの弟。初著《マサチューセッツの解放》(1887)で,ピューリタンの民主的な植民地支配という伝統的解釈に挑戦。歴史の科学的法則を構想し,主著《文明と衰退の法則》(1895)で,エネルギーの集中・拡散の法則から社会の発展・衰微を論じた。以後の著作で,この法則からアメリカの世界強国化を論じつつも,物質主義や私利追求の風潮によるアメリカの衰退の危険を警告した。【志邨 晃佑】

アダムズ【Henry Brooks Adams】

1838‐1918
アメリカの歴史家,思想家,作家。第2代大統領ジョンの曾孫,第6代大統領ジョン・クインシーの孫。ボストンに生まれ,ハーバード大学卒業後ドイツに留学,また駐英大使の父チャールズ・フランシスの私設秘書として7年間ロンドンに滞在。1870年母校の中世史助教授にむかえられ,ドイツ式の科学的な歴史学研究法を導入し,他方,一流誌《北アメリカ評論》の主筆として政治腐敗を攻撃した。77年に大学を辞し,首都ワシントンに移って著名人との交友を重ねるとともに,歴史研究を続け,ギャラティンなど合衆国初期の政治家の伝記を出版した。

アダムズ【Herbert Baxter Adams】

1850‐1901
アメリカの歴史家。ドイツのハイデルベルク大学に学び,1876年から新設のジョンズ・ホプキンズ大学で教えた。ドイツ式のゼミナールを導入,科学的な歴史研究法をアメリカで確立した。アメリカ民主主義の起源はゲルマンの森にあるとする〈萌芽〉理論に立って,政治制度史を研究,またアメリカ歴史学協会の設立(1884)に貢献した。後の大統領ウィルソンや歴史家ターナーも彼の弟子であった。【志邨 晃佑】

アダムズ【Jane Addams】

1860‐1935
アメリカのセツルメント活動家,社会改革家,平和運動家。彼女は社会奉仕的な仕事に就くため,大学卒業後医学校にはいったが,病気で断念。将来の道の定まらない不安から神経衰弱に陥ったが,2度のヨーロッパ旅行でロンドンの貧民街を見て深い印象を受け,セツルメント活動を始めることを決意した。帰国直後の1889年,シカゴの貧民街の中心にあるハル所有の古い邸宅を借り,以後晩年までそこの住民となった。ハル・ハウスは,保育所,運動場,集会所であり,また料理・裁縫など移民に必要な技術や知識を教える学校となり,音楽,演劇,絵画などの芸術活動を通じて地域の生活・文化の中心となった。

アダムズ【John Adams】

1735‐1826
アメリカ合衆国第2代大統領。在職1797‐1801年。マサチューセッツのブレーントリー(現,クインシー)に生まれ,ハーバード大学卒業。弁護士になりアビゲールと結婚した。1765年の印紙税法の制定を批判して《教会法と封建法について》と題するパンフレット,次いで《ノバングルス》を著し,従兄のサミュエル・アダムズとともにマサチューセッツの独立革命運動の指導者となった。74年第1回大陸会議代議員に選ばれ,アメリカ植民地の独立を推進する活動を行う。

アダムズ【John Couch Adams】

1819‐92
イギリスの天文学者。1839年ケンブリッジ大学に入学し,在学中に天王星の運動の不整(説明できない乱れ)に興味を抱いた。43年首席で卒業,特別研究員に推されるや,天王星の運動の不整は,その外側にある未知惑星の摂動によるものと考えて研究を進め,早くも45年には未知惑星の質量と軌道要素を求めた論文をケンブリッジ大学に提出し,グリニジ天文台を訪れて観測を託した。しかし観測が行われぬまま,その翌年にフランスのU.J.J.ルベリエが同様の計算を行い,未知惑星の捜索をベルリン天文台のJ.G.ガレに依頼した。

アダムズ【John Quincy Adams】

1767‐1848
アメリカ合衆国第6代大統領。在職1825‐29年。第2代大統領ジョン・アダムズとアビゲールの子で,マサチューセッツ出身の政治家,外交官,法律家。早くも1781‐83年にロシア大使の秘書,82‐83年のパリ講和会議では父ジョンの秘書をつとめ,87年にハーバード大学卒業後,94‐96年オランダ大使として赴任した。政治家としては,フェデラリスト党上院議員として出発したが,ジェファソンの出港禁止令に賛成するなど,党の方針に反して1808年辞職。

アダムズ【Samuel Adams】

1722‐1803
アメリカ独立革命の民衆派指導者。ボストン生れ。1764年以後のイギリス議会による植民地課税政策に反対し,ボストン民衆を〈自由の子どもたちSons of Liberty〉に組織し,ハッチンソンThomas Hutchinson(1711‐80)一門のマサチューセッツ植民地支配を攻撃した。64‐74年同植民地議会議員として,印紙税法への抗議決議,タウンゼンド諸法反対〈回状〉,植民地間通信委員会結成,70年ボストン殺戮事件,73年ボストン茶会事件で中心的役割を演じ,理論的には印紙税法反対の〈代表なくして課税なし〉から〈植民地議会と本国議会の対等論〉へ転換し,第2回大陸会議では他植民地の急進派と提携し,保守派を抑えて独立宣言に導いた。

アダムズ【William Adams】

1564‐1620
徳川家康の外交顧問。日本名三浦按針。イギリスのジリンガムに生まれ,ライムハウス造船所に12年間勤めた後,イギリス海軍に船長として勤務。1598年オランダのロッテルダム会社の東洋派遣艦隊の一隻リーフデ号の航海士となり,1600年(慶長5)豊後の佐志生に漂着。大坂で家康に謁見し,来日の事情を説明,イギリスが日本と貿易を開きたい希望を持っていることを伝えた。同じ船で到着したオランダ人ヤン・ヨーステンとともに家康に信頼され,外交問題の顧問を務め,幾何学,地理学,造船学などを教授した。

アダムズ【Walter Sydney Adams】

1876‐1956
アメリカの天体物理学者。シリアに生まれ,1898年アメリカのダートマスカレッジを卒業後,シカゴ大学,ミュンヘン大学に学び,1905年からウィルソン山天文台員,23‐46年まで同天文台長をつとめた。20世紀初頭に完成したウィルソン山天文台の太陽望遠鏡,152cm反射望遠鏡,254cm反射望遠鏡の装置開発に貢献し,それらを用いて数多くの発見をした。G.H.ヘールについて,太陽の黒点スペクトル閃光スペクトルの撮影に成功したほか,恒星については巨星と矮星(わいせい)をスペクトル線の見かけによって区別する方法を考案し,分光学的に視差を求める手法を確立した(1916)。

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大辞林 第三版の解説

アダムズ【Adams】

〔Ansel A.〕 (1902~1984) アメリカの写真家。最初はピアニストを志したが、アメリカ西部の自然に魅せられ、大型カメラで緻密に撮影する作風を確立し、風景写真の第一人者となる。
〔John A.〕 (1735~1826) アメリカの政治家。独立革命の指導者として活躍。第二代大統領(在任1797~1801)。
〔John Couch A.〕 (1819~1892) イギリスの天文学者。天王星の公転がケプラーの法則からずれることを知り、その原因が未知惑星の引力によると考え、海王星の存在を予見した。
〔Walter Sydney A.〕 (1876~1956) アメリカの天体物理学者。ウィルソン山天文台の観測装置の開発に貢献。巨星と矮星わいせいとのスペクトル分類、白色矮星の検証など、恒星の分光学的実証研究で先駆的業績を残す。
〔William A.〕 (1564~1620) 江戸初期に渡来したイギリス人。1600年オランダ東方貿易会社の船隊に加わり航海中、豊後に漂着。徳川家康に仕え、その外交顧問として通商に尽力。相模三浦郡に所領を与えられ、三浦按針あんじんと称した。

アダムズ【Jane Addams】

1860~1935) アメリカの女性社会事業家。シカゴにハル-ハウスを設立。セツルメント運動の中心となり多くの救済活動をおこない、女性運動・平和運動を指導。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のアダムズの言及

【風景写真】より

…アマチュアの写真愛好者にあっては,今日でもそれは一つの顕著な傾向であるといってよいかもしれない。一方,異境の風土や未踏の地の写真を,こうした定式化した芸術写真の脈絡から果敢に踏み出して撮影することも,写真表現の種々の面での独自性の認識が一般化するにつれ,しだいに行われるようになり,その際立った例としては,1930年代を中心とするE.ウェストンA.アダムズの風景写真をあげることができる。両者とも描写の克明なこと,トーンのととのえ方,構成の仕方などにおいて,絵画の影響からまったく脱却した写真独自のみごとな画像を作り出している。…

【シカゴ】より

…シカゴは労働運動の中心地となり,77年の鉄道ストライキ,86年のヘイマーケット事件,94年のプルマン・ストライキ,同年および98年の炭鉱ストライキと,しばしば血なまぐさい事件をともなう大争議が生じた。貧しい移民や労働者を救うためにハル・ハウスを開いたジェーン・アダムズのような社会改革家もいたが,むしろ目だったのは移民たちの無知と結束の強さを利用して政治をあやつるボスや,一時の享楽を与える酒場や娼家であった。 シカゴは工業都市であると同時に,モンゴメリー・ワードやシアーズ・ローバックが本拠をかまえる流通業の中心であり,マーシャル・フィールド百貨店の存在が示すごとく一大消費都市である。…

【セツルメント】より

…この考え方は,1884年にS.バーネット夫妻を中心にして設けられたロンドンのトインビー・ホール(A.トインビーにちなみ命名)で具体化され,これが最初のセツルメントとされている。アメリカではJ.アダムズが89年にシカゴに建てたハル・ハウスがセツルメント運動をアメリカに広げる端緒を開いたといわれている。日本では,91年にキリスト教宣教師O.アダムズがつくった岡山博愛会,あるいは片山潜が97年に東京神田に設立したキングスレー館などが古い。…

【大楠山】より

…高度は低いが,東に東京湾,西に相模湾を望み,北西には丹沢,箱根,富士,南西には伊豆半島と伊豆大島が眺望できる。京浜急行の安針塚駅からW.アダムズ(三浦按針)の墓のある塚山公園を経て約2時間で頂上に達する。東方の小丘には中世の土豪三浦氏の居城衣笠城跡がある。…

【ガレオン船】より

…88年のスペイン無敵艦隊によるイギリス侵攻作戦は,兵員を多数乗せ,高いところから切込みを行うカラック船主体のスペイン側と,遠距離からの砲撃を行うガレオン船主体のイギリス側との,戦術の差が勝敗を決めたという説もある。1600年(慶長5)オランダ船リーフデ号で豊後(大分県)に漂着したW.アダムズ(日本名三浦按針)が,徳川家康に請われて建造した2隻の船も,イギリス系のガレオン船であったろうと推定されている。17世紀前半にはビークヘッドも短いヘッドに変わり,ガレオン船の名まえも消えたが,新大陸やフィリピンとスペイン本国を往復する船は,18世紀にもガレオン船と呼ばれていた。…

※「アダムズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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